2918. 自生植物採取時間・総長と親方の雑談・ヨライデの宗教
※6600文字あります。お時間のある時にでも。
「収穫ありだな。少し甘いのか」
怖がらないタンクラッドは既に食べており、レムネアクも隣で一つ二つ口に入れ『もう少し置くと甘さが増す』と教えた。長く日持ちするものではないが、普通の果実同様一週間くらいは傷まないとか。
すっ、と音もなく飛び降りたロゼールにナイフを戻され、レムネアクが感心して褒めると、ロゼール『食べ物のためなら』と朗らかに笑う。
「毒じゃない植物も知ってるんですね」 「ロゼール、言い方」
パッと出る無遠慮に、総長がすかさず止める。困って笑うレムネアクだが、『似ているものとの違いは知っておかないといけない』と答えた。
「レムネアク。昨日の今日とはいえ、こんな無礼な一言に応じなくて良い」
「私は気にしないので」
無礼と言われたロゼールは『すみません』と形だけ謝ったが、もうちょっと詳しく知りたそうで『似ている植物が危ないんですか?』とまだ言う。
じろっと見たドルドレンに、僧兵は微笑んで首を横に振ると、背後を見て目を細めた。
「あれは」
「どれ?」
「丁度いいや。ちょっと一緒に来てください」
どれどれ?と好奇心の強いロゼールは、原っぱの少し先へ行った僧兵について行き、これ?と不思議そうに地面に顔を寄せた。
「ハイザンジェルでもありますよ。支部の庭にたまに出てくるやつで」
「こっちは・・・同じような気候であれば、どこでもありそうですが。こちらの草陰にあるのは、ダメです」
ダメです、とレムネアクの手が枯草の下を掴んで持ち上げる。乾いた土を絡める根っこが、ざーっと引っ張り上げられ、球根らしき粒状の実が並ぶ。
「ハイザンジェルで見かけたのと比べると、分かりますか?色は一緒ですが」
「あ。つき方が違う?ダメってことは、これ毒ですか?」
「そうです。似ているけれど、上に出ている葉っぱも違うので、見分けないといけません。で、ハイザンジェルにある方は食べられますよ」
そうなの?と、ロゼールは足元の粒々を見て手に取った。『芋より全然小さいけど、よく見ると似てるよね』の呟きに、レムネアクは『芋の亜種で』と指差し、自生しているから大きくならないが、少し土を変えてやると大きくなると教えた。
「え。つまり、馬車で育てるって言ってます?」
「できますよ。入れ物はそこそこ深さがある桶でも大丈夫。底に穴を開けて、受けを置く。里近くに使ってない畑はあるから、近くを通った時に石と土をもらうと良いです。晴れている日は、荷台の日が当たるところに桶を出せば」
芋くらいになるの?と尋ねられ、レムネアクの栽培体験で『子芋同等まで育つ』と親指と人差し指の輪っかを作る。そうと知ったロゼールが、これも集めないわけがなく。
せっせと土を掘り返す部下を、離れた場所で見守るドルドレンは、横のタンクラッドに木の実を渡されて食べる(※食べて待つ)。
「意外と彼は・・・重要かもしれんな。まさか出発早々、食料を得るとは」
「俺もそう思った」
「イーアンなら食べ物を見つけるかもと期待していたが。レムネアクで大丈夫そうだな」
「お前は人の奥さんを、野生動物か何かのように」
変な例えにタンクラッドが笑い、ドルドレンも苦笑。レムネアクは性格も普通じゃないか、と木の実を口に放り込むタンクラッドに、ドルドレンは首を傾げて少し僧兵を眺めた。
「いや。普通ではない。年齢は俺と同じくらいらしいが、彼は俺たちが思うより苦労人のような」
短い時間の印象は、『イイ人間』から『苦労人』に変わる。
ルオロフも達観している所があるが、彼の三回生まれ変わった達観さとは違い、レムネアクは底辺―― 人の世の重さと辛さを知っているが故に、培った達観に思えた。
「ルオロフも年齢こそ若いが、数奇な位置に立っただけあると思う。彼は、自分が貴族であることや、見た目の裕福さなど、大して意味もないと。生まれ変わり、死んでまた生まれ、短い時間の中で『三度目の自分』を生きる男はそう話していたが(※2426話参照)」
「大貴族にしては、理解がある方だが。裕福貧困の身分は気にしなくても、善悪にはどこでも罷り通る明快さを・・・生まれが貴族だからか、叩き込まれている気がする。勧善懲悪のように、な。『殺人業』と頭から拒否しているあたり、貴族の何というか」
言いかけて、タンクラッドは続く言葉が思いつかずに止める。言いたいことは伝わるので、ドルドレンも頷いて返した。
日陰の下で実を食べる二人は、ちょっと沈黙。
ルオロフは誇り高いが、低姿勢で誠実な相手に対し、差別はしないと思う。ふー、と息を吐いたタンクラッドはもう一口分ずつ総長に木の実を渡し、『こっちが見ててやらないと』と呟いた。
「少しの間だがな。まぁ、ラサンと揉めたのが強烈な印象で残っちまったから、貴族の自尊心が丸出しになってるだけかな」
「ラサンは極悪と言える。罪への意識が軽い云々ではなく、イーアンの話を聞いたら、歪んだ持論しかない男だ。他の僧兵も行為は同じだし、ラサン筆頭に『僧兵は最悪』とルオロフは認識してしまったのだろう。まともにやり合った分、その印象を簡単に払拭できまい。
レムネアクは風変わりな死生観を持つが悪人ではないから、彼を見ていればラサンと違うことに気づけると思うが」
今は思い込み優先でもと言い足し、親方も鼻で笑う。そして話題が少し変化。ふう、と溜め込んだ息一つ落とした剣職人に、ドルドレンが彼を見る。
「トゥがいたら、レムネアクに何て言うかと想像した」
「そうか。トゥは辛口だが、常に続きを含む物言いをする」
辛口だ、と笑ったタンクラッドは頭を振って『馬車歌のことも』と続ける。ヨライデ馬車歌とトゥの物語は非常に根の深い絡みあり・・・ドルドレンも、気にかかったまま。目を見合って『時間が欲しい』と二人は頷く。
「今は時間が少しあるが、いつ中断するかと思うと、また中途半端で誤解があっても困る。慎重にじっくり考えるべき内容だ」
「ドルドレン、訳さずにおいた単語だが、今それだけでも」
教えておいてくれないか・・・を言いたかった親方は、飛んでくる大声に遮られる。
『総長、芋が出来ますって!』と大量の根っこを腕に抱え、喜んで駆けてきたロゼールに・・・ 苦笑を交わして彼らを迎え、ドルドレンたちも木の実を置いた上着の袖と裾を運び、道で待っていたシャンガマックの馬車に収穫を積み込む。
シャンガマックにも少し分けると、彼は口に入れて『美味しい。楽し気な様子に自分も行きたかった』と笑った。
「馬車歌は時間を作ろう」 「それが良い」
短く約束して、今は出発するのみ。死霊も幽鬼もいなかったのは、獅子が結界を出すよう息子に言ったからで、『食料収穫』の小一時間停止と共に結界は解けた。
馬車は、地図に載らない旧街道方面へ馬を進める。タンクラッドは、隣に座らせたレムネアクに地図を渡して道を確認するよう頼んだ。
地図を広げて現在地を確認したレムネアクは、旧街道を横切ったずっと先と、海岸線に指を何度かずらし『こっちに行くと新教の』と思い出したように呟く。手綱を取るタンクラッドは、彼の手元の地図を見た。
「新教?お前は、崖の神殿も旧教と言ったようだが、ヨライデの宗教だな」
「はい。詳しくないですけれど、常識程度に知っています」
「・・・この先には新教の、何があるんだ?」
「ええ。まだずっと遠いですが、都があったと思いました。都と言っても新教が押さえた、古代遺跡の町なんですけれど」
『古代遺跡の町』とタンクラッドは繰り返し、自分を見た茶色の目に少し笑う。
「常識の範囲で良いから、話してくれ」
*****
タンクラッドは、トゥやサンキーを気にかける毎日。だから、少し気が紛れる新しい面白さに乗り出す。
『ヨライデの図書館に行けたら』と、レムネアクは自分のうろ覚え情報より、正確な情報を教えたがったが、彼が利用していた図書館は北部にある。到着まで、うーんと先の話。
触りだけで良いし興味本位だとタンクラッドに重ねて頼まれ、誰もが知る新教と旧教について教えた。
旧教は実質解体されており、国が絡んだ宗教だけに、取って代わった新教が幅を利かせているのが現在。
よくある話で、旧教の書物から生まれた異論が定着し、それが新教として信徒が増え、勢力のある議員の過半数が新教側につき、国家の軍隊を新教の方針で統率したことにより、支持者増大・・・要は多数決で、新教をヨライデの宗教と定める。
旧教は原始宗教のきらいが強く残り、当時の言語は研究されていても、正確に解読できる学者はおらず、翻訳された『どうともとれる単語』は多様な解釈に繋がった。
旧教自体は昔からヨライデで一般的なものだし、図書館で誰でも書物の写本は読める。そのくらい開示された存在だけに、宗派も多く、小さいものから大きいものまで十数に分かれた。
その一つが新教であり、意訳から一番遠い信憑性ありと広められたから、国内の新教信者も早い段階から増えた。
「だから、私が子供の頃は新教と旧教のどちらも、平均的にいる感じでした」
「そうなのか。人口の半々、という意味だな?」
「よその地域では、偏りがあったかもしれないです。私の記憶では、身近な人間たちの宗派は二分していましたね」
どちらが多いという印象もなく、新教派、旧教派の神殿と集会所が、同じ町に在ったと話すレムネアクに、タンクラッドは少し気になって『死霊使いというのは、宗教に関係しているか』を尋ねた。僧兵は頷いて『でも宗派に影響されていないと思う』と答える。
「どっちにしろ、死霊は使うんですよ。根本はあまり変わらないのがヨライデの宗教かもしれません。深く考えたことはないですが」
「そうなんだな。お前は?どっちだ」
「私は・・・動きは新教です。新教の派遣でティヤーに行きました。でも、旧教を否定してないので、興味はあります」
「お前は、宗教を信じているようにも思えるし、もっと俯瞰しているようにも感じるが」
「ハハ。そんな風に見えますか?俯瞰しているのかなぁ」
違うとは言わないヨライデ人をじっと見つめ、タンクラッドは、この男が信じているのは自分ですらないのでは、と感じた。彼は圧倒的な存在のみ、信仰対象にしている雰囲気が漂う。
「話を戻しますが、こうした理由から旧教は国の資金を受けられないので、『勝手に続けるなら放置』状態ですが、維持存続の費用は欲しいため、度々新教に絡んでいました。
それで、新教が要求するものと引き換えに・・・資金を捻出してもらう印象ですね。隠されている話でもなくて、公で周知の事実というか。事件諸々も聴きますが、そっちは真実か私は知りません」
「ふーむ。事件の噂はデマかもしれない、とはいえ。お前が地図で思い出した『新教が押さえた町』は、つまり資金の引き換えだったわけだ」
「そうです。タンクラッドさんは話が早いですね。町一つを譲るというのも常識で考えたらおかしいでしょうけれど、単純に公共の場の権利譲渡だけらしいですし、町長はそのままで町民にも影響はないみたいですね」
「何が・・・欲しかったんだろうな」
人民に影響しないのに、公共の場を得る意味。タンクラッドの呟きに、レムネアクは『遺跡ですよ』とさらりと教えた。
「旧教が守り続けていた遺跡が、新教にとって価値があるんです」
*****
遺跡欲しさ、と――― タンクラッドがさらに好奇心を持ったところで、レムネアクは話を変え、『出発した神殿ですが』と崖の神殿について説明し出す。これも聴きたかったので、親方は促した。
「旧教の神殿は、古代からあるものを利用します。様式はほぼ変化がないので、同じ時代に造られていると思われています。
馬車の家族の車輪があったから、あの鄙びた環境でもまだ慕われているんだなと感じました」
「それなんだが、どうしてかはお前も知っているんだろう?馬車の民は旧教の信者なのか?」
「分からないです。ただ旧教の創世物語の最初。旅の民族は遠くから承った『声』を各地へ運ぶ役目を与えられた、と一般的に捉えられています」
「・・・・・ 旅の民族が。各地へ『声』を運ぶ」
「はい。布教活動ですね。巡礼の旅とも言われていますが」
「巡礼?意味が違う気がするが、理由は」
「あ、そうですね。巡礼は、布教活動が最終的に巡礼地で完了する内容なので」
どこが巡礼地だ、とタンクラッドが詰め寄る。急に食いついた剣職人に、レムネアクは『何か気になりましたか?』とちょっと身構えたので、はたとタンクラッドは止まった。
「いや。そういった話が、旅していると多かったんだ。だから」
「世界中を回って、ヨライデに来たんですものね。巡礼地が特別な終着点を仄めかす伝説もあったか。うーん、でもこれは私も分かりません。巡礼地の解釈は、最初に言いましたが『どうとでも取れる単語』なので、正確には何も」
そうか、と親方は了解し、知っている限りを話したレムネアクに礼を言った。ところで新教が欲しがる遺跡は?と質問を変えたところで、邪魔が入る。
「幽鬼だ。馬車を止めろ」
仔牛が横に来て、馬車停止命令。最後尾を歩く仔牛は、誰より早く察知する『面倒くさいやつら』を知らせに来てくれるので文句は言えない。
馬車三台に『止めろ』と言って回った仔牛に従い、タンクラッドは大振りの溜息を吐いて、手綱を置いた。
結局、幽鬼退治だけで済むものでもなく、わさわさ出てきた幽鬼の続きで魔物も初登場し、これを退治に掛かったため、分担して午前は過ぎた。
この時間、タンクラッドは残念でならなかったが、昼休憩で続きを聞いて『黒いくにゃくにゃ(※神様)の世界に通じる室』のことと分かり、そんなに残念がることじゃなかったと知る(※自分も知ってることだった)。
そして、それと関係ない収穫で―――
「この魔物、蔓延っている気がしますね」
倒した魔物の一部を持ち帰ったシャンガマックは、昼休憩時にそれを見下ろして唸る。
魔物はノミのような形で図体が犬くらいの大きさを持ち、頭数もかなりいた。跳ねて移動するので、人間が走って逃げる・追いかけるのは非常に疲れる相手だが、問題はそこではなく、土に口を刺していた光景にある。
口は藁の筒のようで、土にぷすりと刺し、しばらく動かない奇妙な行動を取っていた。その時は動かないので、急に蹲る姿勢を取った時は簡単に倒せるのだが。
息子が唸る横で、仔牛がぽそっと呟く。
「あの土と同じような状態が、先もありそうだな」
魔物が土に注入するのは、毒なのか何なのか。土自体は変化が見えないが、急に周囲の草が倒れたので危険を理解したシャンガマックが獅子に頼み、獅子が大雑把に『異物設定』で消して回った。
「ふーむ。地味な魔物、の印象で合っているが、迷惑甚だしい」
ドルドレンも『生き残った人々への害』を呟いて、樽の水を飲む。俺にも良いかとタンクラッドに言われ、器に汲んでやった後、ふと手を止めた。
「どうした」
親方が伸ばしかけた手を浮かす。ドルドレンは彼に渡し『水もやられてしまう、とイーアンが話していた』と眉根を寄せた。
「やられた土を通過した水は、体に悪影響だろうな」
「・・・どのくらいの速さで広まるか、気になる」
「そうだな。だがドルドレン。あの数の魔物が同じことを行っていたなら、土はホーミットが毒抜きしてくれたが、水は染み込んでどうなっているか分からん」
「こういう時、フォラヴがいたらと思ってしまう」
いつでもいてほしいはずの仲間が減って久しい。ドルドレンの肩を叩いた親方は『イーアンなら知恵を出すかもしれない』と慰め、彼女が戻るのを待つのみ。
横で聞いているが、仔牛(※獅子)も余計なことは言わない。魔物退治はしても、環境の世話までする気になれない。面倒くさい。
昔、破壊された町や道を直す魔導士が、毎度言っていた嫌味でもあるから。
―――『全部片づけてから、魔物退治というんだ』
知るか!と思ったこと、数知れず。それに今は、悪鬼も多い。あれは汚れを撒く。北部に入ったら、魔物の土壌汚染などちっぽけに見えるだろう。
「ヨーマイテス」
こそっと話しかけた騎士に仔牛が顔を向けると、『夜、調べに行こう』と言われた。息子の善良さに毎回悩むが、断る理由も思いつかない。
水質汚染はヨーマイテスが消せないか?とも聞かれ(※言うと思った)答えに詰まっていたら、息子は『俺の魔法で浄化できないのが』と無駄に自責の念を抱えたので、仕方なし、浄化も付き合うことに決まった。
昼休憩終わり、出発する馬車に乗り込んだレムネアクは、汚染のことで―― 魔物に通用するとは限らないから ――黙っていたが、悪鬼の対策を教えた方が良いのか考えていた。
お読み頂きありがとうございます。




