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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2924/2957

2924. 僧兵前の過去・魔物退治の一場面・鍛冶屋の事件・タンクラッドと、鉢合わせ客

※明日の投稿をお休みします。

熱が下がらず、投稿を忘れてしまいそうなので、今日二話出します。よろしくお願いいたします

 

 聞いて、良かったのか。ルオロフは貴族(自分)の話をするか、躊躇う。



 時間にして十分程度のレムネアクの過去は、想像より悲惨だった。

 ルオロフの表情に驚きが出てしまったため、レムネアクは途中で話を止め、『アイエラダハッドもいると思う』と付け足したのだが、ルオロフはそこまで想像したことがなかった。


 イーアンの過去を聞いた時も辛く悲しさを感じたが、彼女は幼少時・家庭環境について詳しく話していない。

 レムネアクの話は幼少時から始まった。彼は、非常に貧しい生まれだった。エサイの説教『履く靴はあるか』そのもの。



 親は雇用される仕事で、家にほぼいない。たまに家に両親がいても、『どちらが本当の親か分かりにくかった』とレムネアク自身が思い出すほど、母も父も()()()()()()だった。つまりそれは、とルオロフは思ったが、話の腰を折ることはせずに聞いた。

 レムネアクの家も、誰かの家の延長にあったようで、自宅に戻ったら違う家族がいることもあった。そういう時は、追い出されるか無視されるかで、家の隅・敷地の雨風が入りにくい場所に眠った。


 学校は近くにあったが、レムネアクは自分がいつ通うのかも知らず、飲食は『家らしきところ』で人がいない時を見計らい、台所にあるものを口にした。両親と思しき大人がいても、彼らはレムネアクに構うことはなかった。話しかければ返事は戻るが、いつもそれは適当で、赤の他人がたまに家にいるなどの事情も知らない。


 盗みはしなかったが、自覚しない盗みはしていたかもしれず、外で盗るではなくとも、家の台所にあるものを食べたことで暴力は受けた。食べていなくてもレムネアクのせいになって、暴力が振るわれることも多々あった。血を流す怪我の回数は覚えていない。


 だが、暴力の下敷きになる一方でもなく、怒れば自分もまた手は出るし、必要なら嘘も吐くし、回想するレムネアクの意見は『暴力の中で育って、暴力が当然と染みついたことで、自分も同等のことをしているため、可哀想な子供と呼べるほど()()()()()()()()()』と。


 その内、近所の集会所で説法の際に配膳を手伝うよう誘われ、駄賃ならぬ食べ物と引き換え、文字通り『食べるために』手伝い始めたのが、読み書きのきっかけに。


 説法は週に一~二回だが、慈善活動も含んだ地域の集会所は、レムネアクの居場所が安定しないのをすぐに知り、毎日の宿を提供した。

 盗み・強奪厳禁の約束をさせられたけれど、レムネアクは『そんな小さなことで、日々の食料と寝床を失うほど馬鹿はやらない』と鼻で笑った。その横顔は、子供の頃から彼が同じように聡かった雰囲気を滲ませる。


 読み書きを覚え、手伝いの配膳と内容を覚え、説法の焚き清めの流れも覚え、信頼も培い、一年も過ぎるとレムネアクは従者見習いの状態で、集会所に直結する教会への出入りも増えた。そこで死霊術を学び、別の地域にも勉強に出され、ヨライデのいくつかの地方に滞在しながら、各地の違いも覚えた。


 ここまでの間、彼の親や家族はどうしたかと聞くと、『さぁ』とレムネアクは笑って、『いない方が良い存在だったのは確かでしょうね』と軽く流した。彼が家に戻らなくなってから一度も、探されるなどはなかったらしい。



「こんなところですよ。ティヤーへは、派遣収集の知らせで、各教会から誰が行っても良い内容だったんです。その時所属していた教会の司祭は、ティヤーにいる知人の元へ派遣する予定で、学びに行くなら渡航費も出すから行かないか?と話を持ってきました。


 向こうで二~三年学んだなら帰国。帰国時期は大まかで、ティヤーに移住も出来ると言われていました。私はどちらでも良かったし、ヨライデで覚えることはもうないだろう、と司祭にも認められていたので、これを機会にティヤーへ行ったのです。

 ただ、まぁ。死霊術を求められるかもしれない、その雰囲気は派閥がどう、とね。暗に伝えられていたので、あちらの宗教事情も噂は知っていたし、後ろ暗いこともありそうな予感はしていましたけれど」


 僧兵の試験があるとは想像していなかったが、当時のレムネアクはまだ試験を受ける年齢枠だったのもあり、それで合格した続きが僧兵。試験に落ちなかった以上、断れない仕事が僧兵であり、レムネアクは流れで僧兵になった。



 知りたかったはずなのに、聞き終えたルオロフは何と言って良いか悩んだ。


 彼は、受け入れてきただけだったと、結論が出た。私が想像するよりはるかに過酷な状況を生き、選択肢に翻弄されたとどのつまりが僧兵とは。


「ルオロフさん。もしやですが、同情していますか?同情しなくて大丈夫です。さっきも言いましたが、どこの国でもいるものですよ。貧富があれば、貧しい底辺は国関係なく似たり寄ったりです。あなたは貴族だから関わりようがないけれど、生まれなんて決められないでしょう?」


 もう、ルオロフにぐうの音も出ない。エサイが放った言葉はルオロフを注意するためだったが、同じ言葉でもレムネアクは自覚として使う。では自分は、『生まれなど決められない。()()()()()()()()()()()』とエサイに返した心がどこから出たか、気づくのも恥ずかしかった。


「とりあえず過去はこんなところで、僧兵に至るに犯罪一色だったわけではなかったと伝わったら有難いですね。死は魂の変遷というか推移というか、その解釈・感覚が僧兵仕事の抵抗無さで」


「分かりました」


「ルオロフさんの過去も」


 絞り出すように『分かった』を伝えた貴族が目を合わせたので、レムネアクが彼の番だと促した、その時。



「馬車を止めろ。魔物だ」


 横に仔牛が来て、低い声で命令。ハッとしたルオロフはすぐに手綱を―― 『すみません、これを』とレムネアクに預け、御者台を下りた。


 イーアンは既に遠くへ飛んでおり、ドルドレン、シャンガマック、ロゼールは道から出る。ルオロフも彼らに並び、仔牛は毎度のことで馬車。レムネアクの横へ来て『魔除けは?』と尋ね、レムネアクは荷袋を開き、包みの一つを片手に御者台を下りる。


 ちょっとした出来事も、この時。仔牛は、馬車の反対側へ回った僧兵の向こう、敵に気づく。レムネアクも屈めた頭をふと持ち上げ、茂み奥に来た魔物を知る。


 仔牛は彼の動きを静観。レムネアクは仔牛を振り返ることなく―― よくそうしていたように ――腰に帯びたナイフを抜いて、茂みへ入った。


 いくらかの大きな音が聞こえ、仔牛は彼の戻りを待つ。少しして茂みを出てきた男は、片手にナイフ、片手に魔物を引きずり、馬車越しに目が合った仔牛に『これ』と魔物に視線を落とす。


「死んでいると思いますが、使えそうなところを知りたいので、ここでバラして良いですか」


「ふっ。はっ、ハハハ。勝手にしろ」


 思わず笑った仔牛に、レムネアクも苦笑して『すみません』とその場で解体し始めるが、仔牛が笑ったのは行為が可笑しいからではないなんて、レムネアクは気づかず。


「あの女みたいなことを」


 鼻で笑うヨーマイテスは、息子やドルドレンたちが魔物退治をする忙しい丘の向こうを見て、薄青い空に走る白い光、女龍を目端に捉える。馬車のうしろでは、レムネアクが魔物を切り分けながら、『毒が多いと思ったが』と興味深そうに呟いていた。



 *****



 幽鬼だ死霊だの足止めのために、馬車の進みが悪いから。

 そう思って、獅子(※仔牛状態)がレムネアクを昨晩連れ出し、忌避剤を作らせたのに。


「馬車全部に使ってんだろ?馬車が動いていると、効かないのか」


 停止した馬車三台とブルーラを忌避剤で囲んだら、魔物は近づかなくなったが、動いていた馬車に配っても魔物が側まで来た。ということは、お前のは固定術の類か?と獅子(※仔牛)は訊く。



「いや、()()()()()()()()()()()()、使っていません」


 そもそも馬車全部に配っていない=『使ってなかった』と正直に言われ、バラした魔物を片付ける男に、仔牛は舌打ち。使っとけ!と怒ると、レムネアクは尤もとばかりに頷いて見せ『これを片付けたらすぐに』と承知した。


「ちっ。効かなかったら、お前は」


 役立たずだと言おうとし、仔牛の口が閉じる。

 レムネアクが茂みに魔物の躯を放り、使える部分を樹皮と金具の網に入れ、御者台の袋脇に見えないよう置く。仔牛の悪態にちらっと目を向けるも特に反応せず、魔性除けの薬を各馬車の御者台に分けて、戻って来た。


 役立たずかどうかは、こいつに()()()()()()()()()()()だな、と獅子(※仔牛)は思う。

 自分の出来ることを淡々とする男が、馬車を挟んで『皆さんが戻ったら、薬を置いたことを伝えます』と、一連を見ている仔牛に応えたので、『もう来る』とだけ答えた。



 *****



 離れたところで魔物を倒して戻って来た皆に、レムネアクの()()を伝えている頃。


 ヨライデから西に位置する、ピンレイミ・モアミュー島では、タンクラッドがサンキーと話し込んでいた。


「はー。なんてこった。もっと早く見回りに来れば良かった」


「そんなことはないですが」


()()だろう。サンキーが怪我するくらいなら」


 タンクラッドの視線は、向かい合う鍛冶屋の肩に止まる。鍛冶屋も左の肩をちらっと見て『掠り傷ですし』と申し訳なさそうに呟いた。


「掠った、と言ったってな。相手が得体知れない奴なんだ。何の毒があるか、もしかすると後から」


「だ、大丈夫だと思いますよ」


 遮ったサンキーは、龍の鱗もあるし!と片手に握りしめるイーアンの鱗を見せる。実際は、いろいろと想像して怖いには怖いのだが、お守りにしている女龍の鱗を頭から信じるのみ。前に出された白い大きな鱗を、困った目でじっと見た剣職人は、『傷が()()()()()()()()良いが』と溜息を吐いた。



 数日前、サンキーは外へ出た際、奇妙な獣と人の形をした物の怪に襲われかけた。どうして家を出たのか、何をされたのかと驚いたタンクラッドは、彼の話を聞いて・・・それは当たり前か、と。



 ―――食料。


 家の食料が付き、悩んだサンキーも外へ出ることに決めた。畑の野菜も収穫し続けているので、次がまだ小さく、その日の分にも満たなかった。イーアンの鱗を持ち、鱗片を付けた剣を下げ、鍛冶屋は表へ。


 近隣の住民がいないので、申し訳ないけれど、そちらの畑から食べ物をもらおうと考えた。


 近所と言っても少し離れ、サンキー宅から見える位置の家は、遮るものがないから視界に入るだけで、歩くと数分はかかる。

 最初の家は果樹が数本あり、サンキーの家庭菜園野菜と交換で、よく果物を貰った。この時期は実が成る。たわわに実った果実は枝から垂れ、サンキーは果実を頂戴した。

 横の家から家禽の声が聞こえ、裏へ回ると家禽が数羽、柵の中をうろついていた。

 島に天敵がいないので、柵はあっても飛んで表へ出る自由な飼育。家禽は寝る時間に戻る習慣があり、どうやら健康に問題なさそう。餌をあげた方が良いかと少し思ったものの、大丈夫ならと踵を返した。


 道に出て、三軒奥の家に行き、ここでも畑の野菜をもらった。果実と野菜で袋がいっぱいになったので、人のいない家に礼を言って帰ろうとしたサンキーに、獣の唸り声が響く。


 獣などいない島で、喉に息と唾を引く唸りを聞くなんて。

 急に雲が張り、ルオロフが来ていた日を思い出し、一目散に駆けた。龍の鱗は腰袋にあり、剣も持っているが、あの時の獣の化け物を自分が切れると思えず、逃げるに徹したものの。


 後ろから聞こえてくる獣の声と足音は、サンキーに追い付かない・・・逃げ切った塀目前、阻むように敵が家とサンキーの間に現れた。ぶつかりかけて踏みとどまる足。


 腰丈ほどの大型の犬数頭、人間のような物の怪一人。それを置け、と物の怪が片手で示したのは、サンキーの剣。

 襲われなかったのは龍の鱗があったからだ!と気づいたが、相手もそれさえなければの状況。抵抗しようにも、家の塀入口前に敵は並び、サンキーは狙われる意味が分からないので、どうにかして逃れようと考えた。



 サンキーは剣帯を外した。その時、腰袋の蓋をずらして鱗を掴み、果物の袋を抱える手で片手を隠す。

 背を折り曲げて地面に剣帯を置くや否や、獣が飛び掛かり、咄嗟に鱗を掴んだ腕を伸ばすと、鱗から白い龍の顔が突き出て獣をはじいた。壁に当たり吹っ飛んだようなその隙に、サンキーは剣帯に構わず塀の隙間へ走った。物の怪の手が彼の肩を掴みかけ、これも振り切る。


 家主が飛び込んだ瞬間、塀の内から龍の幻がグワッと立ち上がり、物の怪の腕から本体まで流れるように消え失せ、同時に獣もいなくなった――― といった事件。



 玄関口から中に入ることなく、立ち話状態のタンクラッドは、後ろを振り向いてもう一度大きく溜息。


「イーアンの鱗があっても、うーん。いや、()()()()()これで済んだと思うべきだが」


 龍の鱗を投げて使うと言われても、『勿体ないから』とサンキーは投げなかった。投げていたら無傷だったろうに・・・と思うところ。でも、持たせた者がどう使うかまで、管理できない事実をタンクラッドは受け入れる(※勿体ない精神)。



「傷は本当にちょっと服が切れて、爪が掛かった程度です。血は少し出ましたが、垂れるほどではなかったし、私は龍の鱗を包帯の上から当てていたので」


 何が何でもイーアンの鱗頼みで対処した鍛冶屋に、タンクラッドも頷くしかない。

 確かに女龍の鱗は意味の解らない力を発する。鱗を傷に当て、神頼みならぬイーアン頼みをした時間で、毒性や魔性などが傷に残る確率は低いだろうし、消えている可能性もある。


「とはいえ。俺が治療できるもんじゃないから、これはイーアンに来てもらった方が良いな。戻ったら伝えよう。それと、その迷惑な敵だが。獣というのは、大型犬くらいなんだな?人の物の怪の特徴はあるか?」


「それが」


 そう、言いかけて鍛冶屋はタンクラッドの後ろに目を見開いた。タンクラッドも振り返る。不意に雲が冷たい風を帯び、速足で近づく黒雲に日差しが遮られた。

 タンクラッドの手が、背中の剣を抜く。金色の剣の柄頭についた赤い石は・・・()()()()()()()



「どうも魔物じゃなさそうだな」


「タンクラッドさん、この雲の時です。ルオロフさんの時も、この前も。なぜここを狙うのか」


「直接、()()ことにする」


 戸を閉じておけと剣職人は玄関を離れ、敷地と外の境目へ歩く。タンクラッドの中では、もう当たりがついていること。イーアンが気にした『デオプソロ姉弟』の仕業のような。


「確かめて正解なら・・・ サンキーの今後も考えんとならんな」


 雲はどんどん増えて、一部がへろりと剥けた。掛けた上着が、下に落ちるみたいに。空中の一部から、低い唸り声が届く。続いて、異臭、淀む湿気た空気、そして――


「お前か」


 敷地の向こうの空を見たまま、タンクラッドの足が塀の外を踏んだ。


「死霊じゃないか。()()()()()の」

お読みいただき有難うございます。

明日の投稿をお休みします。

ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝します。

気温差が出やすい秋です。皆さんもどうぞお体に気を付けてお過ごしください。


Ichen.  

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