300. 謎解き初日
朝から忙しく頭を使うドルドレンとイーアン。
早起きしたイーアンが、大事に丁寧に、でも忙しなく旦那(※未婚)を起こし、眠い目を擦りながら起きたドルドレンに、早速パパの歌の話を訊いた。
ドルドレンも股間が盛り上がったまま、うんうんと頷き、ベッド近くに机を寄せたイーアンを抱き寄せて、紙の束とペンを持った愛妻(※未婚)を抱え込んで、言われるままにぼんやりしながら返答する。
これどういう意味、それ何て印象、と訪ねられては『これは』『そこは』『だから』とドルドレンは聞き出される状態で、答えるのみ。ベッドに胡坐をかいて座り、そこに愛妻を抱きかかえて座らせ、愛妻はベッドの上に置いた紙に、せっせとペンを走らせる。時々、どう書いているのかと覗くが、ドルドレンには分からない文字だからすぐ諦める。
ちょっとぼんやり序に、思いつきで股間の盛り上がりに愛妻を押し付けてみたが、無反応ですぐに距離を置かれた。書き記すことに夢中で、ペンに負けた股間。若干の寂しさを覚えるものの、その驚異的な愛妻の集中力のおかげで、パパの歌の細かい部分までが再現された。
「ドルドレン。素晴らしい。素晴らしいですよ。朝からこれほどの充実感は目出度いくらいです」
はーっと満足そうに息をつくイーアンは、満面の笑みで自分の背中を抱えるドルドレンに振り向く。銀色の瞳がまだ眠そうで、でも微笑んでいるのを見て、イーアンは紙の束とペンを机に置いてから向き直って抱き締める。
ドルドレンも、やっと終わったかと安心して愛妻の細い背中を抱き締める。ちょっと下を見てみると、鳶色の賢そうな瞳を向けて、イーアンがニコッと笑う。とても可愛いのでドルドレンはちゅーっとしてから、頬ずりした。
「俺も覚えていたようで何よりだ。忘れたら、またあいつに会うのかと思うとひやひやした」
「大丈夫でしょう。後はこれをもっと突き止めて、位置や歴史を確認しながら正確性を増しましょう」
イーアンはドルドレンの唇を引き寄せて、ゆっくり静かにキスをする。ドルドレンも堪能して、舌を絡め始めて、そのまま押し倒そうとするが。
「着替えましょうね」
の一言で、朝は無情に始まる。笑っているイーアンは自分の部屋に入って着替え始め、仕方なしドルドレンも着替える。
イーアンは今日もとてもよく似合う服。似合う服しか買ってないから、似合うんだけど。
アティク風が気に入ったのか、昨日は黒系だったのが今日は赤紫色のセット。深く濃く、果物の酒のような色のてろんとした光沢ある生地の、襟の大きなシャツから胸の黒い絵がどかんと見える。男物の燻し銀のバックルが6cm幅の野太い黒い革のごついベルトを飾る。黒いラフな生地に、黒い刺繍が大柄な蔓模様を描く細身のズボンに、昨日と同じ毛皮の銀青色の足筒と黒い革靴。腰袋と剣を下げたベルトをかけて登場。そして極めつけの『冬はこれ』と定番になった赤い毛皮の上着。俺も欲しくなる。
・・・・・はー。素敵。うちの奥さんは何てワイルドなの。何て似合うの、アティクと良い勝負。ぬ、それはダメか。お似合いになってしまうな。しかし奥さんはカッコ良い。綺麗もいいけど、これも捨てがたい。ひゃー、どうしたら良いんだろう。顔の傷さえ装飾品だよ。はー。イーアン、カッコイイ~
出てきたイーアンに恋してから、抱き締めて誉めて、ちゅーっとするドルドレン(※良い旦那)。幸せ気分で晴れて朝食へ。早く二人の家が欲しい、と切実に願う朝。
イーアンはニコニコしながら、『アティクのおかげ』と開き直れた傷の生かし方を喜んでいる。
朝食を食べている間も、イーアンは声をかけられる。どうしてか、綺麗な女性らしい格好の時よりも、ワイルドはウケが良い。刺激なのか知らないが、カッコ良いキーワードが流行となっている。
「新年夜会のアティクもすごい目立ってましたよね。イーアン見て思い出す」
誰かがそう言ったので、やはりあの姿からかなりの流行を生み出していると知る二人。いっそのこと、アティクにいつでもあの格好でいさせたほうが良い気がしてくる。そんなことを話しながら、朝食を終えて、二人は今日の仕事を始める。
「なぬ。今日はタンクラッド」
「ドルドレンにも細かい部分を教わりましたから、これでタンクラッドに相談できます。タンクラッドに用事がなければ、今日は夕方までいて聞いてこようと思います。どうしよう、ダビも連れて行こうかしら」
「うぬ。ダビ。どうも一々面倒だな」
「何が面倒なのですか」
「こちらのことだ。いやしかし。ダビとはあれだろう、こじれたんではなかったか」
イーアンは困り顔。ちょっと溜め息をついてから腰に手をあてがって、うーん、と悩む。『でも。ボジェナも待ってるでしょうから。私とケンカしたことで連れて行かないわけにも』と気が進まないなりに気を遣う。
「そうか。そうだな、ボジェナに一日預けるのも良いだろう。何だったら置いてくれば良い」
それはどうなの、とイーアンが笑う。『休みは付けておくから、そんなことでダビが落ち着くならその方が』とドルドレンは笑いつつも、本当にそう考えていることをイーアンに言う。最近のダビの様子が不安定に感じているイーアンも、そう言われると頷いてしまう。
「そう?遠征入っても大丈夫でしょうか。確認か何かで隊が出てるのですよね」
「確認だけだ。大きい報告は新年で入ってきていないから。今日一日くらい大丈夫だろう。明日迎えに行ってもらう手間になるが、それでイーアンが良かったら(※ダビの意思も剣工房の都合も無視)」
「ドルドレンがそう言って下さるんだったらね。ボジェナが大丈夫なら、ダビを一泊させてしまいましょうか。彼も剣工房に一日居られるとなったら喜びそうだし(※押し付け)」
斯くして。ダビは呼び出されて、都合を確認され、本来の休日より1日早く休みを取ることになる。総長に言われて、工房の都合を確認した上で、もし相手が良いといえば一日がかりで学んでくるようにと言いつけられ、かなり驚く。『ダメって言われたら帰ってこい』と適当に追いやられる。
抵抗するのも難しい、昨日やられた頭でダビは困惑しながらも頷いて了承した。とりあえず一泊旅行の簡単な荷物を用意して、裏庭口へ向かうと。
この前、剣を引き抜いた女が青い龍に乗って待っていた。威圧感が異様に怖い。野生的で盗賊のような格好がやたらお似合いで、さらに怖さを増やしている。恐る恐るイーアンに近づき、緊張しながら『おはようございます。この前ごめんなさい』をセットで告げた。
「私も感情がね。ちょっと大人気なかったですね。ダビが良ければ忘れましょうね。さて乗って下さい」
さっと流されて、あの一件は過去となる。ダビはイーアンの後ろに乗って、龍は空へ飛んだ。イーアンは何も喋らないが、イオライセオダまでの龍飛行の間、時々見える横顔は微笑んでいるままだった。
ダビは自分が、『恋をしている』=『憧れている』のかなぁと横顔を見ながら考える。でも埒が明かないので、考えるのはすぐに止め、下に広がる風景を眺めて飛行時間を過ごした。
イオライセオダに着いて、荷物を下ろしたイーアンは荷袋を抱えて、龍を戻す。ダビが持とうとしても『大丈夫』とあっさり断り、イーアンはすたすた前を歩いていく。怒っているのかなと思いつつ、それもそれと気持ちを入れ替えて受け入れるダビ。
親父さんの工房の通りと、タンクラッドの工房の通りが違うので、途中でお別れ。『じゃあ、夕方。一応声をかけに行きますから』ゆっくりね、とイーアンは笑顔でそう言うと行ってしまった。
ダビは取り残されたような気持ちを感じた。でも、剣工房に泊まりでも良い、と総長から言われてるしと思うと、何か新しい気持ちが生まれる。ダビは勇んで、サージの工房へ向かった。
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