304. それぞれ思うところのある夜
夕方になり。イーアンはタンクラッドに、今日一日のお付き合いにお礼を言って身支度をした。
「明後日だな。お前といると一日があっという間だ」
「今日もとてもたくさんの情報を受け取りました。謎解きにはタンクラッドが打ってつけです」
ハハハと笑うタンクラッドは、大きな手でイーアンの頭を撫でて『お前に誉められると嬉しい』と言いながら、外に一緒に出た。
「送ろう。まずはサージの工房だな。ダビの様子を見に」
イーアンは頷いてから、お昼に作った包み焼きを食べるようにと伝える。二人は一緒に親父さんの工房へ向かった。
親父さんの工房に着き、扉を叩くとサージがすぐに出てきた。イーアンとタンクラッドを見て笑顔になり、挨拶をして中へ招く。
「いいえ。私はもう戻ります。ダビはどうしていますか」
「あいつは今日泊まるんだろ?イーアンは戻るのか」
タンクラッドとイーアンは一安心。『大丈夫そうだな』タンクラッドがイーアンの背中を撫でた。イーアンもちょっとホッとして、親父さんに『自分は明日の朝にでも迎えに来る』と伝えて、ダビをお願いした。
「そうなのか。お前は戻るのか。まぁ仕事が違うからな。今度はイーアンも泊まって行け、煩い総長が嫌になったら」
「俺も泊まって行けと言ったが、総長が好きらしくて戻ってしまう」
男二人が目を見合わせて、ワハハと笑う。イーアンは苦笑いで二人が笑い終わるのを待ち、一頻り笑われた後、改めて、ダビを宜しくお願いしますと挨拶して工房を後にした。
町の外に出て、龍を呼んで跨り、タンクラッドにさよならを言う。『ちゃんと白い鉱石の話をするんだぞ』笑顔のイケメン職人が手を振る。イーアンも了解して、見えなくなるまで手を振った。
イーアンが支部に戻ると、ミンティンを帰した後にすぐ、ドルドレンが裏庭に迎えに来た。抱き締めて頬ずりし、『イーアンがいないと、頑張って生きてても意味がない』などと恐ろしいことを言っていた。
「今日もお仕事が大変でしたか」
「執務の騎士は根暗なのだ。俺の人格を破壊にかかる」
気の毒な伴侶を労って、イーアンは工房に戻る。ドルドレンは今日の業務をとても頑張ったようで、もうこの時間は解放されたらしかった。
工房に入って荷物を置き、今日はもう夕方だからということで、二人は寝室へ移動する。
「風呂はまだ早いな。ゆっくりしよう。ダビがいないということは」
「はい。彼は泊まります」
ちょっと気持ちが変わると良いけれどと二人は話し合った。親父さんに確認しただけで、ダビに会っていないことを話すと、ドルドレンはその方が良いかも知れないと答えた。
「丸一日、普段と違う状態にどっぷり浸かる方が良いこともある。で、イーアン。今日は何した」
何て言い方をするの、と笑うイーアンを抱き締めて、ドルドレンは愛妻(※未婚)の頬にちゅーちゅーする。
「タンクラッドが相手だと、もう、心配しかない」
「それについてですが。お話があります」
ドルドレンがギョッとした顔でイーアンを見る。イーアンは笑って『何か先に勘違いしてるでしょう』と伴侶の頬を両手で挟む。
イーアンは、タンクラッドは自身の容姿にまるで関心がないことを伝える。それに因んで、彼の言い方が分かりにくい誤解を生む場合もあるけれど、決してそうではないということも教えた。
今日一日の出来事や、彼が自分とどのような話をしたか、料理は何を作ったか、これから何をするのかを全部言うイーアン。
「イーアンが遠くに行ってしまう」
「行かない。行かない。何を言ってるの」
ぎゅうっと抱きつく伴侶の頭を撫でながら、笑うイーアンは『だから、あの方は他意はないの』と念を押す。実際、そんな話題も出ましたけれど、こう返しましたよと話すと、ドルドレンはイーアンをベッドに押し倒して『もう絶対やだ』と駄々を捏ねた。
「ですからね。今言ったように、私もドルドレンが女性と出かけるとなったら嫌だと言いましたけど。彼は『手を出さないから大丈夫』というだけなのです。多分、私たちが思うような気持ちがないのだと思いますよ」
「男だから分からんぞ。二人になったら何するやら」
「今だってお邪魔しているんだから、二人でしょうに。でも頭を撫でられたり、ちょっと顔を撫でたり、時々少し抱き寄せたり、そんなくらいで何もしません」
『されてるっ。されてるって言うんだよ、それ』ドルドレンがイーアンの真正面で叫ぶが、イーアンは『タンクラッドの愛情表現でしょう』と、自分はそう理解していることを伝える。ドルドレンはがっちり愛妻(※未婚)を抱き締めて、イヤイヤしていた。
――うちの奥さんは何でこんなに。鈍いのか、理解なのか。変わってるから、普通の思考回路ではないのは分かるが。
でもきっと俺が同じことされてたら、有無を言わさず剣を抜く気がする。おお、考えただけでもアソコが縮み上がる。脳も萎縮しかねん。恐怖が絶大すぎて俺は、よその女と出かけるなんて、そんな気にもならないが、イーアンはイケメン職人と出かけることをケラケラ笑って済ませてしまう。問題大有りだ。
イケメン職人もイケメンの自覚がほぼない。いや0なのか。それもどうなんだ。
俺だって少なからず、自分がカッコイイんではと思えるのに(※自惚れ)。俺と良い勝負のイケメン職人が、自分をカッコイイと思ってない以上、何だか、あっちの方が人間的に格上に感じてしまうではないか。やばい、いろいろやばい――
「イーアン。そこ。何時に行って何時に戻れるの」
「どこですか。薮から棒に」
「だから。冠用の白い石があるって話だったろう。そこに行くんだろう?イケメンと」
「はい?誰って?」
うっかりイケメンと言ってしまった伴侶に、イーアンが驚きながら笑い始める。ドルドレンはもうふてくされ絶頂で、ぶーぶー唇を鳴らしている(※子供の時の癖:ドルドレン36歳)。
「イケメン・・・・・ ハハハ、そうですけど。イヤだ、びっくりした。ドルドレンのほうがイケメンですよ。安心して下さい。ええっとね。白い鉱石のある場所は山脈の奥ですから、ミンティンで3時間くらいは掛かるかしら。どうだろう、行ってみないと分からないです」
「そうですけどって認めてる。タンクラッドが格好良いって思ってるんだ。イーアンが、俺のイーアンが。イケメン職人に格好良いって」
「話題が逸れていますよ。山脈までの移動時間を質問していたでしょう。どうして、話がタンクラッドになるのですか。ドルドレンのほうがカッコイイって言ってるでしょう」
もう、と笑ってイーアンはドルドレンにキスをする。ちゅーっとキスして、ぺろっと舐めて、ちゅーっを繰り返す。5回目くらいに機嫌が直るドルドレン(※単純)。イーアンとしては、5回も繰り返さないと機嫌が直らない時点で、彼が執務室で弱っていたんだなと理解した。
今日のドルドレンの甘えん坊具合は、もう子供返りである。でも時々こうした日もあるかな、と思いながら、今日は早く休んで、早くイイコトしましょうねと自分から誘って微笑むイーアン。
「今する」
「そうではありません。夜ですよ。お風呂も食事もまだですもの」
ヤダヤダ、今する、と駄々で困らせる伴侶に、イーアンは丁寧に宥め『とにかく風呂には入る』と宣言して譲らなかった。
*****
その頃。夕食を食べながら、楽しい一日の話題に花を咲かせる剣工房の食事風景に、珍客ダビの姿があった。
「今日は朝からだったから。疲れただろう」
「そうでもないです。面白いというか、作業を一緒にさせてもらえて楽しいうちに日が暮れた気がします」
「どっと来るぞ。楽しくても疲れるもんだ」
「ダビは勘が良いのよ。察しがいいと言うのかしら。どんどん覚えるから楽しいのね」
嬉しそうなボジェナはダビを誉める。普段は夕方には帰宅するボジェナが、この時間に工房にいるのも、父親が応援しているからだった。もちろん、サージも応援中。ダビは彼らの企みを知らない。
「明日は何時までいるの?朝は食べていくでしょう?」
「迎えが来るまでだけど、朝一じゃないのか。イーアンがさっき、明日の朝と言っていたから」
「え。イーアンが来たんですか」
「夕方な。お前の様子をちょっと聞きに来て、すぐ帰っていた」
そうですか、とダビは額を掻く。これから迎えに来るのかと思っていた。遅いなとは思っていたが、来たら『泊まっていく』と自分の口から伝えたかった。
「イーアンにも泊まればと言ったが。タンクラッドも同じことを言って断られたって笑っていたよ。総長が好きで帰ってしまう、ってさ」
ボジェナは『あの総長さんで、よくイーアンは大丈夫ね(※総長はぴぃぴぃ煩い印象)』と女性目線で苦笑いしていた。親父さんとボジェナの父も笑っていたが、『総長はイーアンが大事なんだよ』とフォローしていた。
そこじゃなくて、とダビは思う。タンクラッドさんがイーアンに『泊まれ』と言ったことを誰も気にしてないことが不自然だった。
イーアンの話題も、総長の話題もこれで終了し、美味しく楽しい笑顔の食卓は続いた。夕食の後、ボジェナと父親が帰宅するので、ダビは短く挨拶してお礼を言う。
「ボジェナ。美味しい料理でした。ご馳走様でした」
「美味しいって誉められると、もっと頑張りたくなるわ。明日、朝も作るからね!」
元気で可愛いボジェナに、ダビもちょっと好感度が上がる。おやすみなさい、とボジェナが微笑んでダビの腕を撫でた。ダビも微笑み(※分かりにくい)、おやすみなさいを伝えて、親父さんの工房に入った。
剣工房1泊ホームステイの夜を過ごすダビ。
一日が面白くて、今日の満足はこれまでの人生でも断トツ。それでもふと気を許すと、頭から離れないギアッチの言葉が浮かぶ。恋って憧れなんだ、と。あの言葉が。
「だとしたら。剣職人になりたいっていうのも恋だよな。憧れたんだから」
よく分からないなと思いつつ、ダビは寝室のベッドに潜り込む。確か、恋をそのまま大事に出来たら愛なんだったな、と噛み砕いて解釈する。
「ここで。修行して憧れを大事に出来たら、剣職人に愛を捧げるのか。・・・・・何か違う気もするけど、そういう意味なのか」
うーんと唸って、ダビは理解を超える難しい哲学(※恋愛)に悩まされる。剣職人修行とイーアン本体の差もよく分からない。
難し過ぎる哲学を考えるのは止めて、頭を空っぽにして眠ることにした。とにかく剣職人の仕事は楽しいと認めて。
*****
ギアッチの部屋では。明日のことでギアッチが考えていた。
ザッカリアは夕食前にお風呂に入るので、風呂場へ行く前に、着替えを畳んだり、洗濯するものを篭に移したりと自分で行う。そんな子供を見つめながら、彼が最初に来た日からどれくらい過ぎたのかを思い出しているギアッチ。
「あ。まだ一ヶ月くらいなんだ」
声を上げるギアッチを振り返り、ザッカリアは不思議そうな顔をする。『何が一ヶ月なの』大きな目でギアッチを見つめる。
「え?ザッカリアだよ。ザッカリアが来て、もう随分経つ気がしていたけれどね。実はまだちょっとしか経ってなかったんだね。それで驚いたんだよ」
「うん。俺もそう思うよ。毎日いろんなことがあるし、面白いことも一杯あるし。だからずっといるみたいな気持ち」
笑顔のザッカリアが、自分から楽しんでいることを教えてくれたので、ギアッチも頬が緩む。ザッカリアは肌身離さず首飾りをしていて、お風呂に入る時もつけている。時々、ちらっと鏡を見ては自分の目の色を映してちょっと微笑むのを見る。
今もそうして、自分の目の色や肌の色をじっと見て、少し笑みを浮かべていた。
「それ。良い贈り物だったね。よく似合っているしね」
「うん。イーアンがくれたやつ。俺の目が綺麗だって言ってた。本当だなって思うんだよ。俺の目の色と同じ人いないもの。俺の肌の色も好きって言ったでしょ。俺も好きなんだよ、良い色だよね」
もちろんだよ、とギアッチは笑顔でザッカリアの肩を抱き寄せて、頭を撫でてやる。ザッカリアは贈り物で思い出したのか、年始にもらった砂糖菓子もまた食べたいと話した。
今日一日の出来事を、あっちへ話が飛び、こっちへ話が飛びで話してくれる子供に、ギアッチもうんうんと頷きながら会話をする。
本当にザッカリアは良い子で、頭も良いし、正直だし、自分のことをちゃんと分かっている。思い遣りも愛情もある。辛いこれまでが何だったのかと思ってしまうほど、豊かな人格の少年。
明日。もしバリーがこの子を連れて行くと言ったら。私はどうしよう・・・・・ ダメだと言えるだろうか。会話に微笑みながら、ギアッチの心の中が揺れる。
この子がもし、類稀な優れた才能を生かせる機会が来ているとしたら。私はそれを後押しするべき立場だろう。でも、それが私が育てるのではなく、また見知らぬ人々の中へ彼を旅立たせることになるのだったら。
ギアッチは悩んだ。バリーは明日来る。陰ながら見る、と約束しているが、見た後が心配だった。バリーの話は少なからず、ギアッチも知っていた。
南の支部に、頭の良い隊長がいるのはちょっとした噂になったこともあったが、バリーの容姿がハイザンジェルでは目立つので、彼の容姿は話題になることが屡あった。ギアッチは、その容姿の特徴が、ザッカリアそっくりだと思っていた。
お風呂の時間になり、下へ行くと総長が待っていた。イーアンはもう出たからとザッカリアを待っていたらしかった。慣れたのもあって、ザッカリアは総長と一緒に風呂に入る。
「総長。すっかり板について」
ギアッチが笑って背中に声をかけると、総長はちょっと振り返って『この時間を大事にしないとな』と答え、ザッカリアと脱衣所に入っていった。
総長の答えが、もうじきザッカリアと離れるような気持ちを感じさせる。ギアッチは風呂上りの二人を待ち、出てきた後に夕食に行って、いつもよりザッカリアをうんと甘やかして一日を終えた。
眠る前。蝋燭を消してベッドに入ると、ザッカリアはギアッチに言った。
「ギアッチ。俺ここにいるよ。俺ね、ここで強くなるの。騎士になって。だから大丈夫だよ」
「何か。見えたのかな、ザッカリア」
「違うよ。そんな気がしただけ。ギアッチが、俺がいなくなっちゃうと思ってるのかなって思ったの」
「あなたは本当に優しい子だね。本当に自慢の息子ですよ」
ギアッチはちょっと涙ぐみながら、子供をぎゅっと抱き締めた。ザッカリアも抱き締め返して『俺、お父さんがいるところにいるんだ』と言った。暗くて良かった、とギアッチは涙をこぼす。自分を信じて慕う、小さな子供に感謝するギアッチは、この子が例えどこかに行くとしても、自分も付いていこうと思った。
*****
その夜遅く、タンクラッドは炉を見ていた。さっき火を入れてみた魔物の殻の板は、話しで聞いたとおりの金属化をした。少し切り出して刃物の形にしてみてから、焼いて叩いてみると、それは既に金属として現れる。
融かして鋳型に入れるわけではないから、これはこれで使い方を考えないとなと思いながら、金属片に変わった魔物の一部を手に持って、くるくる回しながら遊んでいた。
『結婚を考える相手と出会わなかったのですか』
金属片に部屋の明かりが跳ね返る中、ちらちらと光る明かりと一緒にイーアンの質問が蘇る。
「お前だ、と答えたら。イーアンはどうしたんだろう」
まだ会って間もないなとは分かっていても、そんなことを言える気持ちが自分にある。それを最初の日以降、大事に仕舞って過ごしている。
一目惚れはしないだろうと自分でも思っている。そんな曖昧なことは信じる気にもならない。ただ興味が湧き、それから会うと必ず気持ちが増えていた。
彼女は、考えていることが面白い。話すことが面白い。冒険と謎の渦中にいて、本気でそれを動かしに掛かっている。喜んだり泣いたり笑ったり落ち込んだり、忙しいイーアン。何の用かと思えば、お菓子を作ったとそれだけのために来たり、一人で龍に乗って魔物退治をしたり、とんでもない産物を持ち込んだり、上手い料理を作ったり。
ベッドの脇に立てかけた槍を取って、その柄を見つめる。すっと手を滑らせて、教えてくれた加工の方法を思い出す。
「こんな女性が妻だったら。俺は退屈しないだろうな」
でも総長の。相思相愛の仲。格好良いと言われて、少し驚いたけれど嬉しく思った。総長も心配していると聞いて、よほどイーアンが大事なんだと分かった。まぁ、人前で頬ずりするくらいだから大事なんだろうけれど。
総長が羨ましくなるタンクラッド。自分も星の運命に入ったと聞かされて、その言葉が安心でもあり、喜びでもあった。とにかく近くにいることは出来る、と理解した。
「俺が指輪を作ったとして、それを受け取るだろうか。総長とお揃いの指輪なら受け取る・・・・・ だろうな。うん、いや。うん」
それもなぁと思いながら、槍を立てかけてベッドに横になった。イーアンの作っておいてくれた料理を食べて、豊かな夕食を済ませた時間。横にいれば良いのに、と寂しく思った。
「この年だしな。もう結婚も何もないんだが。参ったな」
白い鉱石を探しに行く時。手を出さない約束なので、出さないように気をつけないといけないと思う剣職人。ふわふわした髪を撫でていると、つい顔も触りたくなる。手を出したらもう頼ってもらえない、それも分かる。
この年で誰かを好きになるとは思わなかった自分に、ほとほと困るタンクラッドの夜は、悶々としていた。
お読み頂き有難うございます。




