2930. タンクラッドの計らい・二手の標的、サンキーの願い
イーアンはロゼールと朝食準備するつもりで、珍しく寝坊。伴侶に起こされて急いで起き、荷台を出たところで、ゆったり出てきたタンクラッドが挨拶した。
「おはようイーアン」
「おはようございます。そうだ、タンクラッドに話があって」
「俺もお前に話があるんだ。今、すぐか?」
「はい、宜しかったら。タンクラッドの話もここでします?」
荷台の影から話声の聞こえる焚火の方を覗き、ドルドレンたちが食事を受け取り始めた様子に、二人は『2~3分』と頷き合う。
まずはイーアンから昨晩のサブパメントゥ話で、複製の剣を目論んでいそうなこと。親方は唸り『また面倒が増えた』と呟いた。
また?・・・只ならぬ返事にイーアンが聞き返すと、親方は『それを話そうと思った』と頼みを挟む。
「今日、サンキーのところへ行ってほしい。俺は用意があるから今日ではないんだが」
「私だけ。急ぎなのですか?彼に何が」
「どうも・・・サンキーにも昨日話したが、あいつも放っておくのが難しい雲行きだな」
肝心なことに触れず独り言ちる親方に、何があった・どうしたんだと女龍が食い込んだところで、タンクラッドはサンキーが襲われかけた一部始終と、自分が対応した敵について、しっかりと隈なく教える。
「あいつが。筋肉野郎」
「死霊だと思うが」
「行きます。ちょっと、えーっと、少し食べてから」
さっと後ろを振り返ったイーアンに、親方は『食べるだけ食べろ』と朝食は摂るように言い、女龍はそそくさロゼールの元へ行った。
タンクラッドも続き、イーアンが器から食事をかき込むのを見て満足・・・彼女は別の用事があると、すぐには行けないので、サンキーを優先させるよう引っ張って一安心する(※計略)。
ドルドレンにも昨晩話したが、いかにイーアンの守りがあろうと、サンキーが敷居を出たら安全確保の時間は終わるのだ。だからといって食料も碌にないのに、家から出るなとは言えない。その辺の問題は、ドルドレンも心配してくれた。
サンキー乗船話で拒まれた前回があるため(※2735話参照)、今回もタンクラッドが保護を言い出せば、また贔屓と思われそうだし、とりあえずドルドレンの同情も先に買い(※計略的)、味方を増やしてから、サンキーの状況をイーアンに直に見させる。
偶然だが、これと被るようにレムネアクも剣の関係で襲われた。昨日の今日なら、イーアンの性格上―――
「行ってきます」
「気を付けなさい。何かあれば連絡して」
はい、と答えると同時、女龍は食器を伴侶に預けて翼を出し、あっという間に空の星になった。
タンクラッドは静かに頷き(※計画成功)、少ない朝食をゆっくり食べる。多分これで、サンキー自体に強い保護が掛かるか、もしくは馬車に連れて来るか。
どっちみち、イーアンが戻って話すことは分かる。
まずドルドレンと相談するだろうし、サンキーの意見も考慮し、緊急時は確実に彼を馬車に乗せることになるだろう。サンキーにもその提案はしておいた(※抜かりない)。
「工房は大事だが、命あっての物種だ」
「サンキーさん・・・大丈夫ですか?」
呟いた横を通りかけ、足を止めた褐色の騎士は、大体を察して彼のことだと思い、尋ねた。
不意に訊かれて顔を上げたタンクラッドは、食べていた手を止め『今は』とだけ答える。その答えが意味深で気になり、シャンガマックはタンクラッドの横にしゃがんで、親方を覗き込んだ。
「昨日、タンクラッドさんが行って、どうでした?イーアンが出かけたのは、彼女に応援を頼んだんですよね?」
「そうだ。サンキーは食料の問題もある。彼の家は畑があるが、常に収穫できるわけでもないし、尽きてしまったら外へ探しに行く。サンキーはそれで・・・ ふー。ちょっとな、厄介なのに襲われたんだ」
「え?怪我したんですか」
「掠り傷は負った。龍の鱗で撃退して、傷も鱗を当てていたから無事だと、言い張っていたが」
心配だろ?と親方が首を傾けると、漆黒の瞳をじっと向けた騎士は頷いて『危険ですね』と心配そう。タンクラッドは彼の同情も得て、サンキーを連れて来るに良い傾向だと思った。が。
褐色の騎士は地面に視線を落とし、深刻な状況に考え込む。彼の肩をポンと叩き『イーアンがまず見てくれるから』と言うと、シャンガマックは剣職人を見上げ、違う話を急に出した。
「レムネアクの剣の一件は聞きましたか?」
「ん?ああ、イーアンから聞いた。それで俺も」
何の話かと思いきや、昨晩襲われた事件と繋げたと分かり、タンクラッドはさっき聞いたと答える。シャンガマックは、『思ったんですが』と顎に手を当てた。
「サンキーさんは、敷地にいる分には安全ですから、畑が実るようにすれば安心ですよね?」
「・・・(※予想外)」
「イーアンが更に土地や家屋の強化をした後、彼の畑に作物が成るよう、魔法で定期的に」
「あー・・・バニザット。お前の親(※獅子)は通うのを嫌がりそうだが」
何やらおかしな方向に意見が飛び出し、タンクラッドは少し修正。善意は良いが、獅子は絶対嫌がる。そこを注意すると、褐色の騎士も形良い眉を歪ませて唸った。
「・・・っと、父に頼むわけではなく・・・確か、ティヤーは地霊や精霊が土地を直してくれたのだし、サンキーさんの畑を見てもらう手もあるかと考えたんです」
「おいおい(※焦)。彼は大事だが、彼個人のために地霊に頼む気か」
「あの剣の悪用で起きる被害は、個人の範囲を出ている話でしょう?」
逆に畳み返され、タンクラッドは不意打ちに面食らう。まさか、地霊にどうにかさせると言い出すなんて思いもしなかった。いや、バニザット、それはさすがに、と方向転換を試みようとし、少し前から聞いていたドルドレンが『ふむ』と話に入って来た。
ハッとして見上げると、総長は親方の側へ来て『聴こえていたのだが』と雲行きを怪しくさせる出だし。
「シャンガマックは地霊に頼めるはずである。お前はどこでも魔法で地霊とやり取りする」
「ええ。とりあえず、俺が可能な範囲で話してみても」
「待て。畑は、龍の結界の中にあるんだぞ?忘れたか?」
あ、そうだった、と鈍いシャンガマックは思い出し、環境を知らないドルドレンは『そうか』と引き下がる。親方は思ってもない方向に話が向かうのを止め、少し安心した。
ここへ、仔牛がトコトコ・・・・・
嫌な予感がしたタンクラッドは、食べ終えた器を手に立ち上がり、場を去ろうとしたが、仔牛に『おい』と引き留められる。ちらっと見ると、可愛い仔牛が見上げたまま『サンキーの食べ物か?』と繰り返した。
「その話だった。畑があっても」
「聞こえた。畑だけじゃ食べ物は足りないんじゃないのか。人間はもっと食べるもんだと思ったが」
「そう、そうだな。だから、サンキーの安心のためには」
「買って持ってけばいいだろ。お前が助けたいならお前が買えよ」
*****
可愛い仔牛の突き刺す突っ込みに、タンクラッドが固まり、ドルドレンが『その発想はなかった』と驚き、シャンガマックが『それもいいね!』と笑顔を向け、仔牛をナデナデした頃―――
「あの煙野郎が、サブパメントゥの古代の海の水を盗んだんだよね(※2746話参照)」
サンキー宅手前。イーアンは空に浮いたまま、小さな島を見つめて昨晩からの出来事と、抱えている懸念を整理する。
手負いの煙野郎は、レムネアクに『剣を作れ』と言い寄り、彼を無理に連れて行こうとした。
その急ぎ方、言い方で、剣を作らせるのは彼自身のためではと、レムネアクは感じたそうだが、ある意味そうだろうし、ある意味違うと勘が過った。
「あの剣。あいつがもし。古代の海の水を使ったら。種族関係なく通用する剣が仕上がると思うはず。自分が切られたことを逆手に取った発想だったら有り得る」
ここで一先ず、剣が絡んだサブパメントゥ話の時系列をおさらい。
ティヤーにいた時、レムネアクが話した『教祖の剣』について、煙の奴は知らなかった。
同じ材料を使う人型用の道具に気が向いており、レムネアクがそれを必要といったばかりに、サブパメントゥは神殿お抱えの職人を殺し、サンキーも狙った話だが、サンキーは神様に先に保護された。
その後、ルオロフが神様から彼を引き取り、サンキーは自分が狙われた経緯を知った。神様は事態への対処が早く、彼の工房から古代剣レプリカまですっかり取り上げたという(※2734話参照)。
で。この前、ティヤー決戦。サンキーの護衛に出たルオロフは、煙の奴と対決。彼の剣は、煙という実体のない相手を切り、相手は逃げた(※2859話参照)。
この時、同日で出た謎の輩が、『悪鬼』と分かったのは後日談・・・ あの時から狙われていた。となると。
「悪鬼がサンキーさんを狙った理由と、煙サブパメントゥが狙った理由は別個」
そして、ルオロフはどちらも撃退成功。煙サブパメントゥは、スヴァウティヤッシュが見守る中で行われた対決であり、その後―――
「あ。じゃ、今は」
はたと気づく。違うことだが。
スヴァウティヤッシュは、『俺が掌握したも同じ』と言ったのだ。逃げ回っていたサブパメントゥを掴んだ、という意味。でもスヴァウティヤッシュは、今はいない・・・ つまり、煙のサブパメントゥは自由に動き回っていて追跡が出来ない。
「これも・・・気に留めておくべきだわ。そうだった。彼が泳がせていたから、これまでは動きの制限が掛かっていたけれど」
手で顔の下半分を覆い、イーアンは眉根を寄せてうーんと唸る。コルステインはどうしているのかも、気になった。
暫く会っていない。呼ばないと現れないので忙しいのだと遠慮していたけれど、事態が変わっているのだから、近い内に会おうと決める。
「うん。とにかく、サンキーさんが重要人物にまた戻ってしまったのは間違いない。彼の具合と状況をきちんと聞いて、家から出なくて済むように・・・馬車に連れて来るのもなぁ。ちょっと違う気がするし」
一人で考えも仕方ないので話し合ってから。今のサンキーさんは、死霊の二番手とサブパメントゥに標的とされたのは、はっきりした。
死霊の二番手がうろついたとは――― ヨライデではなく、まさかのティヤー。
この後、サンキーに会い、お宅で話を伺い、傷を見せてもらい、何かあっても困るからと龍気を注いで治し、喜ばれ、タンクラッドとの相談を聞き、民間用防御手段をここで作り出そうとした話も出たと・・・ それはそれとして。
「サンキーさんは、食料集め以外で表へ出たいと思いますか」
大事な質問が先。鍛冶屋は少し女龍を見つめ、視線を床に落とす。静かな息を吐いて、ちょっとだけ首を横に傾けた。仕草は語る。イーアンは彼の言いたいことが伝わった。
「私は。こんな事態で我儘かもしれませんが。それに、何を言っているんだと思われそうですが」
「・・・ここに居たい?」
「はい・・・ 引きこもってるわけではないけど。私は自分の工房と工具や仕事が、私の世界の全てと言いますか。ちっぽけな世界ですが、私にとってはこれで充分幸せもあり」
ちらっと見た鍛冶屋の目を捉え、イーアンはニコッと笑う。気持ちが分かるから頷いて『私も自分の工房が好きです』と答えると、サンキーは理解に会釈した。
「じゃ、仮にですが。今はタンクラッドの提案をちょっと忘れて、私の質問に答えて下さい・・・ もし、ここに食料があり、水など生活に問題もなかったら、一人で怖いとはいえ、サンキーさんはこの家に居ますか?」
「そうですね。正直言えば、怖いんですよ。でも、家を置いて外へ逃げるのは、なんかもっと怖い想像です」
家族もなく、一人で鍛冶屋を営んで、それで十分人生が幸せだと感じていた男の吐露に、イーアンは賛成する。
「分かりました。護りをもっと固めて、それから食料は私が運びましょう」
「っ!いえ、え?!それじゃ申し訳ないですよ、そんな」
「もしかすると、私ではない誰かが代わりに来るかもしれないですが、タンクラッドとか。食料を届けます。それで頑張れそうですか?」
「ウィハニ・・・ 勿体ないお言葉で・・・す」
ふーっと涙が浮いた鍛冶屋は、イーアンを『ウィハニ』と呼び、目元の涙を拭う。イーアンはちょっと笑い、『あなた、ご自分で思うより重要人物だから』と冗談めかし(※でもホント)、ハハッと笑った涙目のおじさんの肩に手を乗せた。
「大丈夫。これも世界の運びだと思います。実は私たちも買い出しで、テイワグナまで行かないといけません。ヨライデに人がいませんから、テイワグナで買うのです。あっちは人が多くて」
え、そうなんですか、と目を丸くする鍛冶屋に現状を軽く教え、テイワグナは事情で人が多いことや、食べ物も普通にあるなどを話して、買いに行くついで、サンキーの分も持ってくると約束した。
ひれ伏してお礼を言う鍛冶屋に笑い、『立って!』と頼んだイーアンは、これで彼の対処は一件落着。
「さて。次ですよ。死霊の・・・私が跳ね返して差し上げます」
つい悪態をつきそうになったが引っ込めて(※純粋なおじさんのため)、イーアンは表を見る。
「そう、ちょいちょい手を出されては、サンキーさんが安心して眠れませんからね。がっちり固めましょう」
「頼もしいです!何度もすみません」
いいのいいの、と拝む鍛冶屋に頷き、女龍は早速おうちの外へ出た。ぐるっと見回し、この島ごと特別にするかと決めて―――
お読み頂き有難うございます。




