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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
302/2944

302. 謎解き・もう一つの地図

 

「俺は今日。仕事を少しするだろう。今日中に終わらせてしまおうと思っていたが、明日でも構わない。今日はお前の馬車歌を聞かせてくれ」


「あなたの仕事に差障りがあるなら、後日でも良いのです。さっき『お時間』を、とお願いしてしまったけれど」


「いや。いい。歌を教えてくれ。書き取る」



 良いのかしら、と思ってイーアンは申し訳ない気持ちで、剣職人を見つめる。焦げ茶色の優しい瞳がイーアンに注がれて、立ち上がったタンクラッドはイーアンの髪を撫でる。


「大丈夫だ。お前が心配することではないんだ。さあ、読んでくれ。始めよう」



 促されて、タンクラッドが紙とペンとインクを机に置いたので、イーアンはパパの歌を最初から、ゆっくり読み進める。タンクラッドの手元を見ながら、自然体で書き取れる速度に気をつけて読む。

 ドルドレンが注釈を入れてくれた箇所も、合間合間に挟みつつ、ひたすら馬車歌を読み続ける。時間は過ぎ、読み終わる頃には11時になっていた。



「疲れましたか?」


「少し疲れたな。年かもしれない」


 フフ、と笑う剣職人に、イーアンはお茶を淹れに台所へ行った。お茶を淹れて戻り、工房の机で休憩にする。タンクラッドがお茶を受け取って一口飲んで微笑んだ。


「お前と。こうしていると、弟子と親方というよりは」


「続きを言わないほうが良い場合もありますよ」


 イーアンが笑みを浮かべたまま、剣職人の言葉を遮る。タンクラッドは一層甘い視線に変わり、微笑みも極上に変わる。そっと手を伸ばして、イーアンの頬に触れて、ゆっくり撫でた。


「そう思うのか。なら言わないでいよう」


「私に含みはありませんよ」


「いや。含みはあるだろう?そのくらい分かる」


 二人は目を見合わせて笑う。言葉がそれほど必要ない、そうした会話を楽しんでいる時間。イーアンの頬に添えられたタンクラッドの手が少しだけ強くなって、イーアンの顎を支えた。


「言わないが。言わないけれど」


「ええ。どうぞ言わないままでいらして下さい。その方が自由で、何度もお会いできますよ」


 タンクラッドは笑顔のまま、下を向いてちょっと溜め息をついた。『お前は』と呟いて、鳶色の瞳を見つめ、イーアンをするっと撫でてから茶を飲む。

 イーアンも黙って、微笑を浮かべたままお茶を飲んだ。ちらっとタンクラッドを見ると、自分を見ていたので、イーアンはちょっと笑った。



「お前がさっき。歌の場所を直に確認しに行きたいと言っていた。俺も行こう」


「とても嬉しいですが。それはドルドレンが嫌がりそうです」


「だろうな。だが俺が行った方が確認は早いだろう。俺は旅をしたから」


「心強いですけれど。でも、私は頷くわけに行きません」


「困ったな。でもどうしても、頷いてもらうことが一つあるぞ。アオファを呼ぶための冠だ。あれは俺しか作れないし、きっと俺が役目を担っている。そう感じた」


「アオファ。冠は何かの比喩ではなく?」


「比喩ではなさそうだ。ミンティンも『笛』とある。グィードには『碇』『綱』、アオファには『冠』と、棒に書いてあるんだ。

歌では比喩もある様子だが、グィードとアオファに関しては、棒にも歌にも同じ言葉が入っている。石像を思い出すと、頭に飾りと手に綱を持っていただろう。笛もある。あれらは龍の意味だ」



 だから、炎の川のアオファには冠だろうと言う剣職人。ニコッと笑って、白い棒の刻まれた彫刻を暫く見つめて、タンクラッドがそのうちの一つに指を当てた。


「ここだ。これをこの前、訳しただろう。そこはそれ止まりだが、馬車歌を知った後にもう一つと繋がった。それはこっちだ。ちょっと離れているが、アオファだろうと思う。この龍が出てくる時、また一悶着ありそうだ。

 アオファは『白い剣の冠は母の印』とあるな。一つ思い当たることがある。俺が若い頃に旅をした話をしたな。あの時、テイワグナと国境の山脈沿いまで動いたことがある。山脈の間に狭い谷が幾つもあって、上流に繋がる最初の川の部分があるのだが、その川原に白い石があった」


 ちょっと待て、とタンクラッドは一度寝室へ戻り、少ししてから戻ってきた。その手に、手の平くらいの大きさで、白く柔らかな輝く石の塊がある。


「これがそうだ。これはまとまって見つかったわけではなく、欠片が流れてきたのだ。地元の人間も、白い鉱石はずっと奥の山から来ていると話していた。未だにそうだ。誰もこの鉱石を流通に出していない。

 貴重な金属だが、あまりに山脈が深いため、誰もそこへ入らなかった。現在も入っていない・・・俺が思うに、これを使って作ってみるのも手の一つだ」



 俺でしか、これを見分けられないだろう・・・タンクラッドはイーアンの手に白い石を乗せて言う。


「これで剣を作れたら、と俺は思った。工房へ戻ってからこの石を熱し、金属を取り出した。しかし量が少なすぎる。ナイフさえ作れない量だったが、確信したのは、この白い石は相当な価値があることだった」


「今も。あなたはこの石を採りに行きたいのですね。もし入手できたら、それで作ってみたいのね」


「イーアン。お前は俺を知る。そうだ、俺は石を手に入れて、お前の冠も作る。冠がそれで正しいかは分からないが、試す価値はもちろんある。一緒に行かないとな」


 フフフと笑って、イーアンは頷いた。材料が欲しくなる気持ちはよく分かる。それも連れて行ってくれる誰かがいるなら、すぐにでも行きたいだろう。



「分かりました。鉱石についてはお気持ちを察します。私も同じ条件で同じ立場でしたら、タンクラッドと同じ思いを持つし、そのように言葉を選ぶでしょう。ご一緒下さい。あなたの見識が必要です」


 嬉しそうに笑みを深める剣職人は、イーアンの黒い髪をよしよしと撫でた。撫でながら、ちょっと顔を近づけて『お前と一緒に』と繰り返した。それは嬉しい一言として受け取って、笑顔を絶やさないでいるイーアンだった。


「10個の場所を示すそれについては、昼に光を見つけて地図を確認しよう」


 イーアンはそれを楽しみにして、早めにお昼を作り始めた。



 少し時間をかけてもいいかと断って、タンクラッドが了承したので、イーアンは張り切って多めに生地を練る(※量が多いと肉体労働)。

 粉と卵と水を少なめにした固めの生地の半分を、伸ばして油を塗り、寝かせて、その間にさいころ大に切った肉と野菜を炒めて煮込む。

 煮込みの間に、長く寝かせないように気をつけた生地を、両手に持って引っ張って伸ばす。振りながら打ち付けて、細く細くする。太さが5mm以下になったら、横に進んでこれを繰り返す。


 イーアンは粉生地を使う料理をよく作ったから、こうしたものも体で覚えている。ここの世界に来てから粉の質も理解したので、一般的に食事に使われる粉生地の扱いも覚えた。


 どんどん伸ばして手打ち麺を作り、これをまた少し休ませる。その間にもう半分の生地を、大判に薄く伸ばして、叩いた塩漬け肉のみじん切り、香辛料とさいの目に切った芋を入れて巻き、鉄鍋に油を敷いて、渦を描くように置いて上下を焼き、蓋をして蒸し焼きにした。


 煮込み鍋を下ろして、別の鍋で湯を沸かして麺を茹で、3~4分で引き上げて一旦水に取る。ぬめりを取って煮込み鍋に加えて温め、皿によそった。



「今日。これと、もう一品作りましたから、そっちは小腹が空いたら摘んで下さい。あとで切り分けておきます」


「これは。イーアンの料理か?イーアンの世界の」


「私の故郷の料理ではないのですけれど、若い頃に他の国の方と食事をすることが多かったので、私が気に入ったものは、以来ずっと作っています」


 こうしてね、と突き匙を麺に置いてくるくる回し、一口分掬い上げて、ぱくっと食べて見せる。タンクラッドも真似して、器用に巻き取って食べた。切れ長の目が驚いてふっと開き、イーアンを見る。


「ちょっと手間はありますけれど、こうしても美味しいでしょう?この世界にもあるのかしら」


「イーアン。とても美味しい。つるつるしているけれど、普段の包み焼きや焼き物と違う食感だ。ハイザンジェルには、この食べ方はないな。ティヤーは穀物が多く取れるから、ティヤーの地方ではあるかもしれないが。昔、行った時はこうしたものは見かけてない」


 もう一つは、肉を巻いた生地ですからと、食べながらイーアンは台所を見る。冷めて落ち着いたら切っておく、と言うと、タンクラッドが微笑んでイーアンの髪を撫で、よしよし、してくれた。


「これは何と呼んでいる。まだ・・・残りはあるのか」


「これはね、メンと呼んでいました。様々なメンがありました。このメンの残りはないです。煮込みはあります」


「メンか。煮込みだけでも良い、食べる」


 気に入って良かった良かったと、タンクラッドのお皿を受け取ったイーアンは、もう一度煮込みをよそって戻る。タンクラッドは満足して、いろんな誉め方をしてくれた。

 なぜメンの残りがないのか、と訊かれたので、その形状から取りおくのが難しいことを伝えた。


「イーアンが来たら、また作ってもらわないといけないのだな。特別だ」


 メンが万国共通どころか、異世界でも気に入られたので、イーアンはちょっと嬉しかった。イーアンが作ったのはラグマンという麺だった。ウズベクの人が教えてくれた手打ち麺で、楽しく作れる家庭料理。



 美味しい昼食を食べて、お茶を飲んで、外を見ると太陽が真上辺りに来ていると分かったので、二人は白い棒とナイフを持って外に出た。イーアンはもう一度中へ戻り、地図を取ってきた。


「この辺が、太陽の下だ。ここで見てみよう」


 棒を立てて、タンクラッドはナイフを棒の上に重ねる。ふわっと青い光が地面に青い光を放つ。地図が広がったので、ナイフの文字を読みながら、タンクラッドが慎重に棒の文字と合わせる。


「まずこれが。アオファとグィードの居場所だな」


 この前に見た、二箇所の光の点。青と赤の点が地図の特定の場所にかかる。本の地図を広げたイーアンに、タンクラッドが場所を教えて、イーアンはそこに小さい印を付けた。



「次だな。10箇所の『場所』か。多分、『聖なる癒し』とあるのがそうだ」


 そっと少しずつナイフを回すと、濃い青い光がぱっと360度に散る。点を数えると9箇所だった。『歌を読んで、残りの1箇所がどこか、もう一度考えよう』タンクラッドに言われて、とりあえずイーアンは地図に9個の点を書き込んだ。


「9箇所の場所か。ハイザンジェルにもまだあるな。ハイザンジェルには2・・・3つか?国境近いが、昔と現在の国境線も違うからな」


「そういえば。話は違うのですけれど、本の地図にもこの光の地図にも、6つめの国と1つの島はないようです。でも示唆もないのでしょうか」



 イーアンに言われて、タンクラッドはちょっと考えながら棒を見つめる。イーアンに、棒とナイフを支えて置くように言い、剣職人は一度家に入ってから、手に紙を持って戻った。


「棒の最初の方から読んだのを書き記しておいた。一番最初の列だ。【水・満ちる・世界・空・を・鏡・に・映す】とある。これも何かを手に入れるための序文だとしたら」


 イーアンをちらっと見る。不思議そうに続きを待つイーアンに『俺には一つ思いつくことが』と少し笑った。裏庭の水場から水を手に一掬い取って、タンクラッドはイーアンの支えるナイフを一度外させる。



「合っていると良いな」


 剣職人がニヤッと笑って、立てられた白い棒の上を向く窪みに、手に取った水をそっと落とした。窪みの中心に開いた小さな穴から気泡が出てきて、タンクラッドが棒を掴んで一度地面にトンと打ちつけると、気泡はふつふつ浮いて、水が中に入ったようだった。


 再び棒をイーアンに持たせてから、タンクラッドは室内に入り、金属を磨いた胴体ほどある鏡を持って出てきた。


「イーアン。ナイフを棒に立ててくれ。俺がそこだと教えるまで、ナイフをゆっくり回すんだ」


 言われたように少しずつナイフの柄を回転させ、タンクラッドに『止めて』と言われた場所で押さえた。

 青い光の地図が足元に広がる中、ナイフの柄から光が不安定に漏れていた。


 剣職人は手に持った鏡の面を地面に向けて、ナイフの切っ先を中心にして当てる。太陽の光は遮られたが、地図はそのままだった。


「しゃがんで、鏡に映っているものを見てくれ」


 ここまで来ると、イーアンにも何があるか見当がついた。すぐにしゃがみ込んで鏡を見ると、『あった。あります、タンクラッド。上に向かって光が』


 タンクラッドの鏡を持つ手を代わり、イーアンはタンクラッドにも見てもらう。剣職人は満足そうに目を細めて、地面に映る地図と、鏡に映った光の位置を照らし合わせて呟いた。



「あったぞ。イーアン。島は上だ。空の上なんだ。アイエラダハッドのシュワックだ。シュワック地域のここは・・・アムハール辺りだな。この上ということか」



 本の地図と確認したタンクラッドは、そこに印を付けた。『もう一つ。地下の国もあるぞ』そう言いながら、グィードの居場所を示した海に当たる光の線を追った。位置を確かめて、そこにも印を入れる。


「グィードは地下の国だ。なるほどな。『国を繋ぐ大海の穴』とはよく言ったものだ。テイワグナとヨライデの列島が合わさる場所だ。ここはしかし・・・ヨライデは海が安定しないからな。潮の満ち干きで見える場所かもしれない」


「その列島自体は、船で行くのでしょうか」


「俺はここまでは行っていない。おそらく地元の人間も、こんな海の奥まで船を出さないだろうが、行くとしたら船だと思う」


 タンクラッドは立ち上がり、イーアンの持つ鏡を受け取る。『なぜ太陽の光が遮られたのに大丈夫だったのか』とイーアンが訊くと、タンクラッドは金属鏡の作りを教えてくれた。

 イーアンは理解する。銅鏡と同じだということか、と。銅鏡に彫られた絵が透けて映ることを、美術品の関係で仕事をした頃に聞いた。裏から光を当てると映る仕組みは、こうしたものもあるんだなと。


 すごい仕組みだ、と笑うと、タンクラッドも頷いて『俺の家の鏡が、金属製で良かった』と笑った。


お読み頂き有難うございます。

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