2947. 馬車歌のオルゴール ~③解釈『呪縛の終わりと、勇者の死』・イソロピアモ情報
勇者であって、 魔物を倒す役割があるから、ここにたった一人残ったが。
『あなたも馬車の民です』―――
ドルドレンが役目を果たした後の世界は、ドルドレンも馬車の民として移動する可能性が当然出てくる。幻の大陸に、全員連れていかれたらしきを思えば。
あの日、イーアンが見た馬車の台数は、想像していたよりずっと多かった。一度は馬車を降りた人でも、馬車の民であった以上、あの行列に加わったからだろう。
答えは沈黙。ドルドレンもタンクラッドも、意外なイーアンの一言に止まり、イーアンは話を一先ず変える。
伏字を加えた歌に、ドルドレンの感想を聞き、タンクラッドのトゥ伝説を合わせた感想も話してもらい、それから自分が思うことをまとめた。
太陽の話で長引いてしまったから、また時間があったら深く考えると伝えて、イーアンらしい解釈を出す。
「全体の印象は、トゥ伝説の『善い神』が許してくれた設定です。善い神様が許すと、焦げた太陽が馬車の民を引き取る・・・ ちょっと決定には早いかもですが、とりあえず、馬車の民が引き取られるとします。『暗い過去』については、あとで話しますね。
『遠くへ出かけて、土産と一緒に始まり終わりの繰り返し、ある扉の向こうへ出る』件は、まさに彼らが受けている現状のことでしょう。
『土産』は粘土板では?と、配った側の私は思いますが違うかもしれません。『土産』は、始まりと終わりを繰り返す道のりに重要な物、と思います。そして、扉の外へ出る日。
そこは『死んでも困らない、祝いを邪魔する道化もここには来れない』場所です。トゥの話からの推察ですが、祝いを邪魔する道化=サブパメントゥとします。サブパメントゥが来れない、この世界ではないと言えます。でも、彼らが最終的に排除されなければ、です。もし五ヵ国目の終わりで完全撤廃される種族に選ばれてしまったら」
拡大された内容に、タンクラッドもドルドレンものめり込む。イーアンは完全撤退させられる種族の可能性も含めて考えていた。
『サブパメントゥが追放されたら、人間が戻るのはこの世界』だろうし、『サブパメントゥが残っているなら、人間が別の世界で光のある地へ踏み込む』と言った。しかし、これもまだ余白あり。二つに絞らず、もう一つの考えをイーアンが足す。
「冒頭で躊躇ったのですが。焦げた太陽が、誰を導いているのか。はっきりしていません。暗い過去はサブパメントゥが絡んだ過去、トゥ伝説を引用するなら、悪神が絡んだ過去、とも取れます。
もしかしますと、『焦げた太陽』あぶれた者を連れて行く太陽は、『暗い過去』を導くのかもしれないです」
「そうすると・・・ サブパメントゥが出て行く意味に変わるのか」
ぽそっと零れたドルドレンの理解に、イーアンは『そうした見方も出来る』と頷く。
「善い神様が許し、祝福してくれて、悪神のサブパメントゥが焦げた太陽に導かれて背後へ消える、と」
「次は?燃える太陽のところは」
急ぐドルドレンに了解し、イーアンは先を続ける。
「はい。燃える太陽は、現在の太陽でしょう。あのお方が照らすのは、この世界と馬車の民が行く道です。移動はしなくても光は届きます。『死んでも困らない』のは、谷や川があることから、弔う場所があると思えます。
『足元の花輪、頭に鳥、両手に粗布と香り』これをドルドレンは、死者の送り出しと連想し、私もあなたの見解から同意見です。『頭の鳥』は、古い民話や宗教で魂を天へ運ぶのが鳥とするのもあり、もしかするとそれかも知れません。
誰かが死んでいます。歌に入っているくらいだから、よほど『残しておくべき死』なのかもしれない。
全滅ではないでしょう。送り出す者があってこその準備『花輪、布、香り』が示しています。
そして『見えない糸の瞼を開いた春に、踊って去りし感謝を伝える』は、タンクラッドの推測が基になるのでは。トゥの役目が・・・トゥの前身は完全な悪者として扱われていない、とも感じます。
春は芽吹きの時期です。冬眠から覚めて目を開け、始まる時期に、踊って去ってゆく。感謝を伝えるのは、馬車の民が伝えるのか、去る側のトゥが解放の感謝か。
『2つが一つところに戻ったら、首も根元に戻ったら』が、去った続きの話に繋がるとして、これで完了。善い神様は完了を歌い続けて知らせ、『全部が最初に戻る時』それは」
イーアンは自分でも口にするのが怖くなり、言葉を切った。
これは、リセットの意味か。実際には、時間を巻き戻すわけではないが。
サブパメントゥと双頭のドラゴンがいなかった時代と同じになるとしたら?
馬車の民は、この世界か別の世界、どちらかで束縛の宿命を解かれて自由になる印象だが、彼らを悩ませ続けた――― つまり、勇者の始まりが生まれた裏切りも全て ―――終わる、許されて・・・ 言ってみれば、この世界と関係なくなる気がした。
元から世界にいた人たちがどうなるかは、言及していない。
あくまで、最初にここへ来た人間たちのラストに、フォーカスした歌なのかも。
勇者と魔物の対決に、馬車の民が深く根強く絡み続けたのは、中間の地に彼らが影を落とす存在として組み込まれたからだろう。これは世界が仕組んだ・・・気がする。
それが全て済んだとなったら。あとはどこへでも行けとなって、おかしくない。
先祖代々呪われ続けた呪縛が終わったら、それは死者が出ていても喜びが勝るか。何が理由で命を失くすか歌われていないが、重要と思しき死者への弔いも尊い犠牲のように描写され・・・ はた、とイーアンは加速した想像を止める。
尊い、犠牲。犠牲? 勇者?
・・・これは。ドルドレンに託したこの一曲は。勇者が死んで、解放を迎える意味?
不意に沸いた想像は、背筋を凍り付かせる。頭を振って払い、イーアンは自分を見ている二人に顔を向けた。彼らは話の続きを待っていて、一瞬気を取られたドルドレン喪失の懸念に続きを忘れたイーアンは、『あの』と詰まって目を伏せる。
「それで・・・?」
遠慮がちに尋ねたドルドレンに、イーアンがまごつくと、タンクラッドは『お前が曲に指を折り曲げ、数えていたのは?』と違う質問をした。
はたと、それは思い出したので、イーアンはタンクラッドに答える。
「あれは、合いの手が入る箇所です。『善い神』の始まりから、『扉の向こう』までが一区切り。『燃える太陽の』から、『粗布と香りが』で一区切り。ここが奇妙に思ったのです。ドルドレンの訳では、続く『糸の瞼』まで文章としては繋がっているので、なぜここに合いの手が入るのかと。
最後は、『糸の瞼』から、『首も根元に戻ったら』の箇所で合いの手。ここも、最後の歌詞と繋がっているはずが、合いの手は分けています。
合いの手は三回あり、一瞬だけ音が落ちる箇所が二回あります。気のせいかと思いましたが、訳してもらうと歌詞の意味が強調されると気づいて、私は合いの手の区切りと、音が落ちる段落の強調を重視しました」
久々の女龍のこうした解説に、タンクラッドは大きく頷いて感心する。が、内容は面白がっていられない。トゥの消える可能性が高くなった。この歌の限りでは、トゥはお役御免だ(※平たく言えば)。
「いつまでやってんだ!」
ここで、後ろからトコトコ走ってきた仔牛が怒る。
ハッとしたイーアンは反射的に頷き、可愛い仔牛が藪にらみで『バニザットが待っているんだぞ』と息子を待たせた女龍を叱り、イーアンは否応なしに連れて行かれた。ドルドレンはタンクラッドに『イーアンの推理はどうか』と尋ねる。
「大したもんだ、と毎度思わされる」
「うむ。俺もそうだ。彼女が知っていた情報も加わって、急に秘密が見えた気がしたが」
「トゥは、この世界から出される。この歌はそれが分かったな」
多分、そうなる。馬車の民がオルゴールの一曲を持たせたのは、どこに落ち着くか判明していないにせよ、『大地のある場所に出た時、全てが解決する』馬車の民は真の自由を受け取る時代が来る、これを報せたかったのだろうと・・・ 二人は感じた。
「自由か」
手綱を右手に持ち替えて、タンクラッドは前方を飛んだロゼールの背中を見つめ、呟く。いつものように休憩場所を先に探しに行くロゼールに、そろそろ昼休憩・・・とぼんやり思った。
*****
昼休憩中、イーアンは馬車から少し離れたところで休んだ。
記号の勉強は自分でも意外なほど捗るから、『記号→文字変換』は文字解明みたいで楽しく覚えられるため、苦痛はない。たまにホーミットの嫌味が苦痛とはいえ、シャンガマックがやんわり打ち消してくれるし、『午後も連続で学んだ方が良い』と言われて頷けた。
ただ、ふとした隙間でドルドレンの死を想像すると・・・ いきなり頭が真っ白になってしまう。
勇者が負けたら、魔物の王が勝つ。魔物の王が勝って、地上が魔物だらけになったら、馬車の民は別の世界へ行くのか。
勇者が魔物と戦うことを無視したヨライデの一曲は、勇者の終わりと悪神の離れを歌っているのかもしれず―――
「やめておけよ」
止めに入った声で、パッと顔を上げたイーアンはそこに緋色の布を見る。え、と驚くも緋色の布は緩慢にはためくだけで人の姿を取らず、イーアンは背後の仲間と馬車を振り返った。
「あいつらには見えない。お前にだけ見えている。イーアン、ヨライデの馬車歌に悩んでいるのか」
「バニザット・・・ いつから読んで」
「さっきだ。一緒に来い」
「え。でも昼休憩だし、私がいると敵が来ないから馬車が進」
「イソロピアモはどうする」
魔導士が急に現れたのは、イソロピアモの件。イーアンが頼んだから探したのかと思い、そうなると応じないわけにいかず、イーアンは馬車を振り向いた。
「分かった・・・皆に、急用って言ってくる」
ヨライデ馬車歌の悩みを読まれていたのは微妙な心境だが、変な話、バニザットが知ってくれて安心もする。やめておけ、と止められたけれど、相談したら別の視点で解釈を聞ける気もして前向きな望みを持った。
馬車に戻って、まずシャンガマックたちに『今から出かけないといけない』と伝え、早めに戻れるよう頑張ると言うと、仔牛は何か察したらしく、空に向けた鼻を彷徨わせて『言葉どおり戻れよ』と許可。
それからドルドレンにも外出許可をもらい、イーアンはいろいろ聞かれる前にそそくさと浮上した。
皆が見えなくなる高さで、緑の風がひゅっと横を流れ『こっちへ』と誘導。風の向かう先は北部で、王城に行くのかもと少し気を張ったが、その手前で速度は落ち、緑の風は二度翻って黒髪の魔導士に変わり、女龍の前に浮かんだ。
「ここに?」
「イソロピアモを突き止めた。だが、ちょっと面倒でな」
「何があったの」
「よく似た女で、刺青だらけの」
「デオプソロ!やっぱりいたのか。二人は接触あった?」
「・・・接触、したな。しかし引き離された」
第三者介入を思わせる言い方に、イーアンは魔導士から視線を下方へ移し、前にミンティンが見せてくれた第二王城(※2922話前半参照)を見つめる。王城の裏に軍の施設が並び、敷地内に大型の神殿が建っていて、これは新教の神殿。林向こうが、旧教の遺跡神殿だが・・・
「こっちの手前の、神殿にイソロピアモがいるの」
「今はいない」
「・・・デオプソロはいるの。姉の方」
「その女も、居ると言えばそうだが、居ないとも言える」
どういう意味?と眉根を寄せた女龍に、魔導士は掻い摘んで教えてやった。
魔方陣でイソロピアモの居場所を探し当てた。本人を知らないが、受け取った情報と、『念憑き』レーダーのラファルに手伝ってもらい特定。
だが、他にやることがあったため、すぐに現場へは行かなかった。その間にイソロピアモは移動し、残留思念の欠片で追った先が城付属の神殿。
残留思念を手繰って知ったのは、女がこの世界と別時空の合間にいること・イソロピアモは外へ出されたので、近くにいないことだった。
「近くにいない?出された?さっきも『引き離された』って」
「お前は知っていそうだな。死霊だ」
「死霊」
昼の風は温く、北部の海から吹くのに湿気た感じもない。危険な場所と不穏な内容に似合わない穏やかな午後。イーアンと魔導士は宙から眺める王城の端、神殿にしばし沈黙し、目を離すと同時に目が合う。
「あそこにはいるの?」
「俺はいないと言った。そういう意味じゃないな?」
「別の時空って、死霊の」
「そうだ。まだいるかもしれんが、魔法で見たのも過去の状況。断定はしない」
「デオプソロと、何を話したのか。それは分かる?」
「・・・お前の話と少々食い違っていたな。姉は弟に否定的だったぞ。弟が姉を探し出して使おうとしたようだが、姉は断り続けた」
「え」
「嫌がっていたんだ。弟に関わることすら拒否していた」
イーアンは少々唖然。デオプソロは悪人側ではない可能性がちらつく。あんな犯罪の温床のトップだったのに、何にも知らなかったのは確かに・・・だけど。でも、あれで善人?
だがイソロピアモに見つかって拒否を通したなら―― 意外な事実に頭が持って行かれたが、ハッとする。
「で、でも!デオプソロが別時空とこの世界の合間にいるってことは!デオプソロは死霊とつるんで」
「だから、面倒だってんだ。死霊があの女を守った風にしか思えん。イソロピアモはどこかへ飛ばされたが、そいつの思念はそれきりで途切れている。これは一つ、困った可能性もある。『念』に乗っ取られた、とかな」
目を見開くイーアンに、魔導士ははためく僧衣の袂をちょっと押さえ、組んでいた腕の一方で城を示した。
「あの場所で起きた出来事は、死霊の介入で途切れた。イソロピアモは死霊が現れた時、既に思念が消えかけてたんだ。『念』憑きなら、乗っ取られたとして変じゃない。デオプソロ自体の残留思念も混ざったから、それであの女が死霊に守られたのは理解したが・・・確実じゃないな。俺の見解だ」
「死霊と組んでいる姉は善人で、今は保護されている」
呟いたイーアンに、そのまんまだと肯定した魔導士は、イソロピアモと交代した『念』を探すなら新しく魔方陣を用意する必要があり、それはあまり精度が高くない、と続ける。『念』は他にもいるので、個性を特定するにはそれなりに情報がないと似たり寄ったりで間違うから、らしい。
尤もな説明に頷くイーアンは、意外な展開に驚くばかり。
ともあれ、『イソロピアモと姉が接触したこと』・『姉が断固拒否を貫いたこと』・そして『現在、弟の行先は不明で姉は死霊の保護下にいる』この三点の新着情報に、礼を言った。
ここで、魔導士は報告を終えて、これを一時保留とする。イーアンに一時保留を促すと、イーアンも眉根を寄せつつ了解し『すぐには手が出せないもんね』と唸った。
「姉か弟、どっちか。出て来たらだな」
「そうだね・・・有難う」
「それで。お前、まだ時間はあるだろう」
「あー・・・あるっちゃ、あるけど」
「ヨライデ馬車歌?勇者が死ぬとは何のことだ」
不意に振られた話題に、イーアンはピタッと止まる。鳶色の瞳がふっと上がり、魔導士はその視線を捉えて『話してみろ』と言った。強要ではなく、たまに見せる同情的な眼差しと共に促され、イーアンは彼が女龍の荷を軽くしようとしてくれるのを感じる。
俯いてから、もう一度顔を上げ『あのね』とイーアンは、オルゴールの内容を教えた。
お読みいただき有難うございます。




