2936. 日付変更後 ~サブパメントゥと僧兵・剣鍵遺跡の先・『燻り』の消滅について
※今回6700文字あります。どうぞお時間のある時にでも。
説明しろと真夜中の地下室で、煙のサブパメントゥに問われる僧兵。
なぜ、狼男が現れて邪魔し、龍が来たのか。
単純に、僧兵がそれらを引き付ける要因を持っていたと捉え、『自分は運悪く鉢合わせただけ』と思ったようだった。
それが分かったのは、レムネアクが話そうとした矢先、遮った内容で理解した。
『お前。死霊除けを作ってるっていうが、違うだろ・・・ 今夜もここに来てやってるし、あいつらに取られたか、もしくは働かされてるのか』
関連性を定めていない発言に、レムネアクは考えるより早く答える。
『働かされていません。昨日作っていたのは死霊除けです。俺も驚きましたが、飛び入りの参入は、この場所に用があったみたいでした』
『なんか言われたんじゃないか?』
『言われました。なぜ人間がいるのか。地上にほぼ人間がいないのに、気配で気づいたとか』
『・・・神殿。お前、神殿ばかり動いていないか?あいつらの用事も神殿か?』
『俺が神殿を移っているのは知っていたんですか』
『気配だ。探したって言っただろ』
『材料を求めて移動していました。死霊除けがないと、武器も碌にないし、作れるだけ作って』
『お前のことは、もういい。あいつらは?なんでこの場所に来た』
『俺が知るわけないですよ。俺を無視して何か話していましたが、少しして消えました』
『本当、か?』
ピタッと止まる、流れ。会話は互いの間を待たずに続いたが、サブパメントゥの疑いでレムネアクの返しが止まる。嘘は一つもない。本当かと問われて頭にポンと浮かんだそれを、サブパメントゥは頷いて受け入れた。
『ふーん。で?今日はあいつら』
『来ていないです。俺は昨日、完成させられなかったので、今日もこうして』
『必至だな。死霊除け欲しさかよ』
青い男の赤い唇が女みたいな艶を放って、三日月形に弧を描く。レムネアクは、『弱いので』と自分を卑下し思考を空っぽにした。
蝋燭の灯りが、煙の立体を照らして見せる。
青い肌の男は、ボロボロの衣服から見える肉体のような影に、今日も引き攣りが浮かぶ。下半身は煙に巻かれて・・・溶け込んで判別不可。
上半身だけがやっとらしいが、昨日に比べ、会話は途切れなかった。
『俺の話は?』
『え?』
『聞かれていない、んなこと、信じるわけないだろ』
『あなたの話をしたかどうか。俺も分かっていません』
『どういう意味だよ』
『意識、飛んでたので。信じられない光景で、目の前で何か話しているとか、そうしたことは覚えていますが』
ぶはっと笑ったサブパメントゥは、笑い出してすぐ胴体を押さえ、大きく息をついた。苦し気で、人間みたいに苦しんでいる。やはり具合が悪いらしく、ひっこめた笑いの後は、真顔に戻り話を進めた。
『まぁいいや。お前の忙しさは俺にどうでも良い。時間がない。連れて行く』
『・・・剣、ですか』
『剣だよ』
*****
レムネアクの鍛錬の賜物といおうか。『殺人者設定』の思考は、見事、サブパメントゥ相手に無意識的遮断を徹底し―― 要は隠し通せた ――結果、成功だが・・・ 動きを封じられてしまっては、人間に成す術もない。
会話を緊張して聞いていたロゼールは、彼より紺の強い目を向けたマースの『行くか』の合図に、首を横に振った。
『放っておいていいのか?』
『どこへ連れて行くか、追ってはどうでしょう』
行かせる気かとマースは気が進まなさそうで、ロゼールは『マースと追ったらバレますかね?』と急いで提案の安全を確認。マースの腕の一本がロゼールの背中に伸び、ロゼールを脇に抱える。
『逃がすと面倒だぞ。コルステインが怒る』
『もしかすると、ティヤーの鍛冶屋さんの家に行くかもなんですよ。剣を作れる人、近くでその人くらいって話ですし』
何の話か、ちんぷんかんぷんのマースだが、ロゼールは当てがありそう。で、ここからが危険。ロゼールは早口でマースにも『その島はサブパメントゥが近づくと、龍の攻撃がある』と教える。
マースは、コルステインから聞いたばかりのそれを思い出し、『俺たちはそこまで行かないのか』を聞いた。
『多分、あのサブパメントゥも近くまで行ったら、まずいと気づくはずです。仮に、その島へ行く気であれば、ですが。レムネアクを連れて、直前で異変を感じ取ったら計画が乱れるでしょう?
そこでレムネアクを俺たちが引き取って、あのサブパメントゥだけ捕まえることが出来ませんか』
予定外の事態に晒して、戸惑ったところを狙ったらと言うロゼールに、マースは神殿地下へ顔を向けるや、抱えたロゼールと共に暗い黒に溶け込む。
この僅かな間で、レムネアクは既に連れて行かれた。
動きは探知できるので問題ないが、追跡に『燻り』が気付くかどうかがマースの懸念。ロゼールの読み通りに運ぶなら、仕留めることも出来るだろう。サブパメントゥを通る時点で、『燻り』はこちらの領域を通過、地上の島に出ようとして引き返すにも、サブパメントゥに入る。つまり、コルステインもすぐに来る。
ただ、そう上手く行くかどうか。しくじると、コルステインがうるさそうに思った。
『出たな』
『あ。れ・・・?』
サブパメントゥ通過は、『燻り』も慎重なのか。入ったと思いきや、動いたのはほんの少しの距離で、ロゼールは早々とあてが外れる。が、尾行ならではの収穫。
「これ。遺跡じゃないか。え?遺跡で・・・ 剣鍵か」
夜の森にふわっと浮かび上がった黄色い煙は、身動きしない男を巻き込んで運ぶ。黒い大きな建造物の影にそれは滑り込み、マースも距離を縮めずに後をつける。遺跡の中を闇から覗くロゼールたちは、煙が剣と似た形の石を床に突いたのを見た。
「やっぱり剣鍵遺跡だ。ヨライデにもあるのか、ってあるよな。忘れてた」
『ロゼール。声で話すな』
『あ、すみません。この遺跡を、違う国でも見たことあって。これ、どこに続くのか知っています?』
小脇のロゼールに注意したマースは、石の床に剣状のものを立てて煙が動く先を見る。
床を刺した途端、遺跡の中に風が起き、左の壁を開かせ、そこは別の風景が広がっていた。夜の時間帯は一緒だが、森の遺跡から先は、海が見える山の上。
傾いだ具合で見下ろす黒い水平線と手前の山林に、煙は揺らぎながら出て行く。
壁は開きっ放しなので、マースもロゼールを連れて・・・本当は、古代サブパメントゥの路と知っているから使いたくないのだが、これを使って表へ。
小高い山の一画で、周囲は木々が取り巻いている。下るとすぐ海があるが、煙はこの山林の隠す土ばかりの崖に這い寄り、影の一番濃い場所へ入った。
地上とサブパメントゥ通過を交互に繰り返す行為に、なぜこんな回りくどいことを思ったが、極力サブパメントゥを使わない手段かと気づいた。地上とサブパメントゥを使いながら移動し、『燻り』が出た先こそ・・・・・
*****
『うっ』
ここまで来て。『燻り』は操ったレムネアクを連れて移動したものの、手前で止まらざるを得ない。なぜ?と周辺を焦って探るが、どこもかしこも―――
『ちくしょう!龍め』
龍の気がこれでもかとばかりに満ち、目的地の島は海から空まで丸ごと、龍の威圧に包まれていた。
材料は?と慌てた『燻り』は、龍の保護から離れてそれを探しに動く。
剣の材料は、ここへ来るつもりで先に海底に置いたのだ。それが・・・ 悔しいかな、これも龍の範囲に入ってしまったと知って、『燻り』は激怒する。
『あの女!あいつだ、あの龍!くそっ、なんてことしやがった!ちくしょうここまで来て!あああ、材料はまだあるが、あの鍛冶屋を使えないんじゃ』
煙は悪態を放ったがここまで。不意に、背後にサブパメントゥの気配を捉え、さっと男の姿に変わり身構える。ここで対面、まさかの相手。
『お前は。コルステインの』
四本腕のサブパメントゥ。コルステイン一家の一人がなぜここに、と思うもそこではない。やられる!と焦った『燻り』は現れた敵に―― もしや、この男か?!とレムネアクを放り捨て、海中に溶け込む。
が、マースはそれを許さない。レムネアクは放られたら呼吸に関わる。ロゼールが急いで彼を支えに泳ぎ、マースは黄ばんだ水を捕まえに掛かる。
逃げた黄ばみに、マースの熱波が水を熱湯に変える。熱湯で済むなら『燻り』は逃げられるが、そう簡単ではなく、熱波は異様な振動を伴い、耳には聴こえない音と共に煙の塵を沈め始めた。
『うわ!わっ、よせ』
どこからともなく、狼狽える恐れがマースに届く。口を開いたまま、熱波を放ち続けるマース。じわじわと捉えながら、本体が弱り出したのを感じ、コルステインを呼ぶ。少しして、コルステインが応じた後・・・
『どう?』
『これだろ?』
『殺す。ない』
『正しくは、殺せないんだ』
『何?どう?』
暗い夜の海底に、二人のサブパメントゥが浮かぶ。黄ばんでいた海水は失せ、代わりに熱と振動で変化した『燻り』の塊が―――
コルステインは、龍の護る島へ顔を向け『そこ。これ。当てる。する。ダメ?』と龍の気で始末したら?の意見を出すが、マースは少し首を傾げる。
『とっくに触れている。だがこれだ。俺がとどめを刺す前にこうなった』
『何で?だめ。どうして?』
俺が知るか、とマースが困り、コルステインは口を尖らせ、頬を膨らませむくれる。で、マースはふとロゼールを思い出し、それを伝えると、コルステインは急いで海面へ上がった。
海底の砂にぽつんとある、塊。消滅しないのは、機会があれば再生する意味・・・この塊を放置することも間違いで、マースの指は小さなこれを拾い、指の腹程度のごつごつしたおかしな塊を持って、コルステインのいる海面へ上がった。
『ロゼール、お前。大丈夫?する?』
『はい。俺は・・・レムネアクがまだ意識、戻らなくて』
海面に顔を出し、浮いたままレムネアクの胸をさすったり呼びかけていたロゼールは、来てくれたコルステインに聞かれ、状態を教える。
操ったサブパメントゥが術を解かないと、操られた人間は戻れない。そう聞いていたロゼールが焦って、どうしますかと対処を聞いたら、月のない空の下に浮かんだコルステインは、海面に顔を寄せ、レムネアクを鉤爪でちょんちょん触り、何度か瞬き。
『コ、コルステイン。急がないとレムネアクが死んでしまったら』
『うーん。生きる。する。あっち。行く』
『え、あっち、って』
『あっち』コルステインは、そこにある島から少し先の小さな島を指差し、ここでマースも戻る。マースがロゼールとレムネアクを抱え、ピンレイミ・モアミュー島が見える小さな島へ移動した。
この砂浜にレムネアクをまず寝かせる。ロゼールがハラハラしているのを横に、コルステインはレムネアクの頭の辺りに座り、彼の頭の脇に両手をついて覗き込む形で・・・頭の中を探る。
思考が閉ざされているレムネアクは、出られない部屋の中にいるような具合で、どうすると体の感覚が戻るのかと悩んでいたところ。操られてしまったらしき自分を動かせず、操りを解かせるにはと、煙サブパメントゥがいる前提で試行錯誤していたのだが。
ふと、誰かが側にいる気がしてそちらを見ると、手足は人と同じだけど・・・会ったばかりのコルステインがいた。
『コルステイン。どうして』
『お前。出る。する。大丈夫。アレ。ない。今。ない』
『アレ、とは、もしかして煙の』
そう、と頷いたコルステインに、レムネアクは信頼100%。言われてすぐ、パッと目が明いた。いないと分かれば、それは自由の意味。自分は自由、と瞬間で開放出来た僧兵の瞼が開いて、最初に見たのは覗き込むコルステイの顔。
凝視。月明かりを束にしたみたいな長い髪が自分の顔の左右に垂れ、真上からコルステインの大きな青い目が見つめ、目の合った僧兵にニコッと笑った。レムネアクは、今死んでもいいと思えた(※助かったのに)。
『起きる。する』
屈めた背中を起こし、コルステインが離れる。見守っていたロゼールは、すぐさまレムネアクの真横に膝をついて『レムネアク、大丈夫ですか』と大声で聞いた。何度か瞬きしたレムネアクが、片肘を砂について上体を起き上がらせ、ロゼールはその背中を支える。僧兵は心配してくれた彼に、彼が見張っていてくれる話を思い出す。
「ロゼール・・・助けに来てくれたんですか」
「えーといろいろあって。あとで話します。だ、大丈夫?あー良かった~!もう、動かないから、俺どうしようかと」
「大丈夫です」
ちょっと頭が痛いですけど、と額に手を置いたレムネアクは大きく息を吸い込み、影のない砂浜にいるサブパメントゥ二人に目を向け・・・四本の腕を持つ大男に目を丸くする。が、感覚はいつも通り。
「すごい。俺は連日、こんな素晴らしい機会を貰って」
「レムネアク、頭を打ちました?(素)」
「はい?いえ、打っていません。この方もサブパメントゥですよね?」
「・・・はい。あの、名前は言えませんが」
マースは自分に驚かず、感嘆する人間に微妙な違和感を持ったが、とりあえずコルステインに報告。『燻り』の塊は持ち戻ったこと。これをどうするんだ、と尋ね、コルステインはそれを預かった。握り潰そうにも無理と分かる。こんな技、あったっけ?とコルステインは怪訝だが、何であれ『燻り』は消滅を免れており、イーアンに直接持たせることに決めた。
この後、コルステインは龍に守られた島をちょっと見て・・・自分は大丈夫そうな気がしたので、マースを返し、ロゼールとレムネアクを浜に待たせ、そーっと行ってみた。
イーアンが言っていた。コルステインは入れると。イーアンを信頼するサブパメントゥは、龍の護りが効く島のすぐ側で止まり、翼の羽を一枚取ると、それで触れてみた。境界線があるわけでもなく、龍気の密度が異常に濃いのが判断基準。すーっと黒い羽は龍気に構わず先へ抜け、コルステインの鉤爪も・・・変化なし。
指の付け根も手首も前腕も、何もないところを押すように伸ばし、龍気が伝わるのは分かるが、自分は問題ないと確信。肩を入れ、胸が入り、腹、腰、足、当然頭も入った状態で、コルステインは理解した。
ここは、イーアンを抱きしめるのと同じ。
グィードのような龍気で、コルステインたちに問題ないと言われた意味を、感覚で取り入れた。嬉しくなり、コルステインはそっと出る。もう一回入ってみて、大丈夫。何度か繰り返し、イーアンが自分たちを受け入れていることに、気持ちが温かくなる。
戻ったら教えてあげよう、と上機嫌でコルステインは砂浜に戻り、待っていた二人を連れてサブパメントゥを通り抜け・・・ そのまま馬車へ送った。
『イーアン。いる。呼ぶ。する』
『はい。呼んできます』
ロゼールに言いつけ、ロゼールはすぐ荷馬車へ走る。レムネアクは自分を下ろした太い鳥の腕を見つめ、それからコルステインを見上げて『本当にありがとうございました』と微笑んだ。目一杯、控えめ。本当ならもっと全開で喜びたいが、相手は頂点と聞いた。失礼がないよう気を付け、頭を下げる。
コルステインは鉤爪の背中で、レムネアクの胸を上下に撫でた。その行為は不思議だったが、微笑むサブパメントゥに好意表現と見て、レムネアクの心は踊る。感謝して、しつこくしないよう・・・名残惜しいが、何度も振り返りながら下がった。
レムネアクが食料馬車に入ったのとすれ違いで、イーアンは荷馬車の荷台から出て、ロゼールも寝台馬車へ。待っているコルステインの元へ小走りに急いだイーアンは、コルステインから事情を大まかに聞き、鉤爪の手の平に転がった、小さな異物に目を瞠る。
『これは、煙のサブパメントゥなのですか』
『そう。イーアン。触る。する。殺す』
『はい』
躊躇わない――― コルステインにミトンなしで触ると良くないので、地面に置いてもらい、イーアンはこの異物に手を伸ばした。異物は、女龍の手が触れると消えてしまった。
「・・・釈然としない」
『何?』
『消えましたが、倒していない気がします』
呆気なさ過ぎて。コルステインも見ていたが、イーアンの言葉に頷く。何か違う気がした。二人は消えた異物が・・・ほんの僅かにだが、小さな一筋の煙を上げたのを捉えていた。
それは、黄色ではなく香を思わせる煙の色で、イーアンはどこかで見た気がした。が、ここまで。
『コルステイン。今日はありがとうございました。とりあえず、煙のやつについては、明日も調べましょう』
『うん。イーアン。島。コルステイン。平気。した』
煙から話題が変わり、ハッとしたイーアンは、サンキーの島の結界に入ったのかを聞く。コルステインは何度か試してみて安全だった結果を伝え、イーアンと一緒に喜んだ。
ではまたね、と挨拶し、イーアンがコルステインを見送っている時―――
タンクラッドの荷物の一つ。最近はすっかり開けなくなった香炉が、カタンと小さな音を立てた。
お読み頂き有難うございます。