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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
312/2947

312. 北東の魔物退治後半・イーアンVS女

 

 ドルドレンの隊は同じ頃。


 シカの死体をドルドレンが放り込んだまでは同じだったが、そこに食らいついて取り合いを始めた3頭の唸り声で、うっかりチェスが『ひぃ』と声を上げてしまった。


 ドルドレン以外は、木々のある後ろにいたものの、その声で魔物の一頭が見上げて飛び上がってきた。


 ドルドレンが急いで剣を抜いて斬り付けるが、魔物の振り上げた腕を落として首に傷を負わせただけで、魔物が怒号の咆哮を上げた。体液がブッと首から吹き出たのをドルドレンが避けると、魔物はドルドレンではなく、木の後ろにいる他の騎士を見つけて走り出した。


 シャンガマックが立ちはだかり、北の騎士もそこに着いたが、剣を振るおうとして光の撥ねる魔物の体に一瞬目を背けた。

 魔物は、頭を反らした北の騎士の一人に狙いを定めたようで、大きな口を開けて突進する。


「シャンガマック、斬れ!」


 ドルドレンが叫ぶと同時に、『おう』と答えたシャンガマックが跳び上がって魔物の背中を斬りつけた。北の騎士が屈みこむと同時くらいで斬られた魔物は、背中の痛みに跳ね、シャンガマックの剣を振り飛ばして、そのまま森の中へ走りこんだ。


 着地したシャンガマックが、追おうとして向きを変えると、ドルドレンが『お前は、穴の2頭の状態が変わったらそれを斬れ』と命じて、ドルドレンが手負いの魔物を追いかけた。


 シャンガマックは命令に従って、すぐに穴に駆け寄る。2頭の魔物が痙攣し始めているのを見て、作戦を思い出し、弓引きのヤンに矢をかけろと命じる。


 ヤンはすぐに矢を放ち、即、魔物の様子が劇的に変わるのを見つめた。口を大きく開けて天に向け、息が出来なさそうにしているのを確認してから、シャンガマックはヤンにもう一度矢を放つように指示し、北の騎士たちに『あれが酷くなるはずだ』と伝え、魔物の動きが止まったら首を取れと指示した。


 そして急いで自分も馬に跨って、総長の後を追った。



 ドルドレンは森を駆ける魔物を追う。目の前に逃げて走る魔物の姿を、決して見逃さないようにして、頬を打つ枝も構わず、馬を駆ける。


 徐々に不安が募り始める。この方向は。集落だと分かった時、ドルドレンは大急ぎで馬を速めた。魔物が何かを見つけたように方向を変えて、木々の間を走り抜けた後。


 目の前で人間に襲い掛かろうとするのを見て、ドルドレンは馬から跳躍し、魔物の背中の上に降りて目一杯の力で剣を付きたてた。


 もんどり打つ魔物の背の反らしに、剣を引き抜いて跳び、魔物の前に回りこんで首を掻き切った。倒れる魔物の絶命の咆哮が静まるのと引き換えに、ドルドレンの荒い息がその場に響く。

 襲われた人間はどうかと思って、ドルドレンが振り向くと、地べたに伏して震える女性がいた。


 屈みこんで肩を擦り『もう大丈夫だ』とドルドレンは声をかける。『怪我はないか』と地面にうつ伏せる女性の肩を少し持ち上げると、怯える女性がドルドレンを見て震えながら抱きついた。


「怖かった。怖かった」


 涙を流しながら抱きつく女性。抱きつかれて困るドルドレン。とりあえず怪我がないと分かり、丁寧に女性を離して、自分の肩に絡まる両腕を掴んで解いた。


「大丈夫だ。魔物は死んだから」


 若い女性で、30前後くらい。オレンジ色の髪の毛をまとめて、そばかすがある白い肌を見るとロゼールを思い出す。涙を流して震えているので、距離を保ちながら、両手を支えて立たせてやった。


「家はどこだ。集落のどこかだな」


 女性は頷いて、家のある方を指差した。


 女性が襲われたのは集落を取り巻く細い私道で、私道をぐるっと回って集落の入り口に繋がっているのがわかる。森沿いの道に出ていたところだったのだろうと見当をつけて、ドルドレンは集落の入り口まで送ると伝えた。


 女性を立たせて歩かせようとすると、腰が抜けて歩けないとへたり込んだ。仕方なし、抱き上げて運んでやるドルドレン。



 ――こんな場面を誰かに見られたらどうすりゃ良いんだ・・・・・ イーアンにちくられたら、殺されるかも知れん。頼むから誰も見るなよ。俺は民間人に良いことをしているだけなんだ――ー



 女性はじっとドルドレンを見つめて、少しずつ泣き顔も治まりつつある。視線が突き刺さるので、ちらっとドルドレンが女性を見ると、涙顔で微笑まれた。


 ドルドレンとしては、ロゼール(※部下)の女版を抱えているような気持ちで、何とも奇妙な違和感で一杯だった。集落の入り口の杭のある場所で、ドルドレンは彼女を下ろした。『ここならもう大丈夫だろう』では、とドルドレンが帰ろうとすると、クロークを引っ張られた。



 やめてくれよ、と思いつつ、振り返ると。女性(※ロゼール似)が顔を赤くして見上げている。ぬうっ。これは嫌な予感しかしない。ドルドレンは渋い顔でクロークをちょっと引っ張って戻そうとする。


「お礼を。うちでお茶でも」


「結構だ。まだ魔物退治がある」


「少しですから。あっ・・・・・ 」


 言いかけて女性がへたり込んだ。これウソでしょ、とドルドレンは思うが、女性は杭に(もた)れかかって『家まで歩けない』と言い始める。

 額を押さえて困るドルドレンに『そこの、白い洗濯物がある奥の家なんです』と自分の家を教える女性。


 畜生、と思いつつ。絶対誰も見るなよと心で叫びながら、もう一度抱えてやって、洗濯物の下がる家に向かうと。


「総長」



 見られた―――――っっっ!!!



 げーっと驚いて振り向くと、馬に乗ったシャンガマックが自分を見つけたようで近寄った。そしてすぐに、馬を止めて『総長?』と総長の後姿からはみ出る女性の存在に気がつき、怪訝な顔をした。


「シャンガマック、ちょっと、ちょっと待ってろ。良いか、絶対俺を一人にするな」


「へ?」


 変な命令を食らってシャンガマックは困惑するが、とにかく『行くな』という意味かと理解して、頷いた。目の前でドルドレンは、早足で女性を家の扉の前に送り届け、何やらあれこれ言われて(すが)られているらしかったが、何とか説き伏せたのか駆け足で戻ってきた。



「帰るぞっ。早く、早くするんだ」


「え。ええ、はい」


 どうやら総長が逃げたいと分かって、シャンガマックもちょっと後ろを向いたものの、走って馬に飛び乗った総長を追いかけて戻った。


 森の中を戻りながら、シャンガマックは『何だったんですか。さっきの人は』と質問した。総長は困惑した顔で『魔物に襲われたんだ』と事情を説明した。


「というと。総長は見初められて」


「やめろ。そんな、とんでもない言葉を使うな。イーアンに聞かれたらどうする」


「でも。あの人、総長の名前とか訊いていませんでしたか」


「訊かれたが答えていない。お前の名でも言っておけば良かったか」


「勘弁して下さい。集落の人ですよね?田舎の人だから、勘違いされます」


「俺だって勘違いされかけたんだ。魔物に食われそうだったから助けただけで、爺さんだろうが子供だろうがオカマだろうが・・・いや、オカマはないか。助けるだろう、普通」


 シャンガマックは、総長は格好良いので時々こうしたことがあるな、と知っている分(※自分もある)同情した。

 戻る道。総長は、ひたすらイーアンに知られたらどうしよう、と恐れながら心配していた。



 そして。魔物の穴に戻ると。イーアンがいた。イーアン御一行様到着済みだった。


 悪いことをしていないのに、なぜかドキドキしてバレないように緊張するドルドレン。シャンガマックも『ああ・・・』と困ったように声を落とした。


 ニコニコしながらイーアンが近づいてきて『こっちの魔物も、北の騎士の皆さんが退治してくれましたよ』と報告に来た。


「ドルドレンとシャンガマックが、一頭逃げたのを追いかけたと聞きました。倒したのですね」


「うむ、そう。そうだ。あの、その。あっちで」


 歯切れの悪い伴侶に、イーアンはちょっと気がつく。『何か問題が』言いかけてシャンガマックが割って入った。


「いや、問題はない。ただほら。イーアンはいつも回収するから、それがちょっと。あっちは無理だというか」


「ああ、そういうこと。いえ。倒した場所を教えて頂けたら、もしくは連れて行ってもらえたら」


「ダメだ。ダメダメダメダメ。行ってはいけない。とっても危険だ」


 何かもの凄く重圧の多い言葉を上から降らせる、真顔で焦るドルドレンに、イーアンは様子がおかしいと思って『本当に何もないんですよね』と短当直入に質問する。


「何もない。何もないんだよ。良いんだ、イーアン。今日はここの魔物だけで充分な成果だ」


「倒しましたか?倒したのですよね」


「イーアン。総長は疲れているんだ。でもちゃんと倒したから。それは安心してくれ、俺もいた」



 二人の様子が気になるものの。


 倒したと言っているし、何か危険な理由もいろいろありそうだしと。あまり聞くのも良くないかなと思ったイーアンは、分かりましたと返事をして『ここの魔物を回収しますから、ちょっと待っていて下さい』と用件を伝えた。


 ドルドレンとシャンガマックは、とりあえず顔を見合わせてホッとしてから、クローハルたちの話を聞くことにした。その間、イーアンは穴の中に入って、魔物の体から皮を剥ぎ、使えそうな爪などを取り除いた。



「イーアン。手伝うか」


 ショーリが穴の上から声をかけたので、イーアンは『どなたか袋をお持ちでしょうか』と訊ねた。ショーリは見渡して、馬にかけておいた荷袋があることを教える。


「魔物の体を入れるのです。汚れても良いものを」


 イーアンは穴から叫んで、ショーリに皮と指を見せた。ちょっと驚いたものの、こうした回収を続けていることは噂で聞いていたので、ショーリは荷袋を2つ3つ集めて穴に下りた。


「ありがとうございます。皮はこのままで良いでしょうけれど、細かいものは袋がないといけませんね」


 忘れてきちゃったと呟きながら、魔物の第一関節から指を切り、袋に詰め込むイーアン。顎をじっと見てから、顔が大きいからここでは無理かなと独り言を言う。


「どうした。何かしたいのか」


「この。歯を取りたいと思ったのですけれど。魔物の顔があまりにも大きいので、馬に乗せて戻れるか気になります」


「顔?歯?」


 ええっとね、とイーアンはしゃがみこんで、魔物の開いた口の脇にナイフを当てた。そこからざくざく顎の筋肉を切り始めて、骨が見えた時点で、顎の片側に足をかけてぐいっと足で押しやった。筋肉で繋がる部分にまたナイフを当てて、喉笛から舌から切り外して、下顎のもう片側を切り取った。


 あっさりと、5分もかからないで切り取った下顎と。下顎を失くした筋肉丸出しの魔物の体の両方を見て、ショーリは固まっていた。


「大きいでしょう。これ。使えると思うのですが、如何せん運ぶのに難しそうです。でもどうだろう、乗るかしら」


 どうしようかしらねと言いながら、とりあえずもう一頭取りますかとか何とか。イーアンは思い立ったら即実行なので、もう一頭の下顎も外しにかかり、やはり同じようにして切り離した。


「う。イーアン。これは、これ。これを。どうしたいんだ」


「ショーリにお願いして、上に運んでもらうことは出来ますか」



 小さいの(※イーアン)が自分を見上げて、派手なでかい毛皮と、指入りの袋と、下顎2つを運んでくれと・・・・・ 

 確かにイーアンの体では持って上がれないだろう、と思うと。ちょっと気持ち悪いにしても、ショーリは下顎を掴んで運んであげた。結局ショーリに全部上に運んでもらってから、最後にイーアンも運んでもらった。


「すみません。助かりました。ショーリは大きいからあっという間ですね」


 嬉しそうなイーアンに、いろいろ戸惑いながらもショーリは頷いていた。運ばれた毛皮と、袋の口の開いたところからちょっと出てる指と、顎とわかる体の一部に、そこにいた全員が気持ち悪そうに顔をしかめた。


「これを持ち帰るのか。イーアン」


 ドルドレンに訊ねられて、イーアンは何か持ち帰れる大きな布を探すと話した。『ミンティンに運んでもらえるように包もうと思って』まだ向こうに5体あるし、とナイフで向こうを示した。



 その時、森の中から一人の女性が出てきた。


 ドルドレンとイーアンは話していたので気がつかなかったが、チェスが一番に気がついて振り向いた。『あ。どうしたんですか』と声をかけた。


 騎士の何人かが振り返り、場違いな民間の女性を見つめた。女性は、ドルドレンの姿を見つけて笑顔になって駆け寄った。


 シャンガマックが気がつき、さっと動いて総長と女性の間に入った。『誰ですか』急いで言葉をかけてその足を止める。


「あなたは、さっき馬に乗っていた人ね。私はあの方に助けてもらったんです。お礼もちゃんと言えなくて。いなくなってしまったから」



 ドルドレンがギョッとした顔で女性を見て、イーアンもその女性に気がついた。イーアンは女性と伴侶を交互に見て『これは』と訊ねる。女性はイーアンの存在を見ていないまま、ドルドレンに近寄って真ん前に立った。


「またお会いしたいとお願いしたのに。お名前だけでも教えて下さい」


「無理だ。なぜ助けるたびに名乗るんだ。必要ない」


「だって。会いに行けないじゃないですか。名前を聞かせて下さい」


「会う必要がないだろう。助けただけだ」


 イーアンはやり取りを聞いていて、ちらっとシャンガマックを見た。さっと目を反らすシャンガマック。何となく経緯が読めて、黙ってやり取りを見ていることにした。

 すると伴侶が、黙るイーアンをちらちら見ながら『違う。誤解だ』と焦って言う。女性もようやくイーアンの存在に気がついて、ドルドレンとイーアンを見てから顔を曇らせる。


 観客に回ったクローハルはニヤニヤしながら腕を組んで見ている。北の騎士たちもちょっと意外な展開に、少し顔が笑っている。ショーリは無表情で総長と女を見ているだけだった。



「この人。あなたの、何かなんですか?女なの、この人?」


 おいおい、とイーアンは思う。鎧を着てるから分からないかもしれないけど、性別が不明かと自分に困る。ドルドレンは慌てて『イーアン、気にするな』と声に出す。


「え?女の人なの?こんな格好で?・・・まさか、この方の何かって訳じゃないわよね」


 会ったばかりで随分な強気に、ちょっとイーアンも驚く。勝気なんだなと思いつつ、きっとドルドレンが助けてあげたから、気に入ったんだなと理解した。


「その。あなたは彼に助けてもらったんですね」


 とにかく彼女に帰ってもらおうと思って、イーアンは話しかけたが、女性は嫌そうな顔で頭を振った。


「そうよ。あなたに関係ないじゃない。彼は私を助けてくれて、それで怖がる私を慰めて、家まで抱きかかえてくれたの」


 ドルドレンが真っ青になり、イーアンを凝視する。イーアンも眉根を寄せて、ちらっと伴侶を見た。クローハルは嬉しそうに笑顔。


「そうなのですか」


 イーアンの低い声に、ドルドレンは焦る。『腰が抜けたとか立てないとか言われたから、早く運んで帰ろうとしただけだ』と説明したが、言い訳のように聞こえる。シャンガマックも気の毒そうに総長を見つめるのみ。


「違うわ。彼は泣いた私を慰めて、それでしっかり抱えてくれて、私の家に来たのよ。そうでしょ」



 ドルドレンに何が何でも認めさせたいような強引さで、女性はドルドレンの腕を掴もうとしたが、イーアンがそれを止めた。『触る必要ないです』と一言注意すると。


「うるさいわね。男か女かも分からないような顔してるくせに。彼は私が好きなの。口出さないでよ」


 イラついて怒鳴った女性は、イーアンに掴まれた腕をぐっと押して、イーアンを突き飛ばした。



 突き飛ばされてイーアンは転がる。『イーアン!』ドルドレンが急いでイーアンの横に走って、抱き起こす。灰色の瞳で女性を睨みつけ『何なんだ、いい加減にしろ』と窘める。


「なんで。さっき私を助けてくれたじゃない。その後だって抱きかかえてくれたのに。好きじゃなかったら、あんなことしないでしょ」


 誤解一杯の発言に、周囲も見守り続けるだけしか出来ない。シャンガマックが溜め息をつく。ドルドレンが立ち上がって、迷惑な女性の行動に怒ろうとした時、イーアンが立ってドルドレンを止めた。


「私が」


「でも、イーアン」


「あんた、だから邪魔なんだってば。あんたの顔じゃ、この人に合わないのくらい、分かんないの?」


 怒りを抑えたイーアンは静かに震えながら、無表情に地面を見つめる。ドルドレンは気配で何やら危険を感じ取って後ずさる。クローハルもニヤけが止まって、イーアンの変化を不安になりつつ見つめる。


「人の。助けてくれた人の行為を。よくそこまで、都合よく勘違いできるものです」


 低く震える声でイーアンは女性を睨み上げる。カーッとなって顔を赤くした女性がイーアンに怒鳴る。


「煩いわよっ。勘違いじゃないっ。あんたみたいな不細工に言われたくないわよ」


「実に気の毒です。なぜそんなに醜い姿を、初めての人に見せるのか」


「うるさいっ!黙っててよ」


 逆上した女性は、イーアンの右の肩を掴んでもう一度突き飛ばそうとした。イーアンは肩を引いて、その手を避け、右足を一歩大きく後ろに下げた。


 体勢を崩してよろめいた女性に、イーアンはそのまま左に重心を預けて、左足を軸足に右足を振り上げた。赤い毛皮が翻る。びっくりする女性の即頭部ギリギリで、振り上げた右足を止める。イーアンの表情は、魔物を殺す時と同じくらい冷たい顔だった。


 イーアンの後ろでドルドレン仰天。シャンガマックも口があけっぱ。クローハル以下、口がぱかんと開いた状態で、女性の頭の真横で足を止めた蹴りに見入る。



「バカやろう。避けることさえ出来ないヤツなんか。蹴る価値もねえ」


 低い声でイーアンは自分を凝視する女性に鼻で笑った。足を下げて、へたり込んだ女性を見下ろした。


「彼が欲しけりゃ、私を殺しに来い」


 へたり込む女性を一瞥し、ドルドレンに振り向く。びくっとしたドルドレンが、困惑しながらイーアンに言葉を探す。イーアンはドルドレンを引っ張って、馬に連れて行き『先に乗っていて』と無機質な声で指示した。素直に馬に跨るドルドレン。なぜか他の騎士も素直に(?)いそいそと馬に跨る。


「ちょっと・・・あんた」


 我に返って立ち上がった女性は、手を着いた地面で何かを掴んで気がつく。指が。切り取られた魔物の指が転がっている。悲鳴を上げて指を放り投げ、ハッとした。周りにはさっき自分を襲った魔物の皮が置いてある。


 悲鳴に気がついたイーアンは、ずかずか女性の近くに来て、そこに置いたままだった魔物の指を荷袋に入れ、2つの下顎を自分の肩に乗せ(※意外と力持ち)長い毛皮を引っ張って、ずるずる引きずりながら馬に戻る。


 そして馬に近づいた時に振り返り、女性に冷たく笑った。



「こんな程度で怯えるのか。私はイーアン。魔物を殺す女だ。覚えておけ」


 吐き捨てて『クソッタレ(※怒り爆発状態)』とぼやきながら、回収した魔物の体をショーリに預けた。『運んで下さい』一言そうお願いして、何も言わずに受け取るショーリに下顎を任せ、荷袋を手に持ってもらった。


 5m前後の毛皮をぐるっと丸め、全員が馬に乗っている状態で、手薄そうな人に一つ持ってもらい、自分でも一つ持ち、ドルドレンの馬に『乗せてください』と声をかけた。ドルドレンはそそくさ降りて、イーアンを乗せ、自分も馬に乗った。


「一度野営地に帰りますよ。それから、もう一つの魔物の穴も回収します」


 良いですねと伴侶に確認するイーアン。ドルドレンはきちんと頷いて『もちろんだよ』と棒読みで大きな声でちゃんと返事をした。


 騎士たちは、女性をその場に残し、誰一人後ろを振り向かずに野営地へ戻った。

お読み頂き有難うございます。



挿絵(By みてみん)



イーアンが怒り、寸止めの蹴りを振り上げたところを絵に描きました。(掲載日:2020年12/13)



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