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魔物資源活用機構  作者: Ichen
紐解く謎々
301/2944

301. 謎々の示す所

 

 朝もまだ8時前。どうかなと思いながら、イーアンはタンクラッドの工房の扉を叩く。


 叩いてすぐ、すっと開いた扉の向こうに優しい剣職人の笑顔がある。『おはよう』普通に声をかけてくれるタンクラッド。イーアンも挨拶をして、お邪魔する。


 ちょっと見て、タンクラッドがまだ着替える前だったのかと気がついた。普段の服とは違って、少し薄着でさっきまで眠っていたような。それを訊いてみると、彼は頷いた。


「昨日。ちょっと遅くなってな。さっき起きた。これから着替える」


「朝早過ぎました。ごめんなさい。私、朝食を作っておきますから、ゆっくりされて下さい」


 悪いことをしたと思って、イーアンは荷物を下ろして急いで上着を脱いだ。すぐにタンクラッドがイーアンを引き寄せて、頭を撫でる。


「お前こそゆっくりしろ。俺は自分の楽に出来る状態で動いている。気にしないで良い。

 それより・・・今日の服は、とてもよく似合っている。顔の傷は可哀相だが、お前がその傷さえ似合うようにしているのが分かる。ものの使い方が上手だ」


 よしよし、誉められて、イーアンは嬉しそうに笑った。タンクラッドの大きな温かな手がイーアンの冷えた頬を包んで、『空は冷たかっただろう』と労ってくれた。炉の側へ行くように言われて、一旦工房へ移動した。



 奥に続く部屋が寝室なので、タンクラッドは着替えると言って中へ入った。荷物を工房に運んだイーアンは、今日タンクラッドにお願いすること・相談することを書いた紙を出してから、椅子に掛けて彼を待った。


「朝が早いということは。今日はすぐ帰るのか」


 寝室から声がして、イーアンはすぐ『いいえ。ゆっくりです』と大きめの声で返事をした。その返事には声が返ってこなくて、代わりに少しして、シャツを手に持ったタンクラッドが上半身裸で出てきた。


「よく聞こえなかった。もう一度言ってもらえるか」


 伴侶で見慣れているものの。よそ様の上半身裸は見慣れていないわけで。イーアンは視線を外して炉のほうを見ながら『今日は夕方までいられます』と答えた。それも聞こえにくいタンクラッドは、ちょっと困って、イーアンの椅子の前に来て跪き『もう一度』とお願いする。がっちり瞼を下ろした状態で、イーアンは答えた。


「今日は夕方までです」


 イーアンの顔が少し赤らんでいるのに気がついて、タンクラッドは、自分の姿があまり礼儀正しくないことに気がついた。『俺が服を着ていなかったからか』と少し笑って、イーアンの顔を撫でた。


「お前は律儀なんだな。気にしないでも良いのに」


 無理ですよと思いつつ、イーアンは頷いておいた。ムキムキが上半身裸は、カレンダーでもなければあまり室内で見れるものでもないのです・・・イーアンは心の中で呟く(※昔ランボー(古)のカレンダーが実家にあった)。今は伴侶が居るから、有難いことに毎日、生で見れるけれど。



 体も温まったところで、イーアンは『朝食を作ります』とそそくさ台所へ行き、そそくさ料理を始めた。この数日間であーだこーだ言われ続けたが、お世話になってるのだからと、簡単でも、丁寧に感謝をこめて作る。


 小さな薄い豆を茹で、次に粉を練って少し寝かせて、その間に香味野菜をみじん切りにした。塩の強い硬い乳製品があると聞いて出してもらい、それを薄く薄くスライスする。豆の湯を空けて、湯きりした豆を鉢に入れて擂り粉木で潰し、塩と油と香味野菜と香辛料を入れてよく混ぜる。水気を出さないため野菜を潰さないよう気をつけた。

 寝かせた粉を小さな玉で6つに分けて、粉を振った板の上でめん棒を使って円形に伸ばし、油を敷かない鉄の鍋をかんかんに熱して、さっさかさっさか手際よく焼く。薄いので両面焼いて返してすぐ、ちょっと端を押さえるとぷっと膨らむ。膨らんだら焼けた証拠。


 豆のペーストと薄切りの乳製品(※硬いチーズです)と薄焼きの生地を別々にお皿に入れて、食卓へ運んだ。

 タンクラッドはイーアンが台所から出てくるのが楽しみで、いつも出てくるのを見ては立ち上がって、皿を覗き込む。


「お茶を淹れてきます。どうぞ召し上がって下さい」


「お前の作る食事は本当に美味しい」


 イーアンがお茶を淹れようと台所に行く前に、タンクラッドは既に食べ始めていた。笑いながらイーアンがお茶を淹れて戻る。焼いた生地をちぎって、ペーストにつけて乳製品と一緒に頬張っている職人は、とても嬉しそうな笑顔を向け『家にある食材に思えない』と誉めてくれる。


「これは俺のワガママだろうが。もう少し多く作ることは出来るか」


「あら。足りませんでした?ごめんなさい。次はもう少し増やしましょう」


「そうじゃない。美味しい。もっと食べたいからだ」


 この前のお菓子も美味しかったから、翌朝まで取っておこうと思ったのに、気が付いたら食べ切ってしまったとタンクラッドは笑っていた。


「忙しいな、イーアンは。魔物を倒して、怪我を治しながら、ものを作って。菓子を焼いたり、料理をしたり。謎を解いたり。大忙しだ」


「こんなに忙しくなるとは思っていませんでした。でもお菓子や料理は好きでしていますので、忙しいとは思っていません(※王様のは面倒くさいと思ったくせに)」


「今日はどうする。夕方までと言っていたが、何かあるのだな。一人で来たのか」


「ダビが一緒です。彼は親父さんの工房で、もし彼らが許可したら宿泊可能な状態です」


 タンクラッドは最後の一口を名残惜しそうに口に運びながら、『ダビが宿泊』の言葉にちょっと手を止めた。『泊まる』ちらっとイーアンを見て聞き返すと、イーアンは頷く。イーアンはその理由を少し話して聞かせた。


「落ち着かないのか。あのダビという男は、職人の仕事は好きそうだが、何か心境に変化があったんだろうな」


「そう思います。これまでずっと騎士業でしたから、突然、剣職人になれる可能性が出てきて、その分かれ道に立っている状況に戸惑うのかも」



「まったく別の職業だからな。イーアン。お前もここに泊まればいい。俺のベッドで眠れ」


 びっくりしてお茶を吹き出すイーアン。タンクラッドが笑って布を取ってくれた。頭を下げつつ、見苦しく滴るお茶を急いで拭う。『も。申し訳ない。ちょっと驚き過ぎまして』衣服と口を拭い、床に垂れなかったことを確認する。


「一緒に眠れと言ったわけじゃない。俺は横でも眠れるから、お前が使えと言ったんだ」


「だ。ダメ、ダメですよ。いけません。ってそうではない。いいえ、いえいえ、私は支部に戻りますから問題は何もございません。お気遣い有難うございます」


「イーアンは律儀だ。ダビが泊まるなら、お前も町に居た方が明日の朝が楽だろうと思った。女だから、こんなことを言われたら怖いかもしれないが、何もしない。俺は、お前ならここに居ても良いと思う」


 イーアンは丁寧に、丁寧に、お礼を言ってから『龍は早いから大丈夫』とお断りして微笑んだ。

 タンクラッドは非常に純粋である。分かりにくいくらい純粋。この会話を、彼を知らない人が聞いたらひっくり返りそうだと思いつつも、この人は自分に手を出す気ではないことを理解しているイーアンは、忙しい笑顔で食器を片付けて台所に入った。



「ところで。お前は馬車の民に会いに行ったのか。歌に秘密があるような話だったな」


 食卓からタンクラッドが声をかけてきたので、食器を洗い終わってからイーアンはすぐに戻り、荷物を置いた工房へ移動した。


「先日。私はドルドレンのお父さん、馬車長をされてるのですが、彼に馬車の歌を聴かせてもらいました。ずっと歌い継がれているもので、彼らに文字はないそうです。彼らの言葉は彼ら馬車の民だけが理解している様子で、お父さんは訳して説明しながら教えてくれました」


「面白くなってきたな。イーアンはいつも面白い話を持ち込む。長い歌だったのか」


 頷いて、書き留めた紙の束を荷物から出し、覗き込むタンクラッドの目を見つめてちょっと考える。


「帰ってきて書きましたが。でもこれは私の文字です。私が読んだら、タンクラッドにここの世界の文字にして書いてもらえないでしょうか。とても時間を取る作業で、すぐには無理だと思いますけれど。このままでは私しか読めません」


「そうか。そうだな。俺も家でゆっくり考えるためには、それを写したほうが良いだろう。お前が読んだら、俺が書けば良いんだな?とりあえず、粗筋は分かるか?最初から最後まで、重要な箇所を拾って教えてもらうことは出来るか」


 馬車から戻って、それを自分もすぐに行なったから、と言いながら、イーアンは粗筋用に抜粋した紙を一番上にした。タンクラッドの要求は、いつも自分が考えることと似ている、と思う。テンポ良く進むことに感謝する。


 タンクラッドがじっと待ってくれているので、イーアンは、自分が引き抜いた部分を繋げた粗筋を読んで、照らし合わせてみた白い棒の情報について話した。



 工房にその日遊びに来た、ザッカリアという子供が異能の持ち主で、彼が口にした龍の話もした。


「ザッカリア。その子は見えない場所を見る力があるのか」


「恐らくそうです。他にもあるのか分かりませんが。とにかくまだ子供なので、能力を操る感じはありません。彼が関心を持ったことに対して、見えているような気がします」


「なるほど。彼が、残りの2頭を龍であることを教えたのか。一つは海に、もう一つは山の中」


 タンクラッドは暫く考え込む。預かっている白い棒を持ってきて、イーアンの腰に下がる剣から、ナイフを出すように言う。ナイフを受け取り、外を見てから『昼になったら、また見てみよう』とタンクラッドはイーアンに言った。


「あの後。俺もこの白い棒をいくらか読む時間があった。ここには、とても端的に情報が記されているが、全て『何かを手に入れる』事に関している。その合間がないのだ。これは、この旅において、()()()()()()()()()()()()()()。それだけを集めて記された道具のように思う」


「では。そこに書いてある何かは、全て私たちが受け取ることになるのでしょうか。場所などもありますか」


「あった。なぜ場所だけを示す情報があるのかと、最初考えたが。思うに、その場所も手に入れるのだ。そこで得られる力を教えているのだろう。物とは限らない」


「場所と、物と、龍。他にもあるでしょうか」


「人の話らしきものがいくらかあった。まだとても全部を読んではいないが、人間を示していると思う内容だ。誰が、といったことではなく、どんな、人物が関わったのかを書いている気がする」



 凄い話になってきたなとイーアンは驚きながらも、ただただ頷く。自分もその一人なんだと(※責任重大)思うと、とんでもない話に足を突っ込んでいる気がした。生きてると何があるか分からないものである。


「場所なのですが。歌では6つの国と1つの島の存在が最初に出てきます。地図を見て確認して」


「残念だが、ディアンタの地図にはない。あの2冊を借りたが、地形は現在と同じようだった。地名が異なるが」


「タンクラッドはどう思いますか。一体どこかに、全く知られていない国や島があると思いますか」



 焦げ茶色の瞳を静かに炉に向けて、剣職人は顎に手を当てて考える。サマになるなぁ、と感心しつつ、イーアンは彼の答えを待つ。暫くして、タンクラッドはイーアンを見て『さっきの子供の話だ』と呟いた。


「彼は『海の向こう』と言ったんだな。水の中、海の中ならどこへでも行ける龍が、()()()()()にいる、と言ったんだ。それは漠然とした場所ではないだろう」


「私もそうかなと思ったのですけれど、歌では島と国は別々のようです。ザッカリアの見た場所は、島なのか、国なのか。でもどちらかを言っている気がして」


「イーアン。『国を繋ぐ大海の穴より臨む・・・地中の国』と言い切っている以上、島ではないだろう。島は海にあるとばかりも限らない。6つめの国は地下だ」


「島はどう思われます?」


「もし。俺の想像があっていれば。上だ」


 タンクラッドは指を向けて、ニヤッと笑った。イーアンはうっかり撃ち抜かれかけて、慌てる。美形は不意打ちの表情が心臓に危険である。転がり落ちそうになるのを机を掴んで防ぎながら、姿勢を正して質問するイーアン。


「上?歌では空を示している部分は、すぐに目に止まった部分では、ミンティンを呼ぶ笛が空から落ちてきた箇所だけでした。もう少しきちんと読めば、空を仄めかすところもあるかもしれませんが」


「歌の粗筋では分からないが、全体を読んだ時に見つかるかもしれない。総長も補足したようだし、彼らの表現では空を示している場合もある。自然体で使う言葉だと、そこまで説明しない場合があるから」


「そうですね。ではこの後、歌を全部読める時間を頂けますか。多分1時間半くらいはかかります。歌いながらだと2時間以上かかりました。そうでした、治癒の場所のようなものもあるのです」


 タンクラッドは頷く。白い棒を右手に持って、ちょっと掲げる。


「それこそ。さっき言った場所を示している箇所かもしれない。それは地図と、ナイフを合わせた光で確認できるだろう。歌では何と?」


「拾える部分では、確認しているのは10箇所です。恐らく、私はこの前、そのうちの1箇所を見つけています」


 本棚の背板を繋げて辿り着いた場所だな、と職人は頷く。イーアンも、そうだと答えた。



「その場所を確認して、もし限定できたら。イーアンはどうするつもりだ」


「行ってみようと思います。現地の状態を知りたいです。私はこの前、フェイドリッドに指輪を頂きました。私が遠くへ行く前にそれを渡す、と彼は言っていたので、国外へ移動しても、彼の指輪が私を守ってくれると思います」


「フェイドリッド。王の名前か?え。指輪?イーアン、指輪を受け取ったのか?」


 タンクラッドはとても困惑した様子で立ち上がり、イーアンの両手を見た。イーアンは急いで『違います』と否定する。ドルドレンと同じように驚いたのだろうと思って、説明した。


「そうなのか・・・・・ でも。そう。そうか」


「タンクラッド、私は別の世界から来ています。指輪の意味を、ドルドレンに聞いて知ったくらいですから、ご心配要りません。知っていて受け取りません。フェイドリッドも、私が違う世界から来たと知っています」


 納得が行かなさそうな剣職人に、イーアンは説明し、大丈夫と念を押した。ここでは指輪の意味合いは相当なのだと、改めて理解した。それにね、とイーアンは冗談めかして、自分の指は太くて彼の指輪は入らないと笑った。


「もともと女の人らしい体ではありません。私は。それに物作りもしていますから、腕や指は女性らしくないのです。ひび割れるし皺もあるし、筋肉も普通の女性にはないくらい付いています。私は指輪なんか似合いませんよ」


「イーアン・・・・・」



 立ち上がったタンクラッドがイーアンの椅子の前に跪いて、大きな手でその両手を取って包む。包み込んだまま、イーアンの両手に唇をふっと落として口付けた。少し驚いたイーアンは、手を引き抜こうとしたが、しっかりと包まれていた。


「お前の手は祝福された手だ。お前が祝福されているんだ。お前の指輪は俺が作ろう。女らしくないなんて、言わせないようにする。そんなことを思うな」


 心優しい剣職人に、イーアンは微笑む。両手を包まれたまま、焦げ茶色の瞳を覗き込んで『優しいタンクラッド。ありがとう』と囁いた。


「お前の側にいよう。総長がお前を愛するように」


 何とも。どう受け取っていいのか分からない一言に悩むイーアンだが、有難くお礼を伝えて微笑むに留めた。この人は多分、()()()()()()ではないのだ、と思いながら。

お読み頂き有難うございます。

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