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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2932/2939

2932. テイワグナ:テリカの町で買い出しを・狼の面影

 

 ―――ルオロフからの大金。



「両替がまだなので、それも併せて買い出しに行きましょう。イッサ、すみませんが」


 バイラが、イッサと呼んで振り返ったのはもう一人のおじさんで、狭い室内の話は聞いていた。


 彼は『馬も元気になったようだし』と、暇もあるから出張許可を出してくれる。もう一人いるのだが、その人は今日お休み。治安部は平和。


 イーアンも急な用事(※買い出し)で職務中のバイラを借りるのは申し訳ないと思ったが、イッサは気に留めておらず、バイラと一緒に表へ出た。



「では・・・移動は」


「はい。私があなたを抱えますので、方向を教えて下さい」


 毎回すみません、と苦笑いする団員の後ろへ回り、イーアンはバイラを龍の腕で抱えて浮上。申し訳ないを何繰り返すバイラに方角を聞き―― 治安部から遠い、物の揃う町へ出発。



 空から眺めるテイワグナの地形、海の色や乾く風、緑の少ない海側と、遠くに山脈の影を湛える森林の黒い筋。ほとんどが荒野や砂の大地で、改めてすごい環境だとイーアンは思う。

 起伏もあるし、水脈があるところだけは川や緑の自然が目に入るが、起伏向こうはベージュ一色。ここを数ヵ月回ったというのに、離れて久しいと新鮮な野生の国。

 こんな大きな国だったんだよなぁと、ゆっくり飛びながら眺めていると、バイラが右前方を指差した。


「あれですね。あの町はイーアンたちと行ったことがないので、丁度いいかも」


「ぽつんと」


 オアシス的な雰囲気で、ライトベージュの風景に濃い緑の草地がまとまり、その中心に町がある。町は白い壁と鮮やかなオレンジ色の煉瓦を上手に組み合わせた、少し洒落た印象。向こうっ方に川が見えるし、細い船も何隻か影を落としているので、ここから海に出るよう。


「海を伝うと潮の関係で、早く近場の港へ行けるんですよ。辺鄙に見えますが、ここは利便性の高い町です」


 雰囲気良い、安全そうな町の外に降り、イーアンはバイラと歩く。砂混じりの地面には引っ切り無しに暑い風が吹き、足跡は残らない。


 川から上がる道と町の主要出入り口から延びる幅広の道以外は、どこが道かもわからない。

 大きな道の近くは馬車や人もそこそこ多く・・・ フードで頭を隠したイーアンの横、バイラも自前の頭布で頭部を巻いた。


「町は誰でも入れます。テリカという名前で、イナディ地区に来る行商も、ここを通過します」


 バイラは護衛時代に何度も立ち寄っており、両替所も『まだあると思います』と道も間違えずにあっさり到着。現地の言葉でバイラが両替を頼み、店の人はティヤーの通貨を見て計算し出した。ここでよくある『カン違い』という名の()()()()()が発生。


 バイラは紙に書きつけられた金額と、ルオロフから預かったティヤーの硬貨の量が合わないので、指摘した。相手も軽くそれを往なし、手数料もある、ティヤーは安いと・・・一桁違う額の数字を指でトントン叩く。


 ちらっと見たバイラが、イーアンに早口で『やりかねないと思いましたが』とだけ言う。茶色い目が困った様子で、イーアンはニコッと笑い、フードを下ろした。店の人はガン見し、角の生えた女が両替所の窓口を覗き込む。


「共通語は通じますか」


「は、い」


「これは、私のお金です。ティヤーでも」


「あの。はい。あ!間違えた!すみません、あー忘れてた!これは()()の相場だった。ティヤーからの両替は()()()()から、すみませんね!ほら、それにさ。ティヤーは幾つか通貨の種類があるでしょ?これは北の・・・え?南?ああホントだ!本当にねぇ、ティヤーの両替なんかここ数年ないものだから!で、ええっと。あなた、龍の女・・・?(※確認)」


 はい、と笑っていない目元で頷いたイーアンに、店の人はいっぺん押し出したお金をさっと手元に引き寄せ、バイラの前に置いた紙も引っ手繰るように隠し、奥で目をぎょろつかせ心配する家族に『あっちへ行ってろ』と追い払った。


 碌すっぽ確認もしていないし、『去年の相場』ととんでもないことを軽々しく口にして、これだけ堂々とバレても誤魔化す根性が逞しい。


 バイラは笑いそうだったが我慢し、肩の震えるバイラをちらと見て、イーアンもすまし顔で通した。

 両替所は表に立つ二人を取り巻くように人が集り、龍の女だと騒がれる。両替所のおやじは誰の目も見ず、誰かが『もしかして龍の女の金を』と言いかけると、それは睨みつけた。



「はい!これで!丁度ですよ、どこへ持って行っても完璧です!()()()()()!」


 何がもう大丈夫なんだ、と冷めた声で呟いたバイラが、手元に積まれたテイワグナの硬貨を数え、イーアンはバイラの腕にちょっと寄り添い『合ってます?』とお金を見て囁いた。キョロっと向けられた鳶色の目に、バイラも少し笑って『()()多いかも』と答え、イーアンは笑った。



 テリカの町の一発目は、両替でぼったくりに遭うところから始まったが、この後は順調。角を丸出しにしたイーアンを連れ、バイラは行く先々で声を掛けられてはお供えのものを貰う、練り歩き状態。

 その内、牛が引く荷車までついて(※自発的手伝い)、イーアンとバイラは市場で食料を買い込む。



「バイラ。これ、いくらですか?どの料理に使いますか」


「これは―― 」


 まずは、息子ルオロフの願い通り、香辛料から開始。


 山積みの香辛料から、一種類につき500g袋を一つ購入。あんまりたくさん買っても、保管で質が落ちるからとの助言に従い、イーアンもちょっとずつ。カラフルな香辛料が、どんどん手元に増えていく楽しさにはまる。

 吸い寄せられるように買っていると、あっという間に20袋。しっかりした良い香りに、イーアンは何度も深呼吸し、その度、バイラと目が合って笑い合った。


「イーアン、香辛料が好きですよね」


「はい!私の好みに合うんだと思う。タンクラッドも大好物です」


「嬉しいですね。ルオロフさんの目論見は・・・じゃなかった、前払いは正しかった」


 面白い言い方に、イーアンがケラケラ笑う。バイラも一緒になって『すみません、前払いはびっくりして』と笑い、『これだけだと、足りないのでは、とルオロフさんが心配しそう』と茶化し、笑いながら二人はもう少し香辛料購入。


 バイラが教えてくれる味と、その場で嗅ぐ香り、馬車での料理に合わせて決め、結局香辛料だけで30袋以上になった。

 他材料も豊かで、果物や干し魚、塩漬けの肉、豆、平焼き生地、根菜、葉野菜、漬物、加工品など、木箱で購入。しかし両替した金は、余裕でまだまだ。


「受け取ったティヤーの硬貨は、全部高額でしたからね」


 お金袋を覗き込む女龍に、ルオロフから受け取ったティヤー硬貨一枚分の金額をバイラが教えてあげると、イーアンはぽかんとして呆れた(※値打ちが金貨じゃん、みたいな)。


「いくら使っても、使っている気がしなかったけれど、そんな凄まじい額だった」


「はい。ルオロフさん、貴族なんですよね」


「彼は、アイエラダハッド()()()の貴族で」


「そうか」


 諦めるような『そうか』で苦笑したイーアンに、バイラも『感覚が違う』と首を傾げる。でもおかげで、お金を気にせず買い出しできるので、二人は気も楽で助かった。


 通りに並ぶ店頭伝いで買い込み、青空市場を巡り、しこたま買う龍の女はどこへ行っても『助けてくれてありがとう』『魔物退治してくれてありがとう』『祝福に感謝』の声を途切れず受ける。


 まだ、あれから半年ちょっと・・・一年も経っていないからだけど、随分と過ぎた気もする。バイラは聞いているだけで嬉しく、イーアンも笑顔で『皆さんが無事でよかった』と言い続けた。



 そうして、お昼。気づけば牛が引く荷車には、山積みの箱と袋。

 引かせる牛を連れる少年に、イーアンはお礼を言い、お別れを伝える。バイラは代金を少年に払い、少し多い額に彼は喜んだ。


「でも。町の外まで、距離はあるよ」


 16~17くらいの細い少年は、町の入り口へ顔を向けて、この大荷物をそこまで運んだ方が良いと言った。


「お昼を食べたら、私が運びますのでね。ここまで助かりました」


「え・・・でも。本当に遠いよ、龍の女。お金はもう要らないから、運んであげるよ」


 親切な少年に微笑み、イーアンはそれを断る。バイラが売店で軽食を買ってきてくれ、少年にも分けた。不思議そうで不安そうな少年は、軽食にお礼を言って受け取り、ここにを下ろしてくれというバイラと一緒に、購入した全てを荷台から道端へ移し始める。


 バイラはイーアンに『食べていて下さい』とお願いし、イーアンは、私たちの荷物で申し訳ないと思うものの、お気遣いに感謝して軽食を頬張った。


 軽食は揚げた包みもので、中に芋と刻み魚が入っており、懐かしいテイワグナの屋台味。ちょっと濃いめの強い香りがイイ感じ。

 全部、名残惜しく美味しく味わって、ぱっぱと手をズボンで拭いたイーアンは、牛の側で食べる少年に『またね』と笑顔でお別れの挨拶をした。それからバイラに『ご苦労様でした。ここからは私』と頷き、周囲を見回す。


()()かしら。積むのをバイラに任せてしまいますが」


「道端だけど、停めた馬車や荷車くらいしかありませんし、問題ないですよ。店の近くでもありません」


 では、と了解したイーアンの体は、白い星の如く輝く。真っ白な龍が晴天下に現れて、近くの人たちが一斉に叫んだ。少年も口を開けて見入る。声が出ない。


 バイラは急いで買い出しの荷物を抱え、地面に伏せたイーアンの頭に上がって載せる。

 引っ越し荷物の三倍くらいはあり、イーアン龍の鼻から上がるだけで過激な運動ではあるが、鍛えたバイラに問題はない。


「荷物が盗られないよう見ていてくれ」


 バイラが少年に頼み、少年はポカンとした顔で頷き『誰も龍から盗らないだろ』と呟いた。バイラはせっせと往復して積み込みを済ませ、15分後には―――



「はい!イーアン、完了です」


「ゴゴ」


 大きな白い龍は、騒ぐ人々に囲まれた道端から浮かび上がる。ゆっくりゆっくり地面を離れ、音もなく静かに天へ上がり続ける姿に、地上は歓声と拍手で沸いた。



 そうして、イーアンは国境治安部へ戻る。

 荷物は(たてがみ)に埋もれ、強い風でも落ちはしなかった。静かに浮上、静かに着陸。龍はそーっと斜面に降りて、バイラは着陸同時に飛び降りた。


「このまま行きますか?」


「ゴゴ(※はい、の返事)」


「そうですよね。荷物はこのまま持って行った方が良いし・・・今日はありがとうございました。馬を助けて下さって本当に感謝しています!」


「ゴゴ」


「ああ、喋れないんですよね。そうか、ちょっとミレイオのこともと思ったのだけど、またにします」


「ゴ?」


 ミレイオ。どうしているのかと、白い龍は大きな目を港へ向ける。黒い船は視界に入らないが、海は見えた。バイラはイーアンに『あの人も両替所に行って、買い物したので』と伝えた。でもそれは、バイラ同伴ではなく、場所だけ聞いて一人で出かけたらしい。


「ミレイオがいますし、私は船に行かないのですが・・・その両替所の場所を尋ねられた時、元気がないように見えたので。私は余計なことも出来ませんけれど、一応、気にかけています」


 そうなんだ、と白い龍は悲しそうに瞬きし、バイラは龍の鼻を撫でる。


 頭の上に買い出しの荷を乗せているので、人の姿に戻るわけにもいかない(※積みが大変)。また、と微笑んだバイラに頷き、イーアンも気にしつつだが、この時は離れた。



 *****



 ミレイオが気になる。元気ないんだ、と思うと。

 バイラは買い出し中はそうした話をしなかった。気を回してくれたのだろう。他人の事情に首を突っ込まないバイラだが、見守ってくれているのは助かる。



 イーアンはとりあえず、食料を持ってヨライデへ向かい、イナディ地区からだと近いヨライデの現在地にあっさり着いた。サンキー宅からイナディより全然近い。


 白い龍が馬車の上に現れ、大きな影を落として気づいたのはドルドレン。タンクラッドは沈んでおり、いつもなら真っ先に反応するくせに気づかなかった。



「おお、イーアン!おいでおいで」


 御者台から手を振る総長に、横を進むロゼールが笑う。


「おいでおいでって、犬じゃないんだから」


「でも、これで来るのだ」


 ハハハと笑う部下を放って、ドルドレンは馬の手綱を引いて止め、白い龍が道沿いの草むらに降りるのを迎えた。ここまで来るとタンクラッドも分かる。戻ったのかと、反応薄め(※サンキーの一件=計画失敗)。タンクラッドの横にいたレムネアクは、巨大な龍に言葉を失った。


 ルオロフはシャンガマックの横で、馬車が止まってからすぐ降りた。今日は説教などなかったけれど、出発してからずっと、仔牛がレムネアクの話をし続けていた―― 褒めていた ――ので、居心地が悪かったのもあり、逃げるように龍の元へ走る。


「逃げたな」


 仔牛がぼそっと言い、シャンガマックが笑う。


「レムネアクと何の話をしたか知らないが、彼への嫌悪はすっかり消えたようだね。その代わり、どうも打ちのめされているみたいだ」


「おい。あれ、食べ物だぞ。臭いが」


「ん・・・そう?じゃ、積むかな」


 仔牛は、『食料のにおい』を教え、了解したシャンガマックは後ろへ回って荷台の扉を開ける。

 白い龍に走って行ったルオロフは、ロゼールと一緒に、龍の頭から箱や袋を下ろしに掛かっており、その速度の速いこと速いこと・・・・・


 最初は龍に目を奪われていたレムネアクは、あまりに素晴らしくて放心していたが、ふとルオロフたちの動きに目が向き、それも驚いた。


「なんだ。あんな跳躍できるのか?」


「あれか。お前は初めて見たんだな。ロゼールもだが」


「ルオロフさんは、人間ですか」


「良い質問だ。人間技じゃないよな」


 御者台に座ったまま動かない二人は、働く騎士(※ロゼール)と貴族(※ルオロフ)を眺めて、消沈タンクラッドが淡々とルオロフの話を聞かせた。イーアン龍にも魂消たレムネアクだが、ルオロフの跳躍力は信じられない。その速度も回数も高さも、全てが人間では不可能に思える。


「ロゼールもすごいと思ったのに。ルオロフさんは」


「・・・あいつは、()だ」


「え?」


 タンクラッドはちょっと笑って、レムネアクの茶色の目に『彼の過去を聞くんだろ?』と尋ねた。


 レムネアクがルオロフに、過去を尋ねられた・・・先ほどそれを教えてもらったタンクラッドは、詳細は知らないものの、『ルオロフにも過去を引き換えに』の条件で、それはまだ会話の時間が取れないのも聞き、それなら本人から伝えられた方が良いと思った。



「狼は、比喩でもなさそうですね」


 タンクラッドを見つめ、レムネアクが呟く。冗談の欠片もなく、真剣そのものでもなく、レムネアクは余計を取り除く視線を向ける。


「レムネアク。お前の心眼は()()()()


 魂の向こうを見通すような僧兵に微笑み、タンクラッドは大きく息を吸うと伸びをして、御者台を下りる。『荷物を積んでくる』とレムネアクに手綱を渡し、食料馬車に運び出したロゼールたちを手伝いに行った。



 手綱を預かる僧兵は、手伝いたいが不要だろうなと分かるので、御者台で座って待つ。後ろから響く賑やかを聞きながら、目を閉じて、赤毛の貴族の動きや目つきを瞼の裏に浮かべた。


 昨日見た、狼の男が真っ先に過ったが、何んとなし、ルオロフは彼と近い気がする。


「狼。そうだな。彼は人間の体の中に、狼を飼っている。既に死を越えた狼、不死の獣の魂が。アイエラダハッドの大金持ちは、貴族じゃ退屈だったかな」


 貴族向きじゃない。フフッと笑ったレムネアクは、ちょっと首を傾げる。


「俺の毒で死ぬ気がしないぞ?俺に警戒なんて要らないだろうに」


 こんなちんけな僧兵上がり・・・ 何を警戒する必要があるんだかと、慎重が過ぎるようなルオロフの最初の態度を思い出して笑った。

お読み頂き有難うございます。

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