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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2939/2953

2939. 秘境の『燻り』親の『煙幕』・イソロピアモと念のケリ、死霊の長

 

 馬車を停めて30~40分間、馬を休ませる昼。

 ドルドレンがポルトカリフティグに会いに行き、呼び出し、精霊が来て、顔を合わせた・・・その少し前のこと。



『勇者』のすぐ側まで行ったのに、()()()()()身を晒しかけたサブパメントゥは、気づかれる前に影に溶け、別の場所へ逃げた。


 親、『煙幕』に救われた、消滅ギリギリの危機―――

 まさかこんな形で脱出するとは、『燻り』も予想だにしなかった。



『まだ俺を追ってるやつは、いるな』


 コルステインの家族、コルステイン、そして女龍・・・立て続けで、これまでかと覚悟した悪夢を抜けたが、安心して良い状況ではないことに変わりはない。


 黄色い煙に千切れ千切れでしか、人の姿が映らなくなった今、焦っては無理が祟ると考え直し、『燻り』はサブパメントゥの縁へ向かった。そこは、サブパメントゥでありながら、コルステインの知らない場所。切られた後の『燻り』は、この場所に潜み、、回復への調子を整えた(※2904話参照)。


 だが、サブパメントゥ全土に比べ、力の補充は弱く、大怪我だとなかなか戻れない。消滅を免れたとはいっても、寸前まで追い込まれたのは確実で、どれほどまずい状態にいるのかは、『燻り』本人がよく分かっている。


 一度引きこもったら、しばらく出る気になれなさそうで、辿りついた()()の岩にもたれかかるや、『燻り』の煙は空中に散った。散らして少しでも多く、微弱な気を取り入れるつもり。



『俺の親は、あちこちに残したと言っていたが。()()()()でも。親は見通していたんだな。しかし、何度も使える技じゃあるまい・・・ 』


 いつもなら愚痴も落とし続けるものが、その気力すら失せる。人間で言うところの痛みや疲労と似て、サブパメントゥも漏れ続ける気を止められないと、機能がどんどん低下するため、『燻り』は救われた展開を思い起こすのも一旦止めて、今は休むしかなかった。



 広大なサブパメントゥの一画にある海――― 


 グィードの海と呼ばれる、普段は封じられているそこから、そう離れていない距離にある、『燻り』の秘境。要は、グィード龍の気により、純粋なサブパメントゥの気が圧されて弱い環境でもあり、()()()()()()()()としてあるため、他の者が来ない。コルステインも、然り。


 本来はコルステイン側の領域だが、誰であれグィードに近寄らないのが普通である。


 穴場と言えばそうだが、いかに闇の国に対応するとはいえ、龍は龍。それも巨大な龍の棲む海に、わざわざ接近する方が危険なのも、言わずもがな。

 それを敢えて、隠れ家に選んだのが、『燻り』の親『煙幕』だった。


 回復しにくい、龍気の邪魔。裏を返せば、サブパメントゥがいても気付かれにくい、龍気が広範囲に渡っている。グィードが出かける時も大差ないので、つまり身を隠すなら、こちらが妥協する分に問題ない。



『煙幕』は、かつて子供に話した。決してここを他に知られるな、と。どれほど仲間が倒れても誰も連れて来てはいけない、お前だけが抱え込めと言った。そうして最後まであきらめず、奪い返す空を目指すよう教え、『燻り』は親の願いを引き継いで今日に至る。


『煙幕』の空への執着は非常に強く、勇者への粘着は、自身が消滅するまで続けた。子を創ったのも、何が何でも達成を果たすつもりだったからで、自分の消滅後、子の『燻り』が天へ上がるための準備を入念に遺して、彼は()()()


 大胆不敵。唆し、翻弄し、どこまでもしつこかった『煙幕』は、身中の虫そのもので、仲間内から壊すことを好み、勇者は勿論、同じ志の仲間ですら盾に道具に、目的へ進み続けたサブパメントゥ。


 そんな性質だから思いついた、秘境の避難場所。

 そんな性質だったからこそ、仕組んだ『聖物』の切り札。


 仕組んだのは、聖物神具に拘らない。旅の仲間が触れる位置に、万が一囚われた時のため、いくらでも仕掛けを用意してある。


 どれが当たるか分からず、一つも当たることなく終わるかもしれなくても。『煙幕』は小さな否定より、一縷の望みを重視し、全てが無駄に終わる想像より、一つが功を奏す想像のため、世界が続く限り絶えることない()()()()に託した。


 一番、手っ取り早く、一番、頼りになるから。


 勇者は、馬車の民から選出される。三度の機会とも同じ条件、と知っていた。

 何が何でも馬車の民から選ばれるなら、いつの時代も確実に存在する彼らに任せる方法が都合良いと、『煙幕』は仕掛けをそこかしこにこしらえ、自分がいなくなっても子が続きを歩むよう整えた。のが―――



『はぁ・・・ 少し、戻せるか。戻ってみるか・・・ふ、ふう、ぬう。どうにか、だな』


 相変わらず一人前の人間の姿に届かないが、どうにかこうにか頭部と胸、腰と足、腕の一部を人に変え、合間が黄ばんだ煙姿の『燻り』は、背側の岩に体を預けた。揺れる煙が一ヶ所に安定して揺蕩う。


『ああ、もっと早く、回復したい。しかしここでもマシな方だしな・・・ ふー。あれは、親の力だったか。思い出しても、()()()()()()()


 ぼんやりする意識で、改めて一連を考えてみる。絶体絶命での後半は、『燻り』もなぜそうなったか見当もつかない。こんな状況を想定した親が、万が一の際に()()()()()()()()()と、そこで納得することにする。



 ・・・コルステインの家族に鉢合わせ、問答無用で攻撃を受けた。

 ずっと追跡されているのは分かっていても、まさかの真後ろを取られた。レムネアクがもしや引き合わせの原因か?と過るが、今はそんなことより。


 抵抗の術が絶たれ、力尽きた途端、なぜか『塊』になったのは気づいたが。


 俺の親は、煙の上がる素から俺を創った話だし、無力化して()()に戻ったのかもしれない。消滅が一瞬で終わっていたら、塊にもなることなく消えていたはず。

 じわじわ追い詰められた挙句、ちっぽけな塊に変わった存在は、サブパメントゥの種族より、そこらにある、ただの物体に近かった。誰が触れても関係ない、原点の物体に成り下がったような。


 だが、龍に引き渡された時は、どうにかつないだ存在も一巻の終わりと覚悟を決めた―――


 そうだ・・・龍と言えば。

 海中で追い詰められた後ろ、龍の気に触れかけたあの時も、すぐさま消えるもんじゃなかったのは?昨日もそうだった・・・ レムネアクを見つけた部屋に龍が来て、終わりかけたと思ったのが、そこまで衝撃を残さなかったのは何故だ?


 龍が真上に現れてどうにか逃げ、海で龍の気の壁に触れて消えず、最後に直接触れられたが。その瞬間、俺の存在が親の・・・仕掛けに引き取られた。すぐ近くにあった道具は、親の命じを動かして、俺を隠した。



『親の時代に。()()()の歌は誰もが歌えたんだったな』


 空へ飛ばす戦歌。仲間の『呼び声』が引き継いだあの歌は、俺の体を戻すための力を注ぎこんで外へ放った。


『一瞬見たが、なんてものに仕掛けたんやら。あれは龍の、龍が人間に渡した道具か何か。よくあんなものの中に入って、俺が消えずにいたもんだ』


 長く人間が使っている内に、龍の気より仕掛けの方が幅を利かせたのかどうか。真実は判らずじまいだが、『燻り』は大きく息を吐いて、辺りに黄色い煙が立ち込める。


『とにかく。回復だな。何があっても止まるなと、未だに親は俺を嗾けている。親の仲間のサブパメントゥたちが、俺に空を取れと鼓舞している』



 *****



 何の種族の影響も受けない、ちっぽけなそこらの樹脂に変えられたことで、イーアンに触れられた一瞬すら、状態を置き換える発動条件として、逃れに繋がった『燻り』が・・・親のしつこさに感服して、回復に努める時間。



 地上の、ヨライデ北部―――



「姉さん」


「え・・・イソロピアモ。どうして」


「死んだと思ったか?」


 意表を突かれる人物の登場に、デオプソロは口元に手を当て、目を丸くして弟を見つめた。死んだとは思わなかったが、消えたとは思い込んでいた。今までどこにいたのか。そして今、()()()()弟は来たのか。咄嗟に感じたのは、弟への恐れで、なぜ自分の前に現れたのだろうと、姉は後ずさる。


 神殿の離れにいたデオプソロを見つけ出すのは、そんなに容易くない。神託の間に行く準備をしていた矢先、現れた弟は不穏も運んできた気がした。


「死んでるなんて、思ってなかった」


「そうか?その割には、弟に向ける目つきじゃない。まるで、故人が来たみたいに怯えている」


「そんなことは。でも。な、なんで私を」


「どうしたんだよ。俺が怖いのか?仲違いしたまま、人間が一気に消えたから、すっかり過去になってるとか?俺たちが言い争いした日から、そんなに経ってないのに」


 離れたところから近づく弟は、話しながら距離を縮める。デオプソロのいた離れの部屋は、扉を開け放した部屋続きが背後に連結し、弟が側に来る前にデオプソロは彼から逃げ出した。が、その手は掴まれ、引き戻された。


「逃げるのか」


「放しなさい。あなたから危険な空気を感じます」


「・・・間違っていないかも知れない」


 同じくらいの背丈。双子と間違われることも多かった姉弟は、性格が反対で、デオプソロはいつでも弟の支配に従う形で生きてきた。どこか抗うのが恐ろしく、利用されている気がしても断れず、弟の丸め込む―― 嘘ではと疑ったことも数えきれない話に、渋々付き合い続けた、今まで。


 だが、何か裏があるような内容でも、姉に恥をかかせたり苦痛を伴わせるような出来事を避けていたようで、酷い目には遭うことなく常に周囲は守られていた。

 特定の伴侶を作らず、国や人民にしか関心を示さない弟は、姉の自分と力を合わせて、豊かで意味ある目標を国に与えようとしている・・・そう、前向きに捉え、ここまで来たのだが。


 デネアティン・サーラ壊滅から、ガラガラと音を立てて崩れてしまった信頼。あの日から生まれた疑いは、すぐに払拭などできない。


 ぎゅっと手首を握る力が強まり、デオプソロは弟を睨む。イソロピアモは姉を観察するように目から額、額から耳、顎、首に視線を動かし、緩い布を何重にか巻いた体を見下ろし、首を傾げた。


「姉さんはどこも変わっていないな。どこも悪くなさそうだ。怪我一つなく、今まで過ごせたようで何より」


「放してと言ってるでしょ」


「どうやって生き延びていた?仕えもいなくて、姉さんが食事を用意できるとは思えない」


「放しなさい、イソロピアモ」


「・・・元の名前で呼んでいいんじゃないか?アルソナ。俺の名前も呼びたくないのか」


 アルソナ、はデオプソロの本名。デネアティン・サーラを忘れろと言わんばかりの強制的な囁きに、デオプソロは腕を掴む手をぴしゃっと叩いた。ゆっくり、弟の指が開く。その目は姉から決して逸れず、『使い道』を考えていそうに見え、デオプソロの顔は背けられる。


「ネストラネオ」


 イソロピアモの伺うような覗き込み。弟の口は彼の本名を呟き、顔を背けた姉の視線を捉える。執拗な性格は子供の頃から。いつでも姉を、自分の召使のように言い聞かせてきた男は、姉がどうすると言うことを聞くか、よく知っている。


「・・・名前を、戻そうか?」


「それで済むと思うのね。あなたは」


「アルソナ。こんな状況で手を組まずにいるのか?俺と姉さんなら」


「もう、放っておいて」


「俺の名を呼んでくれよ、姉さん。いつも側にいただろ?いつだって、姉さんに」


「あなたの使用人みたいよね。こんな状況でまた何を考えついたのよ。誰もいない、何も残ってないのに。僅かな人々が必死に生きている、魔が蔓延るヨライデで、あなたはまた私を道具に」


「本当に()()にしたことはないだろ?分かるよな?」


 その言い方で、デオプソロはカーッと血が上る。


 傍から見れば、べったりくっついて離れない弟は、いつでもどこでも姉との性的な関係を噂された。そんなことはなかったし、考えもしなかったが、世間はそう思わない。

 弟は噂を放置していたが、姉が悩むと、噂した人間を処罰した。処分、と呼ぶ方があっている処置を施し、噂は一時的でも静められ、でも繰り返されてきたこと。デオプソロの真面目な性格で、これも屈辱の一つだった。

 意思を無視する手駒扱いは最たるものだったが、近親相姦の疑いなどとんでもない屈辱で、今この場でそれを言うかと目を剥く。


 怒りの表情を見せた姉に、フフッと笑ったイソロピアモは姿勢を直し、『こんな状況だからこそ、世界を整えるべきだ』と急に目的を口にした。


「味方が出来た。彼は非常に知識が多い。これまでの世界を一新する。姉さんを探したのは、新しい世界の始まりに」


「勝手にやりなさい。どこの誰か知らないけれど、そんなに強い味方がいるなら私など構う必要ないでしょ」



 絶対に信用できない――― もう無理だと、心が反抗した声をそのまま、デオプソロは剣呑な空気に吐き出し、弟に背中を向ける。歩き去って、神託の間へ行こうとした。だが、そうはならなかった。


「ケリ。俺の姉はもっと従順だったんだ」


 背後で弟が誰かに話しかけ、ぴくっと止まりかけた足を前に出す。


「ええ?無理やり連れてもな。それは良くないぞ」


 誰と話しているの・・・ 続き間を進む速度が、少し落ちる。ケリ?今、()()()()()ということ?


「姉は降霊術に長けているんだ。力でねじ伏せては・・・ おっと」


 振り返らなかったデオプソロの首筋が、危険を感知して鳥肌を立てた。最後の声は、弟ではない。ハッとして肩越しに振り返った目に、弟の体を持つ別の何者かの薄ら笑いが映った。


『えーと。デオプソロ?イソロピアモは眠ってしまった。私が話しても?』


 笑った男の顔は、弟とまるで違う。右手人差し指はデオプソロに向けられ、左手は弟の胸に当てられる。ぎこちない動きは、人の皮を被ったよう。


 息が早くなるデオプソロが強張りながら、首を横に振り、走り出した瞬間、弟の足も駆け出し――― 激突。



 *****



 神託の間で、死霊の長は天井に突き出る柱頭に乗り、片腕に抱えた女を眺める。


 女の意識は飛んでいて、しばらく気づきそうもないので放っておく時間・・・ 刺青だらけの女を救う形で連れてきたが、これをどうしたものかと考える。


『お前の弟は、乗っ取られているな』


 呟き、神託の間から離れた宮廷の端に、筋肉が丸出しの顔を向けた。この女を守った理由は、こいつの頼みを通して死霊と悪鬼が今動いているので、術者を続けさせるつもり、それだけのこと。


 中途半端で終わらせると、次から言うことを聞きにくくなる(※死霊が)ので、今は暇だし、それで首を突っ込んだのだが、現れた弟は乗っ取られた状態で、まだこの女を諦めない気がした。


『さて。どうするかな、デオプソロ』


 激突したのは、弟の方。デオプソロに飛びかかった男と彼女の間を死霊が阻み、巨人の骨が弟を跳ね飛ばした。デオプソロは驚いて気を失ったため、そのまま寝かせて連れて来ている。



『お前が目覚める時。お前を放り出すか、俺が引き取ってやるか。選ばせてやるのも・・・ふーむ。アソーネメシーが来るまでだな』


 死霊を動かすのも、仲介があった方が直にこちらの責任にならないので、世界が混雑している現時点、アソーネメシーの命令が届くまでは、この女の肩に荷を載せたままが良い。


 死霊の長は、あまり深く考えないのだが、関与し過ぎず、手を引き過ぎずの距離で、死霊を動かすのが望ましいと思った。



お読みいただき有難うございます。


近い内にまたお休みすると思います。日にちが決まり次第、すぐご連絡します。

この頃、寒くなった地域もあると思います。私の地域も突然冷えてストーブを出し遅れ、ちょっと風邪を引きました。

急な冷え方ですから、どうぞ皆さんもお体に気を付けて、温かくしてお過ごしください。

いつもいらして下さることに、心から感謝しています。有難うございます。


Ichen.  

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