308. タンクラッドと魔物の回収
タンクラッドの工房に戻ったイーアンは、中に通してもらって今日の予定の話をする。
「ん? お前は今日は戻るのか」
「タンクラッドに切り出して頂いた鎧の部品と型紙を受け取って、持ち帰って作ります。槍もベルに渡せたらそうします」
「そういう。予定か」
「え」
お茶を淹れる横で、タンクラッドに確認されて止まるイーアン。とりあえず食卓へお茶を運び、椅子に掛けて他に何かあったかと思い出す。
「あれはどうした。話したのか、アオファの冠の話」
「ええ。それはドルドレンに話しました。大変がっかりしています。でもちゃんと、タンクラッドのことは伝えていますから、出かけられるとは思います」
「総長が、がっかりか。気の毒な気もするが。しかし自分が絡んでいるから、気の毒がってもいられないな。俺のことをどう伝えた」
「タンクラッドは、ご自身をカッコイイなんて、ちっとも思わない人だし・・・私の髪や顔を撫でたり、時々ちょっと抱き寄せるけれど、他に手は出されていないと言いました。
私はそうしたことが、タンクラッドの愛情表現だと思っていることと。私を女性として好きだとか、それ以上どうしたいとか、そうした気持ちはタンクラッドに全然ありませんよ、って」
タンクラッドの表現は特殊だから、誤解をされるかもしれないけど・・・そう伝えてありますと、イーアンは微笑んだ。
話を聞いている剣職人は、黙って目の前の可愛い大型犬を見つめた。この言い方は。俺がイーアンを好んでいることを、イーアン自身が理解していない・・・そういう意味かと知る。
暫くどう返事をして良いのか、考えてみたが。タンクラッドには良い返事が浮かんでこなかった。
確かに『手を出してはいけない』と思っているけれど、『女性として好きではない』わけないし、『それ以上どうしたいと思っていない』とか『全然そんな気持ちがない』わけでもない。
「タンクラッド。あれはどうでしたか。先ほどシャンガマックに渡したナイフですが、やはり金属でしたか」
話が業務的に戻り、タンクラッドは少し驚いて意識を取り戻す。『ああ』と答えて立ち上がり、工房へ行って、槍と切り出した板を持ってきた。何だかぼんやりしてしまって、タンクラッドは椅子に掛けて、ちょっと説明する言葉を探していた。
「この槍の刃は。あれで作ったのですか」
「そう。そうだ。作れそうだと判断して、やってみたんだ。最高温度で熱したら、殻は融けて液状に変わった。ダメかどうか分からなかったから、とりあえず鋳型に流してみた。その後、水に入れて出してみると、この通りだ」
「強度はどうでしょう」
「かなりのものだ。としか言いようがない。簡単ではないが白い皮を切れる。どちらも硬質だが良い勝負だ。他に試しようがないから、俺の所ではそこ止まりだ」
ただ、とタンクラッドは続ける。液状にした後は、最初の重量よりも目方が減ったらしい。
「相当な高温で熱したから、耐えられなかった余計なものは全て燃焼したのだろう。残った金属はそれもあってか、鉱物にも匹敵できるものが少ないくらいの硬度になった。この方法で使える量は少ないが」
ベルに渡す槍の刃のために、厚い板を1枚丸々使ったそうで。試作鎧のための部品は切り出したが、薄い板を切り出すことになってしまって、すまなかったと剣職人は謝った。
「とんでもないです。試作の鎧は試作ですので、これは使用しなければ端材でも極端な話、構わないのです。鎧工房に説明するための試作ですから。
それより、素晴らしい発見を教えて下さって有難う。私では決して知り得ないことです。タンクラッドがいてくれて本当に良かった」
タンクラッドは嬉しそうに笑みを浮かべ、喜ぶイーアンの頭を撫でる。『端材か。この殻の端材があればな。まとめて融かせるが』ちょっと思いついたことを口にした。
イーアンはハッとした顔をして、職人を見上げる。
鳶色の瞳がじっと自分を見ているので、タンクラッドはちょっと屈みたくなって、顔を寄せた。『どうかしたか』訊きながら目を覗き込むと、イーアンが距離に気がついて離れた。若干の残念感が残る剣職人。
「破片。それはあります。まだ残ってるかしら。一頭、殻を取らなかったのがあるのです。ミンティンが噛み砕いたので殻が壊れていて、私は鎧を作る気でいましたから、壊れた殻は放っておいたのです」
「それなら使えるぞ。どうせ融かしてしまうんだ。俺も取りに行こう。直にここへ運べば手間もない」
それがいいかも、とイーアンも同意する。アラゴブレーまで龍で行けば、それほどかからないで行って戻れる。これから取りに行けると時計を見て。腹が鳴る。
タンクラッドが音を聞いて、イーアンの顔を見る。目が合って、さっと反らすイーアン。
「イーアン。お前は食事をしていないのか」
「今日は朝忙しくて。でも大丈夫です」
再び腹が鳴る。イーアンはささっと両腕で胴体を抱える。タンクラッドがちょっと笑って台所へ行き、平焼き生地と乳製品を持ってきてくれた。
「お手数かけます」
有難く頂戴して、イーアンは苦笑いしながら俯いて食べた。『帰ってきたら、食事にしような』タンクラッドにそう言われて『はい』と、つい答えてしまうが、自分は鎧を作らないといけなかったのを思い出す。
「午後に戻れば良いだろう。鎧なら」
先手を打たれたので、イーアンも笑って降参した。タンクラッドがニコニコして、食べるイーアンを撫でる。
「お前を。俺がどうこうしようと思っていない、と伝えたのか。総長に」
何かな、とイーアンが職人を見ると。イケメンな甘い微笑で『そういうことにしておこう』と魂を揺するような柔らかな声で言われた。食べる速度が落ちる。言葉通りではない解釈を探すイーアンに彼は言う。
「その方が確か。お前の言い方では『自由で、何度も会える』んだったな」
撫でる手が止まり、タンクラッドがイーアンの目を見つめる。反らしにくい感じに、イーアンは食事を飲み込んで頷いた。職人は再びイーアンの髪を撫で始め、楽しそうに小さく笑っていた。
イーアンが食べ終わってから、二人は支度をして龍を呼んだ。剣を持ってきていないイーアンに、タンクラッドが剣とナイフを貸し、手袋を着けて、回収する袋や綱を荷物にした。
ミンティンが来たので、二人は龍の背に乗り、アラゴブレーへ出発した。
アラゴブレーへの道中。タンクラッドは思い出話と白い棒の話をした。シャンガマックの父親に渡した石こそ、あの白い鉱石だということ。そして白い棒を読んで知った『どんな人物が関わったか』の部分のこと。
「バニザットの話で、それを思い出していた。全部読んでいないが・・・棒の記録を見ると、これは俺のことだろうと思える部分があった。それと、人間と言い切って良いか、分からない存在もある」
「誰でしょう。今後出会うのかもしれませんね」
「続きはお楽しみだ。馬車歌にもある。照らし合わせると色彩が見えてくるぞ。少しずつな」
フフ、と笑うタンクラッドに、イーアンも微笑んで『いっぺんに知ると、覚え切れませんね』と頷いた。
アラゴブレーの奥の森に到着し、二人は龍を降りた。ミンティンにはそのまま待っていてもらい、イーアンは魔物の残骸を調べる。
殻を剥いだ3頭はもう灰色に変色し始めていて、表面は乾いて崩れてきていた。ぐしゃっと潰れた1頭は横たわったまま、噛まれた後も足も霜が降りて白い彫刻のようだった。
その霜を剣を抜いて削いで殻の状態を確かめると、胴体にめり込んだ部分は、小さくひび割れたからか変質していた。
欠けが大きな割れの部分は無事そうと確認できた。
「この色がそのまま残っている場所を、持ち帰りましょう」
イーアンはタンクラッドに声をかけてから、横倒しの魔物の足の内側に入って、霜を削りながら継ぎ目に刃を入れて抉り開ける。少しずつ刃を動かして、胴体にへばり付いている部分を切る。
「お前は。いつもこうしているのか」
ふと、イーアンが上を見ると、しゃがんで作業する自分を見下ろすタンクラッドが心配そうに見ていた。そうだと答えると、工房に持ち込んだ殻も、そこの死体から取ったのかと訊かれた。
「そうです。フェイドリッドに朝呼ばれて、その帰りにここに立ち寄って。あの3体から取りました」
「怖くはないのか。いや、イオライセオダの町のために戦ったお前に、この質問も愚問だろうが」
イーアンは微笑む。怖くないわけないでしょう、と答えてから『だけど、役に立つなら使わなければ』と続けて剣を動かす。
タンクラッドはイーアンに屈みこんで、その頭をそっと抱えて頭に口付けした。驚いたイーアンが見上げると『強いイーアン。祝福された女よ』タンクラッドはそう言って微笑んだ。
驚いているイーアンをそのままに、タンクラッドは横に背を屈めて、自分も剣で魔物の殻を切り始めた。じっとイーアンが見つめていると、職人は視線を受けて振り向き、少し笑みを浮かべて頷いた。イーアンも笑みを返して、二人は魔物の殻を剥がし続けた。
頭にキスされたイーアンは。ちょっと思い出すことがあった。
イオライセオダの町で魔物を退治する時、剣を受け取った際に、確かおでこにキスされた。あれは緊急事態だったから、お守りの意味だと思った。
今回もそう?そう・・・・・ だと思う。『祝福』と言ったし、その系列だろう。タンクラッドはさっき、微妙な発言を漂わせていたが、深く考えないほうが良いという結論に落ち着いた。
タンクラッドとしては。イーアンの頑張りにちょっと感動したため、それでつい頭に口付けた。尊敬と感嘆の気持ちを表現したら、ああいう行動になったのだが。これが変なきっかけで、距離を置かれないと良いなと若干の心配を持つ。でも。
大丈夫そうなら、時々ああしよう、とも思っていた。やはり少しでも口付けが出来ると、距離が縮まる気がして嬉しくなる。それは親方だし大事だなと、うんうん頷いていた(※親方の立ち位置便利)。
二人で作業するのと、タンクラッドがとても器用なこともあって、殻は早々、すっかりきれいに取れた。変色したり変質が始まっている箇所を取り除き、袋に分けたり、縛ってまとめたりして荷造りは済んだ。
「これで帰ろう」
タンクラッドがミンティンに持たせる分を口元に運ぶと、ミンティンは大人しく普通にそれを口に銜えた。ミンティンの顔をぽんぽんと叩いて『頼むな』と職人が言うと、ミンティンも首を揺らした。
二人は龍の背に乗り、イオライセオダに向かった。
さっきのタンクラッドとミンティンを見ていたイーアンは、ミンティンはタンクラッドを信用していると分かった。思い出せば、シャンガマックが星の動きを見つけたと、最初に星図を見せた時、タンクラッドが純粋な心であると話していた。
――その職人もまた、使命を与えられて存在するなら、もしかしたらその職人にも魔性を消して聖なる存在に変える・・・よほど純粋誠実な心で挑むのでないと、出来ない業でしょうが――
ちらっと振り返り、タンクラッドを見るイーアン。目が合って、ニッコリ笑う職人。イケメン職人の笑みを空中で食らうと落ちかねないので、腹に巻きついたミンティンの背鰭を急いでガシッと掴む。
龍がちょっと気にして、ゆっくり飛んでくれた。少しのんびりした龍飛行で、二人は10時頃に工房へ戻った。
工房に戻って、タンクラッドと二人で回収した殻を分けた。イーアンは質問する。『あなたは魔物を怖がったり、気持ち悪いと思わないのですか』すると職人は振り返らずに作業しながら、微笑んで答えた。
「あまり思わない。考えたことがないと言うべきか。山へ石を採りに行く時、ここ2年は魔物に遭遇することもある。だが倒すだけだ。一度、音をまともに食らって耳がやられたが、嫌な思いはそれくらいだな。怖くはない。
俺は思うんだが。倒さなければと思う場合は、恐怖が先に立つ。だから負けることもあるだろう。しかし倒せると知っているなら、それは恐怖ではなく期待だ。義務ではなく、自分を信じていれば、既に恐怖はそこにない」
イーアンは、彼がとても優れていると思った。人間的に、優れている。経験も学びも、研ぎ澄まして自分の宝に変えて使うことが出来る人間はどれくらいいるだろう。
「タンクラッドの言葉は重い。心に深く落ちて、私を支えてくれます」
良い言葉を聞いたと、イーアンは賛辞を贈った。振り向いてニコリと微笑むタンクラッド。向き直って、イーアンはその焦げ茶色の瞳を見つめた。
「これからも宜しくお願いします」
「もちろんだ。一生宜しくされても構わない」
どういう意味だと声を立てて笑うイーアンに、職人も首を振りながら笑った。『俺も宜しく頼む。一生な』とまた微妙な発言をしていた。
この後、タンクラッドにメンが食べたいと所望され、イーアンは早めのお昼作りに励み、麺を用意して塩漬けの鶏肉と一緒に煮込んだものを出した。
夜の分にもと、汁物は多く作っておき、そこに切り分けて小さくした練り生地があるから、それを入れて煮るようにと教えた。
ちょっとまた生地の内容が違うが、イーアンが教わった猫耳朵という麺(※発音は定かではない。そう聞こえていた)。
麺の長さはなく、イタリアのオレキエッテみたいな感じで覚えていた。イーアンはこれが大好きで、中国の友人に教わって重宝していた料理だった。茹でてソースをつけるとか、上に別にかけるとか、揚げるとか。いろいろ出来るが、鶏の汁物で煮るのも美味しくて大好き。キノコがあるともっと良い。
ちょびっと味見に食べさせたら、タンクラッドも気に入った様子。昼食後に作ったのだが、これもすぐ食べれると思ったらしく、夕食用だと伝えると少し寂しそうだった。
午後になり、イーアンが帰る時。次はいつ来るかを聞かれ、もしかすると援護遠征に行くかもしれないことを話した。
「北で大変そうです。私も行くかもしれません。鎧工房に出かけてからか、その前か分かりませんが、鎧と遠征が済んだら、また来ます」
タンクラッドはとても悲しそうな表情を向けて、イーアンの頭を撫でる。『お前が遠征。行かせるのは嫌だな』心配そうに呟いて、頭を抱き寄せた。ぬっ、と思ったイーアンは、そーっと頭を離しつつ、大丈夫ですと答えた。
職人はイーアンの荷物を持ってやり、二人は町の外へ歩いて、壁の外で龍を呼んだ。
「遠征が済んだら。鎧も。そうしたら白い鉱石を採りに行こう」
「そうですね。そうしましょう」
イーアンは龍に乗って、タンクラッドに手を振ってさよならした。タンクラッドも見えなくなるまで手を振った。
お読み頂き有難うございます。




