2926. 赤いダルナの状況・アウマンネル対談『イーアンの世界・戦う勇者のお浚い』
行先は、アイエラダハッド―――
「レイカルシ」
夕方の空を突っ切る女龍は、一筋の雲を引いて北の国の湖を目指す。
あれから、三日。彼を私の書庫に通じる空間へ入れて・・・多分、咎められたりとかはないと思うけれど。それも賭けだったが、レイカルシは意外にもすんなり了解し『前もイーアンが十日入ってたし』と。
「何時間程度です。彼をおいて三日だけど、あの中は時間がゆっくり進むから。でも、大丈夫か・・・な。テストで入ってもらった時、何も誰にも言われなかったもの」
レイカルシを隠す&彼の魔力を保つ方法に、それしか思いつかなかったあの日(※2898話最後参照)。
イーアンはイチかバチかで、彼に話を持ち掛けて『いいよ』の返事で、一緒にあの空間へ進んだ。あそこは私専用として扱っていたので、部外者が侵入と何かに判断される可能性もあり、万が一の時は、絶対に私が対処すると約束した。
入ったら急に消える・消されるなどの問答無用も過らなかったわけではないが、レイカルシは『俺は大丈夫だと思う』と言い続けていた。
緊張しながら一歩踏み出し、無事。二歩目、無事。慎重にちょっとずつどこまでOKかを、心臓が飛び出しそうな鼓動を感じながらレイカルシと進んだ。そして、白い道を抜けた先、あの風景までレイカルシは到着。
ここから先はさすがに無理かもしれないと、書庫の秘密があるため、レイカルシに『この原っぱで待っていて』と頼んだ。見える範囲に人工物があるが、書庫の入り口と名を教えることも出来ないので、あそこには近寄らないでとお願いし、レイカルシは『もちろん』と了解。
離れる前に、レイカルシから一本の花を受け取り、『これが枯れたら俺に何かあったと思ってくれ』と言われた。
無事を祈り、ギューッと抱きしめて『ここなら安全ですからね』と・・・入っただけでやばいかもしれないイチかバチかの決定の後でも、真逆と頭で分かっていても、そう言った。ある意味安全なのは確かだし、それを告げてイーアンだけ出たのが、三日前。
「毎日お花を見ていたけれど、生き生きしている。レイカルシが入ってはまずい場合、多分最初で咎めがあるはずだし、待ったが利かない世界のイメージだから」
三日間、違うことをして過ごした割に、イーアンは湖に近づくにつれ不安が擡げ、見えてきた湖に加速し飛び込んだ。水底のアーチ門を潜り、小走りに中を進む。無事で、無事で、と思っている願いが口に出る。
『無事で、レイカルシ』声に出ている願いと一緒に、出口の草を踏み、イーアンは周囲を見回す。赤いドラゴン、どこ。
「レイカルシ、レイカルシは?」
腰袋から覗く花はピンピンしている。艶やかな花弁に馥郁な香り。レイカルシは無事なはず。
「レイカルシ!イーアンです、レイカ」
「待ったよ」
戻った声にパッと顔が明るくなる、どこどこ?!と巻く髪を揺すってあちこち振り返ると、遠くの空にちょっと笑ったダルナが見えた。発見し、イーアンが翼を出しかけたところで、レイカルシが瞬間で目の前に来た。
抱きしめて喜ぶイーアン。『無事だ』と小さな女龍を抱き返して、しみじみ再会味わうダルナ。
「すぐ出てきてくれたら良かったのに」
「探されるのも良いなと思って」
心配したんですよと笑って怒るイーアンに、レイカルシも嬉しく謝る。抱き寄せたまま、視界にある建物を見て『近づいていない』と教え、イーアンはホッとした。
「どうでした?何か変わったことは」
「特にない・・・俺がここに来てから、そんなに経ってないしね」
「三日経過したのです」
「三日も俺を放置して心配って言われてもな」
また意地悪を言って、とイーアンが眉根を寄せて笑うと、レイカルシも笑って『そんなに経ったとは』と周囲に視線を走らせる。女龍は抱擁を解いて、万年晴天の世界を眺め渡し『ここは時間がとても遅い』と教えた。
「で、これからどうする?イーアンもやることがあったから、三日開いたんだろうけど。ずっとここにいるわけでもないだろ?他のダルナはどこかにいた?」
「いいえ、異界の精霊たちは目にしていません。やはり残っているのは稀なのかも」
イーアンの腰袋から見える一輪の花に手を伸ばし、ダルナはそれを引き取って『ここにいる分には、魔力充実だ』と状態を伝え、少し情報を知りたそうな目を向けた。
仲間は誰も残っていないようだが、自分も後を追う、とはならないのが単独で生きるダルナ。
魔力も満ち、イーアンと接触も可能、暫くここに身を隠すなら妥協できるけれど、不思議な場所だけに禁止事項は押さえたい。
彼女はレイカルシをじっと見て少し考え、ちょっと待っているように言い、一人であの小さな建物へ行った。
―――レイカルシを隠す時も、彼が無事かどうかも。それを、このお方に確認すらしなかった。今、ようやく思い出した。
「アウマンネル」
書庫入口の御堂のようなところに入り、イーアンは小声でひそっと布に話しかける。布は答えないが僅かに青さが明るくなる。
「レイカルシ、ここに連れてきちゃったのですが、一部始終ご存じでいらっしゃるあなたに今更質問するのをお許し下さい。彼、ここにいてもいいです?」
『表もここもダルナに変わりはない』
「あ、お返事してくれた!」
反応あればと思ったのが会話になり、イーアンは急いで知りたい内容を伝えた。だって表に異界の精霊がいないので、表に出たらレイカルシも消えてしまうのでは・ここにいても消えるのですか、と早口で尋ねたら、青い布はふんわり光って返答した。
『ここはイーアンの世界。女龍が管理するため割り当てられた時空の路。ダルナがイーアンの決まりを守るなら、ここにいて問題はない。
表にいても問題はない。だがダルナが存在の繋ぎ(※魔力補充)に戻る場合、それは一時的な制限に置かれる』
言ってる意味が分からない!と一瞬困惑するも、大急ぎでざっくばらんに解釈し、イーアンは『つまり』と確認する。
「ここは大丈夫・表も大丈夫・でも魔力補充先の世界というか、時空は制限下。合っています?」
そう、とアウマンネルは布を揺らす。『一時制限地域(?)に入ったら出てこれない』は事実。
「では、レイカルシをここに居させて、たまに表に出しても、彼が咎められたりは」
『異界の精霊に非があるための状況変化ではない、と教えておく。これはあなた方の旅であり、これまでに得た多くの味方と助力を頼らずに進む段階へ来た。あなたが最初に私たちから受けた目的(※83話参照)を思い出すように。
ダルナなどが手伝う頻度を制限したに過ぎない。咎めも非の懸念も誤解です』
「・・・ちょっと、疑問。アウマンネル、もう少し話を聞いて良いですか?」
脱線するが気になるフレーズが出たので、それも理解したいイーアンは会話延長を望む。いいよと言われて、『最初のお話ですが』と眉がくっつきそうな寄せ方で繰り返した。
「オリチェルザムの支配に陥ったらこの世界が終わり、そうすると世界の均衡が崩れるから、肉体のある者、要は地上で意志や心を持ち動く人間が、魔物を倒して世界を守る~という解釈でしたが(※83話参照)」
『それです』
「世界、終わらないですよね?」
『終わらない(※あっさり)。だが、中間の地は終わる』
「ああ~・・・中間の地が、あの時仰っていた世界の意味」
天地や他の取り巻く環境まで当時知らせることはなかった、と補足されてイーアンも頷く(※それはそうだと)。
「話を戻します。私たち旅の仲間だけで最後の国の決戦に臨むよう、今は、増えた味方を隔離しているのですか?彼らは決戦が終わるまで待機?」
『あまり話すのも良くないが(※出し惜しむ)、異界の精霊と龍族の加勢は』
最後まで言わないアウマンネルに、イーアンもピンとくる。やっと事情が見えた。ビルガメスたちに制限を課すわけにいかないのだ。彼らはああいう気質だし(※自由・元からいる)。
異界の精霊なら、加勢を止めることは出来る。彼らはいわばオプション。やはりセンダラが推察したように、異界の精霊ヒートアップは私たちに有利過ぎた。早い話が『最後は武器無し、素手で戦って勝敗を』みたいな具合か。
『あなたも十分強い。短い間でここまで成長し、勇者との契りも固い。ドルドレンが優位だ』
あー・・・・・ 青い布の精霊は、『もうおまけ要らないだろ』的なことを言いたいんだ、と理解した。
多分、前の旅路がホントに悲劇なくらい散々だったから、三度目も同じだったらと、地上が魔物に取られる可能性も憂慮したのだ。
それはそれで、精霊たちには不本意な結末。確かに魔物が地上を埋め尽くしては、何の学びも得もない。杜撰なバカが期限未定で延々と蔓延る大地を、自分たちの世界に許可するのは嫌だったのだろう。
平たく考えると分かりやすいな、とイーアンも唸る。
魔物に蔓延られては迷惑だが、かといって先に交わした契約の範囲で(※内容知らないけど)勇者側が無敵状態もまずいわけだ。
―――中間の地を賭けて戦うから、代表は地上でしか生きられない人間(※勇者)。
サポートで、天地精霊妖精と強力な味方がつき、代表者は魔物の王に辿り着くまで、地上を守りたい意志を態度で示すため(※戦うってこと)、魔物出没国の順序に沿って進む。
で。ドルドレンの場合は、あくまで平たく考えると、大変恵まれている状態。
女龍は奥さんだし、コルステインも側に来る。旅の仲間は増減あれ、同行者も常に誰かがいてくれる。彼自身も性格が良いから、専属の精霊まで出来た(※トラ)。
その上、ダルナや異界の精霊がいたら、お前、城まで苦労少な目、いざとなりゃ瞬間移動で到着して、ぎりぎりまで仲間のサポートも付いて圧勝だろうが、と―――(←イーアン意訳)
「なんとなく、理解しました」
青い布も女龍の思考は読んでいるので(※筒抜け)パタパタ扇いで頷きを示し、ダルナに話を戻す。
『私が止めないのは、見守っている、と信頼しなさい』
「はい。つい、私は心配性で」
『そこにいるダルナが力を使っても、咎めはない。表にいる異界の精霊が力を使うのも、咎めはしない。私があなたの求めに応じて答えたのは、あなたが理解によって管理すると見做す』
――この時。アウマンネルの『表にいる精霊が』の意味を、イーアンはレイカルシについてと捉え、別の可能性は考えなかったが・・・これはまた、後ほど。
「はい。理解したので・・・ダルナが能力使う回数は控えるように伝えます」
女龍が正しく受け取ったので、青い布の光は消える。美しい刺繍が輝く布を撫で、イーアンはレイカルシの元へ戻った。
レイカルシがいてもいいかどうか。それを聞こうとしただけだったけれど、思いがけず・・・現状もざっくり知ることが出来たので、気持ちも変わった。
赤いドラゴンは、戻ったイーアンに『あの建物は近づかない』これが絶対守ってほしいこと、と言われ、改めて了解。
「それだけ?」
「うーん。だと思います。幾つか確認してきたのですが、ここに居る以上はそれだけ遵守して下さい。表に出ても大丈夫です。外であなたの能力を使うのも、特に問題ない。でも、使い過ぎないで」
「・・・表、出ていても平気なのか」
「レイカルシに話した、あのままです。あなた方の勢力があまりに目覚ましいものだから、それで制限されているだけのよう。だから外で力を使うのも・・・たまに頼るなら良いにしても、ティヤーを出る前に約束したのは、ちょっと。約束破るわけじゃないけれど(※2874話参照)」
「ああ、あれ?いいよ。破っていない。俺に掛かりきりだから、俺はそれで」
冗談めかす赤いドラゴンに苦笑して礼を言い、ドラゴンも『やっぱ強すぎた?』と困ったように笑った。一時退場の制限を食らったとはいえ、理由が理由だけに気分は悪くないダルナ。
―――誰にとって、強いのか。なぜ、強すぎることがいけないのか。レイカルシはそこまで掘り下げない。
世界の事情で、どうやっても入れない部分はあり、知り過ぎてはいけないことがある。
ダルナはそれを理解していたし、自分たちが異界から来ている自覚はあるから、アイエラダハッドでは『貢献として手伝え』の実行が、最終国では『強すぎるから控えて』になったとしても、新居の匙加減に合わせるだけ―――
「じゃ、さ。たまに手伝うのは良いんだろうから」
「はい。それは大丈夫」
「今、どうなってるか。話を聞くことは出来る?表で俺が動くのは、霊相手だ。派手な力じゃない。瞬間移動みたいな便利さはダメだろうけど、死霊の面倒を助言するくらいは『ささやかな能力』の範囲だ」
そこまで思っていなかったイーアンは、レイカルシの申し出に目を丸くして、はいと頷く。
表に出ても良い。助言するだけなら、戦うのも工夫するのも私たち。レイカルシが残っていてくれて良かったと、じわじわ思い始める。イングやトゥたちでも有難いけれど、大きな能力を使うと目立つ。専門のアドバイスは目立たないが、底力になる。それも、今回は死霊の国―――
これも導きかもと感じ、イーアンの手がレイカルシの赤い腕を掴んだ。赤と水色の揺れ混じる瞳がまっすぐ上から見下ろし、イーアンの笑顔に『どうする』と尋ねる。
「一緒に、一度表へ出ましょう。あなたの白い花たちの声を聴かせて下さい」
*****
青い布は何も言わない。静かに見守っている、と頼もしく思いながら。
女龍は赤いダルナと、アイエラダハッドの湖に出て、それからヨライデへ向かう。
外はとっぷり暗い。
レイカルシに会いに出たのが遅かったからもあるが、『イーアンの城』の世界に居た時間、外では夜まで過ぎていた。
「山のようだ」
赤いダルナはヨライデ上空で減速し、見下ろした雲越しに呟く。振り向いた女龍に、鉤爪で地上を示すと、地上の一部が月明かりに当たって少し明るく変わった。
「花畑・・・ 」
夜目が利かず、遠目も利かないイーアンもすぐ気づく。それが白い花の咲き乱れる光景だと。
「きれいだ。悲しくなるくらいに」
ダルナにはもう聴こえる声。月光は雲を縫う程度の夜、レイカルシが呼びかけた白い花の群れが輝きを増す―――
お読みいただき有難うございます。




