2935. レムネアクとコルステイン・夕餉~海産物と光の石知識・焦り再び
☆前回までの流れ
前日、『燻り』に接触されたレムネアクの一件で、警戒したイーアンは鍛冶屋サンキーの島を保護。古代サブパメントゥ除けとはいえ、一応コルステインにも教えました。話は近々の状況に変わり、レムネアクと『燻り』のことで、コルステインはレムネアクに会うと言いました。
今回は夕暮れ過ぎ、コルステインが野営地に来たところから始まります。
※今回は6600文字あります。お時間のある時にでも。
「おい」
「む。はい」
焚火に来た仔牛がイーアンに声をかけ、くいっと首を馬車裏へ傾ける。視線で追ったイーアンは、コルステインの気配に気づいた。
立ち上がったイーアンに仔牛は『レムネアクに用事だ』と短く伝え、女龍は目の合った僧兵に頷く。レムネアクも調理は済んでおり、ロゼールと話していただけなので、彼に挨拶してこちらへ来た.
「私に会いたい誰かですね?」
「そう。お前さんは・・・大丈夫と思うけれど、嫌な反応はしないで。絶対に。傷つくから」
イーアンの注意に了解するが、傷つくとは・・・?なんとなく繊細な相手と感じ、咄嗟の反応は気を付ける意識で、歩き出した女龍の後ろをレムネアクはついて行く。
仔牛はもう下がっており、伸びた馬車影が闇に溶け込む先で、イーアンは立ち止まった。背後の焚火の光は、暗がりを邪魔しない距離。
『コルステイン。どこですか。レムネアクを連れました』
『うん』
イーアンは、さっと僧兵を振り向き『頭の中で喋って。サブパメントゥだから』と教えた。レムネアクも、もしやと予想していたので『はい』と思考で返事。これはすぐ、イーアンの脳に伝わる。イーアンは思考を読む力を持たなくても、コルステインが連携させてくれた。
木の横にふわっと青い霧が現れ、影重なる黒の内に、淡くほんわりした青い光が反射する。するすると広がる青い霧は、レムネアクの前で大きな人の姿に変わった。
その姿は人間の倍近い丈、真っ青で吸い込まれるような青い目の女が・・・股間には男の象徴があるのだが、胸や胴体は女のもの、しっかりした筋肉に豊かな胸、夜空のような肌の色。手足は、肘と膝下が黒い鱗を持つ猛禽類そのもの。小さな顔に猫のようにつり上がる大きな目、尖った耳は月明かりに似た長髪から、先端が覗いていた。
レムネアクは、大きなサブパメントゥに隈なく視線を走らせる。あまりに素晴らしくて言葉を失い、ぼうっとしたが、ふと気づくと背中には、闇の黒に馴染む艶やかな大きな翼が一対あった。
「ふわ・・・美しい」
「そう言うと思ったけど。頭で伝えてあげて」
レムネアクだから、特に心配はなかったイーアンだが、万が一に備えて釘を刺しただけ。やっぱり彼らしい反応だったので安心し、横に立つレムネアクに『頭』と額を指差した。
『はい。こん・・・こんばんは。私はレムネアクです。美しいですね、こんな素晴らしい存在と私が出会えるなんて、本当に不思議です。感謝しかありません』
挨拶がおかしい、とイーアンは思うものの、意識が蕩けていそうな男はさておき。
コルステインの反応は、そこそこ満足そう(※褒められているのは分かる)。目が合い、ニコッと笑ったイーアンに、コルステインもニコッと笑う。その笑顔が可愛いと思ったレムネアクは、『タンクラッドさんの話していたのは、あなたですか』と首を横に振りながらまた感動した。
一々、仰々しい男を横目に『彼に聞いてみて下さい』とイーアンは話を促す。了解したコルステインは、人間の男に背を屈め、顔を覗き込み、緊張で赤面する化粧顔に頷いた。
『お前。煙。サブパメントゥ。知る。する。何?』
*****
話し方に特徴があって、会話は出来るだけ平易に、短く区切ってと、女龍はレムネアクに言い、質問も返答も全体的に分かりやすい言葉をと頼んだ。
脳に響いた言葉は穏やかで、質問は明快。少なくともレムネアクにはそう捉えられた。
のぼせた意識を引っ張って切り替える。向かい合い、じっと見ている美しいサブパメントゥの青は、あの煙の青とまた違う。濁りのない夜のような相手との出会いに感謝しつつ。レムネアクは『私は、煙のサブパメントゥに使われていた』と話し出した。
襲われた話を聞きたいのだろうと―― 同じサブパメントゥであり、イーアンを経由したから ――思った僧兵は、自分と煙サブパメントゥの繋がりを簡単に説明し、昨日会うまでに期間が開いたのを先に伝えた。昨日、突然現れて剣を作ると言い、材料もあって、連れられそうになったが、イーアンたちが助けてくれたと、全部を教える。
コルステインは最後の方で女龍にちらっと眼を動かし、背中を起こして姿勢を戻すと、レムネアクを鉤爪で差して『今日。動く。する?』とイーアンに尋ねた。
『どうでしょうか。昨日は・・・私が邪魔し、ホーミットも彼を助けました。レムネアクが私たちといると知ったら、来ないかもしれません。夜、レムネアクがまた一人になっても』
『うーん。一人。する。コルステイン。見る。大丈夫』
『コルステインが見ていたら、来ない・・・のでは?』
コルステインは考える(※それもそう)。レムネアクは、このサブパメントゥの名がコルステインと知り再び感動に浸るが、気を引き締めて咳払い一つ。振り返った女龍に『シャンガマックに頼んでみます』と自ら志願する。
『あんた今夜、出る気?』
『はい。このお方は、私が一人でおびき寄せるのを望んでいますよね?あっち(※煙)は被害直後で、今夜も来るか分かりませんが、同じ場所に私が通えば来る可能性はあります。すぐに諦めきれない感じでした』
『レムネアク・・・そう。そうか』
役立とうとする僧兵に、いろいろ思うことはあるイーアン。
自分もコルステインも気配が大き過ぎて、待機で見守るに適していない。となると、他の誰かを見張りに付ける必要が出るのだが。
ちらっと見るとコルステインも同じことを考えているようで、かくっと首を横に倒し、『マース。呼ぶ』と言った。マース・・・は、コルステイン一家の一人だったか、と思い出したイーアンに、頷きが戻る。
『ロゼール。いる。ロゼール。マース。一緒。行く。どう?』
『ロゼールも要りますか?気づかれませんか』
『マース。ロゼール。話す。煙。どう。危ない。分かる。する』
イーアンとレムネアクは、コルステイン説明が通じやすいと思えるタイプで、どうやらロゼールが危険を判断する役目で、マースが対応するのはどうか、と言いたいのが分かった。
つまり、人間的視点でタイミングを見計らい、煙サブパメントゥを捕まえたいと。
ここまで話して、ふと、コルステインは夜空の西に顔を振り上げる。
月光色の髪の毛がなびき、長いまつげが瞬きで僅かな光を動かす。きれいな横顔だとうっとりするレムネアクは放っておいて、イーアンも西の空に気配を感じた。誰の、と言うまでもなく・・・
『あとで。ホーミット。言う。する。イーアン。いい?』
『はい。伝えておきます』
ホーミットに言っておいてと頼まれ、イーアンが了解すると、コルステインは二人を交互に見て青い霧に変わる。あっという間に解けて消えたサブパメントゥとの儚い時間に、レムネアクは残り香を吸い込むが如く、大きく息を吸う。
「名乗らなかったけれど、名前を呼んでも良いですか?」
「・・・気を遣ったのね。うん、いいと思う。あの方は自分のことを名前で呼ぶから、話を持った時点で名乗っているのと変わらないの、本人も分かっているだろうし」
「コルステイン、というんですね。サブパメントゥで、あんなに美しい」
「コルステインは、サブパメントゥの頂点です。最強なの」
「はぁ・・・間違いないです」
それ、見た目で言ってるでしょ、と思うイーアンだが、レムネアクにはどっちでも良いこと。
化粧の顔を何度も手で摩りながら『また会えるのか』とか『いくらでも俺は囮になろう』とブツブツ言っている真剣さに、イーアンは改めて安心した。
そして、この数秒後。バーハラーの龍気が少し離れたところに降り、イーアンはレムネアクを一先ず焚火に帰し、タンクラッドを迎えに行く。
迎えに行ったのは、後でいざこざを省くため。
イーアンがすぐ来たので、タンクラッドは少し機嫌が良さそうだったが、『サンキー宅に配達』は不服でしかなく、まだ表情に強張りがあった。その上、さっきコルステインが来て、親方が戻る前に帰ったと知ったら、また機嫌を損ねるはずなので、先に説明した(※配慮)。
案の定、タンクラッドに気づいて姿を消したと思える動きに、親方の端正な顔は歪んだが・・・『バーハラーがいますので』と付け加えると、それは納得したらしかった。
「俺はずっと会っていないのに・・・まぁ。ティヤーでトゥといる時、少し顔を見せたが」
ぼやき始めると長い親方と知っているイーアンは、親方の背を押して馬車へ歩かせ、バーハラーにお疲れ様を伝えて空に帰し、コルステインとは私も久しぶりに会ったんですよと、心の寄り添いはした。
弟子の気遣いで、これ以上ささくれ立つこともなく・・・
タンクラッドは皆に『お疲れさま』と労われ、ロゼールが夕食を配り、シャンガマックたちも焚火の輪に加わって、買い出し後の少し多めの夕食を味わう。
「いつも思うけど、テイワグナの食材は大きいですよね」
使い甲斐があると、嬉しそうなロゼールは、野菜の種類を使えると料理も違うんだと嬉しそうに話し、レムネアクも『海産物があるのは助かりますよね』と横で匙を口に運びながら頷く。
ヨライデは海産物が多く食卓に出るから、テイワグナ食材の干物乾物で、海のものを摂取できることに有難いと話した。
「ここからでも、近くに海はありますが・・・魔物の毒が入っていないなら、海辺の道の時、私が魚を捕ってきます」
「あ。それ、俺もお願いしたかったんですよ。俺も泳げますから、魚を捕る時は連れて行って下さい。どうやって捕まえるのか、覚えたいです」
「ロゼールはすごく動きが良いので、教えたら私よりたくさん捕まえると思いますよ」
「本当?楽しみだなぁ!」
海に毒さえなければ―― イーアンは責任を感じる(※毒消し役)。
楽しそうな二人の話に参加はしないが、斜向かいで聞きながら、その日留守にしてはいけない、と思った。
ロゼールはすっかりレムネアクに心を開いており、今日の料理に乾物の貝とエビが入っているのも、僧兵のアドバイスによるらしく、『レムネアクが生の貝を採ったら、もっと違いますよね』と想像を膨らませている。
貝は砂浜で集めるし、焼くだけでも美味いですよ、と汁物をすするレムネアクに、食への関心が強いロゼールは『早く海の道に行かないかなぁ』と少年のような笑顔を向け、レムネアクも笑顔で頷く。
傍から見ていると・・・ロゼールはお皿ちゃんでレムネアクを連れて行きかねない勢いであり(※浜へ)きっと近い内に、待ちきれないロゼールが実行に移すだろうと皆は思った(※当)。
そうして、和やかな夕食は過ぎる。イーアンがいて、忌避剤があり、光の石もある馬車は、初日にうんざりした幽鬼や死霊の類が一切来ない。魔物も側に近づかない。
―――ちなみに、イーアンが留守中。
ドルドレンは午後休憩時、光の石についてレムネアクに尋ねてみたところ、『それですか?』と石を知らない反応が返り、彼はしげしげと興味深そうに見ていた。
旧教はこんなの使っているのかと呟いた僧兵に、『ちっとも知らないのか?』を聞くと、石から顔を上げたレムネアクは首を横に振った。
『旧教の教えや律法は知識としてあるが、神具の種類は詳しくない』と言う彼は、旧教の神殿や教会に行ったことがあり、そこで目にしていても説明を聞くことはなかったらしい。
『私は死霊使いですから、材料じゃなければ、特に知らないことが多いかも』のようで、ドルドレン他、そういうものかと納得した―――
ともあれ、誰が使っても良いとされる『光の石』を、レムネアクも分けてもらったのだが。
夕食後に彼は総長の側へ行き、これを返却する。荷物と一緒に置いておくことも考えたけれど、サブパメントゥが苦手とするなら・・・ 少しの間、これを持たない方が良いと思ったから。
事情は伝わっているので、ドルドレンは了解してこれを引き取った。
この光の石。ホーミットには通用しないらしく、なぜなのかは聞いていないが、仔牛は平然と動き回るので、お父さんに文句を言われない分には良かったと、ドルドレンは安心する。
ついでに、コルステインも無反応だったようだし、もしかすると強いサブパメントゥには利かない可能性もあるなと、イーアンにそれを話した。
そして、今夜もレムネアクを連れた仔牛とシャンガマックは出発する。
*****
仔牛たちが出た後、間もなくして、ロゼールが闇から呼ばれ、イーアンに話を聞いていた彼は女龍に頷くと暗がりへ行った。
暗がりに青い揺らめきが見えたがそれも一瞬。ロゼールは戻らず、イーアンは彼も出かけたと知る・・・
「じゃあな。せいぜい踏ん張れよ」
「はい」
仔牛は昨晩と同じ神殿地下に入り、レムネアクを残す。シャンガマックは真上を見て、何にもない―― 空が見えている ――ので、この見通しの良さは微妙だと思った。
でも仔牛は気にしない。コルステインが送り込むと言ったなら、自分たちと交代であの家族が来るだろうし、ロゼールも付ける話。ロゼールならサブパメントゥに半分混じった状態であり、レムネアクを求めて近づく輩に気取られないだろうとも思った。
散らかったままの床。材料も吹っ飛び、粉々になった器などが散乱する部屋に残され、レムネアクは薄明かりの下で蠟燭に火をつける。一歩足を踏み出すと何かしら踏むので、近くの板で足元分の範囲だけ床を掃いた。
「今日も来るかどうか・・・龍に弱いサブパメントゥが、直に潰されかけたようだし」
ふと、コルステインも仔牛も、イーアンの近くにいて平気な様子を思い、不思議な関係性について考えかけたが止めた。考えたところで人間の理解なんて超えている・・・ レムネアクは、人間の小ささで計れる相手ではない存在に、あれこれ考えるのは避ける性質。
「いや。でも。考えたくなる。別のことだが。これほど連続して、ああも崇高な存在たちと触れ合える日々。俺はどれほど恵まれているのか。運が上向いてきた」
ティヤーでサブパメントゥに会う前まで、こんなことは片鱗もない。精霊を見たことはあるが、ほんのちょっとの時間で、それは人生を支える思い出にすらなった。それが今は。
「よし。作るか」
作業するための片づけを済ませ、隣の倉庫から新たに材料を運び、台に天秤や紙や匙などの道具を揃えた僧兵は、蝋燭の灯りを手元に寄せて、作業に入る。
今日は来ないかもしれない。来たら、昨日同様、作業もパァになるかもしれない。でもそれが目的じゃない。
コルステインが、囮に俺を指名した―― 『来てくれよ』と煙のサブパメントゥ来訪に呟く口元が、嬉しさでにやける。
自分が関われることを心底喜ぶレムネアクは、丁寧に忌避剤を作り始めた。
神殿側では、仔牛が思った通り。
近づき過ぎない距離を保ったマースとロゼールが見張りにつく。
『その、煙のやつを捕まえるんですか?』
『掴まるかは別だ。倒すかもしれない』
『レムネアクが危なくないように、俺が見極めるんですよね』
『お前次第だ』
大役だなぁと眉根を寄せるロゼールは、離れた一室を闇から見つめる。はっきり見える距離ではなくても、サブパメントゥの力でやんわりと、地下室のレムネアクが判別されて、僧兵の仕事を見守る。
一時間、二時間、三時間。四本腕のマースの横で、ぼそぼそと喋りながら、気づけば夜更けになる頃。
『ロゼール、あれだ』
マースが少し動き、ハッとしたロゼールに緊張が走った。
神殿の地下に、どこからか黄色く朧げな煙が一筋入り込む。自己主張高めの煙臭さを伴い、煙草の煙が風のない空気に行先もなく揺蕩うが如く、それは地下の通路と壁をすり抜け―――
レムネアクの鼻腔もあの煙を捉えた。
作業中の指は動きを止めず、思考は緊迫を伝わせるが、レムネアクは作業に没頭する。ぎりぎりまで作ろうと決めていたのもある。それに、思考を読む相手だけあって、余計なことは考えたくない。
『気づいているんだろ・・・ なんで止めない』
あの声が、頭に入った。手を止め、顔を上げる僧兵の向かい。不機嫌を丸出しにした青い男が上半身だけ煙から出して睨みつけていた。
『今日も来てやったのに。お前ときたら』
『・・・具合が悪いんですか』
『俺が幸せそうに見えるか?昨日のあれ、説明しろ』
何やら、昨晩の邪魔について話が始まり、長引きそうな印象を受けたレムネアクは一層、気を引き締めた。何一つ読まれてはいけない――― 思考を『殺人者』に設定し、息を一つ吐く。
それ以外を考えない。集中力と焦点を絞る訓練の賜物は、思考に入るサブパメントゥに挑戦する。
『昨晩の事態は――― 』
お読みいただき有難うございます。