2957. ケルストラ地区ヤイオスの村 ~教会・信仰の黒い面・車輪探し、車輪違い
イーアンとレムネアクは、馬車の車輪を探しに、まずは近くの村へ。
馬車では遠いが、飛ぶと短距離。村の教会近くに降り、人っ子一人いない村の乾いた土を踏む。雨が降ってもすぐ吸収しそうな、ぱさぱさの白っぽい土は、風で表面をこすられて土煙をそこかしこで巻き上げる。
「げふ」
レムネアクがせき込む。風が強いなと眉を寄せ、口と鼻を手で覆うと、イーアンが尻尾を出した。翼を畳んだ女龍の腰から、今度は白い尾が出て目を奪われるものの、尻尾の先が頭に絡みつきビビる。
「こ、れは」
「息しやすいから(※マスク)」
何てことなさそうに言い放ち、女龍はレムネアクの顔半分を尾で巻いて歩く。ふかふかの巻き毛の尾には鱗が煌めき、この配慮にレムネアクは陶酔しかけるが、頼りにされているので我慢。
教会の敷地外から建物へ歩く間、レムネアクは気を紛らわそうと、タンクラッドに以前話した旧教及び新教について(※2918話参照)イーアンにもヨライデの宗教状況を教えた。
といっても。紛らわそうにも風は引っ切り無し、顔半分はふかふか尻尾が気持ちいい(?)。声が聞き取りにくいと尻尾で側へ引っ張られ、女龍の質問に答えるやり取り・・・
レムネアクは意識がどうにかなりそう(※喜)で、必死に自分を保ちながら返答していたものの、やはり陶酔に負け、ぼうっとなり、話が途切れ、呆れられた。
「お前さんのその、酔いしれる癖。どうにかしなよ。話をしてる最中に」
「はぁ・・・でも無理かもしれません。神の龍の尾に巻かれ、緩められ、その感触と温度の中で呼吸する時間を、絶頂と捉えない人間はいないと思いますし」
「絶頂・・・(※引)」
この表現にちょっと気持ち悪いイーアンは、尻尾を緩める。温度とか感触とか、ちょっと待てと思う。
マスク兼用手綱感覚で長い尾を使っただけで、これがレムネアクを刺激していたとは。サネーティも、崇拝は狂気的なものを感じたが、レムネアクも別の方向でコワイ。
ふと、朝にこの男の抱擁に頼り泣いたのを思い出し、あれも・・・とイーアンは迂闊な自分を反省。でもあの時、レムネアクはおかしくなかった(※酔ってない)ので、ああいうのは真面目対応なんだなと思い直す。
風の強さに舞う土埃が収まらないので、尻尾で覆っておいてやるけれど。ちらっと見ると、緩められたことは何とも感じていないらしき男の笑顔を貰った(※酔いは継続)。
「・・・まぁ。いいや。深く考えてはいけない。あー・・・レムネアク、旧教の教会には、馬車の民は寄らないのかな」
足を止めたイーアン。その前に、教会の階段。閉じた扉の教会は、低い三段の階段を上がると幅の狭い小上がりで、扉の両脇に窓がある。イーアンはここを上がり、最初の視察でも気になったところへ近寄った。尻尾巻きのレムネアクも、一緒に階段を上がる。
灰色に鄙びた木造教会は長い年月の経年変化で、全体が質素な風合い。だが、目を引く黒い仮面が、窓の奥の御堂に見える。黒い仮面と一口に言っても、あれは『原初の悪』ではないと、一目で違いが分かる。邪悪さの欠片もない、とても素朴なものだった。
窓を覗き込んでいるイーアンに、レムネアクも曇り窓を見ながら、質問・馬車の民は寄らないか?に対し、『どうでしょうね』と曖昧に呟く。レムネアクも知っているわけではないし。それより。
村の教会にフーレソロがある話だが・・・ タンクラッドさんたちが来てからにするかと、フーレソロのことは後回し。
今は、仮面を気にする女龍に説明しようと、曇ったガラス窓を手でぎゅっと拭いた。
「あれが気になります?」
「うん。何?黒い扉の何とか、なの?」
「そうです。原始宗教が色濃く残るのが旧教で、ガイダナの樹脂もですが、黒さが象徴です。具体的な表情がない、朴訥な顔に見えるでしょう?旧教の信仰対象は、神とは違うんですよね。擬人化するのが難しいんです。
ここに来る前に話した通り、解読が完全ではないから、どうとでも取れる言葉を意訳しないで捉えた場合は・・・祀るにしても、あんな感じが丁度良いって言うかな」
「分かる気がする。擬人化が難しいのは、形象がほとんど出てこないから?」
「はい。『会話する』『教える』『委ねる』『命じる』、行動は書かれていても、姿形を示す部分が伝わっていないようですね」
私も詳しいことは知らない、とレムネアクが奥の壁にかかる仮面から視線を外す。その流した視線を下方に据え、どこか記憶を探っている風に見えたが・・・イーアンも別のことを考えて、質問に至らず。
―――あれが・・・『焦げた太陽』すなわち、ティヤー創世物語の『黒い星』。
お面の表現が、バサンダの作った十二のお面の『黒』と、非常に雰囲気が近くて、そちらに意識が向いた。
ヨライデを知らないバサンダ、その想像力と見極めるセンスはさすがと感嘆。改めて感心し・・・脱線を戻す。窓から離れて目が合った僧兵に、くるっと人差し指で輪を書いて、周辺を示した。
「話を戻すけれど、馬車の民はここに寄らない?神殿には寄るみたいだし、南端の神殿は車輪もあった(※2916話最後参照)けど、教会にはない?」
「神殿は、誰でも受け入れる感じですからね。教会は地元民が支えているので、あまり来ない気がしますよ。旅の民族と町村の敷地は一線引いてることが多い。状況に応じて、利用したりはあるかもしれませんが。
とりあえず、馬車の民の車輪に拘らないで、探してみましょう」
「お金。両替してないんだよ」
階段を下りて教会の前の道を歩きながら、イーアンはお金問題を口にした。
『馬車の民の車輪』に拘ったのは、民間の車輪を貰ってくるのはお代がないと難しくても、馬車の民ならドルドレンが使う分に―― 後々、知るにしても ――許してくれそうな気がしたから。
そして、馬車の民であれば、お金同等の価値ある品でも、お代として受け入れてくれる気がした。宝なら、いくつか腰袋に持っている。
並んで歩くレムネアクは、顔半分を巻く、白い毛の尾に片手をかけて少しずらし(※声が聞こえにくい)、『金が心配なんですか』と尋ね返した。普通でしょと即答され、そうですねと微笑む。
「でも、車輪は命を守るものですから、見合うものを置いておけば、何も金に限らず・・・大丈夫ですよ」
「レムネアクは人のいない状況で、食べ物を店屋からもらう時、『お金を払った』って言ったじゃん。食べ物も命を守るのに、そういうのは払うの?」
「ハハハ、そうですね。参ったな。俺は、こんな事態であれば、大丈夫と言いたいんですが」
俺って言った。イーアンは、彼が素の状態の時=経験が出ている時と判断。バイラっぽい部分あり。指摘することでもないし、そのまま話を進める。
「レムネアク、もう少しあっちに行くと少し大きい民家があって、そこは木工房っぽかった。視察では気にしなかったんだけど、車輪とかあるかもしれない。もしあんたが言うように、お金じゃない代用で良いなら、それはどんなものが良いの」
土煙の中に立ち止まるイーアン。木工房らしき構えの建物は、歩きで行くに遠い。レムネアクを抱えて移動するのだが、行った先に車輪があっても、支払うことが出来なければ意味はないので、ここで案を聞く。僧兵は薄黄色く霞む空気に目を細めて、工房と言われた方に顔を向け、『できれば』と呟く。
「私たちが持っている物で、使えるのある?」
「あなたの印、なんてどうですか」
「・・・何それ」
ニコッと笑った僧兵は、目元についた砂塵を手の甲で拭う。その仕草は目尻に描いた黒い化粧線が伸び、レムネアクを一層、民族的に見せた。
「神の龍がここに来た。それは、どんな宝、どんな高価な薬物より、遥かに価値がある」
*****
どことなく芝居がかったレムネアクの言葉に、イーアンは胡散臭い。
この人、陶酔癖あるからな~と疑わしそうな目を向けると、レムネアクは可笑しそうに首を横に振って『本当ですよ』と肯定した。そう言われても。
「どーすんの。私の印って言われても」
「あなたの気が感じ取れるような、例えば、引っかき傷でもいいと思います。神の龍がどれだけ稀な存在か、私は話しましたよね(※2915話参照)」
「・・・聞いた。でも信じられない」
「イーアンは自分が龍だと自覚しているのに、なんでそう時々、自信がないんですか」
図星なところを指摘され、イーアンは唸る。笑ったレムネアクが尻尾を名残惜しそうに解き、『とにかく、あるかどうか、見るだけ見ませんか』と前方を指差した。
ということで、ここで時間を使うのも勿体から、イーアンはレムネアクの背中を抱えて浮上。龍は強風に流されなどしないけれど、レムネアクは顔に当たる風がしんどそう。
またか―、と思うものの、イーアンは諦めまじりで僧兵の顔に片手を被せ、ハッとした男に『龍気で息しやすいから(※棒読み)』と伝え、ぜぇぜぇはぁはぁ聞こえる男の息がうざくても(※気持ち悪い)とっとと、先へ飛んだ。
親切心も考えもんだと悩みつつ、飛べば早い移動に感謝して、木工房と思しき建物へ到着。
降ろして、さっと手を離すと、レムネアクが満面の笑みで感謝した。それは良いからと促し、看板を読ませる。
「あー、最高だった。死ぬ瞬間でも良い(※イーアン仏頂面)。ちょっと朦朧とするな・・・しっかりしないと」
「は・や・く、読めっ」
うざがる女龍を、はいはいと往なしてレムネアクは建物の脇に打たれた杭へ近づく。看板は営業時間と休みが書かれており、名前がない。大き目の杭には、彫刻で名称が刻まれていた。
「この村はヤイオスというんですね。民家で名を聞くの忘れていた。ヤイオス村の『キッセオリ』という工房らしい。木工房でもありますが、家具工房ですね、どうやら」
「家具なのか」
裏は開いていますよ、とレムネアクが建物左の奥を見る。手押し車が壁に何台か立てかけてあり、その手前の壁の窪みは、扉が開けてある裏口だった。
『開けっ放し?』不思議そうな女龍の側へ戻り、レムネアクはちょっと腕を押して、遠慮することはないと一緒に向かう。
勝手に入ってしまうのを気にしていそうな女龍に、『客がいつ来てもいいように開いているらしい』と教えた。実際、開けた扉に錠前はなく、扉の下には動かしていない証拠の枯れ葉が溜まっていて、自由な立ち入りを窺わせる。
天井が高くて中は暗く、採光は建物の左右の壁につく窓と天窓からだが、乏しい光量は作業に不向きに見えた。あちこちにランタンがあるのはそのためか。
木の香りがこもる倉庫風の工房で、いくつかの間仕切りが完全な壁とならずに空間を分け、広々した印象を受ける。
半分は家具置き場。半分は工房で、修理、作りかけの物が作業場の隣に並んでいた。たくさんの工具は使ったままの状態で放置され、歩く足が踏む柔らかな木屑の山も・・・ イーアンは連れて行かれた人たちの途切れた時間を思い、少し切なくなった。
「車輪がありますよ」
レムネアクは数歩離れた左の作業台の影に、車輪を見つけたと近寄り、ぼうっとしたイーアンもすぐそちらへ行った。車輪の影は分かりやすい。特に馬車の車輪は、見慣れているので間違えようもなかった。
「同じ寸法か、調べないといけないですが」
「うん。うーん、どうだろう。タンクラッド必要」
寸法に正確なのは、親方。もしくはオーリンだが彼はいないので、除外。
イーアンは大きいものの寸法に自信がない(※基本、小物担当)。車輪はそこそこ同じでも、軸受がやや違うような。これ、加工できる範囲なのかなぁとイーアンは悩む。
「馬車がさ・・・二台は、『ハイザンジェルの馬車の民』のなんだよ。で、食料積んでる馬車が『アイエラダハッドの馬車の民』から購入したんだけど。アイエラダハッドの馬車の車輪と、これは」
「合わなさそうですね」
レムネアクも大きさが違うことに気づき、イーアンはハイザンジェルの馬車の車輪は、幅があるのも思い出す。
見つけるには見つけたけれど、寸法の問題は大きい。少し違うくらいなら履き替えても大丈夫だろうが、その辺の判断はやはり親方やドルドレンに確認したいところ。
「これは、仕方ないか。一度、ドルドレンたちのところに戻って」
戻って報告、と言いかけた女龍の肩にレムネアクの手が乗り、振り向く。
「町へ行ってみますか?」
「町・・・さっきもお前さんは『町』って言ったけど、村の空からでも全然見えないよ」
「相当、広い地域と思います。村が複数・町が一つのケルストラ地区は、民家の話を聞く限り、『大きな町一個』の解釈が合いそうで、何が言いたいかと言うと、『よく使用する物は外に出さず、この中で回っている』気がします」
ケルストラ地区の外へ売りに出すよりも、地区内にいる顧客用へ稼げる物を作って回す方が仕事は安定するから、地域の村はどこも中心の町に卸しているのではないか、とした意見だった。
「一度町に集めて、外へ出荷するなら町を経由して、ってこと?車輪みたいなものも?」
「はい」
ということで、次は町。
車輪を探しているだけなのに、異様さに出くわすなど思いはしないで。
お読みいただき有難うございます。
一日分の出来事が、またここから長いです。ある一日の話に、10日くらい掛かるのですが、物語の進行に必要なので、どうぞご理解いただけますと有難いです。
いつもいらして下さることに感謝します。有難うございます。
Ichen.




