303. アオファへの一歩とタンクラッドの自覚
この後、家の中に戻って二人は謎解きを宿題にし、イーアンは他にも持ってきていたものを見せた。
「これを見て欲しいのです。私はアラゴブレーの温泉と、硫黄の出ている谷を確認したくて行って来ました。その話もちょっと引っかかるのですけれど、それより前に、これ」
「何だ?板?魔物の何かか」
「そうです。殻を持って来ました。あまりに大きいので龍で運んだ後、支部の騎士に切り分けてもらいました。それでここに持ってきたのが、少し薄い部分で5枚あります。そしてこっちは、私が熱したものです。殻をそのまま使ってみたものでは・・・・・ 」
イーアンは一度玄関に行ってから、扉を開けて槍を室内に移した。
「朝、ちらっと見て、槍を持ってきたなとは思ったが。まさか柄をこれで作ったのか」
「実はまだ仕上げていません。くっ付けただけですから、この後は革で巻いて仕上げる予定です。巻く前に状態を見て頂きたかったのです」
タンクラッドは床に置かれた槍に屈みこんで、柄の部分を触りながら継ぎ目を見たり、握って曲げたりしてみた。それから持ち込みの板を調べ、イーアンが熱したという加工後の変色した板を持った。
「これは金属だろう、既に。どう使うつもりだ」
「最初に見た時は、鎧工房へと思っていました。加熱する前でも充分な強度です。だけど加熱してどうなるのかと思い、暖炉にくべていましたら、このような硬さになりました。水を通してあります」
自分の工房では高い火力は無理であることを話し、タンクラッドの工房なら炉があるからと持ち込んだことを伝えた。
タンクラッドは、板と槍を預かると答えた。柄に元の状態の殻を使用したのは正解だろう、と言ってくれて、柄の中身をイーアンに確認した。
「槍は良いだろう。それで鎧か。これで鎧をどう作る気だ」
「破損した鎧が支部の倉庫にあります。大体同じ大きさのものを選んで、いつも試作に使います。
その時、魔物の皮を切り出す際、この型紙を使って切り出した部品に穴を打って縫い付けたり、金属板を土台に嵌めたりして作っています」
「型紙を俺に預けることは出来るか」
これ?イーアンが型紙を持った手を前に出す。タンクラッドは型紙を受け取り、広げてみて、持ち込まれた板に当てる。
「ここで切り出しておいてやろう。穴を打つ場合はどこにしている。試作は何で縫い付けるんだ?」
イーアンは何を使っているかを教えて、縫い付ける時は、魔物の筋肉の繊維か腸を細くしたものを使うことを伝える。かなり驚いていたが、タンクラッドは合点が行った様子で笑った。
「最初の日。お前から受け取った剣と鞘を見て、これは何で縫ったのかと思っていた。そして黒い剣の中身を見て、あの白い皮を包む妙な皮の正体も気になっていたが。まさか筋肉の繊維と腸だとは」
「塩漬けにしてあるので、まだたくさん使えます。相当硬いし、剣でも直にそこを切ろうとしなければ、あれを断ち切るのは難しそうです。私は縒って使いますから、強いはずです。縫い付けて乾燥すると締まり、糸はめり込むように鎧本体と部品を密着させます。とても良い材料です」
型紙に、穴の径と間隔を求め、イーアンがそれを書き込むと、タンクラッドはやれる所まで引き受けてくれた。
『これはでも鎧ですが、良いのでしょうか』とイーアンに心配されたが、剣職人は、切るだけだからと引き受けた。
「明日は仕事だから、明後日また来れるか」
「ありがとうございます。はい。明日は私も来客ですから支部にいます。明後日また受け取りに来ます」
では、とタンクラッドが温泉地域と硫黄の谷の話を促し、イーアンは直線で結んだ辺りを地図で示した。
「これは。アオファの」
「そう思ったのです。アオファが振動を起こしているとして、それが伝わりやすい場所は一本の線で結べました。山脈からこの中間までに、イオライ・カパスの亀裂もあります。いずれも同一線上です。
山脈の反対側も同じように、何か地中の異変を受け取っているかもしれません」
「ああ、イーアン」
タンクラッドが優しそうな目を向けて、イーアンに腕を伸ばし、撫でる。よしよし、よしよし。良く頑張ったといった具合で、ナデナデをされるイーアン。
「お前は賢いな。イーアンといると退屈しようがない。お前は男のロマンだ」
かなりの誤解を生みかねない表現に、イーアンは俯いて苦笑い。でもこの人は真面目に言ってくれてるのだと思いつつ、お礼を伝えた。
「アオファの影響が、魔物にも何かしらの形で及んでいる。アオファ自体は聖なる存在だろうが、齎しているものが、魔物に好都合な場合もあるな。早くアオファを解放したほうが良い」
「そうですね。イオライカパスの亀裂も魔物の住処でした。かなりの深さです。それに温泉地域も溢れ始めた湯が増えています。今後、こうしたことはどう影響するのか分かりませんけれど、アオファは早く出した方が良いと私も思います」
剣職人はイーアンの横に椅子をずらして、イーアンの背もたれに腕をかけて頭を撫でる(※愛犬イーアン)。撫でながら話すタンクラッド。撫でるのが好きなんだろうなと、毎度になった現在、イーアンは受け入れている。
「早めに、か。そうだな。仕事の一区切りが付いたら・・・それにお前の仕事にも合間が出来たらだな。白い鉱石を取りに行こう。今の所、特に他に情報もない。まずはそれからだ」
「行きますけれど。こればかりはタンクラッドの専門ですから。でもドルドレンは怒りそう」
「宥めるんだ。手は出さないと言っていると。出してないだろう?今のところ」
その言い方に笑うイーアン。剣職人も笑いながら頭をナデナデ。『出しても良いなら出すが』と不穏な発言をしているので、イーアンは『いけません』と即座に答えた。
「逆の立場でしたら、私だってドルドレンが、他所の女性と一緒に出かけると言われたら倒れます。仕方ない用事で我慢するにしても。もしかしたら泣き続けて死ぬかもしれない(※身勝手)」
「そんなに苦しむ前に俺の所に来い」
「そうじゃないです。そういう反応を求めていたわけではなくてですね。だから、そのくらいイヤだろうなと。もう、考えただけで涙が出そう」
「お前は今、ここに俺といるな」
「それ、言わないで下さい。ドルドレンも気にしてるんだから。タンクラッドが、サージさんと同じ感じだったら、多分ドルドレンも気にしなかった気がします。私もそうです」
「ん?俺がサージと同じ?どういう意味だ。家族と仕事をしているということか」
「いえ、ですから。まあ、ご家族がいらしたら、それは既に安全でしょうけれど。ほら、タンクラッドはその。見た目が。お顔が」
「ああ。怖いと言っていたな。最初お前は、俺をとても怖がっていたから。怖いと心配なのか。手を出しそうに見えるから」
そうじゃないのです、とイーアンは言うのだが、タンクラッドはあまり、人の見た目に関心が強くないようで、自分の恵まれた顔立ちや姿も気にしていない様子だった。
「つかぬ事を伺いますが。あの。タンクラッドは以前、結婚されていたでしょう?次の結婚を考える相手とは出会わなかったですか」
「何を突然言うんだ。驚いただろう。結婚?もう考えていない。相手は・・・いないな。好かれたような気がしたことはあったが、俺は剣を作りたかったから、もう時間を取られたくなかった。結婚すると時間を使う」
イーアンをじっと見て、困惑したようなタンクラッドは、黒い螺旋の髪をくるくるっと指に巻きつけて顔を寄せた。
「なぜそんなことを訊いた。そうした質問をすると、何かあるのかと思うぞ」
「あなたの姿はとても目を引きますから、それで訊いただけです。きっとあなたを好きになる女性は多かったんじゃないかと思って」
「それと怖いのと、どう関係がある」
「うーん・・・と。怖いと言っていません。簡単に言いましょうね。
こう思うのは私だけではなくてですよ、あなたはとても格好良いのです。ですから、ドルドレンも私があなたを好きにならないかと心配していますし、あなたが独り身でいるのも」
「そんなふうに思っていたのか。独り身でいる理由はさっきのままだ。面倒臭いからだ。誰かと暮らすのは最初は楽しいだろうが、慣れてくれば用事しか言いつけられないし、無駄な時間が多すぎると思った。
離婚した後、言われてみれば誰かに好かれたかもしれない。相手を嫌いではないが、面倒を思い出せば。好きになる気にもならない。そんなものだ。
しかし、俺が格好良いと思っていたのか、イーアン。総長まで」
少し戸惑っている様子のタンクラッドに、イーアンが困った。本当にこの人って、と思うのだが。こういう人もいる世界であることに、豊かさを感じる(?)。
「それ。私、話しておきます。ドルドレンに。あなたはご自身のことを、何とも思っていらっしゃらなかったのですね」
「そんなこともない。俺は自分が大事だ。お前も大事だ」
どんなに話してもあまり内容が動かないので、イーアンは苦笑しながら別の話題にした。貴重な人だなぁとしみじみ感じる剣職人は、イケメン極上の微笑で、イーアンによしよしを繰り返した。
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