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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2941/2954

2941. ヂクチホスの事情・ルオロフへの提案・血の精霊の祠

 

 茂みを跳躍だけで越え、馬車が見えなくなった時点で走り、木々が密になったところでルオロフは剣を抜き、見つけた魔物の影を貫く。馬車から離れると、やはり魔物はいる。



 幽鬼の気配も付かず離れずで、魔物は人のいない地にうろつく。目的のない放浪のように、人間が少なすぎて()()()()()()()、とそんな具合で。


 ずっ、と引き抜いた剣で、横倒しになっても動く魔物を真っ二つに切り、きちんと倒した。


 頭部分はぶよぶよした妙な皮膚、胴体は重なる円筒が蛇腹のように動いていた魔物。足はあるが、地面に触れない側面から何本か適当に出ており、焦げ茶色の蛇腹が移動を担っている。


 よく見たくもないが、動かなくなった魔物を観察すると。円筒蛇腹から突き出たぶよぶよの頭は、先端がつぼんでおり、頭ではなく大きな舌かもしれないと思った。大きさは人体の倍くらい。素早くないし、攻撃らしい攻撃も見ていないので、この魔物は『毒』を撒くためだけにいると解釈した。


「毒重視、という目的でもあるのか・・・()()()()なんだ。揃いも揃って、ヨライデの魔物はこんなのばかりだな」


 切り口から溢れた薄黄色の体液は、空気に触れておかしな湯気を立てている。剣にも付いているので、下草と枯れ葉が混ざる足元に刃を刺して草ごと踏み、ぐいっと剣を抜いて草で拭った。摩擦は妙な臭いを強め、熱される臭いが鼻をつく。魔物の体液も、草に落ちてから同じ臭いを漂わせる。


 液に触れても、剣は何ともない。草などの有機物は熱されているらしいが、ルオロフにこれを止める手立てもなく、倒して終わりとする。他に魔物は?と見回したが、気配はなかった。群れている場合も多いが、こうしてまばらに散っている魔物もいると思うことにして、剣を鞘に戻す。


「たまたま、目に入る距離にいたから倒したが。探し出して倒すものでもないな」


 今はそれどころではない。ルオロフは魔物を後にし、木々の間が広い場所で地面を切りつけ、ヂクチホスの世界へ入った。



 いつも変わらない穏やかな風景を進み、黒い水場が見えてくると、ルオロフは少し離れたところから挨拶した。水が細く流れる黒い蛇口の側へ行き、正面にしゃがむ。


『何かあったか、ルオロフ』


「はい・・・先にこの前のことをご報告します。イーアンから魔導士に、注意を伝えて頂きました」


『イーアンに頼ったか』


「自ら引き受けて下さったのです。魔導士と付き合いがあるから」


『了承は確認したか?』


「いいえ。でも母のことですから、心配はご不要です。母から何も問題は伝えられていませんし」


 イーアン=母の表現に、ヂクチホスは何となく納得したくない。自分が引き取り先なのに、後ろに回されている感じが微妙・・・もういい、と言った感じでこれを終わらせ、ここへ来た用事に話を移した。

 ルオロフは赤毛を片手で軽くかき上げ、ふーっと息を吐く。深刻そうな面持ちから、何を言い出すかと思えば。



「ドルドレンと宝剣・・・この、私の古代剣についてです。総長と私は、この剣の持つ力が勇者に必要と考えています。だから彼が持つ剣を作るご許可を頂けませんか」


『なぜ』


 黒い水場は、許可より手前の理由を話せと言い、ルオロフはどこから話そうか順序立ててから、言葉を選んで―― ドルドレンの頼みも考慮し ――神様にサブパメントゥの問題を話した。



 聞き終わったヂクチホスの反応は、思った通りで拒否される。


 ドルドレンが自分のすべきことと、立ち位置の運命を理解して挑む、それもきちんと誠実に伝わるよう努力したが、ヂクチホスには響かなかったか。ルオロフは流れ続ける水を見つめ、『どうしてもですか?』と仕方なさそうに小さく話しかけた。


「こうして誤解が生まれないように説明しても、それでも拒まれるとは。この剣は確かに価値が金額で計れない、尊い剣だと私も認めます。あなたの世界に通じ、あなたと関わるなど、剣なくしてできません。

 ですが、ドルドレン・・・総長はあなたを脅かすような問題を持ち込むでもないし、信頼して良い誠実な人物ですよ?だとしても、ヂクチホスは断るのですか?」


 その態度は、年取った親の我儘に呆れて、最後の言い聞かせを試みる息子のそれと同じで、ヂクチホスは貴族の視線に嫌味を感じる。


『お前は私がドルドレンを信頼しないと、そこから決めつけているが間違いだ』


「でも、『勇者だから拒んでいる』と考えると、なるほどあなたもそうであったか、と思いますよ」


『ルオロフ。お前は私相手になんと軽々しい』


「失礼しました。私は説明した後ですので、そう思うも外れてはいない気がしまして」


『お前という男は。聞きなさいルオロフ。他の者であったなら追い出している』


「ええ?そんなに()()()()を私が口にしていると?信じられません!私は敬意しかありませんが、何にそれほど怒っていらっしゃるのか、今後繰り返さないために教えて頂けますか」


 お前・・・と、水はちょろちょろ。肩を竦める赤毛の貴族は『ヂクチホスに追い出されると言われてしまった。何てことだ』なんて、シレッとしている(※貴族だから)。



『お前は、私の居場所に居ながら。そして、私に引き取られたにも拘らず、分かっていない。何度もお前の質問に答えた中で、私がどう対応するかくらいの見当は付きそうなもの。それを、勇者だから拒むと、その視点でしか見ないとは、これまでいろいろと教えてやったのに情けない』


 黒い水場の、がっかりしたぞお前には、の聞こえでルオロフは眉根を寄せ、情けないというならどこがダメだったのか聞きたいと一歩分近寄る。


『私は表立たないと言っているはずだ。この世界に繋がっているが、時空は別。これだけで気づいて良さそうなものだぞ。お前は私の話の何を聞いていたのか』


「・・・手を出し過ぎない、と仰っていますか」


『勇者の云々ではない。私がこの世界に関わる距離が重要なのだ。勇者の立ち位置だとか、そこでお前は私に呆れたようだが、そもそも勇者とは何だ。この世界の変化に大きく関与する者に、私が関われると思い込む方が間違えている。少しは思慮なさい』



 ―――勇者の因縁・不思議な重荷を知っている遠巻きとして、手伝わないのではない。



 思慮なさいと叱った神様の言わんとすることに目を向け、ルオロフも黙った。

 ヂクチホスは、そもそもこの世界の一部ではなく、別の存在であり、それは保たれている。関わり過ぎてはいけない条件を、守っているに過ぎない。


 これを改めて思い出した赤毛の貴族が逸らした視線に、まだ理解に足りないと神様は続ける。



『勇者の力添えが少ないにしても、全くなかったわけではないだろう。それはいつの時代も、この世界の精霊、妖精、龍によって行われてきた。この世界に元から在る者たちがすべきことと、私のすべきことは一線を画す。

 ここまで話したら序だ。仮にお前の剣を彼に譲渡するとしよう。彼は天敵と呼ぶサブパメントゥを切り、突き進んで行けるかもしれない。だがそのままでいる保証もない。私の世界に来る道具を手に入れたことで、切羽詰まれば訪れる可能性もある。そして私の存在意義に対し、願いを伝えるだろう。

 壊れない剣を持ち、どうにもならないと思った時に、勇者がここを頼る光景を想像しなさい。その問題は、ここへ持ち込み、私にどうにかするよう頼むところだろうか?ここまで言わないとルオロフには分からないか?

 彼は誰を頼るのだ。誰のために世界を担う勇者として選ばれているのだ。この世界のために存在している男が、別の世界に住む何者かに協力を願うのは正しいと、お前は』


「思いません。理解しました。申し訳ありませんでした」


『また忘れそうだな』


「お言葉ですが、忘れたらもう一度お尋ねするまでです。私は覚えるよう努力しても、正義感が未熟ですため、何かの折に、また()()()()()()で脇目も振らずに行動を起こしかねません」


 ちっとも謝っている感じがしない貴族に、ヂクチホスは黙る。ルオロフはこういうところが扱いにくい。だが、不服そうでも理解したらしき顔つきに――― 一つ、提案してやることにした。



『もし。お前が私と共に、今後も行動すると決めたなら、の話だが。生き物の頂点として存在を確立したお前を連れて、剣一本をドルドレンに渡し、()()()()()ことも出来る。お前と共に別の世界へ移動し、そこで生き物たちを守るなら、私も困らない』


「・・・え?」



 *****



 不意打ちのように。


 唖然としたルオロフは何度か瞬きした後、言われている意味を認めたくなくて、答えがまとまらず、戸惑う顔にヂクチホスは『考えておきなさい』と答えを保留にした。



 勇者に剣を渡さない事情を理解したばかりで。ルオロフは、神様の世界を出ても戸惑う。


 剣を渡しても良い、と逆の―― とんでもない ――案を投げられた。私は神様に引き取られたから・・・魔物退治が終わっても、普通の生活には戻れないと分かっていたが。


「まさか。ヂクチホスが移動をする前の、最後の置き土産として『剣への譲歩』を提案するなんて。発掘された最後の剣、そんな扱いだろう。つまりもう、()()()()・・・だったら良い、と」


 私さえ、ヂクチホスの提案を飲めば。総長は。イーアンたちは。



「まだ、話せない・・・・・ 」


 帰り道。歩いていたのに、気が付けば走り出していた。

 心の焦りやざわめきが駆り立てる。イーアンたちと離れるなら・・・総長も剣を受け取れるのだが、この提案を総長に伝えると思うと、胸が軋み、じくりと痛んだ。


 誰もいない風景は、飛ぶように後ろへ過ぎて行く。草ばかり、遠目に木々の群生があるだけの寂しい風景は、()()()()を意識させる。過去、孤独な赤い狼だったルオロフは、孤独を嫌がる自分に気づく。


 どうしよう。私は、どうしたら。


 結論が出せず、繰り返す『どうしよう』に心を占められながら、追い込まれる焦りを振り切りたくて、ルオロフは走り続けた―――



 ***** 



 通りがかった祠の異様な色に、思わず馬車を止めた。


 仔牛と一緒にいるシャンガマックが気付き、前方の道から左側に見えた黒いもの・・・あれか、と気づいて、総長に教えに行った。

 タンクラッドはレムネアクに『精霊の~』と聞いていた最中で、寝台馬車から聞こえる説明と、前に来たシャンガマックの説明で、ドルドレンもあんな祠がヨライデ中にあると知る。



「見た目で威圧している」


「ええ。()()()()()とはいえ、ですね。祀っていると力が宿るんでしょう」


 実際に妙な動きをする祠であることは伏せた。シャンガマックが『原初の悪』絡みの呪われた土地探しで側へ行った時(※2731、2788話参照)、ああした祠は威嚇の現象を起こすのだが、今はそこまで伝えなくてもと思う。総長は怪訝な眼差しを森の奥へ向けたまま、目を細めて祠手前の受け皿を指差した。


「あれは?お供えものだろうか。塊が載っているように見えるが」


「・・・そうですね。おかしいな。人間がいないのに、誰が備えたんだろう?供物に()()捧げられているのは見たことがありますが」


 肉ぅ? 部下の一言に振り返ったドルドレンの嫌そうな顔に、シャンガマックは『悪趣味の極みに思いましたが、事実、肉の塊が備えられている』と以前、自分も驚いた事実を伝える。

 こうなるともう少し事情を知りたい。祠に近づくより、レムネアクを呼んで聞いた方が良いと、すぐにレムネアクが前に呼ばれ、僧兵は馬車横に立って質問を聞き、頷いた。



「肉の時もありますね。血の精霊ですから」


 何てことなさそうに言うので、引く騎士たちだが・・・レムネアクは『精霊の木(※2925話参照)』の話も思い出してもらい、ああした供物で生者の被害が増えないようはぐらかしている、と理由を言う。


「ああ~・・・あれが身代わり、ということか」


「そんなところです。血の精霊が生きている命を死霊とか幽鬼、悪鬼などから守るために、と言いますか」


 なんだか納得。母国の人の解説で腑に落ちたドルドレンとシャンガマックは目を見合わせた。


「でもあれは。肉ではないな。肉なら動物がとっくに食べているでしょうし、乾燥血塊かもしれません。ここから見える大きさだと、相当、金掛かっていますよ」


「え。乾いた血の塊と言ったか?そんなものが」


「はい。だけど高価なので・・・ここまで近くに村も町もないから、森に捧げものに来たのは、この先の人里かもしれないです。よほどお金を出して守ってほしい、迷惑な害でも起きていた可能性があります」


 あれ、高いんですよと、繰り返すレムネアクの言い方が普通過ぎて、ドルドレンは何と言って良いか悩む。褐色の騎士も、薄く影で見える塊に目を凝らして『血の塊が高いのか』と確かに乾燥して()()なら、相当な量だと頷く。


「純粋な血塊だとあんな大きさは無理ですね。提供者が二~三人死ぬ量です。でも乾燥血塊を作るために血を提供するのは、生きている人間ですし――― 」


 更に現実味を帯びる売買の話に移って、死者から得るものではない乾燥用の血は、提供する側も高額の稼ぎになることや、販売者も提供者がいないと困ることから、あれほど大きなものは多分混ぜ物があっての大きさと、レムネアクは言った。


「にしたって、高いでしょうね。あんなの見たことがない。一回り小さいのはありますけれど、それも相当積まないと買えませんから・・・混ぜ物は家畜の血とか、無難な動物だろうな。私も推測ですが」


「そんなに値が張るものなのだな」


「しますね。私も使いますが、個人で購入すると少量でもふんだくられる額です」


 例えると、半月分の食費くらいは必要らしく、それで購入できるのは小さい木の実程度の大きさだとか。乾燥しているし持つもので、使用量は少なく、効果も確かだから買っておくが、大量には買えない、と僧兵は教えてくれた。


 詳しい説明にドルドレンは礼を言い、知らないから気味悪く思うだけで、実は商売対象の意味合いが強かったと知ったシャンガマックも、『生活が懸かっているからな』と理解を呟き、後ろへ戻った。


 だけど・・・ 乾燥した血の塊が供物皿に載せられたまま、人も来なくなり、放置されている不気味さ。それは、血塊からではなく、受け取り側の祠から滲み出ている気がする。



「この祠は、生きているというのもおかしな表現ですが」


「分かる。そうだな」



 何とも言えない嫌な空気を纏う黒い祠に、イーアンは止めた馬車から降りることはなくても、じっと見てしまう。

 会話中、ドルドレンの横で黙って聞いていたが、祠から離れている分には気配が強まることもない様子で、何かあれば即応しようと思っていたけれど。ただ、()()()()()わけでもないのは気になった。


 血の塊が何をするわけでもないな、とドルドレンは馬車を出す。ゆっくり動き出した車輪は、森の先の野営地へ向かう。この後、祠のために何が起きるかなど、思いもせずに。

お読み頂き有難うございます。

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