3047. ヘズロンの一日 ~③地下道の乱闘・『憐みの刃』〆・スフレトゥリクラトリの運んだ先
※この回は、とても残酷な場面があります。殺害の様子が数行続きますため、苦手な方はどうぞ無理せず、前半をスクロールして飛ばして下さい。後半は大丈夫(だと思う)です。
ミレイオとシュンディーンが、町の外の墓地遺跡で不審者を見つけた、昼過ぎ。までの時間―――
修験者に続け、またも不審者を見つけたドルドレンたちが、騒いだ二人組とひと悶着して、二人組が逃げ込んだヘズロンの古い地下道へ入り、二人どころか団体という大人数の一室へ飛び込んで、問答無用の乱闘開始、十数分後。
「殺します」
「分かった」
恐ろしく広い、複雑な迷路さながらのヘズロン古代地下道の奥、一室。
混乱と罵声と怒号と、けたたましい騒音と破壊音、埃や粉砕する家具が飛び散り、ともすれば剣も飛ぶ、ナイフも飛ぶ中、レムネアクが総長に行動を伝え、総長も許可。
この者たちをイーアンが見たら、必ず消すだろうと、ドルドレンも判断していたから。ドルドレンは手持ちの『歌の波』が、この数十人に何も作用していないのを、どう受け取るべきか・・・それは、後で考えることにした。今は、それどころではない。
―――従来は、地下で働く労働者の休憩所だった部屋に、ざっと40人のヨライデ人及び外国人が集っていた。
屯す理由など知る由ないまま、ドルドレンたちが踏み込んだため、即、大騒ぎと化し、出入り口兼用の扉一枚を背に、乱闘が始まった。
剣や斧や手元にある物で襲い掛かる連中を、ドルドレン他三名で対応しているのだが、らちが明かない上に、捕えてもやりようがない。
ロゼールとルオロフは、部屋の入り口付近で、一人も逃がさないように扉を守っている。至近距離で応戦しているが、並外れた動きの出来る二人は防ぐに徹しているので、武器を使わずどうにか保っている・・・
部屋の奥半分はドルドレンとレムネアクで対処していたが、最初こそドルドレンも、相手を気絶や悶絶させるように気を付けていたものの、悪党は遠慮など無し、殺す気で襲い掛かってくるため、どこかで切らねばならないとは思った。
更に、非常通路と思しき、背丈半分ほどの小さい扉が奥の右側壁に見え、そこの壁を外そうとしている数人に気づいた。これが止めようにも、いかんせん、人間が多すぎて邪魔が入る。
ドルドレン、ロゼール、ルオロフの身体能力と比べ、レムネアクは僧兵とは言え、常人の枠。鉈でしのぐも限界があり、人数が人数だけに『殺さないと間に合わない』と判断した―――
「こっちを見ないで下さい」
「慣れている。気にするな」
応戦に気を遣って怪我をする前に、相手を殺すことに決めた僧兵。
一言、総長の背中に断り、返事をもらうと同時に横から突かれる剣を避け、相手の肩に鉈を食いこませた。ぎゃあと声が上がるや、鉈は斜めに引かれて腕が肩と一緒に床に落ち、振り返った周囲の男数人がすぐ武器を向ける。
殺すと決めたら、僧兵に無駄な動きはない。レムネアクの鉈は、どこから突き出される腕でも踏み込まれる足でも、なんでもその刃で切り離し、のけ反る首を落とし、前のめりの背中を貫き、鉈を抜いた返しで別の頭を半分にし、胴を割り、倒れる相手を薙いで別の男にぶつけ―――
全く動きが止まらない僧兵は、一振りのたびに人間を刻んで、瞬く間に、レムネアクと周辺は真っ赤に染まる。
『剣は得意ではないから毒だった』と話していた、僧兵。
剣の技術も戦い方も、素人の延長かもしれないが。
血祭を、恐怖の欠片も持たずに、刃で舞う独り舞台を見る限り。
振り返ったドルドレンは、訓練を続けた自分たち騎士や、殺傷に長けた剣士でも、これほど殺人慣れした動きは出来ないと感じた。
どこを切れば離れる・どう切れば壊れる・どう刃を当てれば、早い。それをレムネアクは熟知して、余計な動作を省く致命傷を与える。相手の体躯に関わらず、鉈が動けば体のどこかが落とされてゆく速度は、ドルドレンの目にも・・・尋常ではなく映る。
どこか、人離れした空気をまとい・・・あの『憐みの刃』の作り出す空間なのかどうか。
彼は鉈に選ばれたのだと、それは伝わってくる。レムネアクの表情は、人と違う種族特有の『命を奪う感覚』に近かった。
そこら中に体の破片が飛び、壊れた体から出た臓器が狭い床に重なり、倒れた椅子や砕けた棚に赤い肉や内臓が乗る。十人そこらがレムネアクを殺そうと勢いで群がるも、赤く輝き、血潮の波のように光を上下させる鉈を見て、恐れ躊躇う。
レムネアクは血まみれで、誰の身体の一部か分からない破片が服に引っかかっているのを、叩いて落とすと、びっしょりになった真っ赤な顔をもう片手で拭い、顔に付いた髪を後ろへ撫で付け、剣を振り上げられないすぐ近くの悪党の方へ、呟いた。
「行け。俺の敵を殺せ」
誰に言ったのか―― レムネアクの足元に揺れた、陽炎に似た白い気体が天井へ上がる。それが死霊と大勢が気づく前に、死霊は生者を襲い始める。
ドルドレンの真横を掠めた死霊が、向かい合った男に覆い被さり殺す。呻くのもほんの束の間、喉や心臓でも潰されるのか、絞り出す息が聞こえる程度で、膝を折って倒れてゆく。
殺されたばかりの仲間は、鉈を持つ男の命令に従い、次々に悪党へ飛び、ルオロフとロゼールの周りも、白い煙に覆われた途端、応戦していた敵はバタバタと倒れて死んだ。
レムネアクの鉈を握る腕は、鉈と共有するように太い血管が浮き、赤く蠢く血の輝きを宿した鉈は、持ち主の行動に満足しているかのようだった。
ルオロフの薄緑の瞳は、部屋奥で真っ赤に染まった僧兵を見つめ、動き回る死霊の煙越し、彼が何一つ感情を動かしていないことを、感覚で受け取った。
ロゼールも同じで、全身に血を浴びたレムネアクの佇む表情に、どことなく満ち足りたものを見る。いつも一緒にいるレムネアクの、全く知らない一面にほんの少し・・・怖さがあった。
それは以前、コルステインがリリューの頭を握り潰した日の恐れと似ていたが(※1592話参照)、リリューはそれで死なないし、コルステインもリリューが死ぬわけじゃないと当然知っていての行為。
そしてもう一つの記憶が浮かぶ。コルステインたちと壺を取りに行った日のこと(※1320話参照)。人を解体した部屋に入って受けた衝撃。あの時より、自分は場数も踏んで強くなったが、レムネアクを見ていると、彼はあの部屋で行なう側に立つ人間だと感じる。
・・・レムネアクは、命を奪うことに対して。本当に、何とも思っていないのが伝わるだけに。
ヨライデという国の背景を改めて重ね、理解しようと務めた。彼にとっては、存在は命が終わっても続くものであり、別の形に移行するだけなのだ。
怖さは認識の違い、生死感の違い、と理解に頑張るロゼールは、レムネアクを友達と思った大切さを尊ぶ。
残酷極まりない終結に、ドルドレンはレムネアクを見つめ、彼の名を呼ぶ。40人ほどいた男は全滅し、死体の中心に立つ男は、ドルドレンから見て放心していた。
名を呼ばれたレムネアクは、すっと顔を向けて『終わりました』と報告。口に入った血を、顔を傾けて吐き出し、濡れた手で血の唇を拭う。
ドルドレンは死体を跨いで普通に進み、自分を見上げた茶色い目に『いつもお前に任せてしまう』と呟いた。首を少し横に振った僧兵の睫毛に、血の塊が乾き始めていて、ドルドレンは着けていた手袋を取り、彼の顔に触れる。
「あ」
「血が固まると、取りにくい」
「すみません」
驚かせないように、ゆっくり目を指で拭ってやり、謝った僧兵に微笑むと、『全身が乾くと動くに大変である』と・・・こんな壮絶な場所で、冗談を言った。そんなことを言う総長を初めて見たロゼールは、総長がレムネアクにとても配慮していると分かった。
レムネアクも口元だけ笑みを浮かべ、『少しやり過ぎたか』と頷く。
「この・・・浮かんでいるのは?お前の指示でどうにかなるのか?」
鉈を持つ男の側、少しずつ煙のような死霊の層が厚くなる。集まっていると感じたドルドレンが左右を見て尋ねると、レムネアクは『これは死霊です。今から解放します』と答えた。
「お前が殺しても、彼らは恨むどころか、言うことを聞く」
「はい。鉈の力です。生身の執着と未練の、全てから解放する『憐みの刃』たる力」
「こうして浮かばれるなら、それでもいいのかも知れないと思える」
どこまでが非情なのか。線引きは生きている人間のものなのかと、ドルドレンは思う。レムネアクは総長の足元に溜まった血の池に『あなたまで汚れるから、ロゼールたちの方へ』とお願いし、了解した総長は扉付近へ移動した。
「解放する。死霊の世界へ行け」
死霊が殺した人間の魂も、鉈で殺された人間の魂も、レムネアクは行くべきところへ送り出す。鉈を握った手を少し上に持ち上げて、どことも知れない空中に切っ先を向け、言葉にして伝えると、大勢の囁きが木霊し始め、白く煙った密室の空気も元に戻った。
肉体の破壊による血と内臓の臭いは充満しているので、レムネアクは『もう、出ましょう』と声をかけ、ロゼールたちは先に通路へ出る。
「ここに『念』憑きはいたのだろうか」
扉を開けた暗がりの通路に出たドルドレンは、死体の山の部屋を振り返る。奥から死体を跨ぎながらこちらへ来る僧兵に『いましたよ』と返事をされ、通路の三人は血濡れた男を迎える。
お疲れさまと労うのはドルドレンで、ルオロフは会釈で終わる。ロゼールも『すごいことになって』と眉根を寄せた呟きのみ。反応は気にしないレムネアクなので、とりあえず総長に部屋の中心を指差し、『念』憑きらしき人物を教えた。
「二人です。あの壁に書いてあるのは、私の知っている言葉ではありません。ヨライデ語でもないし、他の国の言葉でもないし、古語でもないからです。あの壁の側から動かなかった二人は、死霊が倒しましたが、死霊から聞いた限りでは」
「うむ。『念』はどうなった」
「離れたそうです」
*****
『念』憑きを殺し、逃げた『念』が乗り移った相手も死んだら、それはもう宿主がいないので、『念』も長持ちしないのか。
その辺は、曖昧で不確かなこと。そうも聞いたことがあるし、人間を探してとり憑くとも聞いている。
だがこの四人に関しては、思念体が入り込める要素も少ないので、互いを見合いながら『大丈夫』と確認して終わる。レムネアクは鉈があるし、ルオロフは人の状態とは違う(※あちこちで言われてる)。
ロゼールもサブパメントゥが入って、ドルドレンは・・・
「微妙なのは、俺である。だがビルガメスの毛もあるし、龍の祝福もある。ムンクウォンの面も持っていて、『念』如きがへばりつけると思えない」
「総長だけが、ちょっと気になりますね」
気になったところで、とりあえず表に出る。逃げた二人組を追って、ここまで来たため、道順はあまり記憶にないため、ここからロゼールが引き受ける。通路を少し進んでから、足を止めた。
「俺の移動手段を使います」
ちらっとレムネアクを見たロゼールは、目が合って微笑んだ。レムネアクは少し両眉を上げたが、微笑まなかった。でもその態度が遠慮していると分かるロゼールは、彼を理解したつもり。
「レムネアクが。俺たちの代わりに頑張ってくれたので。お礼です」
「お礼なんてことは」
否定しかけた僧兵の前に、青白い炎がぼうっと立ち上がり、目を見開く。無論、ルオロフもドルドレンも目を丸くして、暗い通路に現れた三つ頭の骨の狼に・・・声を失った。
「地上に運んでくれないか?出来れば、馬車があるところに行きたいんだ」
大きな青白い骨の狼に頼む、ロゼール。『乗っていいですよ』と凝視する三人に促す。レムネアクは血で汚れているので、どうしたものかと迷ったが、ドルドレンが彼を抱えて飛び乗った。
「すみません。ドルドレンさんの服が」
「慣れていると言ってある。気にしないで良い」
「そうです、レムネアク。それにこの狼は、汚れるとかそんなことないので、遠慮はしないで下さい」
「ロゼール・・・すごい友達がいるもんだ」
ハハッと笑ったロゼールは、レムネアクの手が握ったままの鉈に視線を映し『まだ赤いんですか?』と尋ね、しばらくこの色のままと教えてもらって頷いた。
「知っておきたかっただけで、質問に深い意味はないです」
「分かりました」
「では、地上に出ましょう」
レムネアクにも普通に答えてもらい、ロゼールとしてはこの短いやり取りに気持ちがほぐれる。青白い毛が包む首をポンと叩いて『いいよ』と号令。サブパメントゥ産のスフレトゥリクラトリは、主の号令と共に町の地面へ駆けた。
ちゃんと頼んだ通りに馬車近くまで戻ってきた・・・わけではなくて。出たところは、町の外れ。
「あれ?分からなかったか」
骨の狼はいつも間違えないのだが、なんか出たところが違う。ヘズロンではあるので、とりあえず背中を下りた。明るい表は太陽の光を薄雲が眩し、その下に立つ僧兵は一層真っ赤な異様さを見せる。
スフレトゥリクラトリ初搭乗したドルドレンはお礼を言い、ルオロフも唖然としたまま『有難うございました』と呟く。唖然続きの貴族だが、ふとレムネアクの視線を拾って、ここでやっと微笑む。レムネアクもやや憂いを帯びた感じで微笑み返す。
「レムネアクの姿が」
「無理しないで良いですよ」
「服は、いくらでも買えますので言って下さい」
ルオロフも、冗談を挟む。レムネアクが失笑し『この前もすみませんでした』と謝って、貴族は『服くらいどうってことはない』と返した。
骨の狼が帰った後。町外れの塀の側に出された四人は、土埃が塀を越えて来るそこから離れる。
乾き始めた血が黄色い砂を付着させ、レムネアクだけどんどん汚れてしまうので、ここから飛んで馬車を探すことにした。
「まだ離せないので鉈を持ったままですが、大丈夫ですか」
「問題ない。お前の汚れっぷりが気になる」
ドルドレンに背中を抱えられた僧兵は、その言い方に可笑しくて俯く。レムネアクに対し、他の三人は壁を取っ払って接することを選んだ。それを感じる僧兵は、受け入れられている感謝を、心で伝える。
四人は西門方面を探そうと浮上し、『レムネアクが早く着替えられるように』『昼食の時間が過ぎた』と話しながら・・・ 西はどっちだと、浮かんだ場所から八方を見渡した、時刻、昼過ぎ。
なぜ、スフレトゥリクラトリが町外れに出たのかを、知る。
「あれ。なんですか」
ロゼールの目が見つけたのは、もっと向こうの荒野に近い地面。そして、異常な速度で伸びる大樹―――




