305. バリー来訪
ちょっと忙しい朝。
起きたらもう日が昇っていて、少し遅く起きた気がするイーアンは急いで予定を確認する。
ダビをイオライセオダに迎えに行き、戻る足で南へ飛んでバリーを迎えに行く。戻ってきてから、シャンガマックの脛当てを完成させ、バリーが帰る時にスコープを持っていってもらう。
「時間があったら馬車歌を見て、10個目の癒しの場所を探さないと」
昨晩は。毎度のことだが、ドルドレンにがっつり愛されて4時間後に眠ることになり、0時前にヘトヘトで就寝。なまじ誘うものではない。えらい大変だった。しかし伴侶は大変寂しかったのか、くっ付いたまま(※文字通り)離れなかった。
「私にも癒しの場所が必要かもしれない」
ぼそっと呟きながら、イーアンは有難い愛と、自分の体力の減少に悩む。遠征が入ってちょっとは体力を使ってもらえると違うのかと思いつつ、とにかく着替えた。
瘡蓋は少しずつ取れているので、きちんとした格好でも良いのだが。ここ2日間、楽だった『怪我にも似合います系』の格好に無難に留める。深いボトル・グリーンのシャツと、マホガニー・ブラウンのズボン、焦げ茶色のベルトと真鍮色の金具のバックル。長い革靴と大柄の蔓模様が刺繍してあるバーミリオン・オレンジの光沢あるべスト。
段々、金持ってる盗賊みたいになりつつある自分に、イーアンは気が付いていたが、これも怪我の時の冬服と認めて着用する。
ドルドレンを起こし、ダビを迎えに行きますからと伝える。40分くらいで戻るから、朝食は帰ってから食べると言うと。
「ダビ。もしかすると向こうで朝食を食べたいかもしれない」
なーるほど。それもそうです、とイーアンも頷く。では一緒に朝食にしましょう、とドルドレンの着替えを待つ。
ドルドレンはイーアンが、徐々に綺麗系からオリジナルのワイルドへ突入していることに、何やら萌えていた。抱き締めてくれてちゅーっとしてくれて。そして着替えが済んでから朝食へ。
早く春服を買いに行かねば、とドルドレンは朝食中も考えていた。衣服で楽しめる、愛妻(※未婚)のファッション・ショーに、ドルドレンは毎朝健康を取り戻す。これは自分の喜びでもある、と思うのだった(※衣服に金を遣ってくれる貴重なご主人)。
朝食を終えて、イーアンはダビを迎えに行く。時間にして、往復で午前の遠征に間に合うくらいの時間。少し遅れても大丈夫、とドルドレンは送り出してくれたので、イーアンも慌てないように出かけた。
親父さんの工房へ行き、ダビを呼んでもらうと。ボジェナがダビの腕にくっ付いて出てきた。ちょっと驚いたが、自然体で挨拶するイーアン。大人はちょっとのことでは動じないのだ。
「ダビはとても優秀よ、イーアン。次も泊まれると良いなと思うの。ゆっくり学べるし、お父さんもダビを育てたいと言っているの。食事の時間も楽しいわ」
嬉しそう。大変に嬉しそうなボジェナ。見ているイーアンも嬉しくなる。そうした機会をまた作りましょう、と返事をして、ダビを引き取る。名残惜しそうなボジェナに見送られ、ダビとイーアンは工房を後にした。
「イーアン。タンクラッドさんに会わなくて良いんですか」
「彼には仕事をお願いしたので、明日会います。今日はあなたを迎えに来ました」
普通の笑顔に普通の口調、普通の言い方。ダビはそれが不自然に思えたが、最近は怒らせてばかりなので、余計なことを言わないで黙った。
龍を呼んで、イーアンとダビは龍に乗る。殆ど会話のない状態で二人は支部に戻った。イーアンは龍には話しかけていた。あっさり支部に到着し、ダビを降ろすと、イーアンは再び浮上。
「ちょっと、ちょっと待って下さい。私はこの後どうしたら良いですか」
「今日は特にお願いすることはありません。普通に過ごして下さい」
イーアンはさっくり答えて、するる~と空へ飛んで行ってしまった。ダビは何も言われなかったことに、何かやるせなさを感じる。しかしまぁ。まぁいいか、と建物に入った。
龍は南へ向かい、次にバリーを迎えに行った。
南の支部に到着する時、下に既に人が出ていて、数人の騎士が手を振ってくれた。イーアンがミンティンを降ろすと、バリーが出てきて握手した。
「宜しくお願いします。この前は有難う」
「こちらこそ有難うございました。今日は宜しくお願いします」
バリーは騎士服ではなく、私物の衣服で明るい鮮やかなファイアー・オレンジのシャツと、黒いズボンを穿いていた。上にクロークを一枚羽織り、何だかとてもお金持ちっぽく見える。『その色はバリーによく似合う』と誉めると、バリーもイーアンの服を見て『あなたは素敵だ』とお返しに誉めてくれた。
大人な挨拶の後、龍を浮上させて北西に戻る。
初めての龍飛行に、驚きながらも笑顔が消えないバリー。『楽しいですか』とイーアンが微笑むと、バリーは頷いて『空から見ると世界が美しい』と感動を口にした。
龍で飛ぶことを喜んでもらえると、イーアンはとても嬉しい自分がいる。龍が好きだから、乗る人が喜んだら嬉しい。ミンティンにお願いして、ちょっと早く飛んでもらうと、バリーは子供のように笑って喜んだ。
そんな感じで戻ってきた北西支部。ドルドレンがお迎えに出ていて、むすっとしていた。顔を見るなり笑ってしまったイーアンは『龍が楽しかったようです』と伝える。
バリーは龍を降りて、総長に挨拶し『龍がいるなんて心強いですね』と微笑んだ。ドルドレンはバリーを執務室へ案内して、イーアンは一度工房へ戻った。
工房の暖炉に火を入れて、シャンガマックの脛当て完成に向けて作業する。途中だったから、細かい部分を合わせながら、長持ちするように手を入れる。
作っている最中にギアッチが来て『お勉強ですよ』と声をかけられた。開けるとギアッチとザッカリアがいたので、中へ通す。イーアンが作業中と分かったギアッチは、少しだけね、と微笑んで本を開いた。
お茶を淹れて、イーアンは作業を続行しながらお勉強。フォラヴに会っていない、と思った矢先、ギアッチが『フォラヴは今、別の支部へ』と言った。
「同級生がいないと気になりますよね」
そんなことを言われながら、勉強を続ける。ギアッチの教えが良いのか、ザッカリアが物覚えが良いのか。ザッカリアは文字を書けるようになっていた。イーアンは彼を目標にしよう、と伝えた。
ギアッチ達が短い勉強時間を終えて退室した後、イーアンは再び脛当てを作る。
「ギアッチ。普通だったわ」
呟く独り言。今日はバリーが来ていると知っているはずだけれど、ギアッチはいつも通りの彼だった。どこかで既にバリーが彼らを見ているだろうに、ギアッチは腹の据わり方が違うなぁとイーアンは感心した。用で呼ばれるまで作業をするつもりで、イーアンはこの後もせっせと脛当てを作り続けた。
ドルドレンに連れられたバリーは。執務室で話を聞きながら、彼らの予定を確認していた。もう少ししたら授業で、終われば演習で外に出るだろう、と言われ、演習を見ることにした。
「バリーは今日は何時までいるのだ」
「とりあえず一日、と伝えて来ましたが、早く済めばそれはそれで。あまりうろつくと、私の姿を見つけられそうですから」
「そうだな。それが良い。ザッカリアは・・・勘が良い。子供だからか、勘が良いんだ」
「授業というのは。こちらで教師は誰ですか」
ドルドレンは、世話役を買って出ているギアッチについて話した。もともと教師だから、若い者は彼に任せていることと、ザッカリアと同室で父親代わりの存在でもあると言うと、バリーは静かに頷いた。
「もし。それでしたら、もし、私がザッカリアを連れて行こうとしたら、ギアッチは悲しむでしょうね」
「そう思う。彼はとても良い父親だ。ザッカリアも彼を信頼している」
バリーは少し考えて、赤茶の髪をかき上げる。天井を少し仰ぎ見てから、『考えることが増えました』と呟いた。
ドルドレンはバリーと話しながら、いつも授業をする部屋へ連れて行き、廊下からでは見れないが、と前置きした。
「大体は午前か午後のどちらかだ。若い騎士や、勉強を積極的に学びたい者は授業を受ける」
「ここの部屋は、外から見れますか」
「外に面した窓はあるが、外から見れば、中からもすぐに見えてしまうな」
そのまま二人は裏庭へ向かい、裏庭の演習を見て回った。歩きながら、バリーの知っている異能について聞かせてもらったドルドレン。間違いなくザッカリアだと感じた。
「そう言えば。告示書が来ましたよ。剣と鎧は揃ったのですね。おめでとうございます」
「そうか。一昨日だったか、本部に告示書を回したのは。早かったな。で、そうだな。追って弓工房も行くだろう」
バリーは告示書に書いてあった、魔物を使う試みと目的、方針、活用後の見通しなどを褒め称えた。辛く厳しいだけの魔物相手の戦いに、光明が差したと喜びを伝えた。
「イーアンが発端だ。遠征に連れて行った最初に、魔物を使えないかと言い始めたところからだ」
「本当に使ってしまいましたね」
「本人も、素材として使えないとか、使ってもダメそうなら、すぐ諦めるつもりだったようだが」
「工房まで出来てしまって。大当たりといったところですね」
二人が歩いていると、午前演習の二部が始まる頃になった。端の方の、あまりこちらが見れない場所に動いて、二部を見ながら今後の話をし続けていると。
「うん?あの、あの子ではないですか」
「お。ザッカリアだな。そうか、ギアッチが早めに授業を切り上げたんだな」
「おお・・・・・ 」
ドルドレンは少し心配な気持ちで、横の男を見る。バリーの明るい瞳は何か、懐かしさを見つめるように遠くにいる子供を見ている。ドルドレンも、バリーとザッカリアは確実に同郷と分かっていた。
「あの子の目が見たいですね。雰囲気はテイワグナの南部の人間そのものです」
目か、と呟いて、ドルドレンはどうしたものかと考える。目が見える位置まで近づけば、ザッカリアにもバリーを見られてしまう。
うーむ、と悩んでから、こんな時は愛妻(※未婚)。と決めて、イーアンの工房の窓までとりあえず移動した。どうにかなるかな~と淡い期待を持ちながら、仕事中に堂々と愛妻に会いに行ける良い口実。
工房の前まで来て、ドルドレンは窓を叩く。室内が暗いので、ちょっと片手を眉上にかざしてガラスに近づくと、イーアンが気が付いて微笑んだ。
はー、可愛い。あー、可愛い。何、その笑顔は。もう襲っちゃうから・・・む。バリー付きだった。つまらん。そんなドルドレンの胸中を知らず、イーアンはすぐに窓を開けて『ドルドレン』と笑顔で名前を呼ぶ。
「イーアン。作業中にすまないが、ちょっと知恵を貸してくれ」
「あら。何でしょう。お役に立てれば良いですけれど」
バリーが横に立ってニッコリ笑って『お仕事中に申し訳ない』とイーアンに挨拶する。差し伸ばしたバリーの手の前にさっと立ちはだかるドルドレンは、事情を話した。イーアンとバリーは笑いながら、総長の動きに無駄がないと誉めた。
「ええっと。そういうことでしたら、私の工房にお入りになったらどうかしら」
「イーアンの工房から見るというのか」
イーアンは笑顔で『ドルドレンは今、工房に私がいるか確認するために、手で光を遮りませんでしたか』と訊ねた。そうだ、と答えると、私は見えていましたよ・・・とイーアンは微笑む。
「私がザッカリアを窓の前まで連れてきて、何か外で少し立ち話が出来るようにしましょう。工房の中は暗いので、作業机の辺りから外を見て頂けたら、表にいる私たちには見えませんでしょう」
「さすがイーアンだ」
ドルドレンはバリーを気にせず、イーアンを窓越しに抱き締めて、せっせと頬ずりした。笑うイーアンに苦笑するバリーが見ている。イーアンはドルドレンに貼り付かれながら、バリーに中へ入るように促した。
「ドルドレンもです。中へ入って下さい」
え~、と渋るドルドレン(※甘えん坊総長36歳)を、さぁさぁと中へ入れて、入れ替わりで外に出たイーアンは、棚にある木箱を指差す。『すみませんけれど。その木箱の中から丸い箱を取って下さい』イーアンに教えられて振り向くと、側面に禍々しい赤い書き殴りの呪いが書かれた箱があった(←ツィーレインの叔母さんにもらった箱)。
ドルドレンとバリーは一瞬固まるものの、何も言わずにその木箱を机に下ろす(※騎士だから躾は良い)。蓋を開け、中から円形の箱を取り出してイーアンに渡すと、イーアンはニコッと笑って蓋をあけた。
「これね。飴なのです。ザッカリアにあげたいな、と思って、いつも忘れてしまうから丁度良いです」
イーアンが飴の箱を持って、窓を閉めて裏庭へ走っていくのを見てから、ドルドレンは呪いの木箱を戻した。『その・・・呪いは一体』バリーが小声で尋ねると、ドルドレンは『これには事情がある』とだけ伝えた。
木箱が気になるバリーだったが、イーアンが笑顔なのも気になった。『開けたらお前は死ね』と書かれた箱に、可愛いお菓子を入れている時点でもの凄く違和感があった。食べたら呪い死にしそうな気がするお菓子・・・・・
複雑な気持ちで窓の外を見ていると、イーアンの声が聞こえてきた。ドルドレンとバリーは顔を見合わせて、ちょっと暗い場所に体を寄せて、明るい窓の外を見つめる。
イーアンがまず現れて、一緒にギアッチとザッカリアが姿を現した。イーアンが工房に背中を向けて手前に立ち、ザッカリアはイーアンを挟んで工房に向き合うように立つ。
まんまと釣られてやってきた子供は、イーアンの手から丸い綺麗な飴を食べさせてもらって、とても嬉しそうだった。ギアッチは気が付いているようで、決して工房を見ようとしない微笑が寂しそうだった。
「どうだ」
「はい、総長。彼で間違いない。あの子は今、11歳でしょう。神殿には当時4歳くらいの子がいました。恐らくその子です。あの子は、変わった能力がありませんか」
「一つ聞きたい。バリーはなぜその神殿の子供を覚えている。なぜザッカリアだと言い切れる。バリーは当時、すでに騎士修道会だっただろう」
「神殿にいた異能の持ち主の2人は、私の甥でしたから。妹の子供です」
バリーはそれ以上を言わなかった。2人のうち、もしザッカリアがその一人だとして、もう一人は見つかったのかどうか。それを聞くことも出来ないとドルドレンは思った。異能について喋れないドルドレンを見つめ、バリーは静かに、声を落として囁く。
「分かりました。ザッカリアは神殿から売り飛ばされた子供でしょう。私の。甥でもある」
ドルドレンは、バリーとザッカリアの顔や雰囲気が似ていると思っていた。髪の色も目の色も違うが、雰囲気が近い。親族だとまでは思わなかったが、似通い方から見るに、それは真実のような気がした。
窓の外のザッカリアは、食べさせてもらった飴に喜んで、イーアンの持つ箱を手ごと引き寄せて、次はどれが良いかと選んでいる。箱の中をいじくり回してから、気に言ったのを2つ選んだらしく取り出した。
『これ、ギアッチにあげる。俺これ』
満面の笑みで、後ろにいるギアッチに飴を一つ渡すザッカリア。優しい笑顔で受け取るギアッチは、ザッカリアの頭を撫でてお礼を言う。二人で食べて、美味しいねと顔がほころんでいる。
イーアンは自分も一つ食べて、箱をザッカリアに渡した。『食べ過ぎてはいけません。お父さんに聞いてね』とギアッチを見て笑うと、ギアッチも微笑んで『歯が痛くなるから、少しずつだよ』と教えた。
二人はイーアンにお礼を言って、窓の向こうから姿を消した。ザッカリアの声が『どこに隠そうかな』と響いたのを、バリーは悲しそうに、でも微笑みながら聞いていた。




