2956. 車輪交換要、馬の削蹄諸々・ケルストラ地区の村
☆前回までの流れ
魔物製品を片付けるという、心に重い朝の始まりを終え、民家を出発したドルドレンたち。イーアンは辛いままで、一人、村を視察に行きました。村の教会で『予告の書フーレソロ』を調べるつもりが、食料馬車の車輪が傾いて緊急停止。
今回は、路上で足止めの場面から始まります。
―――違和感はなかったけれど。
御者をしていたタンクラッドは気づかなかったが、寝台馬車の右後輪も歪になりつつあった。これまで車輪に、魔物の皮を巻いていたため、無事に済んでいただけと理解する。
馬車の車輪は金属輪を焼き嵌めしてあるものだが、この上から加工していた魔物製車輪(?)。思えば長い道のりを、よくここまで耐えたものだと振り返ってしまう。
アイエラダハッドでは一度、馬車の状態を整えているし(※2313話参照)、船移動のティヤーは時々馬車の点検もしたが、使わずに済ませていたことで傷みに気付かず・・・ドルドレンは、迂闊な自分に溜息を吐く。
「(タ)車輪から魔物の皮を取ったらこうなる、とはな。まぁ仕方ない、ドルドレン・・・ここで少しの間は停留だ。代わりの車輪を探さなければ」
「(ド)食料馬車は暖炉が載っている(※1827話参照)。その『暖炉がある側』の車輪が交換必須。暖炉は重い。うーむ。車輪も調達しなければいけないし、交換も大変そうだ」
「(ロ)車輪を交換する時の支えは、イーアンにお願いしたら良いんじゃないですか?龍の力でちょっと保ってもらって。荷馬車は大丈夫そうです?」
ロゼールに荷馬車の状態を尋ねられ、ドルドレンは一度見た荷馬車をもう一回確認。
こちらは相当重さのある荷物を積み続けていた割に、軸受も問題はない。でもタンクラッド曰く、『交換できるなら全部交換したいところだな』と。
「(ロ)爪も・・・馬の。一応、言っておくんですが」
思い出した馬の爪の状態。ティヤー戦後半で参加してから、ロゼールはいつも馬の状態を見ていてくれた。彼は特に言わなかったけれど、意外な事実判明。
「なに?オーリンが」
「ええ。オーリンは自宅で馬を飼っているのもあって、自分で蹄鉄を付けたり、削蹄したりやってたらしんです。時々、オーリンが馬たちの世話をすると」
「彼が馬の爪を・・・そんな技を話したことが無かったし、町では職人に任せていたから」
「はい。でも、オーリンも出来るんですよ。自分の馬じゃないから手を出さなかった感じでしたけど、船じゃ」
意外なお役立ちを見せていたらしき、陰の功労者オーリンに、ドルドレンとタンクラッドは顔を見合わせる。ドルドレンは、イーアンが龍の力でちょいっと(※想像)馬の世話をしているのかなと・・・蹄の状態の無事に思っていたが、それを言うとロゼールは『オーリン』と首を横に振った。
「多分、皆は『特殊で器用な作業が、イーアンによるもの』と思っている」
「でしょうね。彼女、何でもこなすし。だけど馬はオーリンです。俺は聞いたし、見ました」
「これから行く先々は、留意した方がいいな。町も村も人がいなくて、修理や交換も期待できない。部品も探すのに手間だ。とりあえず、ヨライデの金の用意も大事だぞ。車輪を見つけても、ただ持ってくるわけにいかん・・・ 」
タンクラッドとドルドレン、ロゼールがあれこれ思いつくことを立ち話。道は誰も通らないし、ここで動かさなくても迷惑にはならないが、進めないと困る。しかし進むために無理して馬車を動かすのも避けたい。
言わずもがなで、この場に馬車を停めざるを得ず・ここから部品を探しに行く前提とし、では部品を置いていそうな町や工房や店をどう探すか、買うのだから両替もせねばと、突然の事態に意見が飛び交う。
話の輪の外、じっと聞いているレムネアクは、馬の爪と馬車の車輪、そして皆さんの悩みを聞いていて思うところあり。だけど、緊急事態ではない判断から言わずにおく。出しゃばらないのが、レムネアク。
僧兵のささやかな視線の動きと彼の思考を・・・つまみ食いのように簡単に訊く仔牛は――
「レムネアク」
トコトコ、と僧兵の後ろに回る仔牛が声をかける。
「はい。何でしょうか」
「どこだ」
「・・・はい?」
可笑しそうに聞き返したレムネアクは、仔牛に少し背を屈め、読んでいるのかなとすぐ気づく。可愛い仔牛はつぶらな目で見上げ、どすの利いた声で『言えよ』と首を道脇に傾けた。
「分かりました。ええと、皆さんにですか」
「まず、俺に言え。余計なことはしたくない(※学習)」
慎重な仔牛は、停留状況が必須なら手伝うのも野暮だし、停留を避ける動きが要るなら促すだけにしようと考える。この出来事の意味があるかもしれないと思えば、精霊に叱られたばかりの自分は最小限の協力に留めるつもり。
レムネアクが何やら抜け道を持つと気づき、彼を馬車から離れた場所へ連れて行った。
仔牛が勝手に動くのも、レムネアクをよく呼びつけるのも慣れた場面で、皆は相談しながら、彼らの離れる姿を見送るだけ。シャンガマックは『待ってろ』と頭の中で命じられたので、父に任せた。
―――旧街道を北へ向かう途中で、森を抜けた先は町があるのだが、その町の手前に村が一つある。
野営した民家は村の範囲にあったそうで、見渡す限りに他の民家がないことから、随分村はずれと思いきや、この地帯は家が広範囲に散らばっているもの、と民家住人は話した。
レムネアクはヨライデ中を旅したわけでもなく、いくつか地方滞在で知っただけで、ここ『ケルストラ地区』が町と村を包括するというより、大きな田舎町と捉える方が分かりやすかった。
村も町も境目らしいものは無く、他の地区との境界沿いに点在する村があり、中心に商売や交流の集まる場所が出来た歴史から、これを町と申請した具合。未だに広々伸び伸び、ケルストラ地区は発展と関係ない田舎。
生活その他は困らないのかを、住人に少し尋ねた時、買い物は殆ど行商に頼っていることと、村の教会で荷車や馬の往復を出してくれる生活状態を聞き、静かに平和に暮らす分には足りるのを理解した―――
なので。
「村まで行けば。もしくは町ですが。旧教ですし、車輪その他、馬車の部品は手に入るかと」
「お前は言わないな」
「思っただけです。確証のないことを、この状況で脇から言えません。私が確かめたなら言えますが」
「金がどうと、あいつらは気にしている。村に部品を探すつもりはありそうだが、交換するものがないからな」
「・・・その先は町ですので、恐らく田舎でも両替所くらいはあるはずです。行商を頼りにする僻地の民家も多いし、行商は町から町へ移動するし、向こうは海で港もあるわけで。無論、無人でしょうけれど、ティヤーの金とヨライデの金の交換率は、私が知っていますから両替も出来そうに」
「それを言えよ」
仔牛が呆れると、レムネアクは鼻をちょっと掻いた。
「町の話は聞いた限りで、今話したのは私が思う範囲です。それに両替所の金に私が手を付ける意見は、皆さんに不審がられないとも限らないです」
積極的なのかそうじゃないのか、分かりにくい性質の男だが、目の付け所も勘も悪くないし、出しゃばらない弁えた姿勢は(※ヨーマイテスにない)認めた。
道の先はまだまだ人の家の影すら見えない。
村向こうに町と地図で確認したところで、広い予想がつく以上は―― 飛べる奴に話を振るかと、曇り空に目を細めた時、イーアンが戻って来た。
白い帯を後ろに引き、女龍が空から降りてくる。レムネアクは彼女の降臨を満足そうに眺め『いつ見ても感動する』と一言。それを無視した仔牛は、『あいつも何かしら見ただろうから、お前が話に行け』とレムネアクをせっついた。
「戻りました・・・どうしたのです」
降りたイーアンは停止している馬車に、何事?と眉を顰め、ドルドレンがすぐさま状況を教えた。行ってきた先を振り向いた女龍は『村はまだ遠いので』と考える。
「龍で運びますか?ここに立ち往生しても、村で立ち往生しても大差ないのだけど。でも、少しでも人里の方が」
「イーアン、村はどうだったのだ」
アクシデント優先のイーアンは、ドルドレンに報告を求められて『そうだった』と話を変える。
教会は比較的大きな建物で、見つけやすいところに建っていた。民家がまとまっているところから教会までの距離はかなりある。教会の敷地も農場並みにあり、集会所や作業所のような建物も点々と周囲に配置。
村自体の印象は、家と家の間隔が広いこと。隣近所までが遠い。
まとまっている数軒は、5~6棟の家屋が庭を挟んで集合している具合で、そうした集合する民家は多くなく、多くは散らばっている風に思う。
全体の軒数までピンとこないが、多分数百戸くらいの村とイーアンの意見。
「家畜はいましたが、勝手に食べて、勝手に飲んでいる感じです。放牧」
「水や草は無事なのか?」
「狭くないのです。低い柵がぐるっと広い草原を囲んでいまして、小さな湧水がありました。そこは精霊の力を感じたので、きっとお水は無事なまま。草も傷んでいるのを見かけていません。馬や牛や小さいヤギなど、あと家禽がいたけれど、納屋は扉がないし出入りは自由そうです」
精霊が動物を生かしている様子。なるほど、と頷いたドルドレンに、イーアンは『彼らの頭数はさほどではない』前置きをしつつ、でも家畜だから、荷車他労働にも手伝っていたのではと話した。
「どんな場所でも、誰かしらは馬車や道具の修理をするものです。行けば車輪もあるかもしれません。そこまで見ていませんでしたが」
話の途切れたところでレムネアクはそっと横に行き、イーアンに『町は見ましたか?』と尋ねた。町?と聞き返した女龍は、少し目を彷徨わせ・・・首を横に振る。
「村だけだったと・・・町は近くにあるの?この地区内にあるのは、朝、ロゼールから聞いたけど」
「民家の話ですと、緩い続きに町があるんですよ。お供えの肉もそっちかも知れません、って脱線ですね。すみません。馬車の部品や工房は村になくても、町まで行けばあると思います。広いけど、一続きの地区ですし」
「ふぅん・・・ 分かった。じゃ、どうしよう。もう一回行くか」
レムネアクの言葉にイーアンは伴侶を振り返る。馬車を運びますかと尋ね、ドルドレンはタンクラッドと目を合わせる。移動は大事だが、下ろす衝撃も気になる・・・ イーアンに言い難い(※力加減)ので、今は一先ずここで待つ、と答えた。
「分かりました。では、レムネアク。お前さんを連れて行く」
「え、私が」 「私でも良いのでは」
レムネアク連れてくと言った瞬間、嬉しそうなレムネアクにルオロフが割込むが、イーアンは彼を一瞥し『看板を読みます。ヨライデ語は読み書き出来ないですよね?』と質問。ルオロフは下がった(※出来ない)。
「俺でも良いが」
可笑しそうなシャンガマックが軽く片手を挙げる。これは仔牛が驚いて止めた。
ということで、女龍は業務的にレムネアクを抱え――― 幸せそうな僧兵は地上の皆さんに手を振り、悔し気に目を逸らしたルオロフはロゼールに慰められて・・・
「飛ぶと早いんだよ」
「私は今なら死んでも平気ですね」
「あんたが読まなきゃ困るから連れてきたのに、死ぬ気でいるな」
こいつは~、と斜めな僧兵に眉根を寄せるイーアン。『本当ですね』とレムネアクは笑う。
悲しみの中にいた女龍は、仕事が入ると少しの時間で切り替えた。出来るだけ魔物製品の話題に触れないよう気を付けることにして、彼女の役に立てる時間を意識する。
「あれですか」
「うん。教会はあれ。で、こっちに馬車が置いてあった」
空から見ると、本当にだだっ広くて・・・ 想像よりはるかに広い。こりゃ、工房を探すのも時間が掛かりそうだと、レムネアクは長時間労働を覚悟した。
お読みいただき有難うございます。




