307. 剣職人とシャンガマック
次の朝。ドルドレンは早起きしていた。呼び出しを食らって、朝っぱらから執務室(※登校拒否状態)へ行かないといけない。
「イーアン。早馬で要請が来たらしいから見てくる。出かけるなら気をつけて。俺は手続きで、多分その後も容赦なく監禁される」
抱き締める愛妻(※未婚)との忙しない朝のお別れに、泣きそうな顔で旅立つドルドレン(※行き先執務室)を見送るイーアン。執務の仕事はよく知らないけれど、あまりドルドレンを追い詰めないであげて欲しい、と切実に願う。
「執務の方に差し入れをしたら、ちょっとはドルドレンの扱いが良くなるかしら(←ならない)」
心配しながら、今度おやつを作る時は執務室用にオマケも作ろうと決めた。
とりあえず、伴侶は行ってしまったので、イーアンは着替えることにする。
シャンガマックに、今朝は時間がないと聞いている分、朝食を食べる時間があるのかどうか分からないので、怪我に似合う『金持ってる盗賊系』の衣服に着替えて、すぐシャンガマックを探しに行った。
シャンガマックは広間にいて、鎧を身に付けているところだった。食事はと訊ねると、馬上朝食で済ませると言うので、イーアンは厨房へ行って保存食の余りがあるのを見つけて、彼に持たせた。
「まだあったのか。これが楽しみになる遠征というのも変な感じだ。でも嬉しい」
魔物製の鎧を着けた褐色の騎士は、大好きな『イーアン製保存食』を荷袋に入れた。鼻血が出たら大変だから、決して食べ過ぎてはいけない、とイーアンは教えた。シャンガマックは笑いながら『気をつける』と返事をした。
二人は裏庭へ出て、龍を呼んで背に乗り、イオライセオダへ向かう。龍に初めて乗るシャンガマックは、終始ニコニコしていた。
「楽しい。こんなに素晴らしいとは。また乗りたい」
口数の少ないシャンガマックは、イオライセオダまでの20分間をずっと笑顔で過ごし、龍を降りてすぐに感想を言った。彼がとても満足そうなので、イーアンも嬉しかった。
二人は町の中を通ってタンクラッドの工房に着く。『ここですよ』と塀の前で立ち止まったイーアンに『工房の名前は出していないのか』と、不思議に思ったシャンガマックは見回した。
「言われてみれば。気にしたことはなかったけど。でも名前はありますよ。アーエイカッダ工房です」
敷地に入りながら説明し、イーアンが扉を叩くと、すぐに戸は開いて笑顔のタンクラッドが出迎えた。その笑顔がすぐに真顔に戻り、後ろの精悍な褐色の騎士に視線が注がれる。
「おはようございます。彼はシャンガマックです。彼からあなたに大切な話があり、今日一緒に来ました。シャンガマック、彼が剣職人のタンクラッドです」
「俺に大切な話」
タンクラッドはイーアンだけが来ると思っていたから、後ろの若く、生真面目そうな男にちょっと驚いていた。中へ通し、台所近くの机に案内した。
シャンガマックは会釈をしてから自己紹介し、自分はすぐ帰るが、大事な話だと伝えた。
この時、シャンガマックも驚いていた。『お前も驚く』と総長に言われていたから、剣職人のことは気になっていたが。こんなに男前とは思わなかった。それに強そう。で、イーアンのお気に入りか、イーアンをお気に入りか。両方か。
これは・・・総長が悩むのも理解した。この男が、あのとんでもない剣を作ったのかと思い出す。イーアンの剣も作ったというし、この男が相手では。何だか分からないけれど怖気づく自分がいた。
タンクラッドがお茶を淹れようとしたのを見て、シャンガマックは、すぐに帰るから必要ない、と声をかける。剣職人は振り向いて手を止め、騎士をじっと見る。『そういえばお前の鎧はあの皮だな』騎士の鎧の雰囲気に気がついた。イーアンが作った、と答える騎士に、タンクラッドは目を細めてイーアンの作品を誉めた。
台所から戻ったタンクラッドは、自分の左にイーアンを座らせて、客人の騎士を向かいに座らせた。いつものように、イーアンの背もたれに腕を回して、イーアンの髪をナデナデしながら用件を聞く。
シャンガマックが目を丸くして驚いているので、イーアンは気にしないようにと小さく頷いて合図した。
「その。あの、星が。ええと。ちょっと待って下さい。落ち着かないので、その、彼女の髪を撫でている理由を聞かせて下さい。仮にもイーアンは総長の」
「知っている。だがイーアンを撫でるのはいつものことだ。イーアンは大きい犬のように可愛い」
何だそれは、とシャンガマックが口をぱかんと開けて驚く。
タンクラッドはちらっとイーアンを見て『な』と微笑んだ。イーアンは申し訳なさそうに、ちょっと恥ずかしいのを表情に出しつつ『この方はこういう方なのです』とシャンガマックに伝えた。
混乱する褐色の騎士は、どうにか意識を正して本題を話すことにした。何か絶対に違う感じをひしひしと受け取るのだが、自分には理解できない世界がある、と認識する。
「タンクラッドさん。俺は精霊と共にある。占術に通じ、星の動きを見てあなたの存在を見つけました。イーアンから話を聞いていると思いますが、俺たちはヨライデへ行く日が来ます。その仲間です。
仲間はまだいますが、ここハイザンジェルから出る時は、イーアンと総長。騎士では俺とフォラヴとザッカリア、そしてあなたの6名が一緒に出ます。
あなたの役割は、イーアンの先見の明です。イーアンは賢いけれど、彼女が動くためにあなたの経験と知恵が後押しします。彼女の行動の全てをあなたが補佐するでしょう・・・・・ あの、剣とか。そうしたことも全般です・・・・・ 」
言いながら、シャンガマックは落ち込む自分がいることに気が付いた。段々声が小さくなっていく。最後の方を伝えている間に、俯きがちになってしまったので、そっと剣職人を見てみると。
大人なイケメンが微笑んで自分(※シャンガマックも大人だしイケメン)を見ている。そして大人なイケメンはイーアンに視線を移して『なかなか良い立場だな』と笑った。ナデナデ続行中。
「そうか。俺もそんな気がしていた。俺はきっと、最後まで彼女と一緒だな?違うか」
「仰るとおりです。俺も一緒ですが」
「シャンガマックと言ったな。素晴らしい力を持つのだな。今後、世話になるのだろうから、宜しく頼む」
「はい。宜しくお願いします」
「シャンガマック、名前で呼ばなくて良いのか。姓で呼ぶほうが良いのか」
「俺は騎士修道会では姓で呼ばれてるので、気にしたことはありません」
「名はバニザットだったな。俺の古い知り合いに、お前と同じ姓の男がいた。俺より年上で、もう随分会っていないが、お前と同じように褐色の皮膚を持ち、淡い色の髪の毛だった。あいつを思い出す。俺はお前をバニザットと呼ぼう」
イーアンをナデナデするイケメン職人の言葉に、シャンガマックは止まった。『あの。あなたは幾つですか』探るように年齢を尋ねる。
「俺か。47だ。昔、若い頃に旅をして各地を回った時、話の男に暫く世話になった」
「 ・・・・・もしかして。あなたの工房の名は、隣の国のアイエラダハッドの呼び名を」
「ほう。よく気が付いたな。そうだ。この工房名・アーエイカッダはアイエラダハッドの古い呼称だ」
「シャンガマック。あなたはタンクラッドを知っているの?」
「違う。イーアン。俺じゃない、俺の父だ。父が彼の話をしていた。俺の父が一旗揚げに、若い頃、アイエラダハッドに出たことがあるんだ。アイエラダハッドに薬屋を出して、薬草や鉱物の貿易をしたんだ。父の店は大きな店ではないが、信用がある良い店になった。
ある時、怪我をした若い男が現れて、薬を買いたいと言われたそうだ。酷い怪我をしていて、よくこんな傷で動けるものだと父は驚いたらしい。安い傷薬を求めたらしいが、父は怪我が酷いのだから医者へ行くようにと言った。
だが彼には金がない。それを知った父は、その場で手当てしてやった。男は背中に怪我をしていたから、暫くそのまま面倒を見てやったらしい。金もないのにと男が困るので、父はこれも出会いだと言ってやったと。すると男は持っていた鉱物を差し出して、自分は剣を作る職人だという。金にはならないが、これは良い鉱物だからとお礼に差し出したそうだ」
「そうしたらその鉱物が貴重だったんだな」
温かな眼差しでタンクラッドは微笑んで、話を引き取る。シャンガマックの顔が見る見るうちに笑顔になり『やはりあなただったのか』と立ち上がって、剣職人の側へ行き、その大きな手を両手で握った。
「父はあなたに会いたいと最期まで言った。あなたのくれた鉱物のおかげで、俺たちは全員教育も受けることが出来た。父は店を大きくしなかったけれど、その鉱物が齎した薬は、俺たちの家族が充分に生活できる収入になったんです。それ以降、同じ鉱物を手に入れることはなかった、と彼は言っていた」
「風の噂でな。その時に渡した鉱物が、後々、貴重な薬として流通したと聞いた。鉱物と聞けば、この国の大体の者はイオライを思い浮かべるから、俺もその相談をされたことが何度か続いた。
だがイオライの鉱物ではないし、量を採れる石ではない。断るだけだったが、ではあの時にその石を受け取ったシャンガマックは・・・と思い出した。名はタガンダといったかな。
そう言えば。あの時、彼は結婚していなかっただろう」
「はい、父はタガンダです。結婚は後なのです。貴重な薬の調合でどんどん収入が増えて、父はアイエラダハッドから帰郷しました。真面目な父ですから、溜めたお金で、結婚したら、家族を豊かにしたかったのです。父はハイザンジェルでも薬屋を開きましたが、欲を出すことなく、小さな店で終わりました」
「そうか。シャンガマックの子供だったのか。立派になったな。お前は父親似だ。こんな形で会おうとは、運命とは面白いものだ。
俺はあの時、九死に一生を得た。だから、命をもらった場所の名前を工房の名前にして、ここを営んだ。今からもう随分前の話だ」
「古い呼び名なんですね」
「もろにアイエラダハッドでは、何だろうと思われるだろう。少しは捻らないと」
ハハハと笑った剣職人に、シャンガマックは頭を下げてお礼を言った。イーアンも心が温かくなる素敵な話に感動していた。
「あいつはそうか。もう。俺も会いに行って礼でも言えれば良かったんだが。いろいろあって、そのままになってしまったな。しかし息子に会えて幸せだ。バニザット、よく来てくれた」
「いいえ。俺の方こそ、あなたに会えるなんて。父の導きです。父も見ているはずです、きっと喜んで涙している。さぁ、俺はもう行かなければいけません。また会いに来ます」
時間を見て気が付いたシャンガマックが、少し急いだ口調に変わった。タンクラッドは立ち上がって『ちょっと待ってろ』と工房へ行き、戻ってきた手に黒緋色の不思議なナイフを持っていた。
「鎧を着けているということは。これから出かけるんだな。これをやろう。魔物の殻を焼いて作ったナイフだ。お前の父親の話の礼だ、持って行け」
シャンガマックはその不思議な色のナイフを受け取り、イーアンを見る。イーアンは微笑んで頷いた。
「有難うございます。大事にします」
「気をつけて行け。バニザット。また会おう」
イーアンは彼を支部に送るからと、一度戻ることを伝えて、シャンガマックと一緒に工房を出た。シャンガマックは、思ってもいなかった出会いに感無量の様子で、じっと黙って笑みを湛えていた。
支部に着いて龍から降りた時、シャンガマックはイーアンにお礼を言った。そして、この出会いは全てが繋がっていると言った。
「タンクラッドさんは父の恩人だ。彼は父が恩人だと思っているかもしれないが。イーアンを撫でるのを見て、複雑な気持ちだったけれど、あの人なら大丈夫だ。宜しく言ってくれ」
複雑な気持ちと言われて、イーアンも笑って同意した。『私もね。毎度のように撫でられていますから、複雑なのですけれど。きっと髪の毛の触り心地が気に入ったんだろうなと思っています』笑いながらそう説明し、とにかく素晴らしい出会いに自分も胸を打たれたと話した。
シャンガマックも笑っていた。その顔は、とても満足そうで、心から喜んでいるのが分かった。気をつけて行くように挨拶し、イーアンは再びイオライセオダへ向かった。
御読み頂き有難うございます。
ブックマークして下さった方がいらっしゃいました。とても嬉しいです!!有難うございます!!




