2934. 赤毛の貴族『死後、狼経由大貴族』の話
タンクラッドが、不服ながらも配達でサンキー宅へ出向き、女龍の取った行動(※聖地化)と食料配達の義務(※自分)を伝え、安全を確保した上で通う話をしている頃―――
コルステインに会い、夜に来る話を持ち帰ったイーアンが馬車に戻り、『魔物は出ていない・その他も出ていない』『レムネアクの魔術が良好』と伴侶に聞く、荷馬車の後ろ・・・寝台馬車では。
ルオロフは避けているつもりがなくても、態度はそうだった。
馬車の手綱をタンクラッドの代わりに預かり、寝台馬車の御者をするルオロフの横は、レムネアクがいる。彼はタンクラッドに気に入られたようで、毎度隣に座っているため、ルオロフが代行する隣にいるのは自然。
レムネアクはこちらが話しかけないと、余計な話をしようとしない。約束した『ルオロフの過去も引き換えに』これを催促せず、ルオロフが気まずそうに御者台に乗り込んでも微笑んだだけだった。
辛い育ちを知り、貴族の自分話をするのは戸惑いを越した抵抗が阻む―――
彼の態度について、レムネアクは拘らない。嫌われ避けられる延長ではないと受け取ったため、ルオロフの変化をそっとしておく。
良い理解を求めるほど、接点が欲しいなんてこともない。事実に尾ひれ付けず解ってくれたならそれで、とその程度だった。
そして、きっと金持ちの過去を話すのは、俺の話の後で少し引けているんだろうとも察する。
嫌味な金持ちは、貧乏人を理由云々抜きにして見下す傾向もあるが、ルオロフはそうではない・・・『人殺し』に対し、悪を許さない思考は、貧富の差別にも『悪の範囲』と見做して避けている。
俺に向けた同情的な眼差しは、彼の良心が動いたと感じた。
「憐れまれるのも違うんだけどな」
御者台の背板に寄り掛かり、動く風景を眺め、ぽそっと一言。
すっと赤毛が目端に動き、『何か言いましたか』と尋ねられた。レムネアクは彼を見て、言うつもりではなくてついこぼれたことを『何でもないです』と消す。でもルオロフは彼に視線を固定したまま、後ろめたそうに続けた。
「レムネアク・・・私は、あの。まだ約束を」
「いいですよ。理解に難しい場合の擦り合わせで、あなたの過去も聞いてみようとそれだけだったし」
「一方的な私の要求で、あなたが話したくもない過去を聞き出して、申し訳なく思います」
「確かに。話したくはないですね。過去はどうでも良いので」
どうでも良い、と言い切った男に、ルオロフは少し息を吸い込んで重そうに吐き出し、数秒の間を開け、『私の過去はどうでも良いとも言えず』と呟く。
誤解されそうな―― 貴族の生活は大事と思われそう ――だが、赤毛の貴族の横顔に、レムネアクはそう思わなかった。
「タンクラッドさんが、あなたを『狼』と言いましたが。それは過去ですか?」
「はい?」
ハッとして俯いた顔を起こし、ルオロフは薄緑の目を向ける。レムネアクはじっと見た彼に『あなたの魂が、不死の獣を抱えている気がした』と伝えた。
「不死の獣。狼、と」
「失礼なことを言っている気はないです。敬っています」
「ふー・・・受けた敬意にお答えしたいので、やはり私も話します。信じられないかも知れませんが、全部真実であり、イーアンたちも知っています」
「あなたの過去を?」
「はい。一部というには、途切れ途切れ、それも・・・ 話せばわかることか。私は―――」
ルオロフは腹を決めて、最初から話す。貴族の過去は彼に言いたくなかったが、狼に触れられたら、隠すのも違う。精霊の許可で生かされた今がある以上、この風変わりな人生を話そうと思えた。
「私は」
―――ビーファライという男だった時代を経て、狼男として存在を繋ぎ、精霊の祭殿で生まれ変わりを選び、現在のルオロフ・ウィンダルとなった。
アイエラダハッドで、ビーファライという名の人物だった最初。年は30そこそこまで。下位貴族の出身だったが騎士になり、魔物対策の一環で行われた試合に参加し、『正当な死』として殺された。
唯一の学友に(※ローケン:1888話参照)弔われた後、精霊の命じを受けて狼男となった。世界の旅人である、イーアンたちの障害を取り除く仕事をし、最終的には別の存在へ移行する選択に続いた。
それは、新たに別人となって生まれ変わるか、道具を兼ねた狼男の状態で過ごすかの二択で、自分は生まれ変わる方を選んだ―――
「生まれ変わるのは全くの別人であり、どんな環境に生れ落ちるかも分からない。そうと聞いても、私はもう一度生まれる方を選びました。そして、この年になり、アイエラダハッドが魔物に襲われ始めたので、イーアンたちに近づいたのです」
「信じますが、途方もない話ですね」
「そうでしょうね。質問はありますか」
「どこから質問していいやら・・・時間軸が全く掴めませんが、あなたは生まれ変わった時、つまりドルドレンさんたちもまだ子供くらいの時代に、どこかで生まれたわけですか」
「はい。私は記憶を失いたくないと、精霊に言いました。確約はなかったけれど、魔物が襲う時代にイーアンたちが来るのも全部覚えて育ちました。だから、その時のための準備に捧げて成長したのです」
「・・・すごい話ですよ。ビーファライという人物は、誰かに仕組まれ殺された印象です。精霊の声が掛かったのは、何か理由があったんですか」
「分かりません。誰でも良かったのかもしれない。ビーファライの時代は、下位貴族である恥が付きまとい、今の自分から見ても人に憎まれる行為が多かったと思います。冑ごと頭を割られて即死しましたが、そんな男に精霊が機会を下さったのは、いまだに私の不思議です」
「わ~・・・ いや、これはすごい話を聞いた。ルオロフさん、私は感動しています」
「え?」
「人間の学ぶ善悪は、精霊の目から見たら、如何に小さなものかと分かるじゃありませんか。しかしその小さな善悪を守るよう人は必死に生きる。いざとなれば、精霊にとって生き様の善悪よりも重要なことは、そこではないのに」
ポカンとするルオロフ。何を言っているのか、さっぱり分からない。だが隣に座る男は、感無量とばかりに大きな吐息を出して、ああすごい、と感動している・・・・・
「やはりあなたも、普通の人間ではなかったんですね。ところで、私は昨晩、狼の男に間一髪救われたんですが、あなたと関係ありますか?」
「え?ああ、それはもしや。えーっと灰色」
「そうです、灰色の大きな体でした」
ルオロフは、エサイの名を一先ず伏せ、『知り合いというか。知ってはいます』と関係の距離をぼかす。自分のことではないので自己判断は抑えた。どうせ彼は同行で、行く行くはきっかけでもあれば知ることだし、今は口を閉ざす。
レムネアクはじっと貴族を見つめ、『三回も別の姿で生きる存在』と熱っぽく呟いた。
その視線に合わせているのは難しいほど熱籠る目つきに、ルオロフは前方に顔を向け『試練でもあり、誇らしい経歴でもある』と答えた。レムネアクも同意する。
「あなたの素晴らしい動きは、狼男の名残の能力なんですね」
「・・・多分。でも、狼男に比べたら、私は人間の範囲です」
「そう見えませんよ」
フフッと笑ったレムネアクにつられて、タンクラッドたちに何度も言われた同じ言葉をルオロフも笑う。僧兵は、前の荷馬車が速度を落としたことと、夕方の茜色に目を向け『野営地ですよ』と話を変える。これ以上、ルオロフの過去を聞かなくても良い。
急に話が終了して『他の質問は。あなたの過去との』とルオロフは言いかけたが、もう擦り合わせも不要に感じ黙った。レムネアクも然りで『貴重な話を有難うございました』と礼を言った。
「生まれ育ちが、貴族と貧乏人では違い過ぎる。それだけのことです。あなたは二回貴族であり、間の一回は人間ではなかった。社会の低層に触れる機会などなかったでしょうし、低層の生活の様子や犯罪率は知らなくて当然です。その流れで僧兵となった私に対し、イーアンの取り計らいがなければ会うこともなかったはずで、こうして理解の場を選んでくれただけでも良心的に思」
「違います。レムネアク、ええと。その、レムネアクに誤解を残すのはいけないので、説明をさせて下さい。言い訳に聞こえそうですが」
最後まで聞けず、ここで終わらせてはいけないと急いだルオロフは遮る。誤解の一言に止まった僧兵は、化粧で一層大きく見える目を見開き、不思議そうに『言い訳とは』と聞き返した。
「あなたは、悪い人間ではない。イーアンや総長が言う通りだと思いました。僧兵という仕事を毛嫌いしたのは事実ですが、貧困層にまでそうした目線を持っていません。
私が僧兵を強く警戒する原因に、ティヤーでの嫌な思い出があります。その男はもうこの世にいませんが、非常に危険で・・・直接、何度か話もし、それで。僧兵は皆、あのような男と同じだと」
「・・・そうでしたか」
告白した貴族に、レムネアクは軽く頷き『どの僧兵も仕事はあれですから、精神的に常人の状態では難しいでしょう』と肯定。自分はヨライデ出身だから理由は違うにしても、ティヤー人の僧兵は大体が狂ってる奴しか残らない、と認めた。
「レムネアクは、僧兵が狂っていると言うんですか」
「海賊と宗教に分かれた国で、海賊ほど大っぴらになれなかった人間が、影で暴力を選ぶ印象ですね。影とは、宗教の意味ですが。宗教もヨライデの派生、影響はあるらしきでも、後付けされた胡散臭いこじつけは多いですし。結局は『邪魔なら殺す感覚』が、宗教にもあるんですよ。
ティヤー人僧兵に、私は何回も殺されかけています。私も殺していますが・・・っと、これはあなたに言っては嫌われますね」
うっかり口を滑らせ、口を押さえたレムネアクに、ルオロフは呆れて『知っています(※殺していたこと)』と補い、目が合って苦笑した。レムネアクが、外国人視点でティヤーを見ていた言い方は新鮮に感じた。
少し。距離が縮まり、誤解と蟠りの霧散を感じた時。
「馬車を止めろよ。着いてんだぞ」
仔牛がトコトコやってきて、前の馬車の横にずれた食料馬車へ顔を傾ける。二つの馬車が停止したのに、まだ動く寝台馬車に気づいて、『どこまで行くんだお前ら』と口の悪い仔牛は注意。ルオロフは慌てて手綱を引き、馬を止めた。
少し大回りで到着した下草の少ない野営地は、道沿いに木々はあっても密ではなく、馬車三台が自由に停まれる広さ。川に沿う形で道は続くため、ちょっと離れた先に川辺も見える。
ロゼールとドルドレンが馬を轅から離し、イーアンが水を浄化して戻ってくるのと入れ違いで馬を連れて行った。イーアンはルオロフたちの側に来て、二人が和んだ様子に話せたのかなと思いつつ・・・
「レムネアクに会いたいお方が、これから来る」
大切な用事を告げる。レムネアクは『はい』と答えて瞬きし、横のルオロフと目を見合わせた。それは誰かをルオロフが聞こうとしたが、イーアンは『来たら一緒に会うからね』と背中を向け、荷馬車の調理器具を取りに行ってしまった。
「あなたは忙しいですね」
ルオロフが呟く。夕陽を受ける赤毛は燃えるようで、その赤い髪を少し見つめてからレムネアクは『素敵な髪の色だ』と褒めた。返答ではない答えにルオロフは礼を言い、僧兵は『私の人生も特別になりつつあります』と、黄色く横に広がる太陽に、目を細めた。
*****
タンクラッドがサンキー宅を出て、ロゼールとイーアンの調理をレムネアクが手伝い、ルオロフとシャンガマックが話し・・・ レムネアクと打ち解けたらしき時間を、ドルドレンも聞き耳立てている時。
焚火は藍色の背景に目立ち、馬車の濃い影が伸びたそこに。
仔牛は馬車裏に顔を向け、青い霧の出現に側へ行き、『用か』と尋ねる。ふわふわしている青い霧は『レムネアク』と答え、昨日のことだと理解した仔牛は、イーアンを呼びに行ってやった。
お読み頂き有難うございます。
意識が途切れがちで頭痛が治らないため、明日の投稿をお休みします。
確認しているのですが、流れがおかしい・誤字脱字など気付けていないかも知れず、もしあったら申し訳ないです。気づいたらすぐ修正します。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
いつもいらして下さる皆さんに感謝しています。いつもありがとうございます。
秋めいてきました。過ごしやすい気温です。皆さんに、良い日々でありますように。
Ichen.