2925. タンクラッド VS 死霊の長・レムネアク講座①『精霊の木』
☆前回までの流れ
イーアンから『神殿の剣を狙う輩』の心配を聞いたタンクラッドは、サンキーがまた狙われても困るので、個人的用事も含め、鍛冶屋の住む島へ行きました。するとサンキーから襲われた事件が起きたばかりと聞き・・・話している最中にその相手が現れました。
今回はサンキー宅から始まります。
※7000文字ありますので、お時間のある時にでも・・・
ここまで来て、また死霊か。
大剣片手、剣職人は首を左右に傾けて鳴らし、塀の外に現れた相手に『面倒くさい』とぼやく。
空中の一画から滑るように下りた死霊は、ヨライデで見ている死霊と同じ。ただ少しこちらの方が人間臭い。ヨライデのやつらは喋りそうもない顔で、今、目の前にいるのは表情も目つきも違う。
死霊の上に開いた別時空の風景は朧気で判別しづらいが、どこか荒天の風景を思わせる色。その一角から、数頭の黒っぽい動物が頭を出し、それらも死霊の後ろに降りた。大型犬と同じくらいとサンキーは言った。これが悪鬼と気づく。
動物の体つきに、崩れた腹や腰、胸を持つ。深い意味はなさそうだが、恐らく『生きていない象徴』で、内臓など重要なものは壊れている・・・そういった要素を見た目に持つよう思えた。
それらが立った地面は途端に黒ずみ、雑草が溶ける。動き回るだけで汚す、とイーアンが話していたが、龍気で浄化すれば大地も戻る。この前は、サンキーが龍の鱗で対処したため、地面は無事を取り戻したのだろう。
「とすると。俺も切り捨てるだけじゃ足りなさそうだな」
襲ってこない相手をしげしげ観察し、タンクラッドは両手で剣を構える。数m先の死霊は『何者か』とここでようやく喋った。
「お前が誰か、だろう。先に言え」
タンクラッドらしい返答ではあるが、待たないのも彼らしさ。そう答えた側から、剣がひゅうひゅうと渦巻く風を立て始め、時の剣はあっという間に大渦を作り出す。混ぜ込むものは、相手の気とタンクラッド自身の微弱な龍気、及び―――
「すまんが、ちょっと手伝ってもらうぞ」
肩越し、背後の塀に軽く挨拶。イーアンの鱗から発する龍気を取り込んで、渦はどんどん勢いを強くする。この時点で、向かい合っていた死霊と悪鬼は既にいない(※終わった)のだが。
「もう少し」
鳶色の瞳がしっかり捉えている敵。呆気なく時の大渦に散った雑魚の後ろ、空を一部切り取ったような異時空目当てで作り出した大渦は、轟音を響かせながら異時空が閉じるのを邪魔し、抵抗するように小刻みに揺れる枠を無理やり押し広げる。
「出てこい。どこのどいつだ」
『ああ、お前は人間だろ?』
大渦の起こす風の中、剣職人の呟きなど聞こえないのに、耳にへばりつく声一つ。来た、と知ったタンクラッドが力を更に上げると、『おいおい』とふざけた感じで困ったような反応、そして遠くから女の悲鳴が聞こえ・・・この次に、驚く。
異時空から何かがすっぽ抜け、ハッとしたタンクラッドの隙をついた相手は渦から飛び出し、渦外に浮かんだ。
その姿、皮を剥かれた人間の男―― 思わずそちらへ顔を向けた途端、大渦はそのままだったのに、急に異時空が窄んだ。
「しまった」
うっかりした一秒を掻っ攫われる。異時空は消えたが、これは逃がした状態。
逃がした!と気づいて、大渦も勢い落ちるが、倒す相手は他にもあり。だが、あのおかしな相手も見失った。大渦に巻き込む龍気の制限も気にし、タンクラッドは舌打ちと共に一旦渦を消すよりなくなる。悔しくも、渦が消えるや。
『しまったぁ?何を言っているんだ。充分、被害は生んだのに、これで満足じゃないのか?なんてやつだ』
「・・・どこに」
どこで聞いているのか。すぐ近くで喋る相手の声に、タンクラッドは剣を持ったまま神経を研ぎ澄ます。一秒、二秒、三秒目、返事が戻る手前に生じた僅かな変化を感じ取る。感知直後に、話し方と声質の合わない誰かが喋った。
『お前は話す間もなく攻撃するのに、わざわざ出ると』
「残念だが、出て来なくても攻撃はするんだ」
『やってみると良い』
少し笑った挑発、声はそこまで。タンクラッドの構えた腕は動かず、海から吹くティヤーの南風を受けながら、その場に彫刻の如く佇む。
まだ、いる。いるのは伝わる。遠いが、若干近づいた。俺に嗾けるのか、相手にせず逃げるのか。やってみろと言って逃げるのも考えられなくはない・・・が、この手の輩は。
固まった男に、死霊の長は興味本位で側へ寄る。切りつけるつもりらしき可笑しな人間の腕試しを、出てきた序に見ておくか、としただけだが。
異時空半分を跨ぐ霊体の動きが、人間に捉えられるはずはないのに―――
僅かな違いを見極めるタンクラッドも同時に反応する。時の剣は突然、金の暴風を噴き出し、目に見えない相手の気を引っ張り込む。
『うおっ』
死霊の長の一部が引きずり込まれ、反応ありとばかり、瞬く間に金色の剣は渦を拡大。凄まじい速度で膨れ上がった時の渦に、形半分を消されかけ、死霊の長は慌てて異時空へ散った。
「逃げたか?」
伝わる感触の変化で、タンクラッドも渦を抑える。一部は捕らえたはずが全部は無理だったようで、消しきれなかった。
「・・・ふむ。なんだ、ありゃ」
ひゅうっと最後の旋風が抜け、金色の剣を背中の鞘に戻して剣職人は空を見回す。気配も何も感じないので、軽く溜息。逃がしてしまったと頭を掻いた。
「あれは、結構な立ち位置かもな。時の大渦から逃げられるとは思わなかった。直接食らっておいて、ああした動きが可能となると」
イーアンに話しておかないといけないことが増え、タンクラッドはサンキー宅へ戻る。時の剣が渦を起こす際に龍気を巻くので、悪鬼が腐らせた地面は浄化されていた。
それを一瞥、扉を叩き、出てきた鍛冶屋に開口一番『かっこ良かった!』と変な感想を貰って笑い、タンクラッドから今後の提案『仮にだが』を話す。
残った人々用に、民間防具の制作もしたい。たった今の状態は、そんな相談に似つかわしくはないが、これも叶える形として・・・・・
*****
あの後から、馬車は順調に道を進み、遠くに気配はしても魔物や幽鬼が寄り付かず、ドルドレンたちは馬を休める昼休憩、午後休憩と、二回ほど短い休憩を挟んで、本日の野営地候補へ入った。
時間としては休むに早いのだが、食料の調整もある。テイワグナの港を出発してまだ三日しか経っていないけれど、在庫は少ない。
アマウィコロィア・チョリアで購入した食料は、事態が事態だっただけに、思う存分の買い込みは出来なかった(※2872話参照)。
その後の船待機でも食料は使ったし、テイワグナ滞在でバイラの差し入れはあったものの、人数が多いため追い付かない。いかにロゼールが工夫しても、限界はある。
「では。あっちへ」
「お前さんの活用が、こんな形であるなんてね」
ハハハと笑う、レムネアクの横を歩くイーアン。
二人の後ろをついて行くドルドレンたち。馬車は仔牛が見張りをしてくれるので(※息子経由で引き受けた)、他の者たちは食料を集める。
「レムネアクなら・・・自分一人だったら、こうした陸地でも食べるものを見つけて生き延びられるの?」
「私じゃなくても、生き延びられると思いますが」
見たところ、分かりやすい果樹などもない自然のみ。イーアンは、ふぅん、と頷く。レムネアクは信用してもらっているうえに、イーアンが頼るので嬉しいだけ。あまり顔と態度に出さないよう気を付けるが、自然と笑みは浮かぶ。
「今は、生き延びる自信が半減していますね。魔物の毒で侵された土や水が広がっていると聞いては。魔物相手に、魔術がどう利くかも知りませんし」
「うーん。それね。そうなんだよ・・・ 他で生き残っている人たちが心配」
レムネアクの『自信半減』は、イーアンも他の人たちに当てはめて悩むこと。井戸があれば水くらいは飲める、その安心すら奪われてしまうのだから、早めに対処したいが全体的となると思いつかない。
「龍気で祝福、浄化も出来るだろうけれど、魔物をまず倒さないと毎日やってもイタチごっこ」
ぼそっと呟いた女龍。すぐ考え込んで会話が途切れる女龍の癖に気づいたレムネアクは、黙って相槌を打ちながら歩くのみ。横を歩かせてもらっている、それだけでも満足。
イーアンが並んで歩いているのは、植物採取前に毒を抜くため。
浄化について極端なことを言えば、ヨライデ全土を龍の力で浄化した場合、勿論、動物も人間も安全だろうが、簡単にそう出来ない理由はある。レムネアクも、これを説明される前にピンと来た。それは、自分が『先入観・油断』を意識する仕事だったから。
―――『魔物をまず倒さないと、毎日やってもイタチごっこ』。これに尽きる。
一度浄化され、口にして問題なければ、次も口にするのを躊躇わない。動物たちなら避けるかもしれないが、人間は五感で感じ取れる危険でもないと油断する。安全と思い込んだ先入観が、次の危険を無視させる方がいけない、とイーアンが話したのは、レムネアクにも納得だった。
すぐに死んでしまう毒素だったら、運尽きるという無念に至る。これも辛いが。
仮に飲食で痛みを発症するなどであれば、次は食べないか、もしくは食べる際に警戒し、何か手を打とうとするもので、今はその方が大切じゃないかとした理由から、下手に『全体浄化毎日繰り返し』を行わない。
浄化した側から魔物に汚染される前提、一度二度の浄化によって警戒心が下がった人間は、危険を口に運ぶ可能性が高い―――
「龍にここまで気遣ってもらえる人間たちは、幸せですね」
「龍なのに、こんなことも守れないのは、人々にとって幸せかどうか疑問だよ」
ぽそっと落としたレムネアクの感謝を、イーアンはすぐに打ち消す。その返事がまた人間想いで、レムネアクの心に沁みた。本当に困って悩んでいる横顔を見つめ、優しいんだなと、こうした会話でも思う。
「あの木?」
近づいた木々を指差し、イーアンはよく見ようと目を細めた。あれですと答えて、少し足を速めレムネアクが先に行き、太めで背の低い木の下に立った。ヨライデ全土で見かける樹種だが、町にはない。人里側にない、木。
イーアンが来て、皆も到着。同じ樹種が点々と生えるそこで、レムネアクは幹に触れて振り向いた。
「亜種はありますが、この木の種類はどれも同じ特徴があります。食材には、枝先端を使います」
「枝」
誰もが思わず異口同音で驚く。はい、と普通に返すレムネアクは、少し下がった太い枝の端へ行き、葉の茂る細い枝を掴んで何かを呟き、ナイフで枝を切った。葉はその場で千切って捨て、枝だけを持ってくる。
直径2㎝ほど、長さは30㎝そこそこの枝を前に、これを食べる?と全員が怪訝そうに彼を見た。ナイフの切っ先を切り口に当て、レムネアクは切っ先を少し上に撥ねる。樹皮は左右に捲れ、指先でそれを摘まんで剥がすと、あっさり樹皮が外れた。目を丸くするイーアンは、はたと気づいて『消毒!』と忘れていた浄化に慌てる。ちょっと笑ったレムネアクは、白い龍気が枝を伝うのを見てから目が合い、『大丈夫です』と言った。
「大丈夫じゃないから、私が一緒に来たんでしょ」
「先に言えば良かったですね。この木は、異物を含むと血を流すので」
「血。木が」
「はい。精霊の木とも言います。毒や異物を含むと、切った時点で樹液が赤いはずなので」
相手が魔物で初体験の毒だったら分からないのではと、ドルドレンがちょっと突っ込むが、レムネアクは信じ切っており『精霊の、と呼ばれるだけ逸話はある』ことも教えた。
「そうなんだ。その、じゃ、白い樹液だから食べられるんだね」
恐る恐る、脇からロゼールが尋ね、レムネアクは内側の白い芯を傾け、彼に見せる。
「はい。触ると分かりますよ。硬くないんです。茹でると非常に柔らかく変化するから食べられます。繊維も、先端からこの長さ・・・直径がこの程度までであれば脆いので、咀嚼しないと食べられないと言うこともありません。先端は次の成長を担うから、たくさん採取するのは控えるべきですが」
そう言いながら、顔を枝に寄せたロゼールに枝を渡し、レムネアクは幹に向き直って、下にある枝の一つを握った。
「教えた枝だけ切って下さい。こうして見ると、付け根に小さいコブがあります。ここより上を、斜めに切って下さい。切る場所は、支えの枝に近い位置です。まず、これが一つ。
切る枝の見分け方は、幹に向かって生えている枝・下がっている枝・込み合っている枝・あと、たまにこっちみたいに・・・ひこばえというか、下から出ているのも、同じ条件で切って大丈夫です」
「それは何かの儀式か」
ドルドレンが不思議そうに示されたところを覗き込み、レムネアクは笑顔で首を横に振る。
「違います。今の条件で小枝を切ると、木にとって良いからです。成長を邪魔するのではなくて、促すように切るだけのことです」
「俺もそう思った。俺の部族も同じように、枝打ちする時に決まりがある」
横から話に入ったシャンガマックが感心して同意すると、レムネアクも微笑んで『もう一つ理由があって』と別の知識を伝えた。
「私が知っているということは」
「あ、もしや。どこかの部位は毒か」
「そうです。繊維が脆いと言いましたが、これが直径5㎝ほどの箇所を切ると、無数の針のような繊維が取れます。小さく硬い針の塊のようなもので、それをほぐすと空気に触れた時に毒も作ります」
「うわ」
うわ、と嫌そうに枝を見たロゼール。ドルドレンたちも真顔に戻る。レムネアクは少しすまなそうに『言わなくても良かったですね』と苦笑。
針のような繊維で毒付きのそれ、どんな使い方したんだろう、と若干気になるイーアンだが、この場で聞くのはやめた(※不謹慎)。
「忘れて下さい、と言っては危険か。覚えておいて下さいと言った方が良いですね・・・ということもありまして、先端から30㎝程度の長さの枝であれば、未熟な繊維は食べられますし毒もないので」
「太さが問題なのだろう?どこまでなら安全だ」
不安がるドルドレンに、はいはいとレムネアクはきちんと教え、皆も胸中は同じだが『とりあえず食べられるもの』として枝を切り始める。
詳しいレムネアクの指導の下、木の生育に良い条件を守って(※毒も気にして)見てもらいながら、皆は周囲の木々からも枝を集め、大丈夫とは言われたものの、積まれてゆく枝にイーアンはちょいちょい聖別しつつ、龍の爪に変えた指で枝を取った。
要は、木の剪定――― レムネアクは剪定も出来る(?)と分かり、これはホントに仲間にして正解だったかもとイーアンは思う。
精霊の木についてシャンガマックに質問されるレムネアクは、作業を一緒に行いながら、精霊の木が人里にないことや、毒を含まないものであることを話す。
聞こえてくる内容に、皆も興味深く・・・レムネアクの知識や話は、最初こそ驚かされて訝しくも思うが、理由を知れば然もありなんと頷けるものが多いと感じた。
こうして、斜陽が差す頃。風通し良くしてもらった状態の木々の群れを見渡し、地面に広げた布いっぱいに積まれた枝を見て、レムネアクは『これくらいで』と終了を告げる。
「樹皮を剥いても、この枝の長さなら変色しません。わずかに黄味がかりますが、赤や橙にならないです。樹皮を剥いて乾燥させておけば、いつでも茹でるだけで食べられるので、馬車に積んだら私が樹皮を取ります」
「あ。俺もやろう」
さっと挙手した褐色の騎士は、こうした自然の恵みが好き。手伝うのは、レムネアクを今夜も連れて行くから二人でやれば早く終わるし、と。フーンと思うドルドレンも『俺も一緒に』と申し出る。
ロゼールは料理担当なので除外。ルオロフは料理をしたことがないため(※船で手伝ったが下手と判明)、何も言わなかった。イーアンは、出来れば手伝いたかったが・・・ レムネアクの馴染み方は良好だし、伴侶が彼の側にいてくれるなら安心と思い―――
「すまないね。イーアン」
「いいえ。これくらい屁でもありません」
そういうこと言ってはいけない、とドルドレンに注意されつつ、イーアンは食料馬車の荷台に収穫物を積み込む。
龍の腕だと大量でも重くても関係なし。よいしょと置いてから『では、ちょっと出かけます』とお手伝い出来ない外出を伝えた。
イーアンがそそくさ・・・空へ飛んだ後。
過去談をレムネアクに聞いた後から大人しいルオロフは、彼に近づきにくくてロゼールの側へ行き、シャンガマックとドルドレンはレムネアクと作業に掛かる。
「採りたてが一番、皮を外しやすいです」
「知ってる。でも時期にもよるな?」
「多くはそうですね。だけど精霊の木は、いつでもなんですよ」
シャンガマックはレムネアクの知識を楽しんでおり、荷台の外でぶつくさ言う仔牛に、時々笑いかけながら往なす。ドルドレンも面白く彼らの会話(※仔牛の文句も)を聞き、手を動かして樹皮を外している間・・・
精霊の木。
レムネアクの解説から徐々に、何に基づいてそう呼んでいるかが分かり始め、騎士二人は目を見合わせた。
「血の精霊?」
「はい。精霊の木の樹液が赤くなるのは、血の精霊が生者を手伝うと言いますか。毒や逸話もあるため、普通は切り倒しませんが、死霊術の材料で使う時は切る時に儀式を行い、この赤い樹液で死霊の害を肩代わりする薬を・・・ 」
死霊は死霊でうまく使って付き合う存在ですけれど、と作業する手元を見ながら、レムネアクの話は続く。
そこではなくて、ドルドレンもシャンガマックも―― 特に、シャンガマックは現地で黒い祠とあの黒い面を見たから ――血の精霊が、『原初の悪』と気づいて緊張が走った。
レムネアクは母国で普通に知られていることを伝え続け、騎士二人は一言一句聞き漏らすまいと真剣に耳を傾け、仔牛は荷台の外で文句をやめず。
日暮れ間近の野営地に、風に乗る夕食のにおいが漂った。
お読み頂き有難うございます。




