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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2951/2957

2951. 精霊サミヘニとサドゥ・ヨライデ治癒場の夜 ~創世『間違いの約束』と魔物

 

「サドゥ」


 ぽろっと、その名がこぼれた。



『精霊サミヘニ』


「あ。サミヘニ?」


『そう。イーアンの話は、少し前に聞いている』



 見るからに、その顔はサドゥだった。衣服も、イーアンが何度も見たことのある着物とよく似て、羽織物は羽毛仕立てだけど、この揃った特徴にサドゥの一族としか思えない。

 だが相手は、自分をサドゥとは言わず、精霊サミヘニと自己紹介した。


 状況をすっ飛ばしてイーアンは感動してしまうが、後ろに獅子もいるので問題を忘れるわけにいかない。何か問題を起こした顔(※決定)の獅子のために自分が呼ばれた、とそれは分かるので、会いたかった相手に偶然出会えた嬉しさを押し込み、深く息を吸い込んだ。


「サミヘニ。私は龍のイーアンです。ちょっと、今は犬の姿ですが、もう少ししたら元に戻ります」


『姿はまぁ。だがなぜ隣国にいたのか。この獅子も魔物を倒すより、道を急ぐばかり気にする。なぜそれを優先するか、尋ねる』



 ワンコの鳶色の目が、獅子をちらっと見た。獅子は目を合わせた瞬間、伏せた。それ・・・ 魔導士にも言われたばかりで、連続した続きがまさかの精霊にお咎めとは。そしてなぜ私に振った、とワンコの目は責める。


「私が呼ばれたのは、魔物退治をおろそかにしている様子からでしたか」


『獅子はお前に聞くことを願った』


 この野郎と思うも、イーアンも従っていた分だけ言い返せない。仕方なし、腹を括って獅子を睨めつけながら『はい。私の言葉で良ければお話します』と精霊に向き合った。



 *****



 長い話でもなかったが。


 結論結果から言えば、獅子は戻された。獅子の安堵した感じは、イーアンにとって憎たらしかったが(※肩代わり)サミヘニはイーアンの言葉を信用したわけで、大事に至らずに済んだのは助かった。


 言い訳にも事実にも捉えられる取り巻く状況=『人を探すことが難しい』のは、イーアンも悩みなので、運良く見つけたらその人の守りを固める行動を取るくらい。馬車移動で人里を通過するのも、積極性に欠けて怠慢に映るだろうが、探しながらに近いのだと馬車の事情も含めた。


 サミヘニとしては、獅子の悪態が目に余ったわけで、今後は行動量と範囲を増やすとイーアンが約束したので、今回は許す。


 戻って良いと告げられた獅子はハッと顔を向けたが、同時に『今後は余計な口出しをするな』と精霊に注意され、小さく頷いて山脈から消えた(※帰宅へ)。


 イーアンは、夕日が山影に落ちて犬姿から解ける。サミヘニは、偶然の引き合わせとなった機会を重んじ、この際だから聞きたいこと・伝えたいことに話は続いた。



『私に会おうとしていたのだな』


「はい。そこの・・・ロデュフォルデンで、あなたの名を聞きました。治癒場の」


『私もその経由で、お前と繋がった』


 向かい合う距離の近さに、イーアンは不思議・・・ サドゥみたいなのに、サドゥではないとご本人は仰る。だからなのか、私を包んでここまで連れ、近くにいても平気とは。サドゥの一族は女龍の気が強すぎると言って、近寄れなかったのを思う。


 顔も、姿も、そっくり―― 日本や中国の龍を彷彿とさせる龍の頭。着物は日本の伝統より中国の古い着物に似ている。サミヘニの下半身を包む着物は、ちょっと変わっていて、膝下で袋状に結ばれており、雰囲気は山伏を連想する。

 でも上に着ているのは中国風の襟や肩、袖で、柄もそっち。首に下げた数珠の大玉、手首や足首にもある数珠の輪も、これまでのサドゥとは違うが・・・ イーアンが不思議に思っていると、大きな龍の頭がゆったり傾ぐ。その目は、青い。壁に現れた眼球は緑色だったけれど―――



『サドゥを連想するか?』


「・・・はい。これまで三人会いました。皆さんの雰囲気に共通点があり、サミヘニも」


 イーアンは思い出す。アイエラダハッド南部のキトラ・サドゥが、ヨライデの山脈へ行くよう、方角を教えてくれたこと(※2824話参照)。あ、と気づくと、やはり関係していそうに思った。

 その思考が伝わっているサミヘニは、膨れた丸みのある鼻の脇に映える、太く長い二本の髭を宙に彷徨わせて少し笑った。


 前景は山脈の夜。冷えた空気とパラパラ落ちてくる雪。雪雲はなく、風に飛んだ雪が山々の合間を踊りながら消える。イーアンの角は仄白い明るさで、サミヘニの黒と緑の混ざる鱗をくっきり照らしていた。


 見れば見るほど。サドゥと何が違うのか、分かりにくくなる。でも、こんな私の疑問など、どうでも良いだろうが・・・ それも分かっているけれど、イーアンの癖で知ろうとする意識が動く。単純に知りたいがためではなく、知っておいた方が良いのではないかと潜む何かに勘が告げるから。



 精霊は彼女をじっと見つめ、大きな背を少し丸める。女龍に屈みこむならしゃがんだ方が早いので、そうしようとすると、女龍は翼を広げて浮かんだ。彼に屈ませるより、自分が浮上する方を選んだ女龍にサミヘニは微笑む。


「あなたは私の龍気をものともしません。ですから、サドゥと違うのは分かるのだけど、なんだかあなたのことを知っておいた方が良い気がして。変に聞こえるのは承知で」


『いいや。変とは思わない。サドゥを置いたのは、私だからだ』


 イーアンの鳶色の目と、サミヘニの青い目が直線で向かい合う。サミヘニの澄んだ目の奥に、穏やかな別の時間が見えた。それは感覚的な認識だけど、イーアンの記憶に懐かしさを呼び起こす。


「あなたが、置いた」


『そう。私が遠く遠く、昔、ここへ来た、その後。サドゥを、人間のために』


「・・・そうだったのですね」


 短い答えに、イーアンは理解する。彼もまた、私たちの世界から来たのかもしれないことを。

 呼ばれてこの世界と約束し、関与し過ぎず、離れ過ぎずの距離を保ちながら、この世界を手伝う『異界の精霊』の一人では、と。



 サドゥ自体は精霊の中でも地霊に近く、純粋な精霊とも違う、と聞いていた。そして一族として、地に文明を持ち、人を手助けしている。今も、その心を閉ざさない彼らは・・・


 サミヘニが、最初に在ったのか。



 女龍の悟った表情に、大きな精霊の目が静かに閉じられ『イーアンと同じだな』と呟きが落ちた。


 冷たい風が間をすり抜け、イーアンの体に腕を伸ばした精霊は、イーアンをゆっくり引き寄せて腕に座らせると、自分を見つめる女龍に『もう少し話を』と一言前置き、彼女を連れて姿を消した。



 *****



 あの日、ロデュフォルデンの空の子は、サミヘニについてこう言った。


 ―――『地霊ですが、範囲を広く持つ精霊です。山の精霊サミヘニは、大地の精霊ナシャウニットの関係ですから、龍が頼むことを快く受けるはず。心配要りません。治癒場に入る人間を見守る』(※2825話参照)―――



 イーアンが連れて行かれた先は、古い森の奥にある治癒場(※2826話参照)で、サミヘニはここに降りる。


 ティヤー戦前にここを見た時、イーアンは時間もなくて位置確認したのみだが、孤立した独特な地形は印象的で、実際に降りてみるとしみじみ実感した。


 治癒場を一周して囲む、()()()

 森が少し明るいのは目立ちそうなものでも、人間が自力で来るには非常に難度が高いと分かる。溝幅はかなり広く、そして深さもあった。


 ティエメンカダに治癒場の実態を教わる前だったら(※2660話参照)、傷ついた人間を治癒する気ゼロに見えたなとイーアンは孤立治癒場を見つめた。



「でも、薄ら明るい。特別な場所、と知らせている」


 森のここまでたどり着く人間もそういなさそうだが、見つけたところで入れない。呟いたイーアンに、サミヘニは『イーアンがいるから明るい』と教えた。


『お前に応じているのだ』


「あ、そうなのですか。前も少し光っていたのですが」


 龍だから、と頷くサミヘニに納得。彫刻のズィーリーの微笑は暗い夜にあっても温かい。微笑みが自然に生まれ、その横顔を眺めたサミヘニが話し始めた。



『私がここで、ヨライデの人間を保護した』


「直にお願いに上がることもせず、失礼しました。助かりました、ありがとうございます」


 そうだったと急いでお礼を言うが、サミヘニは気に留めずに続ける。住処へ戻ったヨライデ人は、水と食べ物に祝福を与えたこと、しかしそれが確実に途切れないわけではないこと。

 これがホーミットの注意に繋がっているんだなと、改めて認めたイーアンも『気を付けて動きます』と答える。


 それからサミヘニは、話を戻して自分がここに居る理由と、イーアンたちが戦う最後の相手の話をした。



 サミヘニはナシャウニットの関係、といえばそうだが、彼に土地を預かったから『関係』とされているだけで、先ほどの紹介通り、古来の精霊ではない。異界の精霊の一人であり、この世界で『地霊』として山脈を受け持った。


 太陽のエウスキ・ゴリスカもそうだし、神様ことヂクチホスも、サミヘニと同じで、立場こそ安定してもひっそりと存在する。太陽はひっそりのイメージではないにしろ、でも『在って当然』だから、探られることもないし、頼りにされる直接的なポジションにもない。


 枠を広げて見てみれば、イングたちも、新たに解き放たれ迎えられた異界の精霊であり、そしてやはり、この世界への口出しなどは避けている。


 だが、彼らの存在意義は守られて、彼らの判断する『行動範囲とその時』は、無難な範囲で実行され・・・


 ダルナは、イーアンたちを積極に手伝う貢献がスタート地点だったことから、ここへ来て強力さを封じられる()()()()になってしまったけれど、余計なことをしない感覚はいつも感じられた。あれを、今、サミヘニから感じ取る。



 サミヘニもまた、地霊として世界の一部を守り、中間の地に住む人間を助ける役目を引き受けたのだが、彼は直に手を下すことなく、『サドゥ』を作ることにし、各地にサドゥが置かれた話。


 掘り下げて聞かなかったが、イーアン的に『サミヘニが以前の世界の龍だとしたら、願いを叶えてあげるのはよほどの時』と想像ができるので、こちらの世界にあった手伝い方が、サドゥ達だったのだろう、と思えた。



 これほど多くの精霊が、人間や動物たちを守り続けている―――



 多い多い、と思っていた。外の世界からも引っ張って来た精霊たちも含め、もしかすると人間より多いのではと感じる。ここまでして、『人の手伝い・助けてあげる』意味は?


 それほど、世界は()()()()()だったのか。

 そして、それならなぜここまで人間を翻弄する必要があるのか。


 飴と鞭の繰り返しで、言うことも話す相手によってバラバラ。人間を悪く言う精霊もいるし、認めている精霊もいるし、寄り添う精霊もいる。この、統一感の無さ。


 見様によっては、『人を守る・手伝う意思があるのは、上の者だけ』で、他大勢の精霊は詳しくすら事情を知らされずに、押し付けられたようにも感じる。


 淘汰だって・・・ 世界に沿わない種族を消す目的で、確実に実行が決まっていた。


 いざ、人間が排除対象と定まったら。 結局は逃がす形で、別のゲートへ送り出したわけだけど、何がしたいの?とイーアンの心にまた怪訝が生まれた―――



 不可解そうな女龍に返事を求めず、大きな精霊は話を次に移す。自己紹介の流れは、サミヘニがイーアンに伝えたかったことへ。


『女龍のすべきは、私に頼ることではないのだが、私はいくらかの知識を、お前に分けることは可能だ。闇を終わらせるのは勇者の務めで、女龍は蝕まれた歪みを取り除く』



「私の役割。蝕まれた歪み・・・ 人々の、でしょうか」


『いいや。中間の地に据えられた、()()()()()()のことだ』


お読みいただき有難うございます。

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