2945. 旅の四百八十一日 ~勇者、静かな決意・香炉の封印・馬車歌のオルゴール①『伏せ文字』原曲
☆前回までの流れ
サブパメントゥ『燻り』を逃がし、動揺や不安が皆の心に残った日。夕暮れ後は『原初の悪』を祀る祠でも問題発生。ドルドレンとルオロフが閉じ込められましたが、イーアンが救出して危機一髪逃れました。後々に影響を及ぼすこの一件、今はフェイドアウトして次へ進みます。
今回は、馬車の朝から始まります。
昨日までの数日間―――
悪人側イソロピアモたちが『念』と共に動く懸念を掴み、
剣悪用の心配から、サンキーの島を『龍の保護』に入れ、
レイカルシ一頭が、異界の精霊でこの世界に残り、
ヨライデにいる善人側の一人から、光の石なるものを教えられ、
レムネアクが『煙』のサブパメントゥに襲われ、
その『煙』サブパメントゥを追い込んで逃げられ、
タンクラッドは『香炉所持者』として責任を感じ、
ドルドレンは『古代剣の所有許可』を求め断られて、
ルオロフは『古代剣を勇者に渡して、この世界を去る提案』に悩み、
血の祠なる、あの精霊を祀った危険な場所を、一つ破壊。
この手前より続く、進行停止中のすべきことに、ドルドレンは『ヨライデ馬車歌の考察』があり、イーアンは『記号の勉強』がある。
更に、イーアンは『ロデュフォルデンと精霊サミヘニ』『ティエメンカダの約束』そして『レイカルシと他の仲間探し』等、いくつも気になることあり・・・・・
*****
ルオロフ経由でお願いした、古代剣所持許可は、神様のお断りで終わった。
ポルトカリフティグも断られた具合だから、ドルドレンが頼んだところで無理・・・分かり切った結果とも言えるが。
断られた内容は正論で、聞いた途端にドルドレンは大きな溜息が出たし、ルオロフも自分のせいではないにせよ、力になれず申し訳なくて項垂れた。
一晩明けても、抜け穴どころか切り返しの一句も思いつかないドルドレンは、剣への拘りを抑えることにした。諦めるのではなく、事情と話の持って行き方を考え、再度訴えてみようと。
『煙』のサブパメントゥへの対応を思えば、後ろ向きな態度だけれど、神様曰く『この世界を担う者が、別の世界の剣に頼るのは間違い』で、そう捉えてしまうと言い訳する余地もない。それを考慮しても受け取るに至る理由がない以上、何度頼んでも変わらない気がした。
ポルトカリフティグは、『この世界のものではない』としても頼みに行ってくれた・・・
彼の思い遣り深さにドルドレンは改めて感謝し、気持ちを入れ替える。
―――天敵。『煙』のサブパメントゥは、古代から執拗に勇者に絡む一人、それだけの話ではない。
あれは・・・初代勇者の家族(※2678、2680話参照)と思うと、ドルドレンにもその血が流れている・・・正確には血ではないだろうが、要は、身内としての繋がりが濃厚である。
本当は、こんなこと過らせるだけでも嫌なこと。
しかし、あの日に『勇者』として受け取った遥か昔の男二人から記憶を聞き、サブパメントゥの力を得た初代がいたのを知った。彼の直接的な子孫であるには変わりない、勇者の一族に自分がいるからには・・・ 何が何でも、絶ちたかった。
剣を手に入れ、あの者をこの手で倒す。
ドルドレンは自らの手で決着をつける意志を固め、とはいえ、今すぐ動きも取れないので、今はヨライデ馬車歌を把握する方へ気持ちを向ける。
タンクラッドも同じくして―――
「香炉は二つとも、これで」
「・・・即席の手段としては、良いですけれど」
「お前は壊したくなかったんだろう?お前と俺の結論、どちらも叶えている」
イーアンは微妙な気持ちだが、別に反対ではない。取った手段が悪いとも思わない。でも、問題を手放したような気持になった。
タンクラッドの朝一番の頼みは、香炉を二つとも龍気に閉じ込めてくれというもの。
始祖の龍の絵が出てこようが何だろうが、これは龍のものじゃないとハッキリした・・・ 突き放す言い方に棘を感じながら、イーアンは始祖の龍が悪いわけではないのに責められているみたいで、この頼みも複雑に頷いた。
とはいえ『嫌なら壊すまで』と、親方が一言洩らしたので慌てて止め、互いの意見の真ん中を取り、封印に至る。彼は本気で壊す気で、イーアンに断られたら、そのまま金槌で潰す予定だった。
タンクラッドはやりかねない・・・ こうと決めたら切り捨てる男なので、イーアンは龍気の封印として、空箱の内側に鱗を貼り付け、六面を鱗で囲ったそこに香炉二つを入れた。そして、仮にこれを潜る者があれば、その者には仕打ちを組んだ。
「イーアンなら信用できる」
一つ問題を片づけた感じのタンクラッドが呟いた。彼はこれで、サブパメントゥが内側からも外側からも手出しできないと言い、イーアンも頷く。もしも私の封じを無視したら、そのサブパメントゥは消滅する。言伝のような仕掛けで、中にいるとしても。
問題を解決する・追うのではなく、タンクラッドは終わらせることを選び、その終わらせ方がイーアンに委ねられたのも、イーアンとしては釈然としなかった。
*****
―――善い神の祝福を受け、太陽の手に導かれ、暗い過去は背後のもの。
遠くへ出かけ、始まりが終わり、終わると始まる扉の向こう。太陽の微笑が草を照らし谷を照らし川を教え、困ることなど何もなし。祝いを邪魔する道化もいない。暗がりすら追いやられ、足元には花が、頭には鳥が、両手に香りが、見えない瞼を開いた春に、踊って感謝を伝える日。
2つが一つに戻ったら、首も元に戻ったら、善い神の歌が響いたら、全部が最初に戻る時―――(※2895話参照)
「お前が時間を作らないと、こうも進まないもんだな。あの日に聞いた内容は、強く印象に残ったところしか思い出せん(※2899話参照)。もう一回、最初から、音付きで訳してもらっていいか?」
タンクラッドの横に座り、ドルドレンは馬車歌のオルゴール(※イーアン曰く、その名称)を腰袋から出して、『俺も聴きながらが話しやすい』と鍵を巻く。
―――時間がないから作ろうと話した、蔓の実集めの後も、ずっと何だかんだで流れていた。
二人共御者だからダメなんだ、と朝食時にタンクラッドが言い、役回りの御者担当を本日は変更。タンクラッドは馬車歌時間を捻り出した。
普段は別で御者をする二人が、一つ席に揃ったため・・・ 荷馬車はルオロフが引き受け、横にレムネアク。ロゼールも馬で並ぶ。イーアンは、『覚えろ』と仔牛に命令され、シャンガマックの食料馬車へ回された。
こうして、親方と総長はようやく馬車歌の謎に迫る。
響く音楽とドルドレンの静かな訳をしっかり聴き、手綱を取りつつ『もう一回、後半を訳してくれ』と親方は頼む。
「後半」
「あー、っとな。『見えない瞼』の次だ。2つが一つに戻ったら、の部分を」
「『2つが一つに戻ったら、首も元に戻ったら、善い神の歌が響いたら、全部が最初に戻る時』。これか」
「そうだ。俺はここを初めて聞いた時、トゥが片付けられてしまうと思ったのだが」
親方の鳶色の瞳は前を見たままで、彼の横顔にドルドレンは何を言うのか待つ。今は、トゥが片付けられないと感じるのかどうか。タンクラッドは一度切って、少し言葉を探し、小さく息を吸い込む。
「片付くのではなく、二頭に戻るのかもしれないよな?」
「何と言っていいものか。そうとも思える」
希望的観測を口にした親方が、ちらと総長を見て『お前の訳さなかった言葉を』と促す。ドルドレンも、これといった解釈が進んでいないので、意訳は避けたいところ。誤解のないように、まずは省いた単語の数を教え、前にも話したことで『不釣り合いな単語・ややこしい』印象から、脇へ置いておいたのも念を押した。
タンクラッドは興味深そうに、単語の意味を聞き、どの箇所にあったかも教えてもらい、ドルドレンがややこしいと言った意味も理解する。
「そういうことか。伏せた言葉は、12。一つは意味を少し変えたんだな?」
「道化がいない、と訳した箇所がそうだ。道化は『ここには来れない』、と歌うのだが、『いない』と訳しても問題なく思えた。ここには、という断定的な表現は、どこなのかが全く歌に出ていないからだ」
「分からないでもない。扉の向こう、なんだろうがな。谷や草原、川やら花だ、鳥だといたり、平和そうだが、如何せん現実味のない感じは全体に漂う」
同意するタンクラッドは、ドルドレンが曖昧な印象を避けていたのも分かるし・・・しかし、抜かした部分を含めて聞いてみればまるで違う印象に変わることから、これを最初から言ってくれても、と思わなくもない。確かにドルドレンには、解釈しづらいだろうが・・・ トゥの過去、彼の話した伝説が頭に染み付いているタンクラッドは、誤解がいくつか消えた。まだ想像しにくい部分もあるので、これはイーアンと話すことにして。
「ドルドレン。何度も悪いが、伏せた言葉付きで、通して訳してくれ」
頷いた総長は、小さな鍵をまた巻き直して金属の箱を震わせる歌に、共通語を合わせ訳す。
―――善い神の祝福(に許し)を受け、(焦げた)太陽の手に導かれ、暗い過去は背後のもの。
遠くへ出かけ、(土産と一緒に)始まりが終わり、終わると始まる扉の向こう。(燃える)太陽の微笑が草を照らし谷を照らし川を教え、(死んでも)困ることなど何もなし。祝いを邪魔する道化も(ここには来れない=)いない。暗がりすら追いやられ、足元には花(輪)が、頭には鳥が、両手に(粗布と)香りが、見えない(糸の)瞼を開いた春に、踊って(去りし)感謝を伝える日。
2つが一つ(ところ)に戻ったら、首も(根)元に戻ったら、善い神の歌が響いたら、全部が最初に戻る時―――
ドルドレンは鍵を巻いて、また最初から流す。次は背景音楽としてで、彼の灰色の瞳は親方に向けられた。理解が進んだらしき剣職人に、ドルドレンは話を頼んだ。
不思議な歌が流れる午前の道は、気づけば昼近い。イーアンがいるので、魔物もその他も邪魔せず、馬車歌が楽し気に風に流れた。
音楽が終わる頃、タンクラッドは自分が理解した点を抜粋して伝える。真っ先に意識が行ったのは、トゥと思える部分。
「見えない瞼は、やはりトゥだろう。翼の目のことじゃない。あいつが伝説で、二つ首に仕立てられた後、目を潰された件がある。『糸の瞼』とするなら縫った印象だが、縫ったかどうかは・・・ないな。そんな丁寧な処置をする伝説には思えない。見えない目を、糸で閉じていたと表現しているかもしれない」
「そうか。トゥの目が」
「トゥは、目を潰されたから、翼に目を得たらしい。今のトゥは、二つの頭にきちんと両目が健在だがな」
フッと少し笑った親方に、ドルドレンは同情で笑えない。タンクラッドの笑みは一瞬で真顔に戻り、彼は続ける。
「『2つが一つところに戻ったら』と歌うのも、トゥと思って良い。二頭いたのが一頭になるのか?と最初は思ったが、お前の抜かした言葉を当てはめると、二頭がどこかに戻ったら、の意味だ。一つところとは・・・ 俺も、あいつも、望まないが」
自分たちは望まない、と前置きを挟んだ静かな声は、どこか寂しそう。ドルドレンがちらと見ると鳶色の目と目が合った。
「あいつがいた世界を『一つところ』と呼ぶなら、分からないでもない」
「彼らの・・・イーアンのいた世界か」
そうだと、タンクラッドは掠れた返事を吐き出す息に混ぜる。トゥが消えることを考えたくないんだろう、伝わる態度に、ドルドレンも何度か頷くだけ。
「それで。『首も根元に戻ったら』は、引っこ抜かれた首の話ではないか、と俺は思う。あいつが元の姿に戻される、そう聞こえる。
『善い神の歌が響いたら、全部が最初に戻る時』が締めだろう?善い神は、冒頭で『善い神の祝福に許しを受け』とある。恐らく、善い神とやらに馬車の民は罪を許されたと判断できるのが、善い神の歌で、悪神の遣いとされたトゥも、それを以て、雁字搦めから解放される」
解放されると結んだ割に、親方は一度顔を下に向け、受け入れたくなさそうに目を閉じた。ドルドレンは何と声をかけて良いか難しいところ。
そうと決まったわけではないが、タンクラッドの解説はトゥの伝説を知るところから来ている・・・ 彼の手綱を置いた膝をポンと叩いて、『まだ分からない』とだけ言った。
「だな。まだ、確定でもない。俺の推測だ」
「前半はどうだ。お前なら俺より掴んでいそうだが」
「うーん、前半はちょっと引っかかるな。手放しで喜んでいた雰囲気が、怪しいよな。『焦げる』『死んでも』の言葉は、影を落とす」
「それは俺も思ったのだ。だから引っ込めた。あと、『花輪』は祝いにも使うが、死者にも使う。それも、『足元』にある花輪だ。解釈に悩んだのが、続く『粗布』。あれは馬車の家族では、死体の下に敷く。上は綺麗な布をかけて送り出すが、敷くのは粗布である」
そこまで聞くと、ドルドレンが何を言いたいのかタンクラッドも察しがついた。顔を見合わせ『そりゃまるで』と呟いた親方に、総長も首を傾げて溜息を吐く。
「曲は明るく、ハレの日のようだと感じた。しかし、何かが死んでいる雰囲気も拭えない。誰なのかもはっきり示していない。全員の可能性もある。だとしても、トゥの話が本当に挟まっているなら、馬車の民たちが全滅している感じも不自然だと、今は思う」
「難しいな」
「難しい」
そして二人は同じことを思い、後ろの馬車を見るように首を背後へ捻った。
「ここからは、イーアンだ」
お読みいただき有難うございます。
一週間、お休みしましてご迷惑をおかけしました。月末でどうにか完了した仕事の後、キーボードがやられて長い文章を打つと止まる・消えるという現象に四苦八苦し、再開まで長引きました(;´Д`)
私は未だWindows10の状態なので、PCを変えない内はこの先も怖いのですが、何かありましたらすぐご連絡します。
いつもいらして下さる皆さんに心から感謝します。いつもありがとうございます。
Ichen.




