3045. ヘズロンの一日 ~①ミレイオ案内、博物館、岩窟僧院跡、墓地遺跡
皆がヘズロンで始まった朝に、一人、海底遺跡へ向かったイーアンの状況は、また後で―――
精霊のトラと犬が、互いに立場を譲らないまま、お互いの行動を認めた、その頃。先に出発したミレイオたちは、博物館に入り、大きな空間を自由に歩き回っていた。
ドーム型の大型施設で、昔ここも遺跡だったと、ミレイオはシュンディーンに教える。
ヨライデの建築は時代ごとに特徴が見られやすく、博物館として使用される遺跡は、斑模様の石を中心に造られた、派手さ控えめ。その代わり、石の組み方が非常に興味深く、逆さの天井など、どうやって組んだのかと不思議に思う自由な石材が噛み合う。
シュンディーンは高い天井まで飛んで、ぴったりと噛む石材の複雑な角度をしげしげ見て、『人間がこんなこと出来るの?』と床を歩くミレイオに聞き、ミレイオは笑って頷く。
降りてきた精霊の子に、壁や柱など、曲線のふくらみを持たせた同じ技巧を見せ、展示品の石工道具と併せて説明する。
「ヨライデって、凄い色が多いじゃない?色ばかり印象に残るだろうけど、塗るだけじゃなくて、模様を作る技術も卓越した国なの。飾るのが好きなのよね」
「この道具で造ったのが、ここ?こんな数の刃物を、使い分ける?」
「そうよ。大きいと人の背丈くらいあるけど、小さいのは爪程度。全部使うけど、それこそ職人が何百人と分けて作業するの。これは伝統だし、一部的にでも続いているんじゃないかしら?」
展示台に乗る様々な工具の奥に、協力した石工房の案内もあり、シュンディーンは、行ってみたいと思った。
「こっち、武器よ。ほら見て。ロゼールが持っていた盾を知ってる?あれは私が作ったんだけど」
「似てるね。ロゼールのは、半分ずつみたいだったけど、合わせたら、丁度こんな形になるよ」
「そう。私は盾一本の職人だから、加工も好きにやってるの。大元は、ヨライデの盾を参考にしていてね」
武器と並ぶ防具の陳列台は、ぐるーっと曲線の壁に沿って続き、数多く展示された盾は、天井近くからすぐ手元まで一面を埋め、圧巻の光景。ミレイオが参考にした盾は種類があり、シュンディーンはこれまで知らなかったミレイオの過去や考えを、ふむふむ頷きながら聞く。
ヨライデの武器展示も、盾に劣らず量が多く、移動した次の展示空間は・・・武器だらけでちょっと異様だった。シュンディーンが感じ取るのは、今も武器に残る、痛みや怒りや寂しさや悲しみ。
どれも清潔に保たれて、血などの跡もないし、ボロボロに崩れた金属片だけが、当時の形を示す絵の上にあるとか、出土品にそんな状態も少なくないが、シュンディーンは声が詰まった。
「何て恐ろしい場所だろう」
「何か感じる?」
「ここは、まだ戦っているんだ」
「・・・そうなのね。足を止める人は多いのよ。今は無人だけど、観光客や周辺学校の校外授業で、よく人が集まっていたの。皆、ヨライデ人だから・・・もし、シュンディーンみたいに感じる人がいても、怖さとは違うものを思うのかしらね」
「ミレイオは?」
「私は、あんまり。人間の感覚って伝わって来ても、『そういうもの』で終わらせちゃうから」
じっと見つめた青い瞳に微笑み、『ヨライデ人は、レムネアクの感覚が強いかしらね』と、生死感の特殊も添える。ミレイオは距離を取っているので、個人的にはどうとも、と。
展示壁に寄りかかる、大きな異形の武器・マーシュライも、他の特徴的な武器も、ミレイオは若い頃に何度か使ってみたことがある。人相手ではなく、木材や金属相手の練習。武器があっての防具なので、感触を学ぶためだった。
こんな話をしながら、精霊の子が戸惑っていそうな武器陳列を通り過ぎて次へ進む。
古代博物館のここは、物騒な品ばかりでもないが、面積は物騒なものが多く占める。
戦争を仕掛ける国ヨライデならでは・・・ 様々な武器や防具の説明は、目に留まった順で短く解説し、シュンディーンが徐々に強張っていく様子を見て、戦争の歴史・侵略の詳細などは、紛らわしながら省いた。
小型模型での再現風景もあるので、どうやっても残酷さは伝わるけれど、ミレイオは気づかぬ振りして別の話題で繋ぐ。
―――シュンディーンと来ると、印象がガラッと変わる。
今まで、人間の歴史はこんな繰り返し、くらいの認識だった。でも精霊の子と一緒だと、純粋な彼だけに何とも後ろめたいし、そして最近まで悩みっぱなしだっただけに、連れてくる場所を間違えた気すらしてしまう。
改めて、ヨライデ人は他国と一線引く民族に感じる―――
昔の生活様式、生活道具、家族の単位や村や集落の状態。地域で異なる生活の工夫、儀式や・・・儀式が絡むと、風向きが怪しくなり(※儀式=死霊=死体)、ミレイオは説明でつっかえ続ける。
ええっと、あのさ、の言葉が増え、言い訳じみた展示巡りに疲れが来た。
食べ物や飲み水、身近な生物、までは良いのだ。だが、切っても切れない関係『儀式、風習、宗教の始まり』は、確実に死体と宗教と血が絡む。
なんて説明しにくい国なの!と心で文句を言うミレイオは、眉間の皺が取れないシュンディーンをどうにか最後まで連れて、外へ出た。
「あー、疲れた」
「広いものね。中央は抜けているけど、壁に階段がぐるぐる沿って、何階もあったし・・・地下は一階だけで、見るものも少しらしいから、行かなかったけど」
そうね、と答えつつ、『地下は墓場と、解体展示よ』とは言えなかった。シュンディーンは出た建物を見上げ『消せない記憶を詰め込んだ場所だったんだな』と、深い理解をする。
表の空気を吸い、何だか清浄されるミレイオ(※ポルトカリフティグ効果とは知らない)。深呼吸して、『あっちにさ』と話を変えた。
「もっと向こうにね。私が数年暮らしていた岩窟があるの。行ってみない?」
「ミレイオが住んでいたの?行く」
シュンディーンは翼を広げて、ミレイオもお皿ちゃんに乗る。
馬車から、うんと離れる反対側。ヘズロン東にある岩窟僧院跡は、摩訶不思議な自然の造形で、相当昔から守られている土地の一つ。手つかずではなく、住んでいる人もいて、環境を壊さないように保たれていた。
博物館から離れ、町の塀が東門で途切れた先、やや荒野に似た風景を少し飛び、見えてくる。
「あれ?すごいね。建物みたいだ」
「そうなの。僧侶が昔、たくさんここに籠ったんだって」
「僧院だから、もっと人の手が入っているのかと思った」
内側は割とそうよ、とミレイオが僧院跡入り口付近に降り、シュンディーンも横に並ぶ。乾いた砂は二人の着地で、黄色い砂を巻き上げて、硬い岩の上を滑って散った。大きな木も、雑草もない。
「草は生えないんだね?」
「日陰にあるのよ。岩の質が、町中と違うでしょ?ここから別の地面って感じだから、植物の種類も少し違うんだよね」
鳥は多いと、空を指差したミレイオ。後ろをついて歩くシュンディーンも見上げ、青い背景に輪を描く、黒い影を幾つも見つける。見晴らしが良さそうな奇岩群で、鳥もここから町へ飛ぶのかなと思えた。
奇岩群は岩が連なり、鍾乳洞の床を思い起こさせる。ふと、『ヴィメテカと一緒に入ったところと似てる』とシュンディーンが呟き、ミレイオも同意(※1530話参照)。
「そうね。あっちは真っ暗だった。こっちも中に入れば、暗い所はあるけど・・・あ、あれよ!私が住んでたの」
前方に伸ばしたミレイオの腕。どこ?と目を凝らすと、岩々の隙間を少し下った奥に、日当たりの良い岩が目立った。連結している地上部分から、個別に突き出る岩の一つ。近づくと、不定形の円が窓代わりと分かる。
手作業で岩を削った階段があり、岩の洞に入ってすぐ、細い階段を上がる。ミレイオは、ここを歩いていたんだ、と感動する精霊の子。
岩の内は少し気温が低く、抜ける乾いた風も音が変わる。歌を歌っているような風の音を耳に、上がり切った最初の部屋に入った。
近年は誰も済んでいなかったらしく、がらん、として何もない。椅子や机の跡がある、と教えてもらって、薄っすら削れて凹んだ床を見つめる。
外から見た窓を、部屋から見る。シュンディーンの腰丈くらいにある窓は意外と大きく、ドルドレンやタンクラッドの背も、上の縁に付かなさそう。
「自然に開いた形』と教えてもらい、ミレイオが手を置いた壁に、シュンディーンも手を重ねた。目が合ってフフッと笑う。
「ここに住んだんだね」
「そう。いつもこの窓から表を見ていたわ。布をかけてさ・・・ええと、壁に穴開けられないから、竿を使って。部屋の端から端まで、長~い棒を渡してね」
どうやって暮らしていたか。当時は、何をしていたか。ミレイオの他にも、住人がいたのか。
昔話を聞きながら、暗い穴の表に冴え冴えと広がる青空を眺め、シュンディーンは自分の知らない時代の一場面を想像する。
テイワグナとも、アイエラダハッドとも、ティヤーとも違う。ヨライデは、暑くも寒くもなく、少し暑い日があっても、日が沈むと涼しい。雨がよく降って、乾いてを繰り返す土地で、海も山もすぐ側・・・
「僕も」
「ん?気に入った?」
呟いた精霊の子に、この眺めが気に入ったかと尋ねるミレイオ。シュンディーンは微笑んで頷き、向こうに見える町へまた顔を向ける。
「いろんなことが終わったら。ミレイオと一緒に住めたらいいな」
「・・・そう。そうね」
思いがけず、未来の行方に触れる。ミレイオは自分がどうなっていくのか、その不安が掠めたが、シュンディーンの未来だって厳しい。自分たちが一緒に平和に、安心して暮らせることを、それだけを考えて答えるものと思い、窓向こうの風景を見た。
「一緒に、ここに暮らそうか」
「うん・・・ハイザンジェルにも、家があるんでしょ?」
「ある。えーっと。どうするかな、こっちは別荘にしてもいいんじゃない?別荘って、時々、遊びに来る家よ」
「ハイザンジェルに住む?僕も住むところがある?」
「もちろんあるわよ。でも退屈かしらねぇ、ちっちゃい国だし」
二人で生活するには~の話に花が咲く。シュンディーンもミレイオも、特に口にせず、親子と認め合うお互い。部屋を出て、他の階や他の岩窟も見に行き、暫し楽しい時間を過ごした。
岩窟群のいくつかを見終わり、『全体的にこんな感じ。昔は僧侶が集まっていた』と話は戻る。気づけば昼も過ぎていて、太陽は薄曇りの遠くから白く淡く輝いていた。
「あとは・・・」
「ミレイオ。あっちに何かいる」
唐突に―― ギョッとする一言が、穏やかさを打ち消した。さっと振り返ったミレイオは、シュンディーンが岩窟僧院の外れの方を見ているので、あっちに何があったっけ?と急いで思い出す。あっち、って・・・ ヘズロンを出た岩山ばかりの東側。抜ける道は手前を横切るので、道沿いと言うわけでもなさそう。
『いるのは、何かわかる?』と聞いてみると、シュンディーンは少し考えて『動物ではない。人とも少し違う』と呟いた。その類なのかと思ったら、彼はミレイオに『行ってみよう』と誘う。
「え。でもさ。魔物でも死霊とかでもないんでしょ?動物でもなくて、人間でもなくて」
「うん。人間・・・?かな。ちょっと確かめようよ」
あらそう?と乗り気ではないミレイオだが(※嫌な予感)、シュンディーンは大きな水色の翼を広げ、ミレイオも仕方なしお皿ちゃんに乗った。
「町の外にいる時点で怪しいわよ」
「そうだね」
気配を感じさせないよう、二人は一旦、高く上がる。ミレイオは大して気配らしいものもないが、シュンディーンは精霊の気配を消せないので、慎重にゆっくりと目的へ近づき、そこがどこかやっと思い出した。
「墓だ」
「墓地遺跡だわ。町の墓地はもっと塀近くよ。これは、古代の墓地跡なの」
ヘズロンの都が栄えた時代、都外の岩ばかりが広がる地面をくり抜いて、水を張った墓地があった。規模は大きく、当時は近くに流れていた川の水を引いていた墓地。
それを話すと、シュンディーンは眉根を寄せて、正方形に沈んだ具合の遺跡に目を戻し『水中の墓』と怪訝そう。
「水葬って呼ぶ、弔い方があるのよ。ヨライデの一部は、墓も水中なの。もう当時の川も干上がっちゃったし、見ての通り、墓石と通路、排水路くらいだけど・・・ ここに、何かがいるの?」
「いる」
断言した精霊の子。どこなのだろうと、下方を見渡すミレイオ。不意に、ミレイオにも気配が分かった。シュンディーンはそれが『人間と少し違う』と言ったが。
「人間だわ、シュンディーン。でも現地の人じゃなさそうね」
「見えるの」
「いいえ。見えない。でも、いるのは私も分かった。あの辺・・・あの、配石が集中している所じゃないかしら。水祀りの」
古代は水葬のど真ん中に、円形の島を作って木が生えていた、水祀りの一ヵ所。配石が特別を示す、その影に潜む誰かは―――
「あれだ。人・・・?」
「そう思う」
シュンディーンはまだ信じられない。人の気配とは違うのに。ミレイオは、『人ね』と繰り返した。
水祀りの痕跡、そこに揺れる人影。影しか見えないが、紛れもなく人間の形だし、衣服も人のもの。幽鬼とも死霊とも違う。ただ、シュンディーンが捉えた気配も合っている。そこにいる誰かは、半分ほど人ではない雰囲気を携えていた。
「確かめるわ」
「僕も」
「シュンディーンは、ちょっとここにいて。まずかったらすぐ来て」
とりあえずヨライデ語で、ヨライデ人に見えるミレイオが確認に行く。了解した精霊の子を空に待たせ、ミレイオは下へ降りた。降りるや否や、規模の大きな墓地遺跡にいた誰かも、気づいた。
「私を見つけるやつがいるのか」
はて、と首を傾げた女の顔。これから鉈を取る手筈なのに。
ミレイオとシュンディーンの昼下がり、その一幕。
この時シュンディーンは、近くにサブパメントゥに似た空気を感じ・・・それが何か気づき、呼ぶ―――
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