315. イーアン指南
援護遠征の翌々日。イーアンの朝は早い。
鎧をオークロイに届けるのと、年始にもらっていた手紙の相談を進めるため、出かける準備をしていた。
「こういったことを、気にしたことがなかったのですけれど、これも出向?」
「一応はそうなる。イーアンは騎士ではないが、もう、工房に経費が入っているから。出かけるのは委託先だしな」
着替えを終えて、荷造りしながら質問するイーアンに、ベッドに腰掛けて答えるドルドレン。
「でも。工房の存在は異例というか。前例がない。だからこうした場合は、大きな動きでもなければ報告資料は要らんだろう。一々、出向報告を出していたら、イーアンは時間がなくなる」
物を製作するやり取りは、細かい部分でしょっちゅう相談するんだな・・・自分なりに理解したドルドレンは頷いた。
イーアンも意識したことはなかったが、言われてみると『毎月1の日と、15の日に行きますよ』的な感覚では、製作なんて進みゃしないだろうと思った。その半月間で、出来ることも進まないとか、聞きたいことも聞けないなんて、非効率的どころか依頼主の怠慢だ。
しみじみミンティンの存在に感謝するイーアン。メールも電話もない世界。移動は馬のみとなったら、こんなに動けていないので、本当に、精霊が介在する世界に有難いばかりである。
「早いけれど。オークロイも早起きでしょうから、ちょっと行ってきます。あちらの相談を終えたら、午前中に戻って、今日は回収した魔物の世話をします」
回収した魔物の世話。生きてるみたい、と思う伴侶だが、突っ込まないことにした。彼女の言い方に突っ込みを入れていたら、キリがない。予定を知ったので、とりあえず送り出し。
一緒に裏庭へ行き、気をつけてと声をかけるドルドレン。
龍に跨った愛妻(※未婚)は、荷物をドルドレンに渡してもらって腕に抱え、『後でね』と片手をひらひら振りながら空に消えて行った。
送り出した後。ドルドレンはせっかくだからと、家を建てるに適した場所をうろつく。裏庭の壁を行ったり来たりして、どの辺を壊そうかと悩む。
――演習で煩いのは、老後に良くない。老後もほのぼのイーアンと二人で、庭の長椅子から、若い騎士の励む姿を、他人事のように距離を置いて見るのだ。
『あなたも昔、ああしていましたね。あなたはいつもぴょんぴょん跳んでて』
『そうだね。今やったら骨が折れるね。イーアンはいつも工房に居て、人気者で。よくオカマが逃げて工房に居たね』
お茶を飲みながら、愛妻とそんな会話をするのだ。うむ。オカマは要らないか。ボケが入ると覚えてもいないかもしれない。いつボケてもそこに医務室があるから、とりあえずは安心だな。イーアンはボケる気がしないが。
ふーむ。そうすると。緊急時(※誤飲の心配)に医務室からも近く、イーアンの工房からも近く。演習の煩いのとは距離が保てる場所だな。それで日向。
日向は大事だ。年を取ると冷える。イーアンは寒がりだから、一日中、日向にいそうだ。猫みたいだがそれも良いだろう。もしかすると、猫を飼うとか言うかな。そうするとありゃ、増やすな。そうか・・・猫とイーアンの日向の部屋もいるか。夏は涼しいところ。うむ。難しいぞ。
どうしようかと、ぶつぶつ独り言を呟く総長。そんな姿を発見したギアッチとザッカリアがやって来て、『朝からどうかしたんですか』と訊ねられた。
結婚してここに家を建てるつもりだ、と正直に話すと、ギアッチは驚きながらも祝福の言葉をくれた。
『早く安心させたいのもある』と先日のことをちょっと思い出し、身震いしたドルドレン。家があって夫婦になれば、ちょっとそっとのことでは、剣を抜かれたり蹴りを入れられることはないと思う。
総長の表情に気がついたギアッチは、援護遠征はどうだったかと、勘の良い質問をした。
「ぬ。ギアッチは千里眼か。なぜ新居の話からそっちへ」
「何となくです。教師でしたから、生徒の顔の微表情とか気が付いてしまいますね」
生徒じゃなくて総長だけど、先生に『話してごらんなさい』と促され、何となく引き出されるままに、喋ってしまうドルドレン。横でザッカリアも大きな目で総長を見て、『へー』とか『わー』とか感想を漏らす。
「ああそう。それは大変でしたね。しかしイーアンは逞しい。実に逞しいですよ。いやはやこれは。いやはや」
首を振りながら笑顔で感心する先生。何が『いやはや』か知りたくなるドルドレン(※愛妻に似る)。ギアッチが、一人感心劇場に入っているので、ちょっと止めて意見を聞いてみると。
「あなたは良い夫になりますね。早く結婚して家を持って、奥さんを安心させたいんですものね。愛情で一杯です。今からそう思って行動してるから、イーアンもちゃんと分かっているでしょう。
でも。イーアンを怒らせるのはいけません。怒らせると問題なのは、私が保証します」
おかしな部分で保障されて、総長は眉根を寄せて困惑する。そんなの知ってる、と答えると、先生は首を振る。
「いや。分かっていない。総長まだ分かっていません」
なぜ。なぜ先生はそんなに否定をするんだ。安全策でも気が付いているのか。なら教えてほしいと思う総長の眼差しに、先生はちらっと視線を合わせ、賢い茶色の瞳をきらーんと輝かせた。
「事情説明なんて、してはいけないんです。それは、後。その追っかけの女性が来た時、すぐイーアンを抱き締めたり、女性をはねつけるくらいの態度じゃないと。甘い。甘いんですよ、総長。詰めが甘い」
甘、甘、言われて黙る。そうなの?と思いつつ、じゃーどうするのと先生に無言で訴える。
「イーアンだって。人前で粗暴な態度を取りたくないでしょう。あの年で、そんなの。感情に任せて動いたことを恥ずかしいと思っていますよ、きっと。それをさせちゃダメなんです。
もともとイーアンは、不屈の雑草みたいに生き抜いていたみたいだから、感情が昂ぶるとそれが板に付いていて出てきてしまう。
でも彼女は素直で正義感が強いでしょ?彼女をそんな感情まで引っ張ったら、正義感が義賊みたいな形で見えてしまうんだ。折角、人生を丁寧に生きようとしている毎日のイーアンの態度が、そこでガラッと印象が変わってしまったら気の毒でしょう。
夫のあなたはそれを唯一、守ってあげられるんです。家を建てて、夫婦になって、でも態度をもっとね。がっちり引き締めて、イーアンより男らしくしないと、また怒らせてしまいかねませんよ。彼女は怒りたくないんだから、そこを守ってあげなきゃ。そしたら円満ですよ」
ギアッチ先生の奥深いお言葉に感銘を受けるドルドレン。『不屈の雑草』やら『義賊』やらと、人の愛妻を遠慮なく表現しているが。
そうか・・・・・ 俺が甘かった(※素直)。そうだ、そうだ、その通り。先生はさすが、見るところが違う。イーアンより男らしくならなきゃ(?)。
総長は拍手してギアッチにお礼を伝える。ギアッチは笑いながら『拍手はいいです』と断った。
側でずっと聞いていた子供はじーっと総長を見て、ドルドレンのシャツを引っ張って意見した。何かなと思って大人2人が子供を見下ろすと、レモン色の濁りのない瞳をまっすぐ総長に向けて言い放つ。
「総長。イーアンが怖くて大変ならね。俺がイーアンの面倒見ても良いよ」
ギアッチは大笑いして『こりゃ頼もしい』とザッカリアを誉める。総長は睨むわけにも行かず、苦い顔で『必要ない』と答えるだけだった。
ザッカリアはその後も『気にしなくていいよ』とか『俺が大きくなったら結婚できる』とか不謹慎な言葉を言い続けていたので、総長は頭痛がし始めて、いつもは行きたくない執務室へ自ら戻った。
お読み頂き有難うございます。




