314. 二人の休日
ドルドレンはしこたま疲れていた。
朝になっても起きれないので、暫くはベッドの中でうんうん唸っていた。イーアンは伴侶の精神的な負担がとても大きかったことを心配して、とても可哀相に思った(※半分くらいイーアンが影響してる)。
「大丈夫?」
今日は遠征翌日だから、とりあえず休んで、とイーアンはドルドレンにお願いする。ドルドレンはイーアンを抱き締めながら頷いて『今日、このままが良い』と駄々を捏ねた。
「休んでほしいです。でもこのままだと私も休みかねないです」
「イーアンも休めば良い」
「私は昨日回収したものの処理があります。ゆっくり行うつもりですけれど、休むわけにも」
ヤダヤダ言うドルドレン。貼り付いて離れないので、かなりのトラウマを背負っている気がした。『一緒に工房にいる?』イーアンが胸にべっとり貼り付く伴侶の頭を撫でながら訊く。ちょっと止まって、ドルドレンはまたイヤイヤ言っている。
「どうしてイヤなの」
「工房に行ったらダビが来る。余計なのがいつも来る」
うーん・・・そうか。多分それはあるかもしれないけれど。作業をしないわけにもいかないし、どうしたら良いものやらと、イーアンは白髪交じりの黒髪を撫でながら考える。
「困りましたね。ここで行う作業ではないし。ドルドレンも嫌がるし。どうしましょう」
「今日は休めば」
「それが出来ればそうしますけれど。一応ね、ナマモノですから、そうもいかないのです。
じゃ、ちょっとだけ工房に行くのはどう?今日は、回収した指とか顎を灰に入れます。それが済んだら、毛皮をここに持ち込んで作業できるかも。毛皮なら何とかなる気がしますよ」
どーお?とイーアンが伴侶の顔を覗き込む。ちらっと灰色の瞳がイーアンを見て、イーアンの胸にすりすりしながら『それならまぁ』と妥協。ぱくっと胸にかぶりついたので、頭をぺちっと叩いて止めさせるイーアン。
「叩かなくてもいいと思う」
「痛くないでしょ。朝はだめって言っています」
ぶーぶー文句を言う甘えん坊ドルドレンに笑いながら、イーアンは頭を撫でて今日一日の作業の効率的な運び方を考えていた。
灰は早く集めないと、暖炉に火が入ってしまうから・・・時間を見て、もう暖炉に火を入れる頃かなぁと思い、イーアンは灰を広間に取りに行くと言う。ドルドレンは『もう行っちゃう』と嫌がる。
「でも。火が入ると灰は取れないから」
すぐね、すぐですよ、とイーアンは宥めつつ、ドルドレンをよいしょと引き剥がし、チュニックとズボンに着替える。『その格好じゃ嫌だ』見るなりドルドレンがダメ出しを言い渡すがイーアンは『汚れるからよ』と笑って流す。
「帰ってきたら着替えます。それなら良いでしょう?」
上着を着て、青い布を羽織って、駄々を捏ねるドルドレンにキスをしてから、イーアンは急いで広間へ行った。
広間を確認すると、ロゼールが今から火を熾そうとしていると知り、ちょっと待ってもらって灰を出したいと伝えると。
「さっき出したんです。出したばかりで裏にありますから、あれは熾きが入ってないですよ」
そう言って、裏に連れて行ってくれた。見ると鉄の箱に灰がわんさと入っている。『これ、どうせ庭木に撒くだけですから』とロゼールは教え、イーアンにこれを使うようにと言った。
お礼を言って、イーアンは工房に魔物袋(←回収した指と顎入り)を取りに行き、数回往復して裏に運んでそれぞれに灰を詰めた。
ぎゅうぎゅうに詰めて灰をまぶし、指は2袋分で済んだが。顎が。形が難しくて灰が行き渡らない。とりあえず、顎を分けて入れていた袋に、無理やり2つずつ押し込んで灰をまぶして4袋にした。ちょっと袋の口が縛れないため、そっと引きずって工房に運び、5往復して全部を入れた。
灰が付かないまま、むき出しになっている箇所がないように、灰を手に掬って歯茎や切り口の筋肉や皮膚に馴染ませた。大きな歯だなと思いつつ、これに噛まれたら、腕なんて一回でちぎれちゃうかもと怖くなった。
灰まみれになりながらせっせとまぶして、袋を壁に立てかける。手を洗って拭いてから、次は魔物の皮を7枚。どうやって上に運ぼうかと悩んだ。一つがロールにしても大きくて、一抱えくらいある。重さはそれほどないにしても、2つを運ぶのは大変。
ドルドレンが待っているから、早めに戻らなきゃと焦るイーアン。悩んでも時間しか経たないので、仕方なし、一つずつ運んで7往復することに決めた。
一つめを持って寝室に入ると、ドルドレンがベッドから上体を起こしてこっちを見た。『それだけ?』と訊かれて『後6個運びます』と答えると、部屋から出たくないけどと言いながらも、渋々一緒に来てくれた。
優しいドルドレンに感謝して一緒に運んでもらい、ドルドレンが2つ、イーアンが1つで2往復で済んだ。
「せっかく起きたのだから、朝食は食べた方が良くありませんか」
イーアンはこのノリでご飯を食べさせる。イヤそうにしているので引っ張って広間へ連れて行き、朝一で朝食を受け取って食べる。何故かふてってるため、食べさせてやって(※総長36歳)合間に自分も食べるイーアンは、可笑しくてずっと笑っていた。
厨房から二人を見ている、ロゼールたち料理担当の心境は、総長がどんどん子供返りしている気がしてならなかった。
「イーアンはママだな」
「俺さ。最初にイーアンが来た時に遠征で怪我したんだけど。馬車で手当てしてもらって、この人ママだろって思った」
「総長には間違いなく、ママ」
「ママで妻(※未婚)。どうなの、それ」
総長に任命されてから肩の重荷が壮絶だったし、解放されて優しくされる日々に、人目も憚らない甘えん坊になってしまった、と結論が出た。
ひそひそ噂されているとも知らず、二人は朝食を食べ終わって食器を返し、寝室へ上がる。ようやく二人だと喜ぶドルドレンは、イーアンにあの碧色の艶ありテロテロ生地の服に着替えて、とねだった。
「着替えを指示されるとは。あのね。あの服に着替えても何もしませんよ。私は皮を加工しますから」
でも着替えて、と煩いので、イーアンは指名された(?)胸ナシ体形には厳しい衣服を着用した。この格好で皮をゴリゴリするのはどうかと悩むが。ドルドレンは大喜びで抱き締めてすりすりしているため、こんなことで喜んでくれるならとイーアンも微笑んだ。
「そう言えば。私たちは遠征報告会議をしていませんね。あの時も。出向で年末に南に出た時と、イオライセオダのタンクラッドのも」
「年末年始は俺が済ませている。出向はそれほど複雑じゃないなら、紙で資料を用意すれば済む。昨日のは、俺が夕方に書類だけ作っておいた。会議はクローハルたちが戻ってからだ」
あら。イーアンは伴侶の座るベッドの横に行って、肩に寄りかかってお礼を言った。『ごめんなさい。気がつかないで任せっぱなしでした』灰色の瞳を見上げると、微笑むドルドレンはイーアンの頬を撫でながら『仕事だから』ちゅーっと額にキスをする。
「そんなことより」
ドルドレンは愛妻(※未婚)を両腕に抱き締めてベッドに倒れこむ。慌てるイーアンは『皮を』と言うが大きな手で口を塞がれる。
「ちょっとゆっくりしよう。家の話もしないといけないし」
愛妻の目が何度か瞬きしたので、ドルドレンは口を塞いだ手を外してニコッと笑った。『家だ。俺たちの』ぎゅっと抱き締めてベッドに転がる。
「建てるのですか」
「そろそろな。本部に伝えて、壁を壊して裏庭を拡張したいと伝えた。そこに自分が家を建てると話したら」
「随分と率直にお伝えになって。本部の方って。あの人たちでは大変だったでしょう」
「意外とすんなりだったぞ。よそに建てろと言われるかと思って、言い返す内容を考えていたが、必要なかった」
「そうなの?どうしてそんなにあっさり受け入れたのでしょうか」
それはね、とドルドレンは愛妻の螺旋の髪の毛を指に巻きつけながら教える。出て行かないから、ってだけ・・・と。
「出て行く。出て行くって誰がです」
「俺。俺とイーアンだろうな。イーアンのことは訊かれたが『当然一緒だ』としか答えていない。そこから先は、特に何も言われなかった。騎士は辞めるやつも多いのだ。俺が総長になってから、俺は見るからに神経がやられていたから、辞めるかも知れないと思われていたそうだ」
「ドルドレンは責任感が強いから、辞めることは出来ないでしょうね。そうでしたか。でも支部の敷地にかかる場所に『家』でしょう?個人の。大丈夫なのですね」
イーアンとしては不思議な感じがした。
会社で言えば、支社の支社長が、敷地に秘書と住むからと(※発想が極端でドラマ仕立て)家を建てますよ・・・そう言っているようなものに聞こえる。
それってよっぽど、社長がのびのび自由で気にしないか、すごく優秀だから部下を切りたくないか、でもないと。いや。でも。ドルドレンは確かに優秀だから、そう思えば有なのか。
ふぅんとイーアンが理解しようと頑張っている姿に、ドルドレンは笑いながら彼女の髪をかき上げ『そんな変な話ではないよ』と言う。
「いまや、イーアンだって騎士修道会に不可欠だ。なんたって、王が後ろに来たからな。王は毎日本部に北西の支部の報告書を確認させているという。菓子で釣れたな」
「やだ。何て言い方をするの。お菓子で釣っていませんよ。彼は素朴なお菓子を食べたことがないから、たまたま気に入ったのですよ。高貴な身分の人としては、随分と敷居の低い方ですもの」
イーアンが笑ってドルドレンの頬をピッと摘まむ。笑顔のままちょっと睨むと、ドルドレンがキスした。
「ともあれ。俺たちの家が建てられる。イーアンの工房が、日陰にならない位置を確かめて、壁を壊して家を建てるぞ。広い方が良いな。子供はいないけれど、モイラやボジェナが遊びに来れる方がいいな」
「子供。欲しい?」
「いや。前にも言ったが、俺は馬車で育っているから、子供だらけだっただろう?全員自分の親で、全員自分の子供なんだ。だからそれほど、子供がどうとか考えないのだ。親父と祖父は四六時中、毎年どこかで子供が生まれていると思うが」
それにイーアンと一緒というだけで充分、と優しい伴侶は微笑む。『普通は石の家を建てる時、子供がいるかどうかで部屋を増やす。俺はそういう意味で、広い家を建てるのは来客のために、と』ドルドレンは分かりやすいように説明した。
どこまでも温かくて優しいドルドレンに、イーアンは嬉しかった。大きな広い胸に頭を乗せて、片手で彼の体を撫でた。ありがとうを何度も言いながら、その温もりに目を閉じる。『祖父と父親は毎年子供が』と聞いて笑ってしまったが。 ・・・・・ん?祖父。
「え。お祖父さん、ご存命なの」
「あれは死ぬ気がしないが。いるだろ、どこかに」
「あ。では彼は馬車ではないのね」
そう、と伴侶は頷く。体が冷えるとかで、馬車を親父に譲って、どこだったかに落ち着いたと話した。イーアンはどこかでまたお祖父さんにも会ってしまいそうで、不安が過ぎった(※不安しかない女性の敵)。
「イーアン。不安そうだな。でも大丈夫だ、馬車じゃないから来ない」
「そうですね。彼は、お祖父さんは。確か彼もお若いのですよね」
ドルドレンは、以前にも話した年齢差を教える。それにより、彼のお祖父さんは、67歳くらいと知るイーアン。驚きしかない。親だ、普通。親の年齢(※パパ52歳・ジジ67歳)。
それもまだ精力が漲っているとは恐ろしい。毎年子供って。無責任にも程があると、イーアンは怪しからん気持ちになる。
ハイザンジェルにいるのかどうか。それを質問すると、ドルドレンは多分そうだと思うと答えた。『でも馬車を降りたのは結構前だし、前、他の国に行きたがっていたから国外かもな』あまり関心ないよ・・・と言うので、お祖父さんの話はここで終わった。
こんな具合で二人の午前はお喋りしながら、まったり過ぎる。
体をさわさわし始めるドルドレンに気が付いて、イーアンはそろそろ皮をやらないと、とベッドを降りて魔物の皮加工ステーキングに入る。ドルドレンはぶーぶー言っていたが、言いながらも見守っていた。
毛皮だから加工段階が短く済むことと、魔物は普通の生き物よりあっさり加工が進むことで、話しながらの作業。にしても大きいし長いため、たっぷり一日、両手を痛めるくらいの時間をかけた。
途中でドルドレンも手伝ってくれたので、イーアンは幸せだった。二人でこんなことが出来るなんて嬉しいと伝えると、『魔物を挟んで、夫婦仲が良くなるなんて』とドルドレンは笑っていた。
「何がどうなるか。分からないな。魔物なんて憎たらしいどころか、破滅しかない相手だったのに」
「本当に。魔物がいて、私たちは出会って。そしてこれからも一緒に、魔物を相手に動いて」
「全部退治したら、平和に幸せに暮らすんだ。俺とイーアンで」
キスしながら、抱き寄せながら、二人は出会えて一緒にいられる幸せを感謝した。派手な羽毛の毛皮を掴むのは難しくて、手が痛くなっても、こんな話が出来る伴侶といられることにイーアンは嬉しかった。
家の話は、その日で度々持ち上がり、イーアンが図を描いたり、ドルドレンが思いついたことを書き足したりした。
久しぶりに二人だけの時間が流れて、久しぶりにドルドレン曰く『余計なもの』もなく、二人は穏やかに休日を過ごした。昨日のストレスはとっくに忘れ去られ、どうでも良いものになり、ドルドレンは家の話しをしながら早く結婚したいと願っていた。
夜もとても素晴らしい快感と喜びに包まれる。イーアンを労わりながら、ドルドレンは適度に時間を調整し、楽しく満喫した。
お読み頂き有難うございます。




