2949. 動かない魔物退治・文句のツケと矛先
魔物あり―――
近くにいるとは限らないものだが、これは仔牛が『いる』と察知。
察知したものの嫌そうで(※息子と離れるから)文句タラタラ・・・ 仔牛を出たホーミットは、退治の先頭。
「精霊が守ってるんじゃないのかよ」
水が汚染されたのは守ってると言えるかどうか、そんな愚痴まで出るけれど、井戸水が取れる地下水を地上から辿って・・・ 少々遠い、地下水の始まりの川へ出た。そこで魔物発見。
タンクラッドは龍気の面、ロゼールはお皿ちゃんでルオロフ連れ。飛ぶ彼らから見える位置を走る獅子は、土に食い込む魔物を消した。
一頭、の表現より、一枚、と呼ぶ方が合うような。
パッと見て、平らな岩が並んでいるようにしか目に映らず、魔物は全く動かない。見渡してみれば、これが川縁にずっと並び、これらのへばりついたところから水も川床も妙な色に変わっている。
川上は一頭もいないようで、端のやつから川下が黄濁色に染まり、これも見ようによっては雨の後にも思えるが、自然現象との違いは・・・
「紐?いや、虫か?」
側へ来たタンクラッドが、川の真上で止まり尋ねた。彼は獅子の横から川下に続く、岩に似た魔物に気づいていない。気配は捉えているけれど、保護色で動かない魔物より、川の水に揺れる赤い紐状のものに気が向いている。
「これが井戸に入ったのか。濁った川に浮いている分しか見えないが、水中にも」
「おい、目をどこやったんだお前は。その面のせいで見えてないのか」
「ん?何が」
獅子は返事より先に左を向いて口を開け、板状の魔物を消した。消えた途端、赤いのも水の濁りも失せる。
これが魔物の本体・・・冷めた碧の目を眇められ、タンクラッドは周囲を見回す。
「なんてこった。ここから向こう、全部か。俺は、川下へ行こう」
恥ずかしさから『離れる宣言』だけ残し、剣職人はすぐに飛んだ。獅子としては、情けない奴めと思うが・・・ちらっと対岸の魔物を見て、消す。
「気配だけで見つけられないのは、ある意味、偽装だな。俺やイーアンなら気付くのか。人間は限界があるな」
気配が薄いわけでもない。ただ、川の水の濁り方の不自然や、水に動いて流されない赤い紐虫が、気配を帯びているため紛らわしい。
そして魔物の上に乗ったとしても、動かないから・・・ 石じみた魔物の上に、肉球の足を乗せる。ぎゅっと踏んでも、魔物は微動だにしない。
水の縁にめり込んでいる方が、頭なのか何なのか。上に誰が乗っても関係ないようで、その部分も動きはなく、ただ川床近い亀裂から、ひらひらと揺れる藻のような赤い長い虫が、若干増えた。
「この赤いのが、毒」
何だかなと、陰湿で地味な魔物に首を傾げ、ヨーマイテスは面倒くさい仕事を片付け始める。ルオロフたちもタンクラッドの方面へ行ったので、川上は獅子が担当。
弱いどころか抵抗しない魔物に対し、なぜ自分が力を使わねばいけないのかを思うとくさくさするが、タンクラッドの反応を見た後では、仕方ない気もした。
ロゼールはサブパメントゥの目を持つから、魔物をすぐ見つけそうだが、ルオロフは人間の目。タンクラッド同様、見落とすか。
『最初に見落とすってのはな。なかなか鈍くさい』嫌味と一緒に理解してやる獅子は、クワッと開けた口を向け、足元から向こうまで、魔物をいっぺんに消し去る。
「退治ってほどじゃないよな。だがあいつらだけじゃ、この程度もまごつく。情けないもんだ」
微動だにしない魔物が消え去ると、普通の土と砂利の川辺が現れる。川にも咆哮一つ浴びせ、赤い長虫と魔性を消すと、水はあっさり普段の透明度に戻った。
ここは山塊の外れで、民家までの距離としては遠いが、地図上で見るとこの近さから地下水を得ていたかと思う。平地終わりの細かい段差と傾斜の増えた地は、低い谷の中に川を流し、川は支流に分かれる手前で谷の溝へも流れ込み、地下水へ落ちて嵩を増す具合・・・・・
「地下水だけなら、こいつらの毒も関係なかったんだろうが。混じったから被害が出たわけか」
ぶつくさ言いながら、蛇行の多い川縁を歩く。歩きながらの退治は楽なものだが、息子と離れている獅子には、そうでもない。やれ、面倒だとか、精霊が何とかしろよとか、文句を言い続けた。
谷は見通しが利かず、どこまで蔓延ったか確認もできないが、てくてく川下方面へ進んでは、カーッと消すを繰り返した十数分後。
声が聞こえ、ロゼールの背中が見えた。振り返った騎士に『どうだ』と声をかけてやると、ロゼールがお皿ちゃんでひゅっと来て、川下を指差す。
「俺とルオロフで、ここなんですよ。俺の攻撃は意味ないので、退治はルオロフの剣で切ってます。タンクラッドさんは、もっと離れたところで」
「そんなにいたか?」
「というか、赤いこの長い奴いるじゃないですか。これが流れちゃってるんですよね。で、タンクラッドさんは龍気を使うので・・・って、イーアンの面だから、龍気を使い過ぎるの、気にしながら」
「あ~。分かった、もういい」
報告では、両岸にへばりついた魔物は、もうすぐルオロフが全部片づける。だが、千切れて流れた赤い紐虫があり、水の濁りを追ったタンクラッドは、遠くまで移動しているとやら。
「・・・タンクラッドを呼び戻せ。俺がやる」
「え、お父さんがやってくれるんですか?」
「龍気で飛んでるんだろ?下手に使い果たして落ちられても、もっと面倒だ」
今日、何回『面倒』と口にしたか、数え切れない。
仮に面の気を使い果たしたら、タンクラッドが龍を呼んで帰って済む話でも、こんな程度の魔物に?!俺がついてきてそこまでするか?・・・の気持ちが強い獅子は、阿保くさくて関わっている時間が長引くのも不満。とっとと終わらせ、とっとと帰りたいところ。
ロゼールに行かせてタンクラッドが戻って来るや、獅子は彼に礼を言われる前に駆けた。
声が届く、口が向けられた対象は、見える攻撃がなくても塵に変わる。あちこち気遣っていたタンクラッドの―― 遅い ――対処は、獅子によって夕方前に完了し、獅子はうんざりした顔で仲間の元へ戻る。
「はー。帰るぞ」
何で機嫌が悪いのか、獅子の仏頂面は見慣れていても、機嫌がとても悪そうに見えるので、タンクラッドたちは軽く礼を言うにとどめ(※獅子の耳が伏せてる)、それじゃ・・・と帰る方面へ浮上。
舌打ちとデカい溜息の続き、『精霊が守っているだ何だと聞いてたが、魔物には』と獅子がまたぼやいた時―――
『お前のすべきこと。それは、精霊の行う範囲か』
終始言い続けた愚痴を、遮られる。ピタッと黙った獅子に、帰ろうとしたタンクラッドたちが振り返ったが、彼らには誰かの声が聴こえていない。声はまた、獅子の金茶の耳に入る。
『獅子。お前のすべきことは』
「誰だ。精霊か?」
『その腕。ナシャウニットに戒められた印を持つ。お前が禁忌に触れた旅の仲間か』
獅子は黙る。相手がそんじょそこらの精霊じゃないと感じ―― 禁忌破りを知っている ――まずい、と判断。
「・・・仲間を帰してからにしてくれ」
このまま逃がしてもらえるはずがない雰囲気で、先に交渉する。話しかけた精霊は『お前が洞窟へ歩け』と命じた。
洞窟は上流の先に見え、あれだなと一度振り向いてから、立ち止まる獅子を待っていたタンクラッドたちに『先に帰ってろ』と短く命じ、獅子は洞窟へ歩いた。
洞窟の側の川は、魔物で汚れた水や土と比べ物にならないほど、清く透き通っていた。こっちには魔物が来ていないのも、ヨーマイテスは気になった。精霊がここは守っていたのか、と過ると、また『じゃ、あっちも守れよ』と思ってしまう。
暗がりの洞窟内は、細い川幅の片側が岩床で、奥は深い。ここに住み着いているのはどんな精霊か。あれこれ考えていたヨーマイテスが首を傾げたところで、足元を流れていた川が止まった。
音も止まり、空気も固定される。水は動かず、気温が下がる。次第にピキピキと薄いものでも割れている音が耳に入り、川に薄氷が張った。割れている音ではなく、急激に凍らせている音。
寒さは関係ないヨーマイテスの周囲全てが、気づけば霜と氷柱、凍った空間に変化し、静かに吐く息は体温を持つサブパメントゥの獅子の顔に、白い氷の結晶となって付いた。
「精霊。俺の言葉に怒ったか。謝るが、俺の聞いていた話と違うんでな」
どこにいるかではなく、この全体が精霊の内側。
ヨーマイテスは心の籠らない『謝り』を告げてから、しかしひっくり返す。残った人間たちは、ニダの面交渉で精霊の手を借りられる話だった。また、戻された先々で人間が生きるに必要な飲食は整えられたはず。
水に毒が流れて井戸がやられたのを見たら、水があの民家に届く前に毒を消せたんじゃないのか、と言いたくなる。
ヨーマイテスへの返答はすぐには戻らず、止めていた足を獅子は前に出す。どこまで歩くとも言われていない。もう数mほど進むと、ひゅうっと笛のような風が吹き抜けた。岩の包む真横から通過した風に足を止め、獅子の碧の目が見据えたのは、壁に浮き上がった巨大な目、一つ。
『お前の役目は、分かっているのか』
瞳孔がまっすぐ、獅子を捉える。退治はしていると答えた獅子に、目は瞬きし疑うように細まった。
『避けていると感じたが』
「注意か。頭数が少ないんでな。戦闘力も低い」
『戦うよりも無視して前進する。勇者もいるという三度目の旅で、何がマシになったか』
「・・・戦う回数を増やす約束でもするか?」
精霊が相手で強気な口調は変わらずの獅子だが、正体不明の面倒な精霊らしきことは承知して、無駄話を切り上げる。さっさと終わらせて、余計は喋らず、これ以上の負荷は増やす気もない(※罰多め)。
そんな獅子の思いなど手に取るように伝わっている精霊は、思考遮断を掛けたサブパメントゥの獅子に『お前は前回の旅の経験から、急いでいるのか』と質問を変えた。
「話が変わったな。そうだと答えておく」
『中間の地を守る姿勢は、理由と事情に左右されるものか。少々の幅なら揺れも見過ごせるが、一貫する志が見られない姿勢に理解は難しい』
なんだか嫌な感じの流れに、低い音で獅子は唸る。俺単独のやり取りで、息子は勿論だが、仲間にも悪影響が出るのは困ること。
ここへ来て、『合理的に進める道』を重視していたツケが出る―――
「あのなぁ。何にもしていないと思われるのも心外だ。イーアンやコルステインはしょっちゅう、遠方で退治しているし、俺も出先で見つけたら」
『勇者が、最終の国で、僅かな民を放り、魔物を逃し、道を急ぐのは問題だと言っている』
しまった、と獅子は目を逸らす。大きな壁の目が獅子をじっと見据え、勇者の責任を問う。
急がせているのは無駄を嫌う獅子の癖だし、これだけ人間がいないなら、たまたま見つけた時にでも助けておけばいいだろう、とそれくらいの感覚で馬車の移動を優先していたことが。
「ドルドレンは。今、民を助けている。俺の息子と一緒に、民家で」
『当然だ。もっとそう動くべきだろうに』
「見捨てているわけじゃ」
『お前の態度はそう映らなかったが、どうしてその口がそれを言うのか』
マズイ。マズイ、と獅子は焦り出す。俺の禁忌を知っている精霊が、ドルドレンの現状にケチをつけるとは。
しまった、まずい、と考え続ける獅子を見つめ、大きな目が瞬きする。そして、獅子が一番聞きたくなかった言葉が、洞窟に響いた。
『お前を暫し、ここに置く。お前に同意した事情を、勇者』
「待て。待ってくれ。あいつじゃない。ドルドレンは俺に、俺に理解を寄せて従っただけで、あいつを呼ぶな」
『では、別の旅の仲間から聞く』
ぐらッとしたヨーマイテスの頭に、息子とドルドレンは外さねば(※限定)の必死が占め、思わず―――
「イーアンを呼んでくれ」
『女龍。では女龍を呼び出す』
なぜか名前が出てしまったイーアンに、咎めの矛先が振られた。
お読みいただき有難うございます。




