294. 兄弟&ダビ、イーアンを怒らせる
二人が揃っているのも珍しいと一瞬思ったイーアン。すぐに、ハルテッドが昨日の歌の話しで、ベルを連れてきたと思い出した。
その話もしないとと、イーアンは二人を中へ入れた。
「扉の札は見たんだけど。ほら、昨日ベル連れてくるって言ったから」
「待たせちゃったかな。さっき戻ったんだよ」
「いいえ。南からお帰りになってお疲れ様でした。ハルテッドも有難う」
実はね、と椅子を勧めてからお茶を淹れつつ、イーアンは午前中の話をする。ドルドレンが道を思い出してくれて、探し出したお父さんの馬車の歌を聴きに行ったことを掻い摘んで伝えた。『そうなんだ、じゃもう大丈夫か』とハイルが安心したように笑う。
お茶を二人に出して、思い出すお菓子の存在。『あ、お菓子』イーアンが小さく叫ぶと、ハルテッドは笑って『もう食べたよ』と教えてくれた。
「話してるのに、ごめんなさいね。お菓子?作ったの、また」
「そうなんです。昨日作ったのでまだ厨房にあると思うから、ベルの分をちょっと取ってきます」
言いながら、既に扉を開けていたイーアンはそそくさ出て行ってしまった。残された兄弟は、お茶を飲む。
「お前が物欲しそうにするから、イーアン行っちまっただろ」
「お前は。自分だけ食べて。言わない気だったろ」
「ベル甘いもん食べねーだろうよ。歯がいてぇとか歯茎が下がるとか、ジジくせえこと言ってんから」
「お菓子1個2個で歯茎下がんないから。ちゃんと歯磨きしてるし。自分で調整すんだよ」
「早く戻ってこねーかなー。お前の顔見ててもウザイだけ」
「ホントにね。何で弟と二人でここに居んだか」
あ。ベルは気がついた。目の前の作業机に横たわる一本の棒に。立ち上がって、机からはみ出ている槍の先を確認し、間違いなく槍と分かる。
「うわっ。すげえ!槍だっ!!もう作ってくれたんだ」
「はぁ?お前、イーアンに槍頼んだのかよ」
「すっげえ!!カッコイイ、こんな長いのかよ。うわ、すげえ。昔の掘り出しモンみてぇ」
わぁわぁ騒ぐ工房の中をちょっと気にして、イーアンが小走りに戻ってきた。お菓子を4つ持って中に入る。『お待たせしました』言いながら、ベルが槍を撫でて、嬉しそうに顔を向けたので理解した。
「ああ。それもね。言わなきゃと思っていました」
「イーアン、ありがとう!もう作ったなんて思わなかった」
違うの、とイーアンはお菓子を作業机に置いて、興奮するベルに座って食べるように促し、槍を見て説明した。剣職人が持たせてくれた、古い時代の槍と聞いて、ベルはさらに喜んだ。
「そうなんだ。すごいよ、すごい。俺こんなのもらえるなんて思わなかった。いや、イーアンが作っても絶対嬉しかったんだけど。これでいいよ、改良しなくても充分すぎる」
大はしゃぎする36歳の兄を横目で見ながら、兄の菓子を一つ齧るハルテッド。『うん。美味しい』とイーアンに微笑みながら、なぜか顔があまり笑っていない。ベルがお菓子をずずっと自分側に引き寄せて弟を睨んだ。
「お前。食べたんでしょ。俺の食べるな」
「イーアン。この槍作った人って。ここ来た?」
兄を無視してハルテッドはイーアンの目を見つめて訊く。イーアンは頷いて『契約変更で昨日いらして』と答えた。ベルは気がつく。弟が何となく虫の居所が悪いことに。弟の腕が伸びない範囲に菓子を確保し、自分も一つ食べて、弟を見守る。
「あの。大きい人?ドルと同じくらいの背ぇある感じ。髪結んでてさ」
「そうです。彼が剣職人のタンクラッドさんです」
「ふうん」
嫌がる兄の手を叩きながら、弟は面白くなさそうに菓子をもう一つ取って齧る。『これホント美味しい』ちょっとニコッと笑うものの。笑顔が長続きしないハルテッド。
「お前見たんだ。ドルと同じくらいの背ってデカイな。幾つくらいの人だったよ?」
「ちょっと見ただけで。トシ、いってんのかな。でも何か。うん・・・・・ 」
「何よ。ヘンなの?職人でしょ。こんなスゴイ槍作るんだもんな、年季入ってんだろーな」
イーアンはハルテッドの態度はよく分からなかったが、タンクラッドが、目を引く容姿であることはベルに伝えた。『タンクラッドは目立ちます。彼は職人と言われなければ、騎士みたいに見えるかも』と教えた。
「その人。しょっちゅう会うの?」
「そうですね。剣を任せたのもありますし、ベルの槍の相談もしました。博識なので、いろいろと教えてもらうことが多いです」
「どうやって会うの?誰かと一緒に行くの?工房」
「龍で行くので、私とダビです。ドルドレンの時もありますが、私が一人で行く時もあります」
昨日はお菓子を焼いたから、それを届けましたよと笑うイーアンに。ハルテッドは綺麗な顔を不快そうに歪めた。ベルはそれを見逃さなかった。
「お菓子作ったからって、持ってくほどのことじゃなさそうな気がしない?」
「お世話になるからと思って。彼は一人暮らしなので、お邪魔した時に料理をさせてもらったら喜んでくれました。お菓子も好きそうなので、お礼がてらです。でもドルドレンにもそこまでしなくても、と」
「料理?イーアン、その人んちで料理すんの?何作ってんの」
「え。いいえ、そんな大したことはしていません。普通の、どこにでもある料理です。
お邪魔して教えてもらっている時に、食事の時間になるでしょう?まさか相手に作らせるわけにいきませんし、しょっちゅう外食でお金も使う気になりませんから、私がさせてもらって便乗してるというか」
ハルテッドが驚くので、イーアンはさすがに自分にマズイ要素がある気がして、少し言いわけっぽくなった。ベルを見ると、ベルもお菓子を頬張りながら心配そうな目で自分を見ている。
「それ。やめたほうが良いと思う。あの人、イーアン好きだよ多分。絶対料理とかも効果出てる」
「そんな。ハルテッドまでそう言うのですか。ドルドレンも、彼が勘違いすると言いました。だけど料理作ったくらいで好きになりませんでしょう。若い人ならともかく」
「イーアン。言いにくいけど。勘違いする人もいるよ。男なんて幾つになったって、愛情欲しいからね」
兄弟揃って、やめとけと言う。男の人の感覚はそうなのだろうか、とイーアンは戸惑う。
「あのですね。この話はタンクラッドにもしています。彼は大変純粋な方で、料理は料理として喜んで下さいます。だけど。気に入られてはいると自覚はありますが、皆さんの思うような気に入られ方ではない気がします。
私もう、だって。最近この話がよく出て苦手ですが、年がほら。ハルテッドやベルともかなり離れてるでしょう?これがね、30代や40入ったばかりの頃合ならまだそうかな、と思えます。ですがさすがに・・・無理があるでしょう。
ドルドレンは奇特な人ですから、私みたいなのでも大事にしてくれますけれど。普通は若い女性でもないと好感以上の感覚は持てないと思いますよ」
兄弟は黙って、目の前の女性の正直な気持ちを聞き続けたが。
彼女の話が止まると、お互いの目を見合わせて首を傾げる。兄弟だからタイミングが揃っていて、絶妙な首の傾げ方。変なところで感心していると、ハルテッドがベルを突いた。ベルは言いにくそうに頷く。
「そういう思いも分かるんだけど。あのさ、イーアン。イーアンってほら、なんつーのかな。顔つきとか、いないじゃない。他に。だけど、見たことない何てーか。魅力みたいなのあるんですよ」
言いにく過ぎて敬語交じりのベルの話出しが分かりにくく、イーアンは眉根を寄せ、瞬きを何度かして、続きを促す。
「上手く言えないんだけどね。簡単に言うと、その。普通と違うんだよ。誰でも魅力あるでしょ、人には。見た目だけってことないんだけど。でも見た目が既に何か、独特で確立しちゃってんだよね、イーアンはね。
そこに加えて、イーアンは親切じゃん。話も聞いてくれるし、物も作ってくれるし。大人だし・・・・・ って、違うよ。年齢が上っ、て意味じゃないよ。性格ね。だから何が言いたいかって言うとさ」
「あー、分かりにきーな。もういい、俺が言う。
イーアンは特別なんだよ。分かってないみたいだけど。見た目とか・・・以前もなんか、胸がないとか、気にしてたけど。んなの、イーアンが気にするようなんじゃないんだよ。年とか、どうでも良いんだって」
「誉めてもらってるのは分かります。とても有難いです。でも気にするなと言われても」
「あのね、イーアン。やめなそれ。俺、前言ったでしょ。俺はイーアン、好きなの。俺と何コ違う?10コくらい離れてるでしょ?だけど、気になんないよ。
ほうれい線とか、たるみとか、年取ったら誰でも出るじゃん。そんなのいつか皆、そうなんの。そーいうのどうでもいい、って思える人が、好きになんじゃないの?
中身だけとは言わないよ、見た目も好きだけど。両方あるんだって。ベルも言ったけど、独特で確立してる見た目がイーアンにはあるでしょ。それで中身に好きになるとこ見つかったら、そりゃ好きになるでしょって話なんだよ。
その職人さん多分もう、イーアン好きだよ。ちょっと見ただけだけど、すごい優しそうにしてたじゃん。見て分かるくらいだよ。だから言ってんの。料理なんかしたらもっと好きになるって」
「とっても嬉しいお言葉を、短い時間に詰め込んで頂いていますけれど。それはそれとして。なぜタンクラッドが、既に『私を大好き設定』なのでしょう。
彼は、そう言えば。彼だけは私の外見に何も言いませんね・・・・・ 外見も気にしていないのですから、大好きと設定するのは無理があります。それに手を出したりなどは、あの方されません」
イーアンの抵抗に、兄弟はでかでかと息を吐き出す。顔を見合わせて、疲れたように首を振る。
「ドルが心配し過ぎるのもアレだけど。イーアンも心配させてるよ。聞いていい?その人、イーアンに触る?」
「触りますね。撫でたり、口説いたり」
3人が振り向くと、ダビが戸口に立っていた。両手にスコープの入った箱を持って、白々しく無表情を決め込みながら、すたすた中へ入り、作業机の上に箱を置いた。
「微笑んだり、見つめたり、お揃い欲しいとか会いたいとか言うし」
「何て言い方をするの。ダビは最近ちょっと情緒不安定ですよ」
言いたい放題のダビの乱入に、イーアンはびっくりしながらもちょっと怒って窘める。イーアンが怒ったので、ダビは意地悪そうに首を傾げて冷たく突き放す。
「だって。そうだったじゃないですか。タンクラッドさん、イーアンに上着縫ってほしいって言ったでしょ。イーアンが一人で戦って運び込まれた時だって、イーアンと一緒に生きれたらとか。あれ口説いてなくて何ですか。剣だって作ってくれちゃって」
「なにーっ?!上着ぃ?縫えっての?一緒に生きれたらって、めちゃめちゃ口説いてるじゃん」
「ハルテッド、彼は純粋なんですよ。そんな口説くとか。そうしたつもりではないと思います。一定方向の捉え方をしたら気の毒です」
「ほら。ハルテッドだってそう思うんですよ。女の人の気持ち分かってそうな、この人がそういうんだから。私が言い過ぎてるわけじゃないですよ」
「イーアン、剣持ってたね。あれそうなの?あれ、お金かかってなかったの?」
「試作品はお金のやり取り動きませんよ、相手に要求されてそれなりの理由でもなければ。ダビがそんな言い方するから、二人がびっくりしているでしょう。こらダビっ」
「垂れ目で怒ったって怖くないですって言ったでしょ。私がスコープと手袋の話出さなかったら、あなたタンクラッドさんの上着、絶対引き受けてるはずです。この忙しい時に自分で仕事作っといて、何で飛び入りの上着までちくちく縫ってあげるつもりになるんです」
「例えタンクラッドじゃなくたって、ちゃんと欲しいとお願いされたら、私は頑張りますよ。それに口説いていると言うけれど、他人の前で口説くなんてクローハルじゃあるまいし(※良い例)。あんなに真面目な人が、人前で言わないでしょう。自然体なんですよ」
「口説いてますって。あの人。髪撫でたり、顔触ったりしてるし(←やっぱり許せない部分)。剣作ったのだって、イーアンが好きだからに決まってるじゃないですか。なんで笑って受け入れるのやら。タンクラッドさんがカッコイイから?」
いい加減にしなさいっっっ!!!
イーアンがキレた。ダビも兄弟も目を丸くして驚く。怒ったイーアンは、壁に掛けた白い剣を掴んで、木型の鞘から抜き放った。魔物の剣が白い光を工房の壁に跳ねる。
「だーーっっ!だっ、ダメだっ、イーアンっ。殺人は、殺人だけはダメだっ!!」
ベルが大慌てで立ち上がる(ダビの後ろ)。ハルテッドもびっくりして立ち上がり、イーアンの側に回りこんだ。『ダメダメダメ、そんな危ないもの振り回しちゃ』(剣の届かない位置で)叫ぶハルテッド。
ダビは漏らす寸前。瞬き出来ない、目の前の真っ白な刃に、引きつる体が動かない。
「大人しく聞いてりゃ、好き放題言って!見て御覧なさい、この剣が何なのか。見せてやるわよっ」
イーアンが、手に持った剣をぐるっと横に向け、柄に両手を並べて握る。
「ダメだ、イーアン!斬っちゃダメだ!ダビはまだ死ぬ年じゃないっ」
「お黙んなさいっ!見てろって言ったんだから、ぎゃあぎゃあ喚くんじゃないっ」
お怒りイーアンに男3人が怯む。一瞬腰が引けた兄弟は本能で後ずさった。ダビは硬直し、短い人生にお別れを覚悟しつつ、失禁寸前。
ぶちキレた魔物のような気迫のイーアンが、ガッと勢いよく柄を掴んだ両手を左右に引き離す。
「あ」
ダビは見た。剣の柄から、白いナイフが現れた。兄弟も目を丸くしたまま、首だけ前に出して、突然現れたナイフを凝視した。
「タンクラッドは、このナイフがどれだけ貴重か知っていました。ナイフにふさわしい鞘があったほうが良いと考えていたら、この剣を作っていたと彼は言いました。彼が剣職人で、尚且つ、一生を費やして積んできた豊かな経験が成せた業の賜物です。彼は魔物の素材を使って、今後仕事をすることも請け負ってくれたのです。それを即、形にしてこんなに凄まじい剣も作ったのです。
それを、何ですか! たかが料理やお菓子でお礼が吊り合うとでも思うのですか。上着縫った程度でお礼になりますか。
彼がカッコいいから?ええ、そうでしょう、彼は格好良い方ですよ。でもそれが何なんです。どれだけ真摯な気持ちで、力になろうとしてくれているかも知ろうとせず、見える部分だけなぞって、ああでもないこうでもないと。何を思ってそこまで言うのか知りませんが、見た目に翻弄されているのはどっちですか(※イーアンも翻弄される時はあるが伏せる)!!」
そーっとそーっと、兄弟はイーアンを見ながら扉に近づき、そーっと扉を開けて。ゆっくり静かに扉の向こうへ動いてから、『槍は今度ね』『お茶ありがと』小声でお礼をし、すぐに扉を閉めて走って逃げた。
兄弟が全力で廊下を駆け抜けるのとすれ違いで、ギアッチとザッカリアが工房へ来た。『あの人たち、本当に仲が良いですねぇ』二人で走る姿にギアッチが微笑む。ザッカリアは『俺も兄弟いれば良いのにな』と呟いた。
「おや。イーアンどうしましたか。物騒な」
「イーアン、剣だ!すごいカッコイイね。見せて!」
剣を抜いたイーアンと、固まるダビを見て、その理解しがたい不思議な光景にギアッチは目を瞬く。ザッカリアは剣に駆け寄り、イーアンに見せて見せてとはしゃぐ。
ザッカリアの登場で和んだイーアンは『ザッカリアに会うの、久しぶりだわ』と優しい微笑みに戻った。すぐに剣を見せてあげて、刃に触ってはいけないと注意しながら、どういう剣なのかを説明し始めた。
この隙に。ダビは退散する。そそそっと開いたままの扉をすり抜けて廊下へ出ると、なぜかギアッチが一緒に出てきた。
「イーアンが剣を抜いて。怒ってませんでした?」
「う。まぁ」
「ダビ。あなたそんなことする人じゃないと思うんですけど。何かあったんですか」
廊下の端に寄って、小声で聞いてくるギアッチは、何か嗅ぎつけたようにダビを拘束した。
ダビは、彼がなぜ人の事に首を突っ込むのか、と迷惑に感じたが、聞かれるままに一応答えた。ほぼ誘導されている状態で、ギアッチに洗いざらい自白。
「へぇ~」
「もう良いですか。私、やることありますから」
「ふうむ。まぁ良いですけれど。解決した方が良い気もしますけどねぇ」
「解決。してますよ。自分のことは分かってますんで」
「どうかな。ダビは自分で今後のこと決めたって言ったけど。今し方の態度って、決めた人のすることじゃなくないですか?」
「疲れました。詮索は止めといて下さい。明日になればイーアンは普通ですから」
「だと良いですね。あなたもあまり、男の度量が広くないみたいだから気をつけなさいよ」
ギアッチは困ったように笑って、じゃあねと工房へ戻って行った。
ダビは、解放されてすぐに自分の工房へ走った。剣まで抜かれて怒られるとは思わなかった分、まだ意識が不安定な状態で、とにかく一人になって落ち着こうと思うダビだった。
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