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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2927. 悪鬼の土の浄化剤・レイカルシの花畑より情報を・善人宅①『お山の精霊・闇の人』

 

 サンキー宅へ行ったタンクラッドが、話し込んで日暮れまで滞在し、『次で材料も運ぶ』と約束して戻った、夜も浅い時間。


 馬車は夕食をとっくに終えており、バーハラーで戻った剣職人に夕食を渡したロゼールが、『これはレムネアクが~』と枝の説明をして、『枝ぁ?』と困って笑う剣職人に、食べるよう勧めている頃―――



「意外と美味しかった」


「良かったです」


 シャンガマックは、レムネアクの『枝食材』の感想を伝え、まるでメンのようだったと(※長さ30㎝=うどんくらい)彼の作業後ろで話していた。

 メンって何だろう?と思いつつ、笑顔で聞くレムネアクは、簡易的な()()()を制作中。ここは、昨晩と異なる神殿の地下倉庫。


「まだ掛かるのか」


 退屈な仔牛は、始めてから10分ごとに同じことを聞く。三回目で、レムネアクが『終わりました』と丸めた背中を起こした。床に置かれた桶いっぱいに、薬草臭の強い液体。これを、傷んだ草木や地面に撒く。

 シャンガマックは強烈な臭いの液剤に顔を寄せ、『薬草だけ?』と灰の欠片が浮く液体に尋ねた。


「草木灰なども入れます。即効性ではないですけれど、ヨライデはどこでもこれを使います。各地方で少しずつ変化はあっても、土地に合う調整程度で」


「これだけ撒けば済む?」


「いいえ。あと・・・これも。浄化剤を撒いたら、上に掛けます・・・見た方が早いですね」


 外を指差すレムネアクに了解し、シャンガマックは桶を一緒に運ぶ。レムネアクは違う桶を抱え、そちらは蓋付き。元から部屋にあった物で、シャンガマックは中身を知らない。


 表へ出てすぐ、仔牛は息子と僧兵に触れているよう命じ、二人は仔牛に手を乗せて濃い闇に入る。でも真っ暗闇通過は、ものの数秒。数歩先は薄っすらと風景の見える暗さ変わり、異臭が漂っていた。



 ―――余談だが。レムネアクは、この『暗闇通過現象』がサブパメントゥによるもの、とは知らされていない。

 タンクラッドから『仲間にサブパメントゥがいる』のは教えてもらっても、仔牛の正体は未だ誰からも告げられず。


 ただ、あの『煙のサブパメントゥ』みたいに()()使()()印象は、昨晩から気になっているのだが、仔牛もシャンガマックも特に言わないので、探らないでいる。



「やれ」


「はい。この量が間に合うのは、一般家庭の範囲だと分かっておいて下さい」


 期待されても困るので先にそう言うと、シャンガマックが笑い、仔牛は『さっさとやれよ』と機嫌を悪くする。はい、と往なしたレムネアクは、前方に桶を返した。


 左右に勢い付けて振った桶から、ばしゃーっと液剤が飛ぶ。異臭を悪化させる強さだが、液剤の薬草臭の方がまだマシ。桶を上下に振って水を切り、次に持ってきた『ある灰』も同じように振り撒いた。


 悪鬼が走り回った後の大地に来たことを、レムネアクは独特な臭いですぐ理解した。こうしたところは、靴で踏んでいるだけでも良くない。


「あまり長い時間、この土に立たないように気を付けて」


「そうなのか。分かった」


 自分の身を守るのもあるし、シャンガマックたちに被害があってもいけない。仔牛は息子に過保護らしいからと思って注意したら、『早く言え』と怒られたが、連れて来たのは俺たちだと、息子に言われて牛は黙った。


「む。臭いが変わったか?」


 仔牛から離れたシャンガマックが振り向き、背後の光景にすぐさま手で鼻と口を押える。レムネアクはじっと様子を見ながら『始まりました』と呟く。


「煙が出ているぞ。熱も含んでいないか?すごい臭いだ。レムネアクも顔を覆え」


「いや、慣れますので大丈夫です。煙・・・そうですね、今は湯気ですが、もう少しすると煙に変わります。熱はその時、最大に上がります」


 淡々とした説明に、シャンガマックは過去を思い出す。

 イーアンの使った技・・・もしや、と暗い夜にもうもうと上がる湯気に目を凝らしていると、突然黄色がかり、煙に変化する。ハッとすると同時、地面に薄く炎が走り、凝視する騎士の前で燃焼が広がった。


「これは。イーアンの技術。()()()(※67話参照)」


「え?」


 忘れもしないツィーレイン奥の遠征。褐色の騎士の一言に、今度はレムネアクが意外そうな顔を向け『イーアンですか』と尋ね返す。


「それはいいから説明しろ。なんで燃えてるんだ」


 ざくっと話を切った仔牛に促され、レムネアクもすぐに状態を教える。

 悪鬼の毒には昔からこれが有効で、混ぜ物の浄化剤の上から灰をかけると、発熱して消毒になるんだと教えた。その時は酷い臭いだが、一日も晒しておけば、風と太陽の熱で土は使えるようになる。


「二度と使えないくらい、土が傷んでしまっていることもあります。それは悪鬼が大群だったり、居座った場合です。そうすると地面はボロボロになってしまうんですが、そこまででなければ、この方法でまた土を回復させるのが一般的ですね。畑や敷地を通過されると、どこもこれを撒きますよ」


 それでヨライデは、悪鬼と付き合い続けているのかと・・・改めて感心するシャンガマックに、レムネアクは『人外が多いので、避けるか、こっちが()()()()()の考え方』と苦笑した。


 彼の軽い感じの笑顔に、シャンガマックは最初にヨライデで感じた嫌悪が薄れて行く。誤解していたこともありそうだとも少し思う。話を聞くと生活の知恵でしかなく、共存の感覚から文化が生まれたのかもしれない。



「おい。放置して大丈夫なんだろうな」


「そうです。放置で。魔物の毒にも有効かは、確認したいですが・・・質が違うと、まるきり材料から変えないといけませんし、対策は簡単じゃないですね。

 もし有効であれば、材料はどこでもあるので、行く先々で撒いてみても良いと思います」


 仔牛の質問に、てきぱき答えるレムネアク。シャンガマックは彼の知識を尊敬する。あの灰は、イーアンが使った骨の粉と同じなのか。骨・・・と思うと、ヨライデは死者の国だから、人骨の可能性も過るが。


 シャンガマックがちょっと躊躇ったところで、仔牛は『じゃ―、お前は今夜も忌避剤を作れ』とレムネアクに命じ、レムネアクも了解して、さっきの神殿へ帰った。


 迎えに行くまでの間、シャンガマックたちは魔物退治へ。レムネアクは二夜連続で、忌避剤制作に励む時間。



「イーアンは・・・何を知っているんだろう」


 シャンガマックの落とした一言が気になる。彼女は人間だったようだが、まだまだ未知の存在。ティヤーの人型動力の時も塩水利用を知っていたし(※2772話参照)、灰の燃焼も技術として使う様子。

 魔物資源活用機構の一人とも聞いているが、もしかして魔物を使うのは、彼女が知恵を出したからか?


「その内、教えてもらえたらな」


 イーアンが作った練り物(※石鹸)で体を洗った先日を思い出し、フフッと笑う。面白い人だと控えめに呟き、呼吸で飛んでしまう軽い材料に慌て、慎重に真面目に制作に没頭――― は、良いのだけど。



 *****



『呼べよ。話せよ。地に伏した熱。起きろ。伝えろ。崩れた未練。涙よ、吸った土から湧き上がれ。血よ、乾く前に戻ってこい』



 同じ頃、イーアンはレイカルシと降りた場所で、ヨライデの嘆きの声、聴き始め開始。

 この国は、土に染みて残る思いがいくらでも出てくる、とレイカルシは話す。


「彼らの半分は、死んでいることに気づいていない気がするね」


 赤い鱗を波打つ不思議な色が、ダルナの内側から明るく照らす横、イーアンは幻想的な花畑とダルナを見て、静かに頷いた。なんとなく、そんな感じ―― 死に気づいていない ――を理解する。


「分かっていないまま、というのも珍しくはない。でもここは。何と言うかな。死が無念ではないからか、生者の側に近いと知っているというか・・・うーん、難しい表現だな。生きていた時、既に死が身近な意識だったことで、今もさほど。分かる?」


「分かる気がします。けふっ」


「もうすぐ終わるよ、ちょっと()()よね」


 ティヤーで同じ光景を見た時(※2446話参照)、イーアンはオーリンと一緒で、この強烈な花の香りに咽た。普通の花でも密閉された空間に籠る匂いは、弱い人だと具合を悪くするのだが。

 香気成分の発散量が半端ないレイカルシの花畑に於いて、通常の花の比ではない。痛みに関係ない龍の自分が()()()()()のはなぜだ、と思う強さ。


 多分、本物の花畑ではない分、魔法も相まってこういうことが起きるのだろうが(※それでも龍に影響する稀)、ずっと側にいるには耐久力が必要である。レイカルシの呼びかけに応じた花は、見える一面に咲き乱れ、彼は大量の声を捌く。


 イーアンがけふけふ咳しながら待った数分後、ダルナはその場で屈みこんで、長い首をゆったり揺らし、数本の花を見た。

 彼の視線を得た花たちは、消え出した花畑でぽつぽつと最後の光を放ち、夢が醒めるように薄れ、全てが消える。


「終わったよ」


「どうですか?」


「うん。何人かの想いは聞き届けた」


 前もそうでしたね、とイーアンが言うと、レイカルシは『()()()()()なら』と控えめに返す。


『現状では、人間のいない世界で叶えられることは少ない』と続けるダルナに、死者の願いは生者の誰かにあてたものと察し、イーアンも少し切なく頷いた。


「で・・・生きている人間のことなんだけど」


「! はい、何か仰ってました?」


「聞いた。点々と残ってるらしい。精霊が()()()()()()()()()()()とか」


「精霊が・・・・・ 」


 レイカルシが知った情報は、花の願いの中にあった。

『今はいないけれど、戻ってきたら心配だから、危険なものがうろついた町の家族を守って』なども混じった。危険なものがうろつく、これも留める情報の一つだけれど、『現時点で・生命を持って・存在している人間』がどこどこにいるから、こうしてあげて、ああしてあげて、と正確な情報もあり。



「他の花も、伝えたい相手が現在いるかどうかは、分かってるようだが、はっきり場所や状態を伝えてきた花は、この近くにその誰かが居るからだね」


「いる。いるんですか?その人は、精霊の」


「そう、世話されている。世話っていうか、食べる飲むは問題ない。

 俺もこれだけ人間がいない世界で、生きている人間の情報からとは思わなかったけれど、ここらに生者がいるのは確認したし、行ってみるか」


 はい、と答えたイーアンは早速動く。精霊が守ってくれる人なら善人だ!と直結。食料の無事も知って安心した。レムネアク後の最初の一人、鱗を渡しておこうと、ダルナの横を飛んで・・・あっさり。



「着いた」


「早い。さっきのところから、一分もない」


 飛ぶからねとレイカルシが地面に立ち、向かって左に見える小さな家を指差す。明かりの灯るその家は、周辺に隣近所を持たず、ぽつんと寂しく在った。


 家から先には小さい町が道で続いており、海は直接見えない位置でも潮風が運ばれてくる。そっと側へ行き、家の周りも見てみると、ささやかな畑が裏手にあり、畑の脇に鳥小屋があった。鳥たちはイーアンとダルナに気づいて少し動き出したようだが、警戒はしていないのか静か。


「畑に野菜があります」 「これのことだろうな」


 野菜はそこそこ大きく、壁に沿った支柱には蔓の成り物が下がる。野菜と卵は食べられるのかな、とイーアンはホッとしつつ、お玄関へ・・・ と、足を止めたすぐ。レイカルシは、ふっと消え、イーアンも目を丸くする。


 ノック前に扉が開いた。と同時、前に立つ女の人は、イーアンを凝視。


「精霊様・・・?」


「えっ。違います、私は龍です。生きてる人がいると」


「えええええええ!龍!?」


 驚嘆もここまで。彼女は共通語で『精霊様』と呼び、イーアンの返事にも共通語で返したが、その先はヨライデの言葉でちんぷんかんぷん。

 慌てて喋りまくる女性に、イーアンが『共通語でお願いします』と言ってみたら、はたと止まって言い直してくれた。


 信心深いから戻されたと分かる女性で、龍と言ったらすぐ信じる。テイワグナ並みの早い反応に感謝し、イーアンはここへ来た理由を話した。

 ある魂から、生きている人がここに居ると聞き、いつも見守っていると、伝言を頼まれたこと。


 女性は目に涙を溜め、頷きながら『お父さんが心配してくれた』と微笑んだ。

 

 唐突な来客・頭に角がある女が戸口に来て『龍』と自己紹介・魂から伝言ですよと言われ。これを頭から信じられるとはすごいことだ、とイーアンは客観的に思ったが、だから精霊に好まれたのだとも分かる。


 年はイーアンより少し若いくらい、顔も手も絵模様が描かれ、染めた赤い髪を幾本にも編み、黒と赤、橙、黄色のはっきりした上下を着る。化粧は眉が太く、口の両端に黒い筋を描き込み、少し男性的な印象。


 じっと見ているイーアンに、教えてくれた礼を言い、彼女は女龍の背後の暗さに、『龍が来たから何もいない』と呟く。イーアンも後ろを振り返り、そういえばと話を変えた。なぜ扉を開けたのか・・・


「急に来てごめんなさい。ちょっと聞きたいですが、精霊があなたを守っていますか」


「はい。お山の精霊が、食べ物と水を整えてくれます」


 お山の精霊・・・ 過る知り合い(※正確には名前だけ)が掠めたけれど、今はそこではない。

『あなたは私が扉を叩く前に開けたけれど、偶然?』と尋ねてみる。レイカルシも何も言わずに姿を消したのだ。すると、驚く答え―――



「いいえ。あなたではなく、()()()()()()気がして開けました。準備をしてから」

お読み頂き有難うございます。

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