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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
313/2950

313. 北東援護遠征からの帰還

 

 虫の居所の悪いイーアンに、ドルドレンは一生懸命機嫌取りに徹した。他の騎士たちは、最初は面白がって見ていたものの、最終的には自分たちも怖い思いをしたので、誰もからかわなかった。


 イーアンは野営地に戻ると、回収した魔物を一つ所にまとめて、ドルドレンとショーリと誰か魔物を怖がらない人に、一緒に後5頭の回収に来てほしいと頼んだ。


 北の騎士が3名くらい立候補して(※イーアンと目が合った)北の騎士たちが持ってきていたテントを包みにすることになり(※半強制的)イーアンたちは5頭の魔物を回収に向かう。



 仏頂面のイーアンは、到着するなり穴に滑り込んで、ざくざくと苛立ちを解体にぶつけた。『何が「男か女か分からない」のよ。不細工ですって?バカにしやがって』ちきしょう、と唾を吐くイーアンを。


 穴の上からじっと見つめる男5人。イーアンのイラつく言葉が怖くて中に入れない。ショーリはじっとイーアンを見ながら『総長。イーアンは女ですよね』と小さな声で訊いた。ギクッとした総長は『滅相もないこと言うな。今聞こえたら火に油だ』と注意した。


「いや、そうじゃなくて。俺が言いたかったのは、なんであの女がイーアンの顔を見て、あんなこと言うのか分からなかったから」


「ぬ。そうだな。どう見てもイーアンは可愛いし綺麗だ。それをなぜにあんな言い方をするのか。しかし、ああいった女が世の中にいると思うと気持ち悪いな。会った瞬間、追いかけられるのは気持ち悪い」



 ひそひそ声に気がついたイーアンが、イラつき満タンの顔で髪を振り上げて上を見る。


「なんです」


「何でもない。何でもない、何も言っていない。今日早く帰れるな、って」


 機嫌の悪いイーアンに怯えながら、総長は笑顔で宥める。北の騎士たちは、怖い奥さんを持つと大変だと同情する。ショーリもちょっと同情した。


「俺は。北西の支部に行こうかと」


「ショーリが。なぜだ」


「こうした回収の時、俺がいた方が楽じゃないですか。魔物も小さいのばかりじゃないだろうし」


 そうだけど・・・ドルドレンは言葉を止める。回収用に騎士を北東から引っこ抜くのも、また北東に何か言われそうだしなぁと考える。


「告示書を読んだ時。面白い話だと思ったのが率直な感想で。今回、まさか総長とイーアンが来ると思っていなかったけれど、初めてこうして、一緒に戦いの場を過ごせて有意義な気がしました」



 朝一番から動いていたのに、いろいろあって既に午後に入った今。イーアンの回収が済み次第、ドルドレンたちは北西の支部に戻る。ショーリは戻ってしまったら、そう簡単に、また話したり戦ったり出来ないことを、少し残念そうに伝えた。


「ショーリがいなくなると。北東の支部に影響が出るだろうな」


「どうでしょうね。上がアレですから。()が使えていない気がしてます。もっと俺をちゃんと使える場所で仕事をした方が良い気がしてますよ」


 うーん・・・・・ 唸るドルドレン。総長に直談判、と思えば、聞いてやれないこともないのだが。北の支部の騎士の一人が、二人の会話を聞きながら、ちょっと良いですかと割り込む。


「俺も、たまに思います。以前ツィーレインで総長たちに来てもらった時は、負傷者でしたから一緒に戦っていないのですけれど。でもあれだけ苦戦し続けていたのが、一気に魔物を壊滅させたじゃないですか。

 あんな戦い方があるんだと思って。いつも近くで見れたらなと思うんですよ。今回だって、8頭いたのが、半日で終わっちゃったじゃないですか。

 かれこれ10日近く?もっとか?ここは引き伸ばしていたのに。全然魔物退治の印象が違う。北もイーアンに毒を分けてもらって同じようにしたら、もっと早く片付くと思うと。やり方って大事ですよ」



 そうだねぇと思うドルドレン。でも実際には、イーアンを連れ出さなくても、昼間に襲えたら、多少手古摺るにしても倒せるはずの今回の魔物。上司の判断が良くないんだな、と感じてしまう。


「ショーリ。来て下さい。運ぶのを手伝ってもらえませんか」


 穴の中からイーアンの声が響き、ショーリはテントの幕を手に穴に下りた。中で少しずつ小分けに包んで、ショーリが往復して回収した魔物を運び出す。

 最後にイーアンを抱えて出てきたのを見て、ドルドレンは大人と子供のような状態に見えた。最初に怖がっていたのに、イーアンは懐いたのか(?)ショーリの片腕に乗っかると笑っていた(※干し肉効果)。



 機嫌が戻ったのかなと思って、イーアンを見つめるドルドレン。ちらっと見るイーアンに微笑むと、イーアンは『私はそんなに顔が奇妙なんですね』と寂しそうに呟いた。

 ドルドレンはイーアンの顔を両手で挟んで覗き込み、『俺が一度でもそう言ったことがあるか』と訊いた。イーアンは目を伏せて、頬を両手に挟まれたまま首を振る。


「だって不細工って言われたから」


 それは確かに可哀相だ、とドルドレンも思う。だが不細工ではない、と同じ言葉を繰り返したら傷つくので、ドルドレンはちゃんと『イーアンは綺麗だって、いつも言ってる』と教えた。


 よしよし、と頭を撫でると。なぜかショーリが横に立って、ドルドレンの手を払ってイーアンの頭を撫でた。イーアンが見上げると、大きなショーリはちょっと笑顔を浮かべた。


「俺は。イーアンみたいな女を見たことがない。すごいな。頭も良くて、度胸もある。それに犬みたいに可愛いな」


 頭を撫でるショーリに励まされ、『犬か女か』でちょっと悩んだが、イーアンはお礼を言った。手伝ってくれてとても助かった、と伝えた。ショーリは頷いて、また肉をくれた。


 6人はこの後、回収した魔物の体を一まとめにして、ちょっと引きずりながらゆっくり野営地に戻った。



 先に回収したものと合わせてから、大きな包みにして結び目を作り、ミンティンに運んでもらうことにした。


 ドルドレンはアルドマに話しに行き、先に話を通していたクローハルとチェスの言葉もあって、ここの遠征は完了となった。

 アルドマはまだ言い訳をしたり、嫌そうな感じだったが、アルドマの部下たちはホッとした様子だった。


「今回の援護遠征は、北も北西も報告書を出す。話を変えたら、それはすぐに訂正させると思え」


 ちょっとチェスを見て、ドルドレンはアルドマにはっきりそう告げた。ツィーレインの谷の奥の報告書を書き換えたチェスは、俯いて目を反らしていた。アルドマは悔しそうにしているだけで、何も答えなかった。


 アルドマのテントを出たチェスに、北の支部のテントをすぐに購入するようにと総長は伝える。『今回、回収に使ってしまったからな。これは消耗品の項目にテントを報告しておけ』と教えた。チェスは了解し、援護遠征に来てくれたことに礼を言った。


「あの。北ではまだ応戦してるんですが。イーアンの使った毒はまだありますか」


「訊いてみないとな」


 イーアンに相談すると、もうそれほど残りがないと言う。『でも。ツィーレインの町の裏の森に、あの魔物がいれば』と思い出し、それを倒したら手に入ることを教えた。チェスは怖がりなので嫌だった。



 クローハルとシャンガマック、弓のヤンとイゴル、クローハル隊のメイーレとゴウェインに、気をつけて戻るようにと総長は声をかける。イーアンが龍を呼び、ミンティンに荷物を(くわ)えてもらうと、二人は龍に乗った。


 ショーリが見送りに来て『総長。考えておいてくれ』と別れの挨拶をした。青い大きな龍に跨るイーアンと総長を眺めて、『面白いな』と笑った。


 見送られる中、龍は空に浮上して北西の支部へ戻っていった。



 龍飛行の間。イーアンは静かだった。傷ついているのかなと思って、ドルドレンはイーアンの腕にずっと手を置いていた。時折、イーアンが振り向いて微笑む。

 ドルドレンはその顔を撫でて『俺のイーアン。すごい人だ』と何度も言った。本当にそう思う胸中と、迫力の現場を見た恐れが交錯していた。



 ――しかし怖かったな。イーアンは昔とても荒れていたそうだが。アレは確かにケンカしていたと分かる。蹴りをかまそうとするか、女相手に。いや、イーアンも女だから有といえばそうだが。


 ひょえ~怖え~・・・・・ 今回はイーアンが察して理解してくれたから助かったが、あれが女の思い込み言動でもっと酷かったらと思うと。おお、脳髄がぶっ壊れそうだ。俺も蹴られているかも知れん。

『蹴る価値もねえ』とか言っちゃって。おっそろしい~ 価値を下さいっ。おっと、恐怖で斜めな方向で頼んでしまいそうだ。いかん、いかん、蹴られてしまう。


 まともな意識がすっ飛びかねない恐怖ってあるんだな。何だっけ。怖すぎたからちゃんと思い出せないけど・・・『欲しけりゃ私を殺しに来い』って言ったな。いやいや、無理。こんな人に勝てるわけない。肝っ玉が据わり過ぎだ。殺しに行く?殺されに行くの間違いだ。

 私は魔物を殺す女、って・・・・・ そのとおりだ。この人ホントに殺すんだよ。本気でぶっ殺すんだから。合ってるけど、その自己紹介は止めた方が良い。言えないけど。


 おおお。しみじみ考えるものではないな。うちの奥さんは怖過ぎる。普段はとても可愛いんだけど。怒らせると、いつ命を取られるやら。今日はいや、しかし助かった。本当に命あってのモノダネだな。守って下さって神様、有難う――



 今後の安定した人生のため、女は出来るだけ助けないようにしよう、と誓うドルドレン。女はシャンガマック辺りに任せて、俺は安全枠の老人子供限定で、と堅く心に言い聞かせた。



 ハラハラしながら祈りを捧げたり、心に誓いを立てたりして、支部に戻ると夕方前。


 龍に工房前の庭で降ろしてもらい、荷物をそこに置いてもらう。イーアンはミンティンにお礼を言って空に帰す。


「私はこれから、この回収したものを工房に入れる前にきれいにします」


 ドルドレンは頷いてイーアンを抱き締めて、頭にちゅーっとしておいた。『イーアン、俺を信じてくれて有難う』ちゅーしながら呟くと、イーアンも抱き締め返した。


「あなたの場合は。親切心って分かっているので。あの人は本当に、クソ・・・ちっ。うん、もういいや。何でもないです」


 怒りが一瞬蘇ったらしかったが、イーアンはいつものイーアンに戻る。温度変化にひやっとしたが、戻ったと分かって安心したドルドレンは、イーアンの頬にもキスをしてから『書類を先に作る』と執務室へ向かった。



 包みを解いたイーアンは、油と布を持ってきて、まず羽毛毛皮を拭いた。大きいので全部拭くのに時間がかかる。でも丁寧に、ちょっと筋や筋肉が残っているのも取り除いて、きれいに拭く。


 爪と顎は、大きめの塩袋と灰が必要なので、厨房に行って相談した。


 ロゼールが夕食の準備で入っていたので、挨拶を交わして、空の塩袋があるか訊ねると『ありますよ』と言って、外へ一旦出てから持ってきてくれた。


「イーアンが。前も使ったからね、だから取っておくことにしました」


 気配りに感謝して、イーアンはお礼を言う。8つの塩袋を受け取ってから、ちょっとロゼールの顔を見つめた。『何です?』笑顔でロゼールは聞き返す。今日の女はロゼールにちょっと似ていたな、と思って見てしまったので、イーアンは微笑んで首を振った。


「何でもないです。ロゼールは性格が良い人で良かった」


 うん?ロゼールは何のことやらと思ったが、イーアンはお礼をもう一度言ってから、広間の暖炉に移動した。


 暖炉の網の下に落ちている灰を集め始めたイーアンだったが。でも。まだ赤い火が見えていて、燃えてしまいそうで困った。灰は明日にしようと思い、とりあえず工房に袋を持ち帰った。袋に顎と指を入れて、窓から工房に移す。


 羽毛毛皮は油を入れたから、後は卵でも塗っておこうかと考える。一晩置いたらぱりぱりになりそうで、もう一度厨房へ行って、卵の在庫を訊ねると。ロゼールが計算してくれて50個くらいで良ければ、すぐにと言ってくれた。

 有難く受け取って、工房に持って帰り、7枚の皮に卵を均等に擦り込んだ。


 イーアンの今日の作業はこれで終わり。すっかり辺りが暗くなる頃。ドルドレンが迎えに来て、風呂と夕食を済ませて、二人は寝室へ上がった。


「疲れる一日だった」


「そうですね。休みましょう」


 ドルドレンは精神的な疲労がたたって、夜を励める状態ではないと自覚していた。イーアンも今日は、不愉快なことが多かったので、二人は今日は健全な眠りにつくことにした。

お読み頂き有難うございます。

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