293. 歌に残る伝説~お友達について
「仕事がある。食事はいい」
ドルドレンは断ってイーアンを引き寄せる。イーアンはいろんな話を頭の中で整理していた。小難しい顔の二人を見て、パパは小さく笑う。仕方ないなと呟いて続けた。
「俺たちはここから出たら、再び西へ。そこから南へ行くだろう。いつの時も同じように、だ」
「お父さん。ありがとうございました。私たちはとても大きな宝物を受け取りました」
イーアンはお礼を言った。パパは何かあったら、また追いかけられるように行き先も教えてくれた。お礼に笑顔を深めたパパは、イーアンの顔に触った。息子に瞬間で叩かれるが全く動じない。
「お前は。怪我してまで。子供がいたり家族がいてもおかしくない年だろうに。それでもこの世界のために命を捧げて戦うのか。こんな、魔物の鎧を身に付けて。剣を下げて、龍に乗って。とんでもないヤツだ」
年齢と一般状態を言われると、何も答えられなくなるイーアンは黙る。それに気がつくドルドレンが、眉間に皺を寄せて引き寄せた。
「余計なことを言うな。イーアンを困らせるな」
「困らせてないだろ。すごいヤツだと思っただけだ。気をつけろよ。無理するな」
「はい。ありがとうございました。本当に。お父さんも皆も気をつけて」
イーアンは別れの際に、パパたちがこの先は雪しかないのに、馬車で進むのか、どこで馬車を返すのか。このトンネル内では引き返せないのにどうするのか。それが気になった。空から見た限り、この道の先はとても危険な状態だった。
それを訊ねると、パパは少し意外そうな顔をした。『そうなのか。雪がそんなに』額を掻きながら、一呼吸置いてパパは答える。
この道の出口は広がっていて、馬車が返せるという。外が雪しかないなら、弔う家族はすぐ近くの場所に置いてそこで挨拶をし、雪が融けてから再びここへ来ると言った。
「またな。また会おう、イーアン」
「またお会いしましょう。今日教えて頂いた宝物を、私は決して忘れません」
微笑んだパパは、仏頂面の息子と大事なイーアンを見送った。二人は暗い闇の中、来た道を戻っていった。
パパには今回のことで分かったことがあった。自分は好かれているということだ(※幸せな思い込み)。それはとても重要で、いつか自分が息子よりもイーアンに愛される気さえしていた(※思い込ませたら病的)。
暗い道を抜けた二人は龍を呼んで、いそいそと背に乗る。思ったよりも時間を使ったことで、二人とも仕事が気になり急いで支部へ戻った。
「もうお昼なのですね」
「あの場所に辿り着くのも時間がかかったしな。親父の歌の内容は、一度で覚えないといけなかったから」
「お父さん。よくあんなに長い歌を覚えていますね(※パパの脳の容量の少なさ)」
「あいつが子供の頃に覚えていると言っていたから、幼少期の脳みそにすり込まれたんだろう(※無意識のおかげ)」
パパの意外な一面に、イーアンもドルドレンも妙に感心した。
直線距離だと遠くない支部。戻る頃には、既に昼食の時間で、広間は騎士が沢山いた。ドルドレンは広間の奥で鎧を外す。ドルドレンが『イーアンは騎士ではないから、鎧も剣も工房に保管したほうが良いかも』と言ったので、イーアンはそうすることにした。
「誰が使うとは思えないが。どちらも貴重なものだからな」
今後、魔物製品の鎧や剣が増えたら、あまり気にしなくても良いかも知れないという話だった。そうかもと思いつつ、イーアンは武装したまま食事を摂り、他の騎士に鎧を誉められながら食事を終えて、工房へ戻った。
ドルドレンは工房前で『夕方また来るから』とイーアンの頭にキスをして、書類の山に焦って執務室へ小走りに向かった。
工房に入ったイーアンは、年末にも使った『面会お断り札』を扉に掛けた。
扉の鍵を閉め、急いで紙を用意してパパの歌を片っ端から書き込む。全部なんて、とてもじゃないけどちゃんと思い出せない。だから覚えているところは、どんな小さな単語でも良いから、記憶から抜け落ちる前に紙に書き込んだ。
書き続けて、詰まると。一回手を止めて深呼吸してパパの歌を思い出す。パパは歌い、終わってから訳してくれて、訳しながら楽器を奏でてもう一度歌ってくれた。
伝説の本の中に、『勇者は旅の男だった』とどこにでも載っているのは。それは、ヨライデの民が書いた記録が最初だからだ、と知った。もともと旅の男は馬車の男だった。
彼はハイザンジェルにいた馬車の人。魔物の王を退治しに、どこからともなく現れた勇者が、現れた場所はヨライデ。だから彼が『旅の男』と残ったのだ、とパパは言った。
本の中では、彼の魔王退治話に続きがあって、それが難しい版で残っている本らしいのだが、彼は自分の力を二つに分けて、云たらカンたら・・・とした件がある。それは後の世で曖昧になった部分であり、本来の歌では、女性が既に側にいて、旅の勇者と女性が退治に向かっている。
歌の最初から粗筋を並べると、以下のようなお話になる。
*****
最初の世界に大きな存在による良い力と悪い力が住んでいた
消して消えない二つの力は、世界の均衡のために必ず対で与えられる
戦うことも出来ず、どちらかが勝つことも出来ない二つの力
力を増やす時は、限りのある命を持つ生き物を使う時だけ
限りのある命を持つ生き物に使われる時だけ
ある時、6つの国と1つの島のある世界を悪い力は欲しくなった
1つの国の王が魔王と組んで、世界を自分のものに変える
王が望む国へ魔物は現れて、他国は魔物に苦しんだ
良い力は精霊の姿で世界のあらゆる場所に宿り、そこで悪い力を遠退けて訪れる民を助けた
悲しむ民の願いが世界を包んだ時、願いを聞き入れた精霊は
心も体も強い男に使命を託して、魔王を倒すことを決意する
戦いに戦いを使うことは最後の道、戦う意志に聖なるものが宿る者だけ
男は戦い続け、恐れにも誘惑にも立ち向かうが、悪い力は強大で、一人では越えられない
精霊は男の心を支えるために、遥か遠い世界から女を一人導いた
精霊は男と女を助ける力を渡し、化身を与え、悪い力に善い力で立ち向かう気高さを教えた
男と女は共に進み、魔物を倒し、人々の糧を作り、人々は希望を持ち、男と女を支え始めた
山を越え陸を行き海を渡り、空へ上がり地へ入り、時のない時の中を歩く
とうとう男と女は、土と炎と水を化身と通り、魔王と王のいる風の門へ
女は祈りの場所で良い力と共に戦い、男は剣と心で良い力と共に戦った
王は魂のない躯を差し出し、男は王を倒して魔王を退けた
世界の恐れを取り除いた後、男は女と祈りの場所で生き、多くの知恵と多くの豊かさをもたらした
*****
「これが、ここの伝説なのね」
イーアンは、パパの話を書き切った後に、大まかな物語像を別の紙に書き写し、これを読んでみた。
短く書いたつもりでも、流れは↑のようになる。
「退治するために呼ばれているのだから、退治できるとは思うんだけど」
こればっかりは。約束されてるはずと思い込みたいところで、決して100%満足な結果になるとは言い切れないだろう、とイーアンは不安も抱く。
大まかに書いた物語像の、それぞれにさらに細かくあるのだ。
「だってここの世界。確か国が5つだったわよ。なぜ歌では『6』なのかしら。それに、もう一つの島って何かしら」
まずはそこを調べないといけない。6つめの国はまだ存在しているのか。伝説にまで残っている島は、誰からも聞いたこともないので、この島のことも調べる必要がある。
「悪いやつと良い力があるのは、何か理解できるから。それはちょっと置いといて(←置いといていいのか)」
うーん、と唸って、パパの訳と粗筋を並べながら、イーアンは思うところを小さく書き込む。
「1つの国の王というのが、ヨライデなのね。これは多分、今回もそうなんだと思うけれど。でも魔王と二度も組んじゃうって、どんだけ意志弱いのかしら。ここの王様」
そんなにしないと国を大きく出来ないなら、王様なんか辞めちゃえば良いのにねぇ、迷惑だわねぇと呟くイーアン。
「で。精霊は良い力がたくさんに分かれて、世界の人たちのために頑張ってる、と。うん、うん。あれか。この前の『触ると怪我が治る』とか、ああした場所がまだあるのね。それ大事ね。
というと、せっかくの精霊が助けようとして作った場所なんだから、もし見つけたら、他の人に教えてあげたほうが良いのかも知れないのね。ふむ。そうか、覚えておこう」
そ・れ・で・・・・・ イーアンはここでパパの歌を書いた紙を見る。
「ここか、これだわ。歌の中だと、その素敵な場所が。1、2、3、4。・・・5、6、7。ん?8、9、10。あら10箇所もあるってことかしら。ええっと、うーん。これは難しい。私は地名じゃ分からないわ。タンクラッドに地図貸してるからなぁ。どうせなら、タンクラッドと一緒に見たほうが良いかしらね」
これも調べなければ。できるだけ早く調べて、隠れた場所なら確認しておいたほうが良い。
「次は。ドルドレンね。ドルドレン登場!そうよ、彼は心も体も強いの。夜もだけど(※不謹慎)。
でも前の人は、誘惑にやられかけたっぽい感じが、こんな古い歌にまで残されてるって気の毒な。頑張って戦ったのに、そこ強調されてピックアップはあんまりね。ご先祖様って言っていたし、パパみたいなところがあったのかもしれません(※多分当たり)。
で。それで彼がくたくたになってしまったところで、私が登場。ふむふむ。やっぱり日本人だったかしら。それともモンゴロイドかしら。石像は私に似ているから、きっと彼女もモンゴロイド系だったのかも。来たばっかりの時、この世界で大変だったでしょうね(※同情)」
ここのところは、まあいいか、と置いとくイーアンは次の部分に集中する(←置いといていいのか)。
「これよ、これ。今の私たちに即、必要な部分。『精霊は男と女を助ける力を渡し、化身を与える』これがミンティンと、お友達ね(誰)。タンクラッドの読んでくれた文だと、後2頭。全部で3頭みたいな感じだけど。
でもそうよ。最後の方の『土と炎と水を・・・化身と通る』って。この3箇所をそれぞれ乗り越えられる、適応したお友達がいると、そういうことよね。
ミンティンでも全部行けそうだけど、ミンティンは凍る何か吐くから(適当)そうすると、ミンティンは炎相手が良いのか。
というと。土相手が得意なお友達と、水相手が得意なお友達。これはこの前、タンクラッドが読んでくれた文で見ると」
タンクラッドに教えてもらった内容を書いた紙を、並べて置いて読んでみる。
「グィード、という名の。何だろう。『地の奥、水の中』『息する岩』とか。『命が宿る』とか『千切れた碇の綱』? これだけ見ていると、土なんだか水なんだか、分からないわ。この仔はどこにいるのやら。
もう一頭が、アオファね。アオファちゃん。うん、うん、可愛い名前。『熱の花』とか『燃える川』とか・・・あらやだ物騒ね。『常しえの冠を抱く壁を裂く』。んまー・・・裂いちゃうの。アオファちゃんはイケイケなのかしら(古)」
ここで、とパパの歌を見て確認することにした。長い。長いけど、頑張って拾うと。
「やはりミンティンに関しては、笛なのよね。『支配者の喉石』と歌ってるけれど。伝説の中では、笛はどこで手に入れたかというと。あらっ。降ってきたんだわ。出所が空からなんて、こりゃ想像つかない。
『支配者の喉石は雲を割ってその手に落ち』と歌詞にある。空から落ちたものを手の平で受け止めたら、相当痛かったわよ、この方。大丈夫だったのかしら(余計な心配)。
そしてグィードは。これか?これかも。『国を繋ぐ大海の穴より臨む地中の国。魂の泉を震わせ湧き出る流れの源に』で。『主を待つ碇に結われた綱を引く』・・・・・ ちょっとお待ち。地中の国?地下にある国ってことかしら。
『魂の泉』はなんだかギリシャ神話みたいで、冥土みたいな怖さがあるけれど、これを『震わせて湧き出る流れの源』。逆ではないのかしら。泉が源でしょう、普通。どうなんだろう。滝壷とかの意味?」
これは地下の国があるのか、とイーアンは考える。タンクラッドに貸した地図を見たい今。
「次に行きましょう。アオファちゃんは。何だかこの仔が、危なっかしい場所にいそうなのよ。
ええっと、パパの歌では。『白い冠を抱いた雄々しき山並みを割り』割る?『雪を融かし土を溶かす熱の花と炎の川』げっ。マグマとかじゃないわよね。『白い剣の冠は母の印』ぬうぅっ。(※伴侶に似る)最後は分かりにくいけど、この仔が一番物騒な気がする。
思うに。多分山脈のどうとか、タンクラッドが言っていたあの部分しか、どんぴしゃで思いつかない。地震とか温泉とか、間違いなくこの仔のような・・・・・ 温泉ならまだしも、マグマは勘弁よ。どうしましょうね、この仔呼ぶの大変だわよ」
ここまで調べて、とりあえず休憩。
ここからは恐らくヨライデへの旅路を歌っている。とにかく今は、『お友達』を調べなければ。バビ○2世を思い出すイーアン(古過ぎて知っている人が少ない現在)。
時刻は3時。お茶を入れながら、昨日ふやかしておいた膠を見つめる。今から溶かしても、槍の柄をキリの良いところまで進められない。これは明日にしようと考える。
ドルドレンの覚えた形での話も書き留めなければ、とイーアンは思う。ドルドレンの方が、感覚でパパの言葉のニュアンスを理解できている。今は、集中してこれを調べられる時間が欲しいイーアンだった。
一息ついていると、扉がノックされた。
『面会お断り札』はかかっている。でも気がついていて無視は出来ないので、イーアンは立ち上がって『はい』と答えて扉を開ける。
「ごめんね。忙しかったかな」
ベルとハルテッドがちょっと笑って、すまなさそうに立っていた。
お読み頂き有難うございます。
 




