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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
299/2944

299. 兄弟とギアッチのお説教

 

 演習の午後。


 女装ハルテッドは適度にサボっている。今日の場所はイーアンの工房の反対側で、風呂場や洗濯場の近くだった。

 ぶらぶらしながら午前中のことを思い出しつつ、壁の上にぴょんと飛び乗って、壁向こうの草原を見ていたところ。


「あなた、またサボってますね」


 振り向くと青ざめた男がいる。『なんだよ。どしたの』ハルテッドは、壁に寄りかかるサボらない系統の男に声を掛けた。何も言わないダビ。


「どしたの、って」


「いえ。洗濯当番なんで。洗濯場の掃除でしたよ。午後の二部から出るだけで」


「ふうん」


「あなた、自由ですよね」


「はぁ?」


 ダビがぼそぼそ呟くので、よく聞こえないハルテッドは壁に跨って、足元の壁に寄りかかるダビを見る。


「ダビは何で、イーアンを怒らせる言い方すんの。あれじゃイーアン、すごい軽い女みたいじゃん」


 ハルテッドはちょっと思うところを言ってみた。怒らせた時。最後の方、イーアンはダビと机を挟んで睨み合っていた。


「なんかよく知らないけど。ダビっていつもイーアンと一緒にいるでしょ。それなのに、何でイーアンが尻軽女みたいな言い方できんの。優しくされてないの?俺には優しいよ。皆に優しいと思うけど」


「別に、尻軽なんて思ってないですけど。だけど触らせたりとかヘンじゃないですか。口説かれて平気とか」


「よく分かんないんだけど。相手してない、って思えないの?それってイーアンが相手が好きかもって前提っぽくないか」


「ハルテッドだって言ってたじゃないですか。口説かれてるとか、上着縫うのか、とか」


「俺の場合、多分あんたと違うよ。気持ちが」



 壁に跨るハルテッドを見上げるダビ。何が違うのか、分からない。それを口にしたら、バカ扱いされそうで見てるだけ。ハルテッドのオレンジ色の瞳が見下ろす。


「俺はね。イーアン、好きなの。好きだから、傷つけないよ。悲しいの可哀相じゃん。

 料理作ってるとかさ、お菓子あげるとか聞いたら、職人さんが勘違いしてイーアンのこと好きになったらイヤだな、って思うから、止めなよって言うけど。でも責めたりしないよ。あの人、優しいだけだもん」


「何言ってるんですか。だって、あなたも傷つけてたじゃないですか」


「そういうつもりじゃなかったけど、そうだなって思ったから、その日は会いにくかった。

 でもさっき謝り行ったら・・・俺がごめんねって言ったら、イーアンは自分も謝った。また遊び来てって言ったんだ。許してくれんだよ、ちゃんと反省して謝れば。あんた、それやったの?」


 ダビは俯く。会うのを避けて、謝らないで自然体で、次の日に会えばいいと思っている自分がいる。もし怒ってたら、別の日って。

 茶色い長髪を午後の冬風に(なび)かせるハルテッドは、じーっと壁に寄りかかる男を見ていた。(おもむろ)に大きな声で叫ぶ。



「ベル!」


 名前を呼ばれたサラサラヘアの無精髭を生やした流れ者が、建物の影から登場。ダビは少なからず驚く演出。流れ者兄弟が揃う。自分の立場の不利をデジャヴ(※クローハル&ブラスケッドのタッグ回想)。


「盗み聞きとか気持ちワリイだろ。とっとと出てこいよ」


「お前が珍しくマトモなこと言ってからよ。邪魔しちゃアレかと思って、黙ってたんじゃんかよ」


「聞いてたんだろ。だって、よ。どうよ」


「あ~?」


「バカ丸出しの声出すな。バカ。だから、どうだっつーの。こいつだよ、こいつ」


 さっきまで『あんた』と呼ばれていたダビは『こいつ』に格下げ。少なからず衝撃を受けるダビを無視して、兄・ベルは首を回して音を鳴らし、気だるそうにダビの横の壁に背を寄りかける。


「知らねぇよ。こいつ、分かってないんじゃん。自分がどんだけマトモみたいな感じでくっちゃべってっから。だからお前、イーアンのお怒りに触れんだよ。分かってる?」


 赤みがかるオレンジ色の瞳で、市場の野菜でも値踏みするように、ベルはダビを見る。目を合わせてすぐに反らしたダビをじっと見ながら、ハルテッドに腕を伸ばすと、ハルテッドがどこからか煙草を出して渡した。


 ベルは煙草の巻き目をぺろっと一舐めして、火打石で火をつける。一吸いしたところで『よこせよ』と弟に言われて渡す。ベルが煙を吹き出して、ダビをもう一度見た。


「お前さ。自覚ないでしょ」


「何がですか。自覚ないことなんか、ないと思いますよ」


「じゃさ、イーアン好きかよって訊かれたら、なんつーの」


「何言ってるんですか。嫌いじゃないですけど、あなたたちの言う好きじゃないでしょ。どうやったって」


「分かってねーの。子供じゃんかよ、ハイルだけかと思ってたけど。いんだね、こんな年でこんなヤツ」


 ベルがハハハと笑う。笑った途端に、上から長い足が勢いよくベルの頭を踏みつけて蹴る。倒れて呻く兄に唾を吐く容赦ない弟。


「バカ野郎。何どさくさでバカにしてんだ、このバカ。死んじまえ、クソ野郎」


「お前ね。頭の天辺蹴られると、人って死ぬ可能性高いんだよ。お兄ちゃんに何てことすんだ」


 気持ちワリイこと言うんじゃねー、くたばれ、と吐き捨てられるベル。盛大な舌打ちをして、頭を抱えて(うずくま)る兄の背中に煙草を落とすハルテッド。あちあちあちあち!と走り回る兄に、侮蔑の表情を向けながら、ハルテッドはダビに言う。


「あのさぁ。ダビに悪気ないのかもしんないけど。イーアン、お前嫌いになんぜ。あんなこと繰り返してたら。分かってやってんなら、もう言わねーけど」


「え」


「やっぱ分かってねーんだ。あんた、誰か好きになったことあんの?いつもあんな言い方してたの?」


 ダビは躊躇う。誰か好きになったこと。あるかもしれないけど。でも別に今だって、イーアンにそう思ってるとは思えないし。彼女は総長の妻みたいな存在だし、そんなこと考えもしない・・・・・


「ホントに分かんねんだ。それ、ちょっとマズイかもな。何かカワイソーな感じ」


「すみませんけど、あなた方兄弟に同情されるような可哀相感、そこまで無いでしょうよ。普通に考えて、イーアンも自分で言ってるけど、相手は『中年のおばさん』ですから」


「あ。そういう言い方。じゃ、いいや。お前、もう二度とイーアンに近づくな。近づいたら殺してやる」



 驚いたダビが見上げると、ハルテッドの嫌悪丸出しの表情が自分を見下ろしている。ダビは困惑して、自分がそこまで酷い言い方をしたか、頭の中で確認する。


「お前の仕事かどうか知らねーけどさ。お前みたいなヤツ、いらねーって。今から俺が生きてる間だ、お前イーアンに近づいたら殺すからよ。消えろ」


「ちょっと。ちょっと、何言ってるんですか。騎士でしょ、一応。そういうの違反ですからね」


「一緒にすんなよ、物知らず。お前みたいなのに、俺の好きな人が怒ったりすんのイヤだから。傷つけるから怒るんだよ、バカでも分かるのに、お前バカ以下だろ。このバカ」



 ダビは困惑する。何がどうして、そんな人の怒りを買っているのか。全く理解できないし、自分の口にした言葉も控えめで問題ない範囲だとしか思えない。なのに、目の前の女装男は怒っているし、彼の兄も自分(ダビ)の値打ちを確かめるような目つきで見ていた。



「はい。そこで終わりにしましょうね。ハルテッドは大した人ですよ。お兄さんも良い感じだね。しかし気の毒な。ハルテッド、火傷は可哀相でしょう」


 ぱんぱんと手を叩く音がして、茶色の髪をかき上げたハルテッドが見た先には、見るからに頭の良さそうな笑顔で近づくギアッチ。



「ハルテッドは女の人でもモテたでしょうねぇ。男でも格好良いですけど。まぁそれは好き好きとしてね。お兄さん、無事?」


 うーうー呻いて背中を擦って倒れている兄に、同情してギアッチが声をかける。

『た、煙草でやられまして』とベルが小声で言うと、ギアッチは苦笑しながら『煙草ねぇ。騎士修道会は禁止だから言わないであげますけど、煙草の熱は相当でしょうね』と医務室へ行くように助言した。『私に手当てを勧められたとお言いなさいよ』と守り札を言いつけて、ベルを送り出すギアッチ。


 よろめきながら医務室へ向かう兄を見ながら、ハルテッドは金髪のギアッチを見下ろす。微笑むギアッチがダビを見てからハルテッドを見る。


「あなたは実に誠実で、実に優しい人ですね。イーアンはあなたが好きだけど、その理由はよく分かる。あなたは正直なんだ」


 で、比べてみれば気の毒かな、と苦笑いのギアッチはダビを見て溜め息をつく。


「ねぇダビ。自分も他人も分かってないでしょ。分かってるつもりかもしれないけどね。イーアンは剣を抜いて怒ったでしょう。あの人が剣を抜いた、ってそれだけしか記憶しなかったらね、そうでしたら」


 そこまで言うとギアッチは言葉を留める。ダビはギアッチの登場に少し安心していたので、ギアッチを見つめる。ハルテッドは黙って壁の上から見ていた。



「あなた、本当におバカさんですよ。一生、棒に振るかもしれない。素敵な女性が現れても逃す可能性が大きい人です」


 衝撃以外の何物でもない厳しい先生の一言に、ダビは膝の力が抜ける。ハルテッドは少し笑っていた。


「何だっけね。イーアンが中年のおばさんでしたっけ。そうね、彼女の年齢はね。改めて言うと44だっけな。私と2つしか違わない。彼女のが上。・・・でも本当にそうなのかなぁ。どうだろう、私そう見えないんですよ。おばさんねぇ。どうですか、ハルテッド」


「俺?イーアン、好きだよ。年なんか別にどうでもいいじゃん。ほうれい線とかさ、胸ないとか、本人、気にしてるけどね。別に気になんないよ。俺、そう言ったんだ。イーアン、可愛いよ。格好良いじゃんか。今日もカッコ良かったよ、いつも優しいし。あの人のまんまで好きなんだ。俺さ、あの人見てたいんだ。困らせたくないよ、俺、あの人好きなんだもん」



 満足そうに笑顔で頷くギアッチは、ハルテッドにお礼を言ってから、ダビに向き直る。


「ですって。どうでしょうね、あなたの見解は。お嫌なら離れて下さって、そちらのほうが健全ではないですか?

 あなたの言い方でしたら・・・なぜ一緒にいるんですか。仕事のためって言うなら、自分から仕事潰してる。それでもイーアンに自分の思うように動いてほしいのでしょうか。その、人を強要する動きって道徳的に良いって思えますか?何が理由で動いてるんだろう。それ、ダビは知ってるって言えます?」



 こんな質問を食らうとは思っていなかったダビは、困惑しながら俯く。ギアッチの言いたいことはわかる。ハルテッドの素直な思いも理解できるはず。ベルの言った、『この年でこれか』といった意味も。

 でも、自分にイーアンをそこまで思う気持ちがないのは、自分の中で解決していた。


「私は。分からないですよ、だって、彼女が自分より10以上も上で、面白い仕事を振ってくれていて、でもいつも誰かが。総長って決まった相手以外の誰かが、あの人の周りに来ていて。タンクラッドさんなんか、間違いなく彼女を落とそうとしてるじゃないですか。それでもあの人が笑って仕事したり、彼の家で料理作るなんて」


 ギアッチは優しそうな笑顔で微笑む。そしてちょっと緊張が解けたように笑い声を一回出した。


「あのね。ダビは今。恋してるんです。あなたの言う、中年のおばさんに。相手が総長っていう、とんでもなく壁の高い伴侶のいる人にね。憧れなのかな、そういうのもあるのかも。でも、ダビは初めて、誰かに恋したんですよ。その人が自分の腕の届く範囲にいてほしいって思ってる。


恋ってね。愛と違うんですよ。恋って憧れなんだ。憧れを見つけた時、人は恋するんです。それをもっと思い遣って、もっと大切に守ろうって思えて、そのためなら自分は痛んでも良い、って。憧れを壊すくらいなら、自分は下がろうって思えたら、それは恋と憧れを越えて、愛になるんだ。ハルテッドは愛ですよ。ダビは恋かな」



 ギアッチは話す。ザッカリアが、昨日にイーアンと結婚したいと宣言した話を。ダビもハルテッドも唖然として訊いていたが、ギアッチは笑っていた。


「あの子は、彼女と結婚したい理由が実に分かりやすい。彼女が強いからです。龍を従えて、その上、彼女自身が戦うでしょう?鎧や剣を見てね、それで決めたんですね。

 私もイーアンも笑ってしまったけれど、私が『総長が旦那さんだよ』と教えても、あの子は引き下がらないで、自分から言うんだって。そう言ったんですね。スゴイでしょ、正確な年齢は分からないけど10歳前後の男の子が、自分がなぜ誰かを好きで、その人とどうしたいのか、その為にするべきことを理解しているんですよ」


 ハハハハ・・・と笑いながら、ギアッチは思い遣りのある目つきで、困惑するダビを見つめる。


「あなたも。ザッカリアと同じくらい、自分の心を言葉に直結できますか」


「彼は子供ですから出来ますけど」


「ヤだなぁ。あなたも子供でしょ。ザッカリアのほうが大人かもね」



 ギアッチは笑いながら、壁の上のハルテッドに振り向いて『ねぇ』と同意を求める。ハルテッドも笑顔で『ホントだ。あの子いい子だよね』と笑った。


 ダビはいろいろと思うことがあり、認めないといけない、()()()()()()()も考えながら、滅多打ちにされた頭を修復しに、午後の二部を休んで部屋に戻った。


 ギアッチとハルテッドは笑っていた。

お読み頂き有難うございます。


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