2922. 旅の四百七十八日目 ~ミンティン案内ヨライデ遺跡・『念憑き』追跡の理由・レムネアクの評価
夜にでも話を聞こうと思っていたのに(※2916話最後参照)、日暮れに戻ったらレムネアクは不在で、結局翌日を迎えたイーアンの朝―――
「龍気回復したけれど、すっきりはしませんね」
アオファとミンティンの間に挟まり、龍の島で目覚めた一言。
ミンティンが振り返り、『あのですね』とイーアンは龍を相手、レムネアクの情報について話した。ミンティンも聴いていたと思いますが・・・(※2915話参照)から始め、あの時の彼の話や、野営地の旧教の神殿のこと、馬車の民が旧教神殿に馴染んでいる印象など。
振り返ったも僅かな間で、青い龍はすぐに首を前に戻したが、女龍はいろいろ喋っており、それは聞いてやった。
静かな美しい空の朝に、不満傾向で始まったイーアンが一息ついたので、ミンティンはのそっと立ち上がると、女龍のクロークを嘴で摘まんで、驚く女龍を島から連れて出た(※強制的)。
「なんですか、嫌だったの?」
自分で飛びます!と煩いイーアンを背中に移し、乗ってろと金色の目で命じる。無言の命令にイーアンは眉を寄せるも、ミンティンに出されたから(※つまり他の龍も迷惑と)大人しく従う。
基本、ミンティンは喋らないので、行先も何も分からない。だが青い龍は回復したイーアンを連れて、ヨライデが見える空へ入ったすぐ、急に速度を上げて滑空。反動で落とされかけたイーアンも急いで鰭に掴まり、何があった?と下を見る。ぐんぐん下がる龍は、背中を振り返らずに―――
「ヨライデ城」
海から少し離れたところに建つ、古城。
イーアンも近くまで来たことはあったが、側へ寄って大丈夫か気になり、遠目だけだった。なぜかミンティンは、この呪われた古城の上を掠めて飛び、イーアンは遠ざかる城を振り向いて、『ここにドルドレンが来る』それを心に焼き付けた。
・・・私も、あの城の呪いを外しに入るんだけど(※2900話参照)と思ったところで、龍の速度ならあっという間の続きは、別の城。
これもミンティンは掠める近さまで高度を下げ、イーアンの関心を引く。こちらは古城よりも人がいた印象で、閉め切ったヨライデ城と比べ、解放された城に感じた。
城を据えて石塀が広く囲む前半分に、建物の所狭しと詰まった町。城裏手に、舎や馬房らしき施設が何十棟とある。
壁の門から続く石畳は、ちょっと離れた別の町と、町から先の港へ延びる。こちらの城は海岸線の複雑さから海に近く、側の湾にも船がたくさん。
しかし、じっくり見る暇もない。ミンティンは速度を落とさず飛ぶ。
何かを教えてくれている青い龍が、ぐんと急に高度を上げた。城二つを見せてくれた。次は?
「ここは」
二つめの城から離れていない林手前、敷地内と思しき大型の神殿があり、ふと目を奪われたものの、目当てはそこではなかったようで、林を挟んだ丘の先の神殿へ龍は降下。大きな神殿に比べて、もしや、とイーアンの目が大きくなる。
「ミンティン、旧教の」
龍は答えず、間近まで下がり、また上昇。すれすれで古代の神殿上を抜け、振り返ったまま、イーアンは離れて行く神殿と城からの距離を急いで覚える。
レムネアクに、聞きたかったこと・・・・・
―――『ティヤーのデネアティン・サーラ(※宗教名)も新教の派生と、本当のところは分からないですが。』
『新教はヨライデ第二王城に軍を持っているんですよ。あの『聞こえる遺跡』は利用していたのかも』
『ヨライデは龍を神格化以上の感覚で見ているから、遺跡にでも行かないと見られない。絵にも描けない』
それと、岩崖の神殿を『旧教』と、すぐに口にした―――(※2916話参照)
ミンティンが見せたのは、ヨライデ王城と・・・第二王城。第二王城の軍の敷地、広報が聞こえる遺跡。それから。
「あっ」
向きを変えた青い龍は山脈を前に急加速し、森林を横切って山の始まりを越え、誰も来そうにない山脈の端を見せた。急な角度の崖に張り出した尾根の一部は人工的で・・・
「まさか。遺跡では」
思わず見回す周囲。道などなく、人が住める環境でもない。薄っすら雪が残る鞍部も視界に入るというのに、これほど高い位置に、尾根が一部くり抜かれた遺跡とは。
「旧教・・・ こんなところに」
ミンティンは減速し、朝陽に影を落とす均等な柱数本の手前で止まった。イーアンは柱の向こうの壁に見える絵に驚いた。
「龍」
レムネアクが話していた龍の絵は、ここではないだろうが、ミンティンは自分が知っている同じものを教えた。
朝陽の眩しさが柱に反射し、暗い橙色の照明のように奥の壁を照らす。壁には、これまで見たものと違う龍の姿があった。
龍境船でもない。地上絵の龍でもない。どこで見たものよりもシンプルで、面影をデフォルメしたように簡素な絵が佇む。
「ミンティン・・・同じ系列もこの龍なのでしょうか?ヨライデの人里はどこも色が強くはっきりし、絵模様を好む印象ですが、こうも削り落とした素朴な象徴を、同じ民族が遺したと思えません」
目を離せない奥の壁、イーアンは龍に尋ねる。この国はカラフルで、絵模様もぎゅうぎゅう詰めにして描き、素朴さと無縁。派手な色を好むし、彼らの絵模様も一度見たら忘れない独特な主張がある。
青い龍も壁をじっと見ていたが、イーアンを振り向き、首をゆらゆらさせただけ。どちらとも取れる反応に、イーアンは『これから知るのね』と独り言で頷く。
南端の、崖のくり抜き神殿は、見える位置に絵はなかった。何にもなくて・・・でも、シンプルは同じだったのか。彫刻も最小限、段差がある程度で、それはこの山脈に佇む遺跡と共通する。よく見たら、柱の形も上下の基部も同じ。年代は把握も出来ないが、系列はやはり旧教、と理解した。
この後、朝のヨライデをミンティンは廻る。
人がいない気楽もあるのか、青い龍は相変わらず速度は緩めないけれど、あちこちに行って女龍に『神殿』『遺跡』を見せ続ける。空中からほんの数秒あるかないかの目視だし、方向も位置もほとんど覚えていられないが、あることは知った。
結構多いと分かっただけでも収穫。
ルオロフも話していたが、ヂクチホス世界への入り口はティヤーにも割とあったわけで、海で隔たれていてもそうであれば、国土地続きのヨライデはもっと『遺跡』が使いやすい環境だと感じる。
ティヤーとヨライデに共通するのは、海に近いところの多さ。
低い海抜の土地から、海を臨む場所に建てられている気がした。イヒツァの博物館で聞いた、古代の地形に影響されているのかもしれない(※2701話参照)。
・・・山脈に在ったのは、『ああした例外』と無難に捉えておく。
レムネアクも言っていた。旧教の神殿は、機能が付いた(※古代剣使用)ところと、そうではないところがある。そして、龍の絵を持つところばかりではない。
古代剣を使う遺跡は、海抜が低くて海に近い印象。例外というか、種類がありそうな。
でも大体は見やすい位置に建てられているし、海から遠くない。ルオロフと入った洞窟も、上から見たら海抜自体は低いところ。
ヘズロンの『広報の室』は、海と離れている印象だけれど、大きな古代都市の名残とやらで船が入れる河もあるとか。海から遮断されない条件は適っている。
「ヨライデは、把握されている方が多いのかな」
レムネアクに聞きたい内容が少し変わってくる。
旧教とは何か。彼が知っている範囲で聞いてみて、理解を深めたい。そして、新教も・・・『ティヤーの宗教が、新教の派生』で正しければ、イソロピアモたちは新教で『使える遺跡』もすぐに知れる立場にいるはず。
彼らはティヤーにいた時期で、散々使い回した。ヨライデにいた頃は使える立場ではなかったようだが、今、この国で独壇場。
剣さえあれば、『念憑き』の輩で徒党も組める。三人寄れば文殊の知恵が、悪だくみに絞られる可能性も高くなって・・・
イーアンは次第に、遺跡より『念憑き』に意識が傾く。
「まずい。私と同じ世界から来てるやつらで、私より全然頭イイわけでしょ?」
イーアン、エサイは学歴がないに等しい。それ相応の人生で知っていることはあるが、まともに専門分野で学業を修めたり仕事にしていた人たちとは知識量が違う。その上、相手は悪人限定。
「あ、ダメだ。絶対ダメですよ。『念憑き』をまとめて倒すのは、知恵潰しの徹底ってことか。彼らがいた痕跡も残してはいけない。彼らは放っておいても世界が消してくれるけれど、何か遺されたらまずいから・・・ だから。だからだ!ヤロペウクの『追跡』は、『まとめて消せ』に繋がるのか」
想像が一気に現実味を帯び、デカい独り言が響いたところで、龍は野営地より少し離れた、斜面の草むらに降りた。昨晩イーアンが掃除した死霊の出所―― 古い時代の墓が、土の覆いで埋もれている場所。
龍は分かっているように、軽く足で地面を叩き、今は静まり返った古い墓地を聖別。しゅうっと小さな風が吹き、草むらは穏やかに凪ぐ。魔性はイーアンが消したけれど、ミンティンによって土地ごと昇華される。
それから龍は、頑張れ、と言いたげな金色の瞳を女龍に向け、イーアンは頼もしいミンティンに礼を言い、青い龍を空に帰した。
「剣はやっぱり、確実に守っておかねば。やりすぎなくらい、守りを固めた方が良いかも。近い内にサンキーさんの家に行こう」
*****
朝早く、草むらを歩いて戻って来た女龍を見つけ、ロゼールは立ち上がって手を振る。
イーアンが手を振り返し、側に来るまで待ったロゼールが朝の挨拶をする。イーアンは早くから朝食を作っている騎士に微笑んで、手伝おうと手袋を外したが。
鍋を見て止まる。ロゼールもイーアンの視線を追って、頷く。
「もう?」 「一日二食ですが、積んできた食料は節約してまして」
そうなんだ、とお鍋を見て考えるイーアン。朝食は食材も少なくし、一品で済ませるのは、馬車旅で普通なのだけど、具材がお芋と玉ねぎ8割。テイワグナの行商、バイラ経由で頂いた塩漬け肉が2割・・・・・ もうこんなに減ってしまった?と思ったが、ロゼールが節約中と聞いて在庫はまだあるのに安心した。とはいえ、早めに調達するべきではある。
「レムネアクが昨日」
真剣に鍋に考える女龍の顔から察し、ロゼールは火の前にしゃがむと昨日の話をした。
イーアンに話しそびれていたことで、彼の知識と、実際に採取した植物の使い道。子芋の大きさに育つ塊茎は痩せた土壌でも問題なく、蔓の実は日持ちするし栄養価も高いこと。イーアンも興味深い。
「昨日、毒消しの際に見ましたが、その植物はどこにでもあるって?」
「みたいですね。行く先々で採取するなら、少しずつ在庫も増えるだろうし。イーアンが消毒してくれたら安心だし」
「んー・・・そうですね。採取する前に消毒、が良いですけれど」
話を合わせながら、イーアンはレムネアクのサバイバルに改めて感心する。
この世界の毒は自然物・天然物経由が圧倒的に多いから、レムネアクはきっと、植物のみならず動物や鉱物の知識が豊富なのだろう。
ロゼールと話していると、馬車の影からトコトコ仔牛が現れて、イーアンは若干緊張。焚火側でぱかんと横っ腹が開き、『おはよう』と一緒に、褐色の騎士の爽やかな笑顔を貰った(※不自然)。
シャンガマックが加わり、レムネアク談は更に高まる。
昨夜、獅子はレムネアクに何をさせたかを聞き、イーアンはびっくりした。レムネアクにびっくりじゃなくて、獅子がそんなことに気を回す方・・・だが、これは口に出さず(※仔牛そこにいる)。
「レムネアクは、基本、馬車から出ない。彼の魔術・・・?死霊術と本人は言うが、特に限定ではなさそうなんだ。とにかくそれが、馬車を守ってくれるだろう」
「効果があると、信頼して良さそうなのですね」
「父が認めている。問題ない」
父さえ認めりゃ何でもOKなの?と思ってしまうイーアンであれ、確かにホーミットなら疑うこともない。どうやら獅子は、これからも夜にレムネアクを連れて行って『忌避剤』を作らせるつもりのようで、シャンガマックはこれの断りを入れる。
「いつまでとは決めていないが、レムネアクが疲れないように気を付けるから」
「はー・・・それは、本人の了解によりますよ」
「嫌がってはいない。どちらかと言うと積極的だ。彼は協力したいように思う」
シャンガマックはヨライデの死体を使う風習を嫌うし、イーアンたちも受け入れたくないが、その辺も質問は済ませており、『使わない事情』を伝えられる。それは合理的な理由だった。
「死体持ち運びが。邪魔だから」
「そうらしい」
わかりやすいなーと苦笑するロゼールは、まだ二日しか経っていないのに警戒心が下がった。最初は反対派でも、ロゼールは理解を広げると切り替えが早いからか。
「おはよう。おかえりイーアン」
話している場にドルドレンが来て、挨拶した後ろにタンクラッドも続く。
ルオロフは寝台馬車、レムネアクは食料馬車に寝かせ、それぞれまだ睡眠中。ルオロフは起きてこないだけかもしれない、とタンクラッドが少し笑った。
話題のレムネアクは、シャンガマックより『まだ寝かせておきたい』との気遣いで起こすことなく、イーアンは昨日の夕食を温めてもらい、先に揃った皆がそこらに座って朝食開始。
量もないから、ものの数分で終わってしまうのだが、見越していたロゼールが、これ食べましょうと蔓の実を分け、甘酸っぱい実追加で腹を落ち着かせる。
実をちょびちょび食べながらの雑談で、タンクラッドは『そういえばな』とレムネアクから聞いた宗教のことも話に出した。
「あいつは、よく知らないと謙遜するが、何を隠す感じもなく、思い当たることは何でも教えてくれる。面白いと思ったのは、旧教の出だしでな。移動する民族が布教活動を言い遣ったと・・・ 」
不意に始まった、旧教について。イーアンは思いがけない親方経由の情報に聞き入る―――
お読みいただきありがとうございます。




