2929. 古代剣狙い・旅の四百七十九日目 ~勇者と煙の違い
危機一髪―――
金茶色の大きな獅子。その背中に、シャンガマック。血よりも鮮やかな赤いダルナ。翼を畳んだイーアン。デカい体の、狼頭の男。
蝋燭の炎は吹かれて、とうに消え、代わりにイーアンの発光する角と翼が、月のように地下を照らす。
調合室と倉庫が連結する横長の部屋は天井が失せ、一階も、ついでにその上もないから、これはつまり丸ごとないのだとレムネアクは解釈した。見える夜空に、真っ赤なダルナが浮かんでおり、部屋は蹴散らかされた状態、イーアンたちが集まった、これは・・・
驚きは声にならず、レムネアクの目はただただ現場に釘付けだが、シャンガマックが彼に『無事だったか』と労いを掛けた。
この一言でイーアンは壁に気づき『レムネアク?』と驚く。自分越しに名を呼んだ男を振り向いたエサイも『レムネアクっていうの?あいつ』と尋ねた。
「イーアン」
エサイに続けたレイカルシは女龍を呼び、イーアンは天井を取り払った空を見る。
はい、とダルナの側へ上がって、レイカルシに『あとは彼らに任せても』と切り上げを促された。この町に何かうろつく情報は、サブパメントゥが出てくる情報だったかどうか。同じではないかも知れないが、とりあえず状況が想像と違うので、今はここで、とレイカルシは言う。
「俺もあまり目立ちたくないんだ」
ちらとダルナの視線が獅子たちへ移る。彼らは、なぜレイカルシがいるんだ?と思っていそうな見上げ方・・・
「あなたのことは濁して伝えます。ちょっと事情だけ、確認したら帰りましょう」
「うん」
レイカルシに待っていてもらい、イーアンは下へ降りて即、シャンガマック親子に『レムネアクは作業中だったか』を訊いた。本人も頷き、彼ら親子も頷く。
二夜連続で彼に薬を作らせていたところ、思いがけずサブパメントゥに襲われた・・・シャンガマックはそう話したが、これだけで現場事情了解にはならないイーアン。
煙のサブパメントゥ―― レムネアクに言い寄ったのは、あいつ。
かなり過酷に使われたと聞いているし、レムネアクを見つけ出したのかと危惧する。この状況で単なる執着とは思えなかった。なので、レムネアクに話を振る。
「レムネアク。怪我した?」
「いいえ。助けられました」
「良かったです・・・なんか言われた?」
話すかどうかは別。イーアンは彼が言えないかもと思いつつ尋ねたが、レムネアクは息を吸い込んでから大きく頷いた。
「私を探した、と言っていました。ここへ来たのは、偶然か居場所を辿られたからかは、分かりません。お前は約束を破ったが許してやると恩を着せ、『材料はある。剣を作れる職人に頼みに行け』と命じました」
「剣?」
イーアンとシャンガマックが同時に一歩前に出る。
レムネアクは数回小刻みに首を振り、『ティヤーで教祖が使っていた剣のことです』と言い、前回あの剣と同じ材料で、違う物を作らされた話もした(※2727・2754話参照)。
イーアンは知っている話だが、シャンガマックは詳しく知らない。それで?と騎士が聞き返し、レムネアクは唾を飲みこむ。
「ティヤーの教祖が使った剣を見たことがありますが、触れたことはないです。煙のサブパメントゥとの会話で、『彼が求めるものはあの剣の質でなければ他に思いつかない』と返事をしたら、剣を探したようですが入手に至らず、元の素材を渡されました。黒い不思議な質のものです」
こんな形で裏話・・・そういうことだったのかとイーアンは繋がる。レムネアクは剣の質を重視し、それでサブパメントゥは剣を求めた最初があり、サンキーさんも狙ったが、それは失敗した。
イーアンはふぅんと頷いたが、シャンガマックは過去経緯はさておき、返事はどうしたと急いだ。
「それでレムネアクは、なんて答えたんだ」
エサイが阻んだのは、彼が約束を交わす前かと心配したら、レムネアクは今になって緊張が解けたようで、汗ばんだ額の汗を手で拭い『返事をしていません』と言った。
「答えられません。今から行くと言い出し、考える余裕もなく・・・いや、違うな。思考が固まって逃げようと思う前に、体が動かなくて」
「俺が割って入ったから、操られる手前だったわけか」
エサイが口を挟み、レムネアクは『操られ始めたかも』と自覚のない膠着を認めた。
イーアンの脳裏に、鍛冶屋が過る。サンキーさんが神様に保護されてルオロフが引き取り、戻って来たあの話。
教祖が使う剣と言うし、デオプソロ姉弟との関連も可能性ありそうだが・・・ 続くレムネアクの言葉で、そうとも限らない別のヒントが出る。彼はサブパメントゥ自体の様子もちゃんと見ていた。
「怪我でもしたのか。彼はとても疲れているようで、会話も途切れがちでした。どうしても早く、剣を手に入れたい風に思えたから、剣を使いたいのは彼なのかなと」
私が勝手に感じたことですが、と私見であることを断り、イーアンたちは首を傾げる。
「(イ)怪我?具合が悪そう?」
「(エ)サブパメントゥは、ケガしないだろ?」
「(シャ)ルオロフが切った・・・あれじゃないのか(※2859話参照)」
―――剣で怪我を負った煙のサブパメントゥが、剣を求めた?
イソロピアモが遺跡のために剣を欲しがっている予測は立つが、サブパメントゥはこれと別の事情がありそうな。
獅子とシャンガマック、イーアンは顔を見合わせて『なぜ同じような剣を求めたか』を少し話し始めた。
エサイもダルナも事情を知らないし、レムネアクも他人事のような我が事のような微妙な立ち位置で、三人の話が終わるのを待った。
この、待ち時間の数分。レムネアクは、これと関係ない、あることを思い出す。
今まで過りもしなかったが、あの煙のサブパメントゥは、総長と酷似している・・・俯いた顔の影のつき方で、そう感じた。
よくよく考えると、顔と背格好がやけに似ている。でも『見た目』など思い出しもしなかったほど、両者には隔たりがあった。
まるっきり雰囲気も違うし、魂の空気も違う。それで気づかずにいた。
ふと、イーアンたちは知っているのかどうかが気になった。聞きにくいが、イーアンは煙に対して『お前か』と言った。イーアンが知っているなら、総長も知っていそうだが・・・知らないようであれば、情報として伝えた方が彼らのためになるかも、とレムネアクは考える。心に入り込む種族サブパメントゥだから、あの煙の彼が、酷似する総長に何をするか分からない。知らないと危険だ。
質問後、放心しているに見えて、忙しく考える僧兵の思考を・・・息子たちと会話中の獅子は、聞き続ける。
レムネアクは、サブパメントゥと顔の似たドルドレンに伝えるつもりでいる。これは、放っておこうと思った。どう展開するにせよ、ドルドレンは真面目に捉えて、力にするだろう。
「さて、では。剣については、タンクラッドが今日サンキーさん宅へ行きましたから、彼にも伝えましょう」
『サブパメントゥが欲する古代剣』は不意に出てきた問題で、連想も出ず、埒が明かない。とりあえず守りに徹した方が、と立ち話を追える。
「帰りますか」
レムネアクを見たイーアンは、話が終わり緊張も解けた僧兵の表情に気づいた。いつから心酔?の顔・・・待たせていた間で、切り替わったか。
目の前に揃った壮観な異種族に、見納めと眺め渡したレムネアクは感動で固まる。こちらを見た大きな獅子の碧の目に、ふーっと吐息。
「こんな立派な獅子が地上にいたなんて」
「おい(※怒)」 「あ、そうか。知らないんだったな」
レムネアク、感動の一声。獅子と騎士が同時に答え、舌打ちする獅子の横、シャンガマックが教えようとしたが、レムネアクは自分を振り向いた灰色の狼男の、筋肉盛り上がる背中と尾を舐めるように見て『美しい、素晴らしい』と大真面目に賛辞を送った。
はぁ?と目を丸くしたエサイから視線を上にあげた彼は、浮かぶイーアンと真っ赤なダルナに酔う。
「最高だ。こんな美しい存在の中に俺がいるのか、奇跡みたいだ」
「・・・大丈夫?」
うっとり見上げる男の言葉に、レイカルシは怪訝さを隠さずイーアンに尋ね、『彼、こういう人』と無表情でイーアンは教えた。
シャンガマックも、彼の天然ぶりを初めて見たので、少し眉根を寄せたものの。この状況で、ああなれるとは、サネーティを思い出し、こういう質なんだなと掴んだ(※早い)。
「戻るぞ。レムネアク。お前の今日の成果はボロボロだろ?」
意味の分からない酔い方をする男に構わず、獅子は散らかった室内をさっと見渡し、ボロボロとちょっと皮肉る。レムネアクも我に返り『どれも無事ではなさそうですね』と床を見て、イーアンはもう戻るよう促した。
「どうせ誰も使わないんだから、このままで。レムネアクは、彼らと馬車へ」
「そうだな。今日もう、って。あ、レムネアク。彼は父だ。姿が違うが」
紹介を思い出したシャンガマックは、ここで律儀に獅子を紹介。
仏頂面の獅子は鼻を鳴らし、レムネアクは『口調でそうかと思った』と気づいたことを伝えた。獅子は女龍に『切り上げだ。じゃあな』とぶっきらぼうに挨拶。
「・・・はい。では」
「またね、イーアン(※友)」
「うん、またね(※気さく)」
エサイがひらっと肉球の手を振り、煙に変わって獅子の腕へ吸い込まれる。見つめたレムネアクの腕を、シャンガマックが掴み『行くぞ』と獅子に手を置いて・・・ 場は静けさを戻した。
イーアンもレイカルシの横に上がり、少し周辺を飛んでから『特に嫌な気配はない』のを確認し、今日は引き上げる。
「レイカルシ。アイエラダハッドに」
「そうだね。彼ら、何も聞かなかったが、後から聞かれたらなんて答える?」
「うーん。レイカルシはたまたま、ってことにします」
実際そうでしたし、と良い答えが見つからないイーアンは呟き、レイカルシも了解した。
「もし。他にも異界の精霊がいたら・・・イーアンのあの世界に連れて来る?」
「え?」
「また俺が、今夜みたいに協力する時。他にいないか探してもいいような気がして」
もう彼らは全くいないと思い込んでいたイーアンだが、そう聞いて、それもそうかと少し考えた。でも魔力が既に尽きていそうだし、居るのかどうか。
「魔力使わない仲間もいるから」
読んだように付け足したダルナは、何か気づいたのかなと感じ、イーアンは『次の時、探してみよう』と答えた。
*****
シャンガマックたちは馬車へ戻り、親子はここで仔牛入り(?)。
気になることはあれ――― なぜイーアンは、ダルナと一緒だったのか ――獅子はそれに触れず、シャンガマックも父が何も言わないので、疑問を口にはしない。この話はまたあとで・・・・・
お疲れ様の挨拶をもらったレムネアクは、食料馬車に入る。
いろいろとあった一日に、すぐ眠気来た。
ルオロフの過去を聞いていないなと思ったが、彼はすり合わせの理解云々より、打ちひしがれていた。
うとうとしながら思う最後は、先ほどの圧巻の現場。
煙のサブパメントゥは恐怖を煽るが、嫌いではないのは変わらなかったなと、少し思う。それにしても、獅子やダルナ、狼の男に会えた感動は、何にも勝る、と・・・レムネアクは満足して夢に落ちた。
暫くしてイーアンも戻る。煙のサブパメントゥが頭から離れないが、これは明日言うのだしと、ごそごそベッドに潜り込んで、即寝た。
馬車の翌朝。
煙の・・・ は、イーアンより早く伝わる―――
「ドルドレンさん」
「おはよう、レムネアク」
早めに起きて調理手伝いをしようと表へ出たレムネアクが川辺へ行くと、顔を洗っていたドルドレンが先にいた。川下で用を足したとか何とか、川下を指差し『あのあたりだと迷惑にならない』と教えてくれた総長に、この端麗な顔で言うかとレムネアクは少し笑った。そして。
「ドルドレンさんに、聞きたいことがありまして」
「うむ。なんだ」
「イーアンもご存じだった様子から、ドルドレンさんも知っている可能性はあるのですが」
言い難そうな出だしに、ドルドレンは何が?と促す。レムネアクは人がまだいない明け方の川霧に声を潜める。
「昨晩。あなたとよく似たサブパメントゥと会いました。そのサブパメントゥ、知っていますか?」
どくん、とドルドレンの心臓が揺れる。
彼がティヤーで捕まったサブパメントゥがそいつ。そこまでは知らされていたが。レムネアクは初対面でも、ドルドレンに顔のことを言わなかった。今、それを伝えたのは何が起きたのか、と構えたものの。
「もしご存じでなければ、言っておいた方が、相手が相手だし危険もないかと思って」
「・・・それで俺に?そうか。知っている、大丈夫だ」
沈黙を挟む。ドルドレンは彼が気づかいで教えてくれたと分かり、安堵したけれど。なぜ今まで言わなかったのかも聞きたくなった。これについては質問するより早く彼から聞けた。
レムネアクはドルドレンをじっと見て、化粧した顔を傾けると『やっぱり違うんだよな』と独り言。
「ぬ。何が違うと?顔は似ていただろう」
「ええ。でも、私はドルドレンさんと初対面でも思い出しませんでした。あなたと、あのサブパメントゥは全く雰囲気が違うので、私の中で別物認識だったんだと、改めて思います」
「別物・・・ 」
「言い方が遠慮なくて申し訳ないです。でも丁度、その言葉が合います。種族も違うし当然ですが、ドルドレンさんと似ていることを思い出したら、顔立ちはそっくりだと気づきました。
とはいえ、ずっと意識外だったのは、衣服や肌や種族の違いなどより、まとう雰囲気と、滲み出る魂の濃さが大きいからか、と分かりました。ドルドレンさんは、魂が強く濃く感じます。芯が太い魂というか」
滲み出る魂の濃さ―― それは、ヨライデの感覚的な言葉だが、ドルドレンは素直に感動した。自分とは全く違う別物だ、とレムネアクは無意識で判別し、酷似していたとしても思い出しもしなかったこと。
「俺が。どんな気持ちか分かるか?」
ふと、口を衝いた言葉に、レムネアクがハッとして『分かったような失礼なことを』と慌てて謝ろうとしたが、ドルドレンは微笑み首を横に振った。
「レムネアクに言われて、どれほど安堵しているか。伝わると良いが」
「そ、そうですか?良かったです」
「なぜ似ているか、そこは聞かないのだな」
「はい。理由は分かりませんが、実体のない相手ですから、いくらでも変化すると思いますし。あのう、変に捉えられては困るんですが、私はあのサブパメントゥがきれいだと思っていました。顔つきだけですが・・・ 総長は綺麗と思うより、整った顔立ちと捉えています。
で、何が言いたいかと言うと、サブパメントゥはきっと、どこかで総長のような整った顔を見て、真似したのかなと」
「ハハハ。そうか・・・!そうも思えるな」
レムネアクの正直な言葉は、ドルドレンを笑顔にする。有難う、と答えたドルドレンだが、あのサブパメントゥと関係がある話はしなかった。レムネアクの解釈が気に入ったし、彼の『別物』は勇気づけられたから、それを心に据えたい。
二人が話をしている川から、少し離れる馬車の影・・・前日と同様、眠りが浅かったルオロフが外へ出て聞いていた。
ルオロフは、サンキー宅で対処したあのサブパメントゥに、自分が感じたことを言わずにここまで過ごしたが、レムネアクの言う『煙のサブパメントゥと総長の顔の似方・それについての見解』を聞いて・・・ 静かに、落ち込む溜息を吐いた。
レムネアクは、魂で判別したこと。
私はあの日、すぐに総長を思い出したのに。
なぜか、自分がとても劣っている気がして、ルオロフの心はきゅうっと締められるように痛んだ。
お読み頂き有難うございます。




