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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2948/2956

2948. 魔導士の配慮先・ミレイオの馬車歌解釈と『見守る何か』・人助けと魔物退治

 

「他言無用じゃないんだろ?」


「今のところは、私とタンクラッドしか知らない。でもバニザットに話しちゃったけど」


「バカ言うな。何話したって、俺のがいつでも先に解決してるだろうが」



 うーん、と背を逸らしたイーアンをじっと見て、魔導士は大きく息を吐く。両腕を胸の前で組み、女龍の前に顔を寄せて『それ一曲じゃないはずだ』と低い声で諭す。たった一つの歌で悩むな、と言われているみたいで、イーアンはちょっと離れた。が、魔導士の腕が肩を掴み引っ張られる。


「もう、戻る。馬車が出ているから」


「ま・だ・だ。俺は行っていいと言ってないぞ」


「私がいないと、馬車が一々止まるかもしれないし」


「魔物退治より進みを優先するのは結構だがな。どこかしらにポツンと残されてる善人がいる以上、戦うことを忘れるな」


「忘れてねぇよ」


「そう思えない。どうせホーミットあたりが、お前らのケツを叩いて動かしてるんだろう(※当)。あいつは魔物退治なんざ、最小限の感覚だ。()()()()()()()()()()を無視するのは、怠惰と言うんだ」


 それ、本人に言ってやって、と心で思うイーアンだが(※図星)ここでは言い返さない。じーっと魔導士を見つめる目に、魔導士は『とりあえず移動だ』と南へ視線を投げた。


「どこ行くの」


「お前の悩みをぶちまける先へ連れて行く。他言無用じゃないなら、()()()吐き出しとけ」


「はぁ?」


 俺は忙しいんだ、と・・・ 打ち明けられた割に碌な返答もしない魔導士は、とっとと女龍を抱えこみ『どこ行く気だ、放せ』と喚く()を、緑の風に変わって南へ運ぶ―――



 見えてきた風景。

 フッと風が緩んで、緋色の布が目端に掠め、もう一度翻って男の姿に戻る。


 イーアンは到着先に目を丸くして・・・自分を小脇に抱える魔導士を見上げ、漆黒の目がちらと降った続き、『思う存分、吐いて帰れ』と命じられた。


 ぽーい・・・ 空中から放った魔導士にワンワン吼える犬は慌て、がつっと()()()に四肢を踏ん張り着地。


「痛ぇんだよっ!猫ならまだしも犬に無理させんじゃねえ!(※猫はきちんと着地する)」


 白黒ぶちワンコはけたたましく空に吼える。頭の中に響いた挨拶は『夕方まで犬だぞ』だけで、それまでこの姿は解けないと知った。


 痛いと怒ったものの、龍だから本当は痛くない(※助かった)。でもワンちゃんの爪は引っ込まないので、強烈な高さから落とされて指がじんじんしている。ちくしょうともう一度悪態をついたところで、左側で扉の開く音がした。甲板で目が合う、犬と―――



「今の・・・犬?何、すっごい尻尾が長・・・あ!え?あんた、イーアンでしょ!」


「ワン(※うっかり)」


 やだ~! 叫んで走ったミレイオは、甲板に立つくるくる巻き毛の犬に手を伸ばし、その顔を両手で挟み、見慣れた鳶色の目に笑う。


「どうしたのよ!なんで犬の・・・あ、そうか。バニザットがやったのね!」


「ミレイオ、元気でしたか」


「あら、喋れるの。なら、良いか」


 良くありません、だって一発目に『ワン』って言ったからさ、うっかりです、と甲板で笑い合い、思わぬ再会に喜びながら、一人と一頭は船内へ入る。


「びっくりしたわ。どすん、って何かと思ったわよ。敵が来ないはずのテイワグナで、慌てて上(※甲板)に行ったら、ガオガオ聞こえるしさ」


「すみません。落とされました」


「いやあね、扱いが雑だわよ!でも怪我してないでしょ?犬の恰好でも龍だし」


「はい。大丈夫。でもちょっとじんじんします」


 可哀想、とミレイオが犬の足を見て、ワンコは頷く。横を歩く大型犬が可笑しくて、ミレイオは頭をナデナデしながら食堂へ犬を入れ(?)、お茶を淹れるわねと嬉しそうに台所に入った。


「手伝えなくて申し訳ない。ワンコの手ですから」


「犬にお茶淹れてもらおうなんて、考えないわよ」



 どうしてここへ来たのか―― よりも。

 会いに来てくれたことが、ミレイオは嬉しい。イーアンも予想しなかった行先、アネィヨーハンに到着すると思わず。


 お茶を淹れる間も、持ってきてからお皿に移してもらうまでの十分ほど、他愛ない笑顔の行きかう時間は染み渡る。でも、ここからは笑顔が消えるんだ、とイーアンは来た理由を過らせた。


 お皿のお茶を舐める犬に、床に座ったミレイオは『何かあったの』と促す。そう時間はないだろうと配慮する気持ちに、イーアンは楽しさを消してしまう申し訳なさを思う。


「はい。馬車歌のことで」



 ドルドレンが預かった、ヨライデ馬車歌の一曲は危険を匂わせる。明るく、お祝いの調子で奏でられる曲と、朗らかな歌声が、内容を知ると余計に怖さを増す。


 他言無用ではない・・・それもそうかと、イーアンは最初から全部をミレイオに伝え、合間で時々俯いた。その都度、ミレイオの手が伸びて頭を撫でた。長い尻尾を前に寄せて、尻尾と頭を両手で撫でる。


 自分の解釈をドルドレンたちに最後まで話せなかった、と声が窄むイーアンに、巻き毛の深い背中に手を置いたまま、『他の歌が全く分からないから心配よね』とミレイオは同情する。


「それをバニザットに話したら、ここに連れて来られたの」


「はい。バニザットは・・・一曲以外もあるから気にするな、みたいな感じで」


「んー。でも気になるよね。他の歌も託してくれて良いはずなのに、なんでこれ選んだの?ってこっちは思うじゃないの」


「そこなのです。私もなぜこれを、地上に唯一残された馬車の民ドルドレンへ渡すか、それがまた不穏で。まるで、彼の死を予告しておくような」


「イーアン。だめよ、決定しないで。繰り返すと思い込んじゃうわ」


 だめ、と注意したミレイオに、ワンコはしょんぼりして頷く。よしよし撫でられながら、お皿のお茶を舐めて『他の解釈があればいいのだけど、一旦そうではないかと思うと、そればかりになる』と苦しい心境を吐露した。


 午後の船は暖かく、開けた丸窓から入る潮風も少し熱っぽい。テイワグナは湿気知らずで、海に浮かぶ停泊中の船でも、どこか乾燥している感じ。窓向こうにキラキラ揺れる水面、濃い影の船内に差し込む光の筋、光の中でゆっくり舞う埃を二人は眺め、少し合間を置いた。


 イーアンのぴちゃぴちゃとお茶を舐める音と、ミレイオのささやかな溜息が音の全てで、静かな海の寄せる波も遠く聞こえた。



「ねぇ。私はさ。ドルドレンとあんたが幸せになるんじゃないかって、ずっと思ってるのよ」


「・・・有難うございます」


「慰めじゃなくて、本当に。ちょっとこれ言うと、挿げ替えているみたいでそれも誤解されそうなんだけど、私はドルドレンが死んでしまう予告とは受け取らなかったのよね」


「死者の部分、ミレイオは別の人だと思うのですか」


「うん。一人、思い当たる」


「誰・・・思い当たる?ミレイオは知って」


「あの子、いたじゃないの。あんたが見送った、テイワグナの馬車の家族の子」


 ミレイオの落ち着いた声に、イーアンの背中がゾワッと粟立つ。それはジャス―ルのことかと瞬きする目に、ミレイオは少しだけ頷いた。


「粘土板を持たせたの、彼でしょ?」


「そ、そうですが。だけど」


「戻って来てからさ・・・いや、戻るかどうかは分かんないけど。馬車の民が出口を抜けて、死者を連れている感じに聞こえたわけ。もうすでに亡くなっちゃっていて」


 ミレイオの解釈は、余計な情報をあまり足しておらず、言葉の設定のまま当て嵌めたもの。


 馬車の民が死者を連れて移動している状況にあり、その死者を弔う地へ辿り着く。そのために、『土産』が鍵の言葉として置かれていて、だから『土産』を『粘土板』と置き換えたら、直接的にはジャス―ルが浮かび、あの勇敢で真っ直ぐな性格から、命を落としたとしても彼が勇者のような行動を取って、皆を導いたと思えないか――― そうしたものだった。



「そんな気がしない?」


「言われてみますと・・・ ジャス―ルと思うとそれもまた胸が痛みますが」


「うん。そう。だから私も、ドルドレンと挿げ替えるみたいで名前を出すの良くない、と思ったんだけど」


 とはいえ、彼って勇者っぽかったじゃないの、と手元のお茶に視線を落とし呟くミレイオに、イーアンも複雑な気持ちになった。


 ドルドレンが死ななければいい、という問題ではない。それに、ジャス―ルも知り合いだから彼じゃなかったら良い、とした話でもない。とどのつまり、誰が死んでも嫌だが・・・ ミレイオの解釈で、ドルドレンが候補から外れても、変に安堵も出来ず、何とも言えなかった。


 ミレイオも同じで自分の解釈として話したことであり、『これは他の人に言わなくて良いからね』と遠回しに、伝えないよう頼んだ。



「ジャス―ルだとして、よ。彼が守り切って死ぬなら、絶対英雄でしょ?」


「そうですね・・・ 異界の地で、身を張って。あの人なら、しそう」


「いい子って印象しかないの。性格良くて、若いのに無謀でもなくて、頭の回転も速くて、度胸もあって」


 会話はまた途切れ、イーアンとミレイオは見つめ合ってから溜息を同時に落とし、『とりあえず、この話はここまでにしよう』と打ち切って、ミレイオは最近の馬車の状況を聞き、驚くことが連続していると知った。


 ミレイオは相変わらずで、近況は何も変化なし。シュンディーンはちっとも音沙汰がなく、たまにバイラに会っておしゃべりする程度。買い出しは『近くじゃないけど、一人分なら運べる量』で、あの町(※テリカ=2932話参照)に通い、済ませている。



「そうか。煙のサブパメントゥに・・・私はアイエラダハッドで音のサブパメントゥに殺されかけたけど、本当にあいつらってしぶといからね」


 今は見え隠れしたり、何にもなくても、とミレイオは注意をする。うっかり狙ってくる。ダルナも異界の精霊もいないからには、本当に気を付けて、と念を押した。



 ここでイーアンはふと。今まで気にしなかったのも反省し、尋ねた。


「そういえばミレイオは大丈夫そうなのですが、狙われる恐れは」


 ミレイオはちらっと犬を見て『・・・』。何か言いたげではあれ、黙っている。言えない安全でもあるのかなとイーアンが考えると、ミレイオが顔を窓の方へ向けて呟いた。


「私も勢いで飛び出たのは、迂闊だったけど。あの後、ちょっと安心出来ることがあって」


「バイラ・・・じゃないですよね?」


「違う。でも、()()()()()()という意味では同じかも」



 誰かに見守られている―――?


 ミレイオはその先を続けず、すっと息を吸い込み犬の背中から手を離して立ち上がると、『お茶淹れてくる』と台所へ。

 深追いしないイーアンは、とりあえずミレイオが無事の状況にあると分かっただけで、ホッとした。



 *****



 同じ頃、馬車の午後は、人助けと魔物退治。



 死霊除けは効いていても、近くに来るばかりではない。煙突から煙が出ている家を見かけ、もしや人がいるのではとドルドレンが訪ねたところ、なんと死にかけている人を発見。


 家の扉が開いていたため、声を掛けながらそっと開いたら、小さな室内の寝台に横たわる人を見て、つい中へ入ったのだが。その人は呼吸も細く、赤の他人が寝室に入って来たというのに『助けて』と消え入りそうな声で腕を伸ばし・・・ ドルドレンが断るわけもなく、すぐさまシャンガマックを呼び、薬を作ってくれと頼んで―――


 レムネアクは『毒だと思うが、これは魔物では』と気づいたのが、井戸。桶の水と綱に水ではない染みがあり、裏の小さい畑は大丈夫でも、汲み上げる水がやられたと見抜いた。


 人命救助と、毒の可能性。馬車は民家に寄せ、二手に分かれてドルドレンとシャンガマック、レムネアクは民家に残り、タンクラッド、ルオロフ、ロゼール、仕方ないから獅子も息子と離れて魔物探しに出た。


お読みいただき有難うございます。

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