2954. 廃止、機構、新しい伝説・女龍『白い剣』との別れ
―――皆に話すにあたり・・・ 『なぜ魔物製品を消滅させる必要があるのか』その本当の理由を、イーアンは誰にも話す気はなかった。ドルドレンにさえ、出来ない。
世界が望んだ。それは確かなこと。世界は魔物を受け入れたくなかったのだ。
だが、始祖の龍の仕事の責任下に置いて(※詳細は不明でも)受け入れなければいけない事態が発生したため、魔物は三度挑戦する機会を得た。
だから。 女龍がこの悪夢の尻拭いをするべきだ。
勇者はある意味、とばっちり。勇者とサブパメントゥの関係も複雑だけれど、『魔物導入状況に引っ張り出された、中間の地代表』という意味では、魔物と対決設定が組まれたことは、とばっちりである。
今までは・・・言えないことを抱えると、少なからず後ろめたさも付いてきた。だが今回は、それがない。とばっちりの勇者が伴侶で、それは申し訳ない限りと言え、もうここまで来ると問題のサイズがデカすぎて、自分の後ろめたさなんか関係ない。
余計な恐れや謎を与えるくらいなら、黙っている方が良心的とすら思えた。
「魔物製品の撤廃は、世界の方向性。ってことで」
イーアンは呟き、深呼吸し、項垂れた。
*****
最初に耳に入った瞬間、ロゼールも振り返った。
イーアンがレムネアクとルオロフを連れ、ガミガミ怒りながらこちらへ来る間・・・彼女はルオロフに怒っていて、赤毛の貴族は頷きつつも顔を逸らし、右肩を左手で押さえたレムネアクの衣服に血がついていた。それもびっくりしたけれど――― その、内容に。
タンクラッドはロゼールの渡す汁物を受け取り、焚火横の空鍋に置かれた平焼き生地を三枚取り出して、後ろに並ぶドルドレンに『どういうことなんだ』と尋ねる。渡された朝食に礼を言ったドルドレンも、『俺も知らない』と背後を見た。
「魔物製品の片づけ話だが・・・どこからそんな話が降って来たんだか」
「昨晩遅くにイーアンは戻ったが、魔物製品については話していない」
言い難かったんだろうなと察したロゼールは、二人が座れる場所へ歩いていく背中を見送り、焚火に来たレムネアクにも朝食を渡す。
「怪我は大丈夫ですか?」
「はい。どうにか生きてます」
冗談めかした僧兵に苦笑し、ロゼールは『ちょっと多めに食べて栄養を』と器にもう一掬い分を足すと、声なく笑ったレムネアクの顔をちらっと見た。
「イーアンの話を聞いたんですよね?なんて言ってたんですか」
「皆にも話しますよ。魔物で作った産物も何もかも、この世界から消すらしい」
「え」
頷いたレムネアクに、ロゼールの紺色の瞳が大きくなる。『全部?』呟くように繰り返した騎士に、レムネアクは彼も関係者だから・・・と同情し、もう一度頷いた。
「ロゼール、レムネアク。集まってくれ」
話はすぐ切られ、ドルドレンが呼ぶ。はい、と立ち上がったロゼールは自分の朝食も器によそって、火から鍋を外し、レムネアクと一緒に総長たちの並びに座る。シャンガマックとルオロフは先に食事を渡してあり、イーアンはドルドレンが二人分一緒に運んだ。
荷馬車の横に立って傍観する仔牛も、話が聞こえる位置につき、揃った朝食は重い真剣な話で始まった。
「ここまで、魔物製品を進めてきました。でももう終わりを言い渡されたので、今後は材料集めもなくなります。私たちが所持している分は先に片づけ、テイワグナで稼働している委託工房も早い内に中止を伝えるつもりです」
さっと。抑揚のない調子で告げた女龍は、表情が暗いものの淡々として、内容に感情移入していない。
泣いた時間に付き添ったレムネアクは、いつもの彼女に戻った感じが切なかった。辛さを押し殺しているのが分かる。
イーアンはしらッとしていても、瞬きは意識的だし、顎が少し震え、片手の指を何度も握り、擦り直す。騒めく心を宥めて、涙が落ちそうになると止める、レムネアクにはそう見えた。
「馬車に積んでいる分は、今日中に?」
どうしてこの決定へ至ったか。それを尋ねるより先に、ドルドレンは彼女の考えをもう少し聞く。イーアンはゆっくりと頷いて荷台に視線を流し『そうですね』と返した。言葉が続かない。
ドルドレンも、長く一緒にいてよく分かる―― イーアンが辛くて仕方ない気持ちは、手に取るよう。
「では。俺の剣はどうするべきだろう?君の剣もだが」
「はい。代用を得るまで、ドルドレンの剣はそのまま使用して下さい。『今日から片付け始める』と思って頂いて」
「君の剣も・・・タンクラッドが作った、それ」
「これは。うん。私は、剣が無くても充分戦えますので」
武器が不要な強さで、執着は出来ない。イーアンは言葉を続けられずにそこを飲み込み、じっと見ている親方と目が合うと、寂しそうに微笑んだ。タンクラッドも無理は言わない。ちょっとだけ微笑み返し、決定した内容のすべきことをまず聞き出す。
「となるとな。委託工房への責任も出るだろう。機構も人がいないから動いていないが、イーアンが行動に移す前に準備は絶対必要に思うぞ。どうする」
「ええ。ロゼールと話します。この決定についての文書を、王都の機構に届けて・・・誰もいないし、出来るのはそれくらいです」
「勝手に決めたと言われないか?」
ここでドルドレンが『決定に至った経緯』をやんわり引き出すと、イーアンは大きく溜息を吐いて、口に運びかけた匙を皿へ下ろした。
「世界が望んだことです。今の私が、世界から望まれたのだと伝える、これで充分なはず。そうは言ったって、人々の間には契約やお金のことがありますから、そこは後々、ちゃんと整えるとして。
私は女龍です。私が終わらせると決めたからには、誰も反対してはいけません」
隣に座る、自分の肩に届かない背の女が、『私の決定に従う以外はない』と言い切る顔に、ドルドレンも静かに同意。
・・・イーアンは強くなった。責任を誰より重視しているから、ここまで言い切らないといけない。そうだな、とドルドレンも了解する。
「世界が。君を通して、撤廃を望んだのだな」
「はい」
もう確認済み――― こんな重大なこと、イーアンが未確認で不安定な状態のまま持ち帰るわけがない。
「・・・一晩、悩んだんだね」
ドルドレンの手がイーアンの背中を撫で、俯いたイーアンは下唇を噛んで『悩んでも言わなければ』と返す。レムネアクは黙って聞くのみ。ロゼール、シャンガマック、タンクラッドは最初から付き合って来た魔物製品事業の突然終了に揺れる。ルオロフは無関係だが・・・腰に下げた剣の鞘に目をやり、これもそうだったなと少し寂しく思った。
「世界が理由じゃ、誰も逆らえんな。使う人間がいない今が、取り除くには・・・胸が痛むにせよ、丁度良い。皮肉だが、理由は完結。退治は?ただ倒すだけで、ってことだな?」
「そうですね。タンクラッド、退治も大事ですが、あなたはサンキーさんの工房でドルドレンの剣を作って下さいますか」
「ふむ。いいだろう。お前がそう振ったのは、もう一つ言いたいことを含んでいる。当たっているか」
「・・・はい。あなたが考えていた、民間用の道具は」
「なしだな。分かった」
話の早い親方は、あっさり受け入れる。ちょっと意外だったイーアンは、すまなく思って目を伏せ『別の材料で道具を作れたらいいのだけど』と遠慮がちに代案を進めた。タンクラッドもそれは思う。頷いて『知恵の範囲を出ないように、注意が必要だ』とこれもまた難しい挑戦であるのを言葉に込める。
魔物材料の特性ならこなせた。難しいことを考えず、世界の決まりである知恵の応用範囲も気にせず、『魔物独特の質』を生かした、強い装備や道具を生み出せたけれど。
これが、普通の材料に頼るとなると、話は随分変わる。今や、知恵の応用に軽視などできないし、至極単純な範囲内のものを作らねばいけない分、気も遣えば頭も使うだろう。
そして欲しい材料が側に揃っているわけでもない・・・ こっちの方が難題かもなとタンクラッドは呟いて、丸めた平焼き生地を口に押し込んだ。
「だが、ドルドレンの剣は早めに作ろう。普通の剣でも俺が作れば、そんじょそこらの敵に負けはしない」
「有難う。頼む」
「サンキーの家にも魔物素材はあるんだ。あれも片付けないとならんな・・・言わないと」
「機構なんか、倉庫が点在していますよ。東の川の港と、王都、あとどこだっけ・・・確かテイワグナの連絡道沿いもあったんじゃなかったかな」
ドルドレンとタンクラッドの会話に、ロゼールが差し込む。やることが急に増えると分かったロゼールは、忙しく機構の倉庫や輸送路を思い出して呻いた。『結構あります』とイーアンを見て、『私も付き添える時は行く』とイーアンも了解。
「出資した貴族も、在庫に関わりがあるはず。彼らの土地や道を中継地に借りた話ですし、多分在庫の倉庫はそちらにもあるでしょう。例えば、パヴェルとか」
「俺、ちょっと本部で資料を探して、先に調べます。って、今すぐじゃないですよね?俺が抜けても大して問題ないけど、ブルーラの移動とか、頭数とか足りないのもあるし」
流れから『どの程度の急を要するか』に話は移り、この場で決められることは決めておこうと、各々意見を出す。
―――最近入ったレムネアクは聞いているだけだが、この朝の話が『最後の章』かもなと・・・彼らの長い長い話を聞かせてもらい、ヨライデの伝説に加える時を過らせる。
この場の内容だけでも、彼らの活躍が伝わるもので、行く先々での出会いや別れ、尽くした期間や馴染み方など、言葉の端々に悲喜こもごもを想像した。
各国で協力を願った職人たちの名前が上がり、工房の状況や付き合いのあった様子を話す、タンクラッドさん。ロゼール、イーアン・・・ かなり仲良くなったんだなと分かる。家族経営や仲間内の仕事取り分まで気にしてあげる内容に、レムネアクは感心した。
今は人間がごっそり減ったから、会いに行くも留守だらけだろうが、帰って来た時の生活や保障を考えてやるなんて。こんなに手厚い感覚で世話してくれる相手なら、一肌脱ぐ職人も多そうに思う。
魔物製品を売るのではなく、配っている、とティヤーで聞いて怪訝だった。利益はどう出してるんだ?と掠めたあれは、彼らの奉仕活動がほとんどと信じる。国の機関だから給料はあるらしいが、それも貴族の出資に漕ぎ着けて可能にしたらしい話。
悩める被害者から金は取らず、作って配って身を守らせることに心血注いだのか。
イーアンが、それを始めた・・・ レムネアクは、話し合う皆を眺めて少し微笑み、俺の生きてきた時間とは全然違うなと小刻みに頷いた。そして、少しは役に立てるかなとも―― 記録を、伝説として遺せたら ――改めて思う。
あれこれ現実的な視点を基に話し合った末、朝食終わりには旅状況と撤廃手順双方を考慮した、行動の目安が立った。
イーアンは、『いつまでに』とは言えない。
統一の日が来る前に片付けねばならず、その日の目安もない。オリチェルザム対決の前かも知れないと聞いては、急ぐのみで。だから。
「荷台に積んでいる分から消します」
朝食の後片付けをロゼールにお願いしたイーアンはそう言うと、腰に巻いていた剣帯を外した。剣の柄を回し、中に収めていた白いナイフは別の腰袋に移す。牙のついた手袋も出す。最初の頃に、作った手袋・・・ ちらと見ただけで、イーアンは感情を抑えて、剣と鞘と手袋を荷台に置いた。
振り向くと、ドルドレンたちが後ろで見守っており、イーアンは何か言おうとしてやめ、頭を龍に変える。でもやはりまた人間の頭に戻し、タンクラッドを見た。
同じ色の瞳が視線を重ね、イーアンは彼にニコッと笑って『唯一無二の、素晴らしい剣でした』と一言。別れの挨拶を受けたタンクラッドは目を細め、イーアンの頭は、龍の首に変わる。
悩まない。決めたら実行する。いつもそうしてきた。
白い龍の口が開く。カッと白い光が僅かに照らした後、荷台に詰めていた魔物製品の箱と材料は何一つ無くなった。イーアンの剣も、鞘も、手袋も。
お読みいただき有難うございます。
近い内にお休みを頂くので、日にちが決まったらご連絡します。
めっきり冷え込んできました。朝晩に限らず、日中も風が冷える初冬ですから、どうぞ暖かくしてお過ごしください。
Ichen.




