295. お父さんの気持ち・お友達の話
「ザッカリア。イーアンの剣どうだい?カッコいい?」
「すごいよっ。魔物なんだって!」
鎧もあるんだから、とイーアンがザッカリアに見せて、鎧に大喜びするザッカリアは、着たいとか欲しいとかぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。
「ギアッチとも久しぶり。何か新年明けてから、慌しくて。ちっとも授業を受けていません」
「良いですよ。大丈夫です、イーアンは少しずつ字も書けるようになってるようだし」
表の札を指差して、ギアッチが微笑む。『あれは』と笑うイーアン。書いてもらったのを写したと白状するとギアッチも笑っていた。
「今日はね。久しぶりというのもあるんだけど、南の話をさっき、総長に聞きましてね。それで」
お茶を出してから、イーアンは表情を崩さずに頷いた。喜ぶ子供が鎧をいじくり回しているのを見つめて微笑み、視線をギアッチに戻す。
ギアッチは小さな溜め息をついて、笑顔を少し作った。ザッカリアの話題は、彼の名前を出さないで、彼に気がつかせないように話す二人。笑顔も出しっぱなし。
「お母さん。どう思う?」
うん?と思ってイーアンはちょっと笑う。目で訊ねると、賢そうな茶色い瞳のギアッチは、笑顔のままでイーアンを見ている。
「そうですね。お母さんとしては。そう。広い世界を知るだけという、何気ないきっかけでも良いかなと思うけれど。お父さんは?」
「ハハハ。私?私はねぇ・・・・・ 複雑だなぁ。お母さんの意見は最もだけど。まだ早いんじゃないかなって。やっとでしょ?新年も明けて間もないし」
「うーん。お父さんは寂しいのね。そうですか?」
「うん。それもある。というかな。いや、お母さんに隠し事できないな。それしかないかな、正直ねぇ。どうなんだろう、それじゃダメかな。お父さんはもっと大きな心じゃないと」
ギアッチは髪を撫でつけながら、困ったようにお茶を飲む。フフフと笑って、イーアンはもう一杯お茶をギアッチに注ぐ。
「良いお父さんね。私の方が男親みたい」
「お母さんは逞しいもの。私なんかよりずっと強いし、頼り甲斐ありますよ」
アハハハ、とイーアンが声を立てて笑うと、ザッカリアが笑顔で走りよって、俺もお茶飲むと言うので、お茶を淹れてやった。『熱いわ。気をつけて、ふーふーしなさい』そう言うと、ザッカリアはふーっと吹いてから飲み『あち』と困っていた。
「お水差そうか?熱いでしょ」
いい、とザッカリアが断って、あち、あち言いながら頑張って飲む。『俺、早く大きくなること出来ない?』レモン色の瞳がギアッチに向く。どうして?とギアッチが訊くと『俺、イーアンと結婚する』と言う。
大人二人が目を見合わせて笑うと、ザッカリアはちょっと照れて『イーアンと結婚したら変なの?』とギアッチの側に行って小さい声で訊いていた。
「だって、イーアンは総長の奥さんだもの。結婚できないよ。どうしてイーアンと結婚したいの」
「強いからだよ。龍もいるし、イーアンは海の向こうの大龍だっているし、火の中の龍もいるよ、頭が一杯あってすごい強いんだから。皆イーアンが好きなんだよ、俺が結婚したら、俺も乗れるでしょ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ギアッチの目が何度か瞬き、ちらっと目だけをイーアンに向ける。イーアンも笑顔が貼りついたように止まっている。
「結婚すると、龍に乗れるのかい?それにそんなに龍がいるなんて、すごいね」
「そうだよ。すごいんだから!大龍はね、海とか水にいるから、海がどんなでもどこでも行けるよ。海の中も行けるよ。頭が一杯ある龍はね、火の川で何でも飲み込んじゃうって知ってる?山も壊すんだよ。イーアンと夫は乗れるの」
「ザッカリア。そのすごい龍たちの名前、知ってる?」
「知らないよ。俺見ただけだもん」
「教えてあげましょうね。私といつもいる青いのはミンティンよ」
「女?」
「違うと思うけれど、可愛い名前ね。海のはね、グィードっていうの。火の川のは、アオファっていうのよ。アオファも可愛い名前でしょう」
「グィード。アオファ。アオファは名前は可愛いけど、顔怖いよ」
ハハハとザッカリアが笑い、イーアンも笑った。笑いながら、手に持ったペンで急いで紙に書き付けた。彼は、ザッカリアは今、何かを見ていた。それがまさか龍だとは。こんな情報が得られるとは思わなかった。
ギアッチも笑顔を崩さず、じっとイーアンを見ている。それからザッカリアに『結婚は総長に怒られちゃうよ』と教えて、ザッカリアは『自分で言う』と決めて直談判するらしいことになった。
「勇敢な子ですよ。総長にイーアンを譲れというんだから」
「こんなに度胸のあるザッカリアは、先行き楽しみですね」
「そうですよ。イーアンと結婚する理由が、イーアンが強いからってだけですよ。龍に乗れるとか」
早く強くなりたいのね、とイーアンは微笑ましく思う。ザッカリアなら大丈夫とギアッチに言うと、ギアッチも『この子は頭も良いし、心も広いし、本当に自慢なんですよ』と嬉しそうに呟いた。
そう言って、鎧でまた遊ぶザッカリアを見つめるギアッチに、イーアンはちょっと考えてから相談する。
「この。南の話。話しましたか」
「ん?いえ、まだです。さっき私だけが聞いたので。とりあえずイーアンにも聞かなきゃと思って」
「そうでしたか。バリー・・・南の隊長ですが、この話のね。彼が都合の良いときに、会わないでも良いから見たいと」
「うん・・・・・ そう聞きました。どうなんだろう。お母さんは、それは良いと思いますか?」
「バリーの印象では、彼が何か確信を持っているような気もしたのです。 ・・・・・あの、ギアッチ。いえ、お父さん」
イーアンは真面目な顔で机に両肘を置いて身を乗り出し、ギアッチに少し近寄る。ギアッチは何かと思って、頭を寄せた。
「もしですよ。大きな運命が動いているとして、その・・・私の結婚候補に。だとしたらどうします?」
「結婚候補に?それはさっきの龍の話からですか。あなたは何か知っているんですね」
何も言えないイーアンは、頷きもせず首を振ることもしなかった。ただ黙って、目の前の賢い男の考えを聞こうと見つめている。
「お母さん。最近、ベルがね。ハイルもだけど。音楽を教えてくれるんですよ。あの子は上手に出来るようになってきて、もっと上手くなったらあなたに聴かせるんだって言うんです。
それとね。トゥートリクスが年始に戻ってきてから、やけにお兄さんぶるんですね。面白いですよ、トゥートリクスの兄弟も仲がいいでしょ?多分、自分がお兄さんを慕うから、それをあの子にもと思ったんでしょうね。
イーアンに話してないかもしれないけど、総長も演習の時は、それはもう。絶対に普通の男が出来ないような技を、あの子に披露してくれます。お風呂も一緒に入ってくれるし。皆、彼を愛してくれるんですね」
ギアッチはそこまで言うと、イーアンを見つめる。寂しそうな目ではなく、迷っている目だった。
「そうだ。それとね。あの子に首飾りをくれたでしょう?自分の目の色や、顔の色を毎晩よく見ています。イーアンが誉めたから、とても自分の特徴が好きみたいですよ」
イーアンは何も言えなくなる。ギアッチは行かせたくないと分かる分、行かせるような方向の話をするべきではないと思えた。
「こういう時。親ならどうするんでしょうね。私は。そこまで親らしい人間ではないから難しいです」
「それ。まだ話してもらえないかもしれないけれど。さっきの・・・ですね」
「そうです。それを聞いたから。でも、ギアッチはどうですか?度々ああした遠くを見越す話を聞きますか?」
ギアッチはちょっと黙る。考えているようだった。それから、首を少し傾げて『いや。そうでもないかな』と呟く。
「もしかすると、私にも話してるかもしれませんね。でも、私は分からないから、それはそれで終わってるかもですよ」
大人しくなったなとちらっと見れば、ザッカリアが鎧を着けている。女性用とはいえ、まだ子供のザッカリアには大きくて、ちょっとぶかぶかしていた。本人はそれを見たくて、鏡を探して窓に映していた。
「あの子は。強くなるのね。きっと、いろんなものを背負って、いろんな経験を土台にして」
「 ・・・・・イーアン。そうか。そうですね、そうだな。うん、じゃそうしましょ。バリーを呼びましょう」
ザッカリアから視線をギアッチに向けると、ギアッチは鎧を着た子供を見たままで、何かを決意したように頷いた。
「いいの?お父さん」
「イヤです。でもあの子の為です。そうでしょ、お母さん」
納得できないような表情でギアッチは笑った。イーアンも笑みで答えたが、ギアッチがザッカリアを大事にしているのが伝わるから、辛そうで悲しそうで、その顔に少しほろっと来る。
「もう一人のお父さんにも聞きましょうか」
イーアンが提案する。ドルドレンも、ザッカリアがせっかく落ち着いたことで、バリーに会わせるのを懸念する言い方をしていた。ギアッチは組んだ両手をじっと見て、何度か頷く。
とりあえず、ここまで相談が済んだギアッチは、また後日ということでザッカリアを連れて戻っていった。
工房に残るイーアンは、ダビが持ってきてくれたスコープの箱を見て、後は仕上げだけだと分かり、ダビに感謝しつつ(※仕事は仕事)仕上げに取り掛かる事にした。翌朝はフェイドリッドに会いに行く。午前中に、スコープを終わらせて、午後は槍の柄を作ろうと思った。
気になることが山のようにある。ザッカリアの話は現実だろうと分かっていた。グィードもアオファも、その姿をどうやって知るのかと思っていたら、まさかこれほど早く教えられるとは思わなかった。
「急げということなんだわ。『全てが仕組まれて導かれている』とタンクラッドも言っていた」
旅立つ日はいつなのか。王は2ヵ月後に部門が起動すると話していた。ヨライデは既に魔物の影を見せている。でもまだ、魔物製品の着手は、委託工房を決定したばかり。詰め込むように次々に起こる物事に目が回りそうだった。
スコープを作りながら、あれこれ思いをめぐらせている内に夕食の時間が来て、ドルドレンが迎えに来た。暖炉の火を消して、二人は工房を出る。
風呂に入って夕食を済ませた後、二人は寝室へ行き、朝の話をした。
イーアンが一日の話を矢継ぎ早に話すと、『目まぐるしかったな』とドルドレンが苦笑いした。ドルドレンも報告があるといって、イーアンを抱き寄せていつものように膝に乗せる。
「今日。書類を作って本部に送った。北西支部の工房ディアンタ・ドーマンの、魔物活用事業開始を告示書にしたんだ。鎧と剣の委託工房が揃ったからだ。弓は近いうちに行く事になるだろう」
嬉しそうに微笑むイーアンにキスをして、『始まったな』とドルドレンは囁いた。
「始まりました。ザッカリアのことも、思わぬ方向から関与しているようですし。調べることも行うことも山積みです」
「最初は何でもそういうものだ」
イーアンはドルドレンの首に両腕を巻きつけて、そっと口付けした。暫く口付けしてから唇を離し、『明日はあなたの話も聞かなければ』と伝えた。
「今は?今は時間がある」
「聞いて、ドルドレン。あなたに訊かないといけない話が幾つもあります。お父さんの歌の詳細でしょ。場所の調査でしょ。バリーとザッカリアを会わせるかどうかの意見でしょ。ザッカリアの直談判でしょ。今夜はもう無理です、時間が足りません」
「ふむ。親父の歌は確かに時間がもっと必要だな。場所の調査?それは少し時間を作って、龍で行けば良い。バリーと会わせるかどうかは、そうだな。バリーが陰ながら、ザッカリアの姿を見るだけでも良いだろう。で、最後のは何だ。直談判?」
「ザッカリアが自分で言う、と言うのだけど。告げ口する事にしました」
「なんだか穏やかではないな。今日も一緒に風呂に入ったが、何も言わなかったぞ」
「彼は私と結婚したいそうです」
「無理だ。俺の奥さんだから」
「それをギアッチも言ったんですけれど。ザッカリアは譲らないの」
「何でいきなりイーアンと結婚したいのだ」
「強いからですって。龍も・・・そうよ。まだ後2頭の龍がいることを彼は見越しています。その龍たちは私と夫が乗れるそうですから」
「ふむ。俺だな。しかしそうか。ザッカリアの能力は確かに、テイワグナの神殿の子供たちの異能そのものだ。見てもいないはずのイオライ・カパス戦も、龍がイーアンと何をしていたか知っていたしな」
「そう。それを聞いて、ザッカリアもこの世界の運命に参加していると分かりました。次々にいろんな情報と出来事が。一日にどっさりあって。急がなきゃいけない気持ちです。話を戻します、そうなんですって」
「イーアン。俺が夫だ。そうだな?」
「はい。私の夫はあなたです」
ニコッと笑って、銀色の瞳を光らせてから、ドルドレンはイーアンに丁寧にキスをする。ゆっくり丁寧に。それから蝋燭を消して、キスをしたままベッドに入った。
「永遠に俺たちは夫婦なのだ」
愛妻(※未婚)をまさぐりながら、楽しい夜に突入する。ザッカリアも要注意と心に刻むドルドレンだった。
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