2940. 魔導士への忠告、相談・香炉の悪影響・勇者持たされざる剣の話
※6900文字近くあります。お時間のある時にでも。
魔導士への伝言を忘れていたイーアン。
伴侶がポルトカリフティグに会いに出かけ、昼休憩でルオロフから『総長が戻られたら、私も出かけます』と言ったのを聞き、ハッとした。
ルオロフはイーアンが引き受けたことで、神様から魔導士への忠告について、伝えたか否かの確認はしない(※信用)。
まずい、と思ったイーアンは、馬車休憩中に魔導士に会おうと思い、タンクラッドに『ちょっとだけ。近くにいますので』と断り、馬車から離れない程度に移動。数がいないので離れるのは気が引ける。
「ってことだから。バニザット、悪いんだけど来て~」
どこにいるか知らないし、呼び出して伝えるのは神様からの注意なので、呼んでまで文句をつけられると煩そうだが仕方ない。
暫く呼び続けて・・・今日はなかなか来ないから、忙しいのかもと、イーアンが呼ぶのをやめた途端、目の前に火の玉が現れる。火の玉はきゅーっと中心から円形に開き、鏡の縁のような内側に魔導士が映った。
『何の用だ』
久々の技に驚いたが、そういえばこうした会話手段もあったと思い出したイーアンは、ビデオ通話のような火円輪相手、用件を話す。内容が濃いだけに、ビデオ通話(※火)で話すことではない気がしたが。
用件一分未満――― 炎の円にいる魔導士は、不満を隠さない表情に変わり、垂れた前髪を荒々しくかき上げる。
『それだけのために俺を呼び出すつもりだったのか。行かないで正解だ』
「だって、忠告されたんだよ?本当なら、呼び出して話した方がいいじゃん」
『うるさい奴め。忠告じゃない、ただのケチだってことくらい分からんのか。全く』
神様がケチ付けたみたいな解釈に、イーアンは彼の心境を理解する。せっかく私たちを手伝ったのに、恥をかいた気分なのかもと思い、深く突っ込まないでおいた。
魔導士は舌打ちし、ギロッと女龍を睨み、他はないのかそれだけか、と火円輪を閉じかける。はた、ともう一つ重要なことが過り、イーアンは『ある』と円輪に近寄った。あの姉弟のこと・・・
『さっさと話せ。俺も暇じゃないんだ』
「イソロピアモの、姉のこと。イソロピアモが『念憑き』で、もし姉がどこかにいたら。姉と結託すると、困ることが」
緋色の魔導士は目を細め、話の変わった雰囲気に『困ることは何だ』と尋ね返し、女龍は説明の範囲が微妙ではあれ、『剣』=ある道具について濁しながら話した。
話しながら、イーアンは考える。魔導士は、古代剣に触れたのが、ついこの前のヘズロン、あれくらい―――
彼は古代剣の秘密に深入りしていない・・・ どこをどう、話して良いか若干躊躇ったが、イーアンの濁した言葉を彼は探ることなく、『そうか』で済ませた。
『あの剣を使う許可を出す誰かが、剣を管理する。俺に忠告したのと同じで。その話の延長だろ?』
女龍に『剣』とは言われなかったが、問題がイソロピアモだ何だに戻っているので、魔導士的には『各地に声を運ぶ質の遺跡と、起動道具(剣)を狙う輩の心配』と捉えた。こめかみを掻きながらちょっと考え、『弟だけじゃなく、姉がいるかどうかだな?お前の手が空いてる時に、また付き合ってやる』そう言って、火円輪を閉じた。
あ、と慌てて手を伸ばすが、魔法は消えてしまい、イーアンは空中に残される。
バニザットには・・・古代剣が関心の対象外なのか。もっと知りたがると思ったけれど拍子抜けで、『付き合ってやる』と言われたことも、特に探りや裏がある風には感じなかった。
「もしかしたら、指令命令が広域に使えるって、それはこの世界ですごく価値があるのかも・・・これだけ出来たら十分、と思えるほど。
実は更に『望む物資をくれる世界へ通じる』続きがあるなんて知らなくても、声を各地へ飛ばせる恩恵で、権力が増す認識なんだろうな」
それもそうかと魔導士の態度に納得し、空中から馬車を振り返って、佇む休憩中の馬車三台を見つめ・・・イーアンは、戻る。
やることはたくさんある。
今は、馬車の守りで動けないし、ドルドレン、ルオロフが戻ってきたら、コルステインにまた会わないと。煙のサブパメントゥを逃してしまった、多分そうなってしまったことを、早く報告しなきゃいけない。
「私の手が空いている時・・・イソロピアモが徒党を組むのも、『念』の知恵さえあれば呆気ないかもね。何もかもが、後回しにしにくい」
見上げたタンクラッドに手を振られて馬車端に降り、変わりないと教えてもらって、良かったと答える。ドルドレンはまだ戻らないが、そろそろ出るかと、親方は道の先を見た。御者はルオロフに頼んだらしく、この後、馬車は午後の道へ出発する。
荷馬車にルオロフ。寝台馬車にタンクラッド、その横にイーアンが座り、食料馬車はシャンガマック、並んでレムネアク、馬車横を歩く仔牛。ロゼールはブルーラに乗り、前を歩いていたが、少しして寝台馬車まで馬を下げた。
「コルステインに、俺から話しましょうか?」
イーアンより早く会いやすいからと、ロゼールが朝の一件を引き受ける。どことなく気にしていそうな―― 逃がしてしまったのは俺、と ――その表情で、総長とルオロフの用事が済んだら行くと言い、イーアンもお願いした。
「今日は動きが止まらんな。間接的でもかき乱されている」
ロゼールが前に戻ってから呟いたタンクラッドはどこか憂わしい印象で、イーアンは彼も変な責任を感じていそうに見えた。
どう手を打つか。話し込んでいても、消えた相手の情報は何一つ分からずじまいで、ヒントもない。
それでもタンクラッドは、まるで自分の失態のように、五里霧中の問題を放そうとせず、何か見落としていないか、何度も最初から―― 入手したハイザンジェルのあの日へ遡って ――記憶を辿る。
こうした影響もサブパメントゥの因縁と言えるのか。イーアンは親方に尋ねた。
「タンクラッド。香炉は、あなたの持ち物だけど。もしや責任とか、感じていますか?」
「感じるな。あれが裏切りの道具と、俺は気づかなかった」
刺々しい表現に、イーアンは胸が苦しい。遠回しに、始祖の龍を恨めしく思っていそうなタンクラッド。
時の剣を持つ男が、始祖の龍との恋愛を繰り返した最初を経て、タンクラッドは自分という存在を守るため、始祖の龍の続く愛から離れた。
切り離した以降は、始祖の龍に呪縛されたような目を持っていたのも知っている。
ここへ来て、すっかり忘れていた彼女の香炉から―― まさか、勇者を狂わすサブパメントゥが逃げたなんて・・・ 自分の管理下にありながら、冗談じゃないのだろう。
「イーアン。俺は、この旅で思っていたことがある。口に出したことはないが、それは一つの誇りだったと、今は思う」
急に違う話を切り出した親方に、下を向いていた顔を上げ、イーアンは『誇り』と繰り返す。親方は前後の馬車を、さっと指差した。
「これまで、誰も裏切らなかったことだ」
「・・・はい」
「ティヤーでは、クフムが信用を掴むまで不安定な状態だったろ?だが彼も、別におかしなことはなく、強いて言えば彼の僧衣に仕掛けを仕込まれていた、そのくらいだ。クフムは知らなかった」
「そうですね・・・ うん」
「考えてみろ。これだけの人数がいて、誰もが大真面目に互いを思う。性格と程度の違いはあれ、信頼の意味を勘違いしているやつは、一人もいなかった。奇跡に近い。
『あいつがそんなことをするわけがない』。相手によってはこの言葉が無意味で、呆気なく信頼が壊れることも珍しくないのに、俺たちは誰一人として互いを裏切るなど考えもしない。誤解を避けようと悩んで、解決に時間を掛ける、これは誇りだと思わないか」
「誇りです」
「だから俺は、皆を裏切った気がしてならない」
「違います、タンクラッド。それは」
「頭ではな、違うと思い込むことも出来そうだが、それをやっちゃ無責任だ。俺は香炉の持ち主で、初代から引きずるサブパメントゥの一人をかくまったことにも気づかず、逃がしてしまった」
タンクラッド!と、強く名を呼んでイーアンは溜息を吐く。同じ鳶色の瞳が、強張る顔に寂しそうに揺れ、イーアンの大きな溜息に、タンクラッドの手が頭を撫でた。
「俺のために怒ってくれて有難うな。だが、やはり責任はあるんだ」
「ないですよ・・・!ドルドレンだって、あなたのせいに思いません。誰も思わないのに」
呟く最後は、馬車の車輪の音に消える。道が荒れていて、ガタゴト響く音だけが続く。タンクラッドの手が角の間に置かれたまま、イーアンは寂しく俯いた。
イーアンは、自分のせいだと思った。消すのが、間に合わなかったために。
ロゼールもまた、自分が逃がしてしまったと言った。コルステインに伝える役を言い出した彼も、責任を取ろうとしている。
そして、タンクラッドも。所有者なのに気づかなかった、裏切りの道具を持ち込んでいたと、自分を責める。
心のどこかで、この悪循環は間違えていると気づいている。
でも、イーアンもロゼールもタンクラッドも、外側にあったはずの原因を内に抱え、なぜか意識はそこから外れない。
これも何かの呪いなのか。それとも、ただの罪悪感なのか。
イーアンの中には沸々と静かに熱を帯びるものがある。それは怒りや嫌悪や憎しみで、自分のものではなく、始祖の龍の記憶ではないかと薄々感じているが、抑えられない。
タンクラッドは――? もしかしたら彼も、リンクする過去の記憶が手を出して、過去に起きた似ている出来事を、現在の事態に投影しているのだろうか?
ロゼールは・・・ 分からないけれど。
煙のサブパメントゥを逃したために、妙な変化が生じた。
午後の道を邪魔する者はなく、馬車は一定の速度を保ちながら、草地に埋もれる街道を行く。
少し黙したタンクラッドは、もう一つの香炉もそうだろうと決めつけたが、いつもならすぐ調べ始めるのに、今は気が乗らない。
調べるより、壊して棄てた方が良いかもしれない。あんなもので古代から引きずった因縁を持ち直させてしまった失態。ずっと所有していた自分が、今回の原因を担うようで、気分が悪くて仕方なかった。
*****
そろそろ、戻らないと。ドルドレンの呟きで、精霊のトラは頷いた。
『剣のため、私に聞いたと話して良い』
「はい。だが、誤解された時は」
『ドルドレンの心のままに伝えたら、きっと届く』
「・・・誠実であろうと思うが。どうなるか」
ドルドレンとの会話を終え、精霊ポルトカリフティグは大きな頭をゆっくりと右に向けて『お前はいつでも誠実そのもの』と穏やかに教えた。微笑む勇者はトラに付き添ってもらい、馬車の影が見える道の先へ出て、トラにさよならする。
『馬車歌も聴くように』
「早い内にそうする。有難う、ポルトカリフティグ。また」
橙色の暖かな光が、午後の空気に馴染んで消え、ドルドレンは遠い馬車の影へ歩かず、ムンクウォンの面で飛んだ。歩いては、どこの影から・何の手が伸びるか・・・ 常に精霊と動く意識を持ちなさいと、助言されて従う。
「ふーむ。イーアンの話でも、空の龍族、精霊たちの意向というのは、分かるようで分からなかったが。勇者の問題も、知れば知るほどに混乱する」
遠くに見えていた馬車影も、飛べばすぐ。ドルドレンは先頭のルオロフの前を掠め、御者台に立ち上がった赤毛の貴族の横に飛び降りる。精霊の二対の翼は、すっと面へ戻り、見事な美しさにルオロフは笑顔で褒めて、御者台の席を譲った。
後方の馬車にもドルドレンが戻ったのは見えていたが、ドルドレンは馬車の進みを止めることなく、すぐさま話しを始めた。急いで、極力、誤解のないように。
「ルオロフ。お前がこれから神様に、剣の相談をしてくれるだろうが」
「はい。行きます」
「少し、俺と話す時間をくれないか。このままお前が行っても、断られる。口裏を合わせるわけではないが、真実の半分が俺に剣を持たせる邪魔をするから、まずはそれを止めねばならない」
「・・・何を知ったのですか」
精霊と話した総長の言葉は、影を差す。ルオロフは自分の剣の柄に手を置き、勇者の危機でも、阻みを優先する真実が剣に秘められているのか?と怪しくなった。
その無言の疑問を感じたドルドレンは、『剣がまずいのではなく』と一呼吸置く。腰を下ろして手綱を受け取り、馬車を進めながら詳しく知ったことを聞かせた。
目を丸くするルオロフは、何度か口を開きかけて黙り、ドルドレンの話が済んだ直後に『なぜです?』と信じられなさそうに驚いた。
「勇者が敵に対して強くあるべきは当然なのに、支えるどころか機会を奪い、得ようとするなら止めるなんて。どこへ行っても、どれほど時代が変わっても『勇者である以上、肝心なところへの協力はない』その徹底は、何のためです?
・・・私も不思議に思いました。昔からこの剣も材料も存在し、一部地域では多くの人間たちが知っていたのに、勇者は手にする機会に恵まれなかったか、と。
この前、サンキーさんのところで煙のサブパメントゥを切ってから、勇者が所持する剣では?と想像しました。
この古代剣に関してはですが、これまでの勇者が使っていない様子。いくらでも魔物はいたでしょうに、魔物素材との加工は行われたことがなく、古代剣は現代まで変化せず続いていました。
普通の剣でも、勇者の力で特別化するのだから、剣自体の質は問わないのだろうか?なども・・・ それにしたって、武器そのものが強力に越したことはないと、私は思います」
一気に喋ったルオロフは言葉を切り、小刻みに相槌を打つ総長に視線で促した。
総長は少し唸って、『俺も普通の剣を使っている。魔物製ではあれ、剣自体に特殊な力はない』と肯定し、前髪の隙間に覗く銀色の冠を指差した。
「この冠を手にしてから、勇者の力が使えるようになった。これを手に入れなければ、常人の範囲を出なかっただろう。冠のおかげでどうにか、勇者らしい特殊な力を発揮できるが、これも考えようによっては『補助道具』だ。武器そのものではない。
それも最初に冠を発見したのは俺ではなく、タンクラッドとイーアンだった(※743話参照)。彼らが倒した魔物から得た、宝の一つ」
「・・・う。もう、運命の出し惜しみに聞こえます」
唖然とする貴族は、どうしてそれほど勇者が拒まれるのか、ますます複雑なものを感じる。ドルドレンもうまく説明できないから、自分の解釈半分混ぜて話すだけ。
「勇者がサブパメントゥに唆され、悩まされ、追い回されるのは、ただの精神的試練ではないのだろう。心の鍛錬や特訓を促すでもなく、まして克服した時に備える美談のためでもない。
魔物とサブパメントゥ、両方を倒さねばならない義務を課せられながら、それらを上回る道具が一つも勇者にないのはおかしい、と思っていた。タンクラッドの『時の剣』は彼専用で、ああしたものがない勇者はなぜ、と。
答えは、常に遠ざけられるのが勇者、だからだ。あらゆる方向から、あらゆる理由で、あらゆる正論で、勇者が強くあってはならない。
精霊が教えてくれたのは、そうした運命付けにあることだった。
是が非でも古代剣がほしいとは言わないが、これを理由に有利な剣すら得られないのは悩む。
今回、俺がルオロフの剣を求めても、初代、二代目勇者が強さを抑え込まれたのと同様、剣は与えられないと思う。天敵サブパメントゥを攻撃できる武器だというのに、そのまま直談判したところで、俺に許可はされない」
ルオロフは不条理この上ないと、遠慮なく首を横に振った。
「あなたは、魔物退治をしなければいけない使命なのに?」
「そう。もう一つの側面がある。勇者は、魔物退治の主役でありながら、『この世界の影を誘導する』。これが全てだろう。『問題を引き起こし、仲間を危険に晒し、混乱の影を出てはいけない存在』。悪気はなくとも、弱ければ手間は掛ける。強くあろうともがくほどに、かえって迷惑を生む。俺を欲しがるサブパメントゥがいるために、混乱はつきまとう。一度でも選択肢を間違えたら、仲間も世界も苦境行きだ。これらは、勇者のあるべき状態で設定されている」
灰色の瞳と真っ直ぐ向き合い、ルオロフは声が詰まる。勇者とは何か。形だけの悲しい義務を背負わされ、本人さえそれを知らずに翻弄されていた。
「何と言ったら良いか。精霊がそう教えて下さったのですね」
「設定の理由は定かではない。さて、時間もないから話を戻す。
お前の剣と同じものを求め、神様が拒否した時、お前から俺が勇者の運命に挑んでいると伝えてほしい。俺はあるべき立ち位置と、これから選択できる振り幅を考える。勇者の因縁を終わらせる決意と共に挑む、これを剣を求める理由に添えてほしい。
もし、神様にもお前にも迷惑・被害が及ぶのであれば、返事を持ち帰ってくれ。しつこいと思われても抜け道を探したい。ここは既に最後の国で、結果を出すまでもう時間はないのだ」
「そのようにお伝えします・・・ あなたは、本当の勇者です。私はそれを理解しています」
総長の腕をポンと叩くと、『出来る限り頼んでくる』とルオロフは一瞬の跳躍で消えた。幾度か、茂みを蹴る音が遠ざかり、御者台に残ったドルドレンは彼の信頼に感謝し、結果を祈る。
お読み頂き有難うございます。




