2928. 善人宅①続き『闇の人・光の石・旧教』・町の旧教神殿・煙と僧兵
闇の人?
「闇。準備。何のことか、聞いても良いですか」
不穏。ギクッとしたら、彼女は『闇の人が来ると心や言葉を取られるから、除けものを用意してから開けたのだ』と話した。
「除けものがあると、大丈夫なのですか?でも、扉を開けたら危ないのでは」
「龍は知らないですね。闇の人は龍を恐れるから、龍が知らないのは当然か」
ますます不穏なキーワードがこびりつく。もう一回外を見て、『ここに何度も来たことはあるの?』と心配すると、女性はちょっと笑って首を横に振った。
『ないけれど、来たら気を付けるようにと昔から言われている。気配は少し分かる。近くにいる気がして準備をしたのだ』と。
除けものを置いておくと、扉を開けて相手が気付き、逃げるらしい。とはいえ、扉を開けてあげちゃうところが心配だが、御伽噺や童話と同じで、『相手を無下にしないで追い返す』方法と解釈した。
彼女は体を少しずらし、玄関から真っ直ぐの廊下先、扉を開けたままの一室をイーアンに見えるようにして、机の上を指差す。
「あれが準備です」
「水晶・・・じゃないわね。光っていますか?」
「すいしょうって、龍は呼ぶのですか。光の石です。持ってきますね」
女性が扉から見える部屋に行き、手に石を持って戻る。元の世界で言う水晶玉そのものだが、中心がふんわり光を灯す不思議。
どうぞと出された球体をイーアンの手の平に置いた途端、石はパッと白く輝き、女性は目を瞠る。輝きはすぐ静まり、内側に籠った白が息をするように動き出した。
「すごい!何をしたんですか!」
「何も。でも多分、あなたにとって良いと思います。変になってないと思うけど」
イーアンもびっくり。聖別したか、と自分にビビる(※無自覚)。女性は、龍が触ったからもう絶対大丈夫だ!と大喜び。いろいろ分かりにくいが、イーアンも何度か頷いて、話を戻す。
「闇の人は、いなかったのですね?あなたはこの家で、彼らを見たことがないわけで」
「はい。でも、心が弱っていると近づく噂です。だから、今は近づかれたのかもと」
心細さ、心の弱さの理由―――
お父さんは、数年前に他界。母親と叔母の三人で生活していた彼女は、年取った母と叔母の世話をしていても幸せだった。でも急にいなくなり、家に戻ったら自分だけ。
イーアンは同情する。二人も介護していて大変だろうにと他人は思うのに、彼女は幸せと思える人。共に生活した母たちを失って、本当に悲しいから心が弱っているという。この人いい人だな~としんみりして、目が合って微笑む。
「・・・その、光の石があれば無事かもですが。お父さんの伝言もあったわけですし、私からも一枚鱗を差し上げますので、どうぞ身を護る足しにしてください」
「身を護る?足し?鱗をくれる?」
妙に腰が低い龍の言葉を繰り返し、前に出された長い尾に驚き、さらに鱗一枚剥がされて、女性は悲鳴に近い声を上げる。
これを遠慮する間もなく『魔物が来たら投げるだけで戦うから』と手に押し付けられて、どぎまぎしながら女性は有難く鱗を頂戴した。
「あー・・・こんな素敵な夜、初めてです!一人でこの家に戻ってから、とても寂しかったし、毎日心配ばかりでしたけれど。神の龍、ありがとうございます」
心配だろうと思う。いくら精霊が飲食を整えてくれていても、心のケアまでは難しい。
本音を話した彼女と同じで、他の人々も不安かもと思うと、もっと安堵できるものがあればいいのにと願ってしまう。
イーアンが『他にも生きている人たちが、光の石を持っているなら、そこはまず安心ですが』と呟くと、女性は手に置いた鱗から顔を上げ、『誰もが持っていない』と言った。
「私は旧教だから光の石を家に置いていますが、新教の人は持っていないと思います。もし、新教の人が他の土地で生きていたら、その人たちはどう対処しているか分かりません。大丈夫なのかしら」
イーアンはこれも興味深い。『新教の人は、持っていない?』と繰り返し、彼女が頷いたのでもう少し詳しく聞く。
「光の石は、どこかで販売されていたものですか?新教の人に配ってあげることは出来ないものですか?」
「えーっと。考えたことがありません。でも持っていたら違うはずだし、嫌がらなければ光の石を持ったら安全に思います。闇の人の対処は、新教の場合、私は全く知らないから」
そう言いながら、彼女はイーアンの後ろの半開きになった扉を押し開け、先に影が浮かぶ町を指差す。
「町に、教会と神殿があります。この町は旧教だけの建物なので、間違えません。鍵はかかっているかもしれませんが、神殿で光の石を販売しているのです。安いものですし、緊急事態の今なら、新教の人に配ってあげても許されると思い・・・ 龍がそうするなら誰も反対しませんね」
龍を相手に何を言ってるんだと自分に気づいた女性は、すまなそうに目を逸らし、イーアンはちょっと笑って『お代は持っていないけれど、鱗を置いていく』と答えた。勿体ない!と止める女性にお礼を言い、イーアンは彼女の無事を祈って家を出た。
レイカルシが現れ、イーアンの報告を聞いて、先の空へ目を向ける。
「闇の、ってサブパメントゥだよな」
「だと思います」
「イーアン。花たちが『この続きの町』って。そこの町じゃないよ。もう少し先だと思うが、そっちにも心配していた。魔物ではないけど何かが来たとか、どうとか」
レイカルシが言うに、そちらには人がいるわけではなさそうだが、何となくサブパメントゥの出入りを思わせる雰囲気で、イーアンはさっきの彼女が狙われても困るからと思い、とりあえずそちらの町も行っておこうと決めた。
「光の石をもらって、その後、先の町でサブパメントゥがいるか、調べるんだな?」
「はい。もう夜遅くなりかけてますが、生き延びている人たちの安全のため」
いいよと答えたレイカルシを伴い、女龍はまず、教えてもらった教会へ―――
小さな町は、分かりやすい通りがいくつか目立つし、人の来る建物は通り沿い。暗い夜でもそれは分かった。
教会自体は建物に紛れて気づかなかったが、素朴な神殿は外観とサイズ違いによりすぐ発見。横に、教会と思しき築物もある。
ここでちょっと、イーアンは感じる。あの崖の神殿と雰囲気というか、空気感が似ることを。
あの時、シャンガマックとお父さんは、神殿を調べていたようだが、何か発見したかはちゃんと聞いていない(※2913話参照)。悪いものは全く感じなかったので、取り立てて気にすることもないが・・・
「なんだろう。魔除けでも中にあるのかしら・・・清浄感がありますね」
空中で見降ろしているだけで、それが伝わる。何も変わったところはないのに。旧教の神殿は、どこもこういう感じを帯びているのかもしれない、と思うことにしてイーアンは降り、物質置換で中へ入った。
神殿は柱ばかりの開放的雰囲気とも限らず。
町中にある分、公共施設的な見かけを取り除くように、古風な雰囲気を残す石積みの壁が取り巻く。神殿そのものに増築せず、あくまでも表との仕切りで、壁と屋根がつき、大きなテラス状態に思う。このテラス状の張り出しの内側が、簡易玄関代わりらしく、受け付けは神殿の階段手前にあった。
「これか」
籠に水晶玉がたくさん入っており、確かに安売りの印象である。水晶玉は、そんなに安くないものだが、この世界では違うのか。もしくは、水晶ではないのか。暗い屋内のここでも、光の石はふんわり小さな光を保つ。
蛍石なら分かるけれど、透明の石で内側だけほわーっと光っている不思議。水晶ではないにしても、可愛いし、和む。とりあえず疑問は控えた。
玄関口側の受付で購入する感じから、手軽にお賽銭感覚のお守りにも感じる。イーアンは水晶玉を十個ばかり頂戴し、片腕に抱えて、代わりに鱗を二三枚取って受付の台に置いた。
中も見たいけれど・・・暗い神殿の続きへ顔を向ける。自分の角の光で見えるだろうが、今はやめた。機会があれば、また。素朴に佇む神殿を、すーっと物質置換で抜けて浮上。
「それ?」
「これです。サブパメントゥが寄ってこないそうです」
空中で待っていたレイカルシに、光の石を見せる。イーアンの腕に触れ、どれも内側の白い光が動いている。
「生き生きしてるね」
「元々、石に光を持っているのですが、私が触るとこういう反応をするみたいです。でも感覚的に石は石で、特に龍属性ではありませんよ」
面白いねとフフッと笑い、レイカルシは続きの町へ促す。『少し離れている』と先に教え、イーアンとダルナは次の目的地の町へ向かった。
そこで、思わず出くわす相手。その相手もまた、意表を突かれる一瞬が待つ―――
「煙臭い」
小さな神殿手前。イーアンは町の上に漂う煙に眇めた。レイカルシも気づいたらしく『サブパメントゥだ』と横で呟き、二人は空中で停止。
町から少し距離を置いて敷地を守られた神殿。これは旧教ではないと分かる。神殿の雰囲気が違うので新教かもしれない。隣には墓。囲む木々・・・ サブパメントゥの気配があり、人っ子一人いない町のはずなのに。
「おかしいな。人間がいるんじゃないの」
「いそうですよねぇ」
それ持ってるよとレイカルシが腕を伸ばし、イーアンは頷いて光の石を彼に預けた。
*****
イーアンたちが夜の空中から見下ろして止まった、同じ時。
神殿に急ぐ獅子は闇を走り、シャンガマックも『間に合え・・・!』と獅子の背中で焦る。
「ちっ。なんだって、離れてる時に限って!」
魔物退治に出ていた獅子は、気づいたすぐさま息子を連れて、レムネアクのいる倉庫へ走った。
時空移動で急ぐべきか、考える距離。サブパメントゥを途中で経過しながら、獅子は神殿までもう少しの位置で、右腕の狼歩面を突き出して命じる。
「エサイ!」
しゅうっと夜の影を縫って噴き出した灰色の煙一筋。毛深い姿を現すと同時『了解』と声を滲ませ、歪んだ空気に消えた。
「エサイを先に行かせた。阻めよ、エサイ」
そして―――
「あっ」
『探したんだぞ』
「・・・また、ですか」
頭で、と青い指が自分の額をトンと叩く。
レムネアクのいる倉庫続き、調合室は黄色い煙に染まる。ごくっと唾を飲んだレムネアクの手元が固まり、『あなたの用は』と頭の中で話しかける。
『お前にまた会いたくてさ』
青い体がおかしな引き攣れを残し、煙なのになぜか息が荒いサブパメントゥは、短く答えて疲れたように目を伏せた。下を向けた俯いた顔に、レムネアクは違和感を感じる。この面影は・・・
『レムネアク・・・こんなところで。それは?何してるんだ?』
『これは。私の身を護るための。死霊の薬で』
『そんなもの作っていたのか。はー・・・探し続けてる俺のことも忘れて。お前は約束したのに破ると』
『破っていないです。ただ、あの材料は消えてしまったし、あなたもあれ以降』
『サブパメントゥの約束を破ると大変なんだぜ?でもまぁ、許してやる。俺も忙しかったし・・・ああ、ちょっと待ってろ。ふー・・・ お前に用があるんだ。あの材料、あれを持ってきてやる。先に命じたのはもういい。次は、剣を作れ』
『剣?俺は剣なんて作ったことはありません』
『お前、言ってただろ。見たことがある剣のこと。剣は職人が作るもんだ。お前が材料を持って、別の国の職人に頼めばいい。連れてってやる』
突拍子もないことを言い出すサブパメントゥの勝手に、レムネアクは即答できず当惑する。
サブパメントゥは息継ぎするように大きく肩を揺らし、何度も苦し気に―― 人間のような仕草で ――目を閉じたり頭を振ったり。どこか悪くしているのか。
怪訝もあるが、今はそこではない。見つけられた上に、今度は剣を作るからお前を連れて行くと言われた、この返答が先。断りたいのに、うまい言葉が出てこない。焦っているのか、なぜか思考が途切れる。
戸惑っているレムネアクに目を上げ、青い肌の男は溜息混じり、煙を唇から吐いた。
『行くぞ』
『い、今から・・・?』
『こっちへ』
問答無用―― 1mの距離で向かい合う青い腕がレムネアクの頭に伸び、動きを固められたレムネアクの髪に、その手の平が触れかけた時。
ぐわっと獣の咆哮が邪魔し、サブパメントゥと僧兵の間に狼男が躍り出る。ザっと引いた『燻り』が驚いて姿を煙に変えかけるも―――
黄色い煙に半端ない重圧が掛かった。それは、形のない煙さえ、真上から圧し潰す。
狼男の顔が上を向き、天井が消えた瞬間、白い翼6枚の放つ光の輪郭が地下を照らした。頭だけ龍の首・・・が、ふっと揺れた一瞬で、巻き毛の黒髪に変わる。堂々現れた女龍は、黄ばんだ煙に呟いた。
「お前か」
レムネアク凝視。煙は既に姿を留めておらず、頭の中に呻く息切れが伝わるのみ。
『は。あぁ、はっ。ふ、うぐ。や、め』
「知らねぇ」
消した天井から腕組みした女龍が下り、煙は全て散った。ただ、倒したわけでもなさそうな手応え無さに、イーアンは首を傾げる。『私から直で龍気食らって逃げられるもん?』とぼやいたところで。
「イーアン」
「え?あ、エサイ!」
偶然~!と笑顔を向けたイーアンに、エサイも笑い出す(※仲良し)。
壁際でガン見する僧兵が視界に入っていない二人は『どうしてここに?』『俺は獅子に』と話し始めたところへ獅子が入ってきて、上からダルナが覗いた。
すっかり抜かれた天井を見上げた騎士が『イーアンが来たのか』と爽やかな笑顔を向け、獅子は『急いで損した』とこぼす。レイカルシはこの間、目が落ちんばかりに見開いた壁際の男を観ていた。
お読み頂き有難うございます。




