3046. ヘズロンの一日 ~②『呼びかけの室』にて、幽鬼付きの修験者・女龍とトワォと、埋もれる剣
幽鬼じゃないのか。
後ろで呟いたレムネアクに、ドルドレンは振り向く。僧兵は『感覚的にですが、幽鬼では』と言った。
精霊バロタータに案内してもらう予定が、出発して15分後に離れてしまい、教わった先へはドルドレンたち四人で向かった。
ドルドレン、ロゼール、ルオロフ、レムネアク。人を探すことと、旧教の黒い剣を使う洞窟遺跡が目的で、まずはそちらへ行ったのだが。
近くまで来てレムネアクが、あちこちに視線を走らせて呟いたのが『幽鬼』。
入り口続きに、飾り付けが見える洞窟 ――『呼びかけの室』手前で(※内部様子は2908話参照)皆は立ち止まる。
ヘズロンは買われた都だったのを、レムネアクは思い出した。ピフィアの町の話が出た日、ふと過ったのは合っていた(※3004話参照)。
幽鬼の気配につられて記憶から浮かんだのは、新教になると幽鬼除けが、薬玉。
『人外除け』は、薬玉などの忌避剤を作って使うのだが、旧教は『消耗品ではない道具』が多いのを、最近知った。
この変化はもしかすると、森や林が近くない都でも、幽鬼が寄ってきやすい環境に変えたのか。
薬系統は、日が経てば当然、効果が切れる。旧教は、人外除けに道具を用いる分、長く寄せ付けていなかった可能性があり・・・
ここが遺跡目当てで新教になった町となると、今や人のいないヨライデ。薬も切れているだろうし、洞窟周辺に幽鬼が溜まっていても変じゃないかと思った。ところで―――
ドルドレンが、洞窟手前10mの無言足止めに、僧兵を振り向く。
続いてロゼールが『あれ』と眉を顰めて、ルオロフの薄緑の瞳も、洞窟の奥をじっと見た。
レムネアクもそれを見て、口を開きかけた時、『四人』とヨライデ語で先に言われた。
「幽鬼ですね」 「人間ですよ」
同時に別の感想が、ドルドレンの並びで呟かれ、ドルドレンは少し息を吸い込む。正確には、人間と一緒にいる幽鬼、である・・・ 四人、と声にしたのは、ざんばら頭で髭の伸び切った、初老の男。袖のないボロボロの上下に、粗布を肩にかけ、見える皮膚には分厚い塗料の絵模様と、肌荒れのかさぶたが付く。
「修験者だ」
レムネアクの一言で、初老の男の目が彼を捉えた。外国人の中にヨライデ人を見つけた男は、すぐさまレムネアクに『何をしに来た』と聞き、彼の左右と後ろに屯す幽鬼たちが同じ言葉を繰り返した。
何をしに来た。何をしに来た。何をしに・・・ 一斉に煩くなった、洞窟入り口。奇妙さにドルドレンたちはどう出るか考えたが、レムネアクが一歩前に出て、修験者と思しき男に答えた。
「人探しだ。そして、ここの洞窟を見に来た。それだけで・・・」
「人探し?知り合いがヘズロンにいるのか?ここを見に来たのは観光じゃないだろう。その外国人たちは、何だ」
「あんたの家じゃないだろうが」
レムネアクは詮索される理由がないので、そこまで教える気もない。
修験者が住みついている話など聞いていないし、恐らくここが居心地良かったと見当をつける。修験者はたまに見かけるが、人の多い町になどおらず、もっと静かな自然の中に居るもの。
町へ来る用事は、大体が食べ物目当てで、この男は人がいなくなったから、洞窟に来たのだ。
呼びかけの室を使えるわけもないし、この男がここで何をするとも思えない。
修験者だと善人か。悪人ではなさそうだが、幽鬼と一緒にいるとは疑わしい―――
訪問者の冷たく突き放す一言に、間が開いたものの、初老の男は幽鬼に何か聞いており、レムネアクの帯びる鉈に視線を走らせた。
「それは、死霊の鉈」
「そうだな」
「旧教の」
『あんたに関係ない』と無駄話を一蹴、レムネアクはドルドレンを見上げ『話にならないので、ここは後で、また来ましょう』と言った。その意味、精霊バロタータ同伴の方が良い、と含む。通じたドルドレンは承諾し、初老の男を一瞥すると踵を返した。
生き残っていたのはこの人だったかと、それで終わらせる。レムネアクが何も言わないので、思うに、『歌の波』を渡す必要のない人物・・・幽鬼に囲まれている時点で、確かに彼には不要な気がした。
立ち去る訪問者に、男はヨライデ語で何か喋っていたが、レムネアクは無視する。振り向くのも通訳も避けている彼の態度に、他三人も後ろを気にしないように離れた。
幽鬼は少しの間、気配の密度が高く感じられたが、これも次第に引いて終わる。
四つ辻を曲がり、洞窟のある大広場が見えなくなった一本先の通りに出て、四人は顔を見合わせた。
「なんだったのだ、あの男は。なぜ洞窟遺跡に住んでいたのだろう」
ドルドレンが歩きながらすぐに尋ね、レムネアクは自分の思うところを話した。修験者は普通、隠遁の生活をしているけれど、人が極端に減った町にいたのは、食べ物目当てで棲みついたかもしれないこと。
「どうして幽鬼と一緒にいられるんですかね」
素朴な疑問に眉根を寄せたロゼールに、『その辺は不明』とレムネアクも首を傾げた。
「事情が見えないです。遺跡と人探しをしていることは話したんですが、相手は一方的にこちらを探る質問ばかり。ですから、離れました」
「そうだったんですね。最後もずっと何か言っていたけど、あれは?」
「あれは・・・ 鉈に反応していたんです。私の鉈を、幽鬼が見抜いたらしくて。それを聞いた男は、旧教の神殿にあるものを盗んだのか、と」
「ああ~、レムネアクは盗人のように言われたから、無視したんですね?」
ルオロフが目を丸くする。レムネアクは頷いて『結局、あいつが欲しいだけ』と苦笑し、ドルドレンたちも笑う。
「私がどこからか盗んだと決めつけたみたいですね。幽鬼が何を言ったか知りませんが、こんな状況のヨライデですから、盗掘も盗難も自由という直結でしょう」
「でも、奪いには来なかった」
「はい。騒ぐだけで。だって、あの男の身体を見たら・・・私たちに力で適うと判断しないです」
フフッと笑ったレムネアクに、ルオロフも『あの身なりは酷い』と呟く(※汚いの嫌い)。ロゼールも思い出しながら、お風呂どころか衛生を無視した生活を続けていそうな様子に唸る。
「皮膚病もありましたね。痒そうだなって思いました」
「修験者で生きられる人間は、多くありません。風呂や水浴びの習慣が全くないですし、噂だと砂や泥で体をこすって清める方法もあるそうですから、一般人には難しいですね」
「いやですね」
間髪入れずに『嫌だ』と遠ざける赤毛の貴族にドルドレンとロゼールが笑って、レムネアクも『一生そうみたいですよ』と言いながら、自分もそれは遠慮と言った。ここでロゼールが、もう一つの疑問に話を変える。
「(ロ)総長。あの人、幽鬼何十体と一緒だったけど、殺されたりしないのも不思議ですよ」
「(ド)うむ・・・仲間のような印象ではあったが。森などで暮らしていて、共存する知恵でも付けたのかもしれない。善人側だとしても、彼に『歌の波』は」
「(レ)要らないですね。あの男に渡したら、幽鬼が離れる気もします。あいつはそれを望まないような」
「(ル)善人だと思いますか?」
「(レ)多分。修験者で、善人だから、幽鬼とも仲良くやってる、と捉えました」
「(ロ)その割には、レムネアクが鉈を持っていることに、盗人呼ばわりって」
「(ド)そんな善人もいるのだ、ロゼール」
軽くまとめた総長にレムネアクが笑って、確かにと頷く。善人だろうが何だろうが、祝福を受けて残ったのが理由であり、生来の気質や性格が多少歪んでいても、そこに意味はない。中には、間違いなく善人と存在で示す奇特な人物もいるが、そんな人ばかりではないのが現実。
「では・・・どうしますか?遺跡はバロタータと一緒に訪ねた方が幽鬼も追い払えるし、と思ったんですが。人探しは、あの男以外にもヘズロンにいると思いますし、もう少し歩きますか?」
「そうだな。彼一人と思い込んでは良くない・・・人の気配も何もないが」
当てもなく、バロタータも戻らず。
四人はまだまだ昼に遠い時刻で、次の行き先を考える。おかしな修験者の邪魔が入って、遺跡は見られなかったし、当人は幽鬼を身内にしていそうで話すこともなかったし。
『遺跡を訪ねる・人を見つける』その目的は、一応済ませたわけだが、これでいいと思うには、ちょっと納得いかないので・・・
「歩き回るには、広すぎる町である」
「いつもありがとうございます」
ドルドレンは、ムンクウォンの面で足元に2対の翼を広げ、レムネアクを同乗させる。ロゼールもお皿ちゃん付きで来たので、こちらはルオロフと一緒。
「飛べると違う」
ハハハと笑ったルオロフに、ロゼールも『こればかりは、魔物退治が終わっても使いたい』と同意した。
「では。上から探索だ。ゆっくりな、ロゼール」
はい、と答えたロゼールが浮上し、ドルドレンも彼の後に飛ぶ。大きな古都を少し低めに飛んで、人影や煙突の煙などを探し始めた四人は、馬車を置いた西の入り口から南へ北へとジグザグに行き来しながら、中心部を過ぎた南辺りで発見――― された。
「何者かが、騒いでいます」
ロゼールは真っ先に気づく。ルオロフもすぐ『ヨライデ語だ』とレムネアクを見て、ドルドレンに背中を抱えられるレムネアクは『聞き取れない』と首を横に振った。
「ヨライデ語かも知れませんが、はっきり聞き取れないですね」
「降りるか。二人いる」
二人いる時点で、何となく・・・ 悪人側ではないかと目を見交わす。善人はまず、一人ぼっちが多い。複数はめったに見かけないし、尚且つ、空に浮かぶ自分たちを見つけ、騒ぎながら手招きしているとなると。
「行くだけ行きますか」
仕方なさそうに呟いたロゼールの紺色の瞳を、レムネアクはちらっと見て微笑む。
「私が。やりますので」
その一言の重さを、ドルドレンは今日もまた切なく・・・ 彼に背負わせまいと思う。
「俺も一緒だ」
小さな溜息と共にドルドレンは下降し、ロゼールも続く。地上の通りで叫び続ける二人組は、空から降りてきた何者かを、全く恐れることなく、走って近寄った。
『自分がやる』と引き受けた僧兵に、ドルドレンは彼だけに背負わせないと気を引き締める。でも、この続きは―――
*****
ドルドレンたちがヘズロンの都で、胡散臭い二人組に向かい合う――― それより少し前に時間を戻して、出かけたイーアンはと言うと。
イーアンはここを、探し切れる気がしない。
連れて来られたものの。地図もご丁寧に用意されているものの。
海底に砂を被ったところも半分以上ある遺跡は大きく、道も神殿も丸ごと含む。言ってみれば、3階建てで、テーマパークのよう。
簡単に捉えてみると、長方形の敷地があって、両サイドに目立つ階段がある。地下へ降りる階段と、二階へ上がる階段だが、建物と道もある敷地だから、この他にも上下を行き来する階段は、敷地内側にいくつか設置されている。
通路も神殿も大きめではあるが、広いだけなら探すに問題なくても、沈没したため、崩れて埋もれるところも多い。
剣のある場所は長方形の敷地の一画で、『神殿から行列が進む先』と思う。印では一階付近だが、砂や岩で潰れ、凹んでいるし、それらしい台や広場的な雰囲気もなかった。
「消すのも・・・難しい」
うーん、と唸って、イーアンは自分の指に嵌った、青い指輪に視線を動かす。トワォ・・・ 私の龍気があれば、あの仔は大丈夫だろう。水の中だし。
ということで、トワォを呼び出す。おいでおいでと指輪越しに呼び寄せると、6枚の鰭を持つ、水生恐竜のようなトワォが現れた。本来は大きい体だが(※1065話参照)、指輪越しなので小さめ。
「トワォ。お久しぶりですよ」
『イーアン。ウミ。何?』
これこれこんな事情でしてね、とイーアンは海の仔トワォに協力を頼む。難しい言葉と長い文章は分からないトワォだが、剣を探すくらいは理解する。
あっさり理解してくれた頼もしい海の仔と一緒に、女龍は『ここら辺なの』とありそうな現場上で浮かび、トワォの反応を見ると、じっとしている・・・
「あら。どうしました。無い?」
『剣。ナカ。とおい』
遠いの?と下を指差すイーアン。早速、どこにあるかを嗅ぎつけたっぽいので助かったと思いきや。
ここにあると示してくれたトワォに感心するものの、どうやら随分下にありそうな雰囲気。一階にあったはずが、崩れて階下に落ちた可能性もある。
岩も砂も積もった上に海藻も沢山生えて、お魚の群れがすいすいと横切る、その場所は、サンゴに似た硬質の生物もくっついていそうな見た目だし、破壊すると生態系が・・・の心配もある。消すって言っても、簡単ではないのだ(※気持ちが)。
どっちにしろ、消すしかなさそうだが、被害は最小限にしたい。『とおい』とはどれくらいの深さか、それだけでも分かれば違うけれど、トワォは詳しい説明に不向きな仔。
困ったわねぇと龍気膜の内側で考える女龍に、トワォは自分が見てくると言い、何か探す当てでもありそうな様子から、是非とお願いしたところ―――
「んまー。どーしてそんなところの区別がつくの」
トワォはイーアンに判別がつかなかった隙間を『人工』と理解しており、びっしり海生生物の付着する隙間へ滑り込んで確認し、戻ってきた。結構離れたところへ行ってしまったな、と思っていたら、入り口を見つけて奥も調べてきたと言う。
女龍を連れて、剣のある場所からずっと左へ移動したトワォは、イーアンにも入り口を見せ、ここから入るんだと教えてあげた。イーアンびっくり。
「素晴らしいですよ、トワォ。あなたはちゃんと分かるのね」
『わかる』
よしよし・・・龍気越しに腕を伸ばしてナデナデし、自然の一部にカムフラージュした入り口へ、イーアンもいざ。トワォはするっと扁平な体で隙間を抜け、イーアンもあとに続く。
女龍の角の明るさで、幅の狭い石組みの通路がぼやっと見える。僅かな隙間だが、倒れた柱の上に天井が落ちたのか、太い柱の分だけ隙間は開いており、それは高さと幅を70~80㎝ほど保っていた。
勿論、どこもかしこもフジツボ的な生き物が埋め尽くして、『ここは路』と思えないけれど・・・元来の道ではなくても、通行できる状態を維持してくれていた、偶然の倒壊状態。
小型サイズのトワォも、体があって無いようなもので、難なく進み、そうして最後の難関を前にする。
「これは」
『ここ。あっち。剣』
「この向こうにあるのですね?分かりました」
壁が塞いだ行き止まり。イーアンは壁の彫刻に目を走らせて、真横に倒れた彫刻に、パッカルハン遺跡の石台を思った(※2477話最後参照)。
彫刻と言ってもその形は、生き物や歴史や模様ではない。溝と凹みが成す、石の台。
剣を置く・・・パッカルハンに比べて、全然大きいけれど。黒い剣のサイズには不釣り合いなほど、大きいのだが。でも、つまり、正解だ。
『消しますよ』と一声かけて、女龍は首を龍に変え、びっくりしているトワォの前から、立ちはだかった壁を消した。倒れた壁の如き石台は消滅し、無数の気泡が上がるも、それも消されて奥に続く空間が現れる。
女龍の白い明かりに照らされた空間。黒い剣は、まるで待っていたかのように、砂の山に剣身を半分隠した状態で、真っ直ぐ立っていた。
「あった・・・ 」
黒い剣の柄を握ったイーアンは、ずずっと引き抜く。ここまでは、トワォのおかげで順調。でもこの後、イーアンは四苦八苦して沈没した遺跡を出る。その話は、また別の機会に―――
イーアンが四苦八苦に入った頃。二人組と関わったドルドレンたちは・・・
お読み頂きありがとうございます。
度々お休みが入って申し訳ないのですが、近い内にお休みを頂く予定です。意識の途切れる時間が少々増え、ストックが追い付かないため、休んで書こうと思います。日にちが決まったら、こちらでご連絡します。
いつもいらして下さる皆さんに感謝して。
Ichen.




