2917. 旅の四百七十七日目 ~エサイから貴族への忠告・仲間減少傾向・新人の知識『食』
☆前回までの流れ
模型船示唆による僧兵レムネアクの同行を話し合い、ルオロフはしつこく彼に絡みました。ミレイオや周囲が止めてもルオロフが落ち着かないので、イーアンが場を強制終了。レムネアクの態度に問題はなく、彼は同行決定しました。
今回は、ミレイオの事情心境の推測から始まります。
『抜けた』ミレイオ。言葉を交わしたのはタンクラッド・イーアンだけ。
呼び出したミレイオは、つっけんどんではなかったけれど、引き留めるには躊躇した。
レムネアクに突っかかるルオロフを止めた時『いつものミレイオ』であれ、だから大丈夫というものでもない。
同行会議が終了するとイーアンを呼んで数分話し、他に挨拶もなく去ったので、『ふれられたくない』意思は誰もに伝わった。
ドルドレンは、ミレイオ不在がずっと続くかどうか、それくらいは知っておきたいとイーアンに尋ね、イーアンは『短期間だと思う』と曖昧に答えた。
いついつまでと明確な期間をミレイオは言わなかったのだ。シュンディーンが来るまで、とは言ったが。この部分を伴侶や他の人に伝える気になれない。
親子家族の絆を尊ぶドルドレンなら、納得は早いだろうけれど・・・
確かに、ミレイオの感覚では『親子の情や我が子意識』だけれど、親だから・子だから・責任があるから・愛情もあるから、の一般感覚と違うような。ミレイオの思う『シュンディーンは私の子』の状態はもっと深く、一般的な形を押し嵌めては誤解になる。
彼はサブパメントゥであり、シュンディーンもサブパメントゥの合いの子。創っていないにせよ、自分が創った家族とした目線を感じる。コルステインが、家族を徹底的に守るのと同じで・・・
もう一つ、距離を置く別の理由があるなら、それはホーミットが常にいる現状。
ミレイオは、ホーミットの強引さや頭ごなしを嫌う。遠慮ないガサツな言葉も、繊細なミレイオの神経に障る。
テイワグナもアイエラダハッドも、ティヤー前半も、獅子とシャンガマックは留守がちだった。でも今は毎日顔を合わせる距離で、傷ついたミレイオとしては距離を取りたいのかもしれない。
イーアンもタンクラッドも、ミレイオを知るからこそ別離を理解する。
ミレイオが短期不在と知ったシャンガマックは、心なしか気にしているようだが、それは獅子がミレイオを遠ざける起因を作ったからであり、シャンガマックに責任などない。
それなら、獅子の責任かというと、そもそも責任重視の出来事ではないと、タンクラッドとイーアンは思う。
何かを咎める話ではなく・・・ややこしくなるから、『ミレイオはミレイオ』で済ませた、不在了解。
余談だが、ルオロフはどうかと言えば。
彼の場合は、僧兵ラサンとの経験で『僧兵丸ごとろくでなし』の認識が、毛嫌い定着に繋がったのは分かるため、彼は慣れさせる方向で。
波乱というほどではなかったが、しつこくした結果、印象を悪くしたのはルオロフの方。彼はその夜、同じ馬車のロゼールやタンクラッドと顔を合わせず、自分の寝台に早く潜り込んで眠った。模型船は、狭い寝室だから彼の横に浮かんでおり、それがまた苛ついて仕方なかった・・・
翌朝、イーアンとロゼールが食事を作っている時。
あまり寝られなかった貴族は、表へ出てすぐ、神殿の階段に座っている僧兵の姿に目を止めた。彼は起きているのに、こちらへ来ない。イーアンとロゼールを眺めているようで、『昨日は調理を手伝うと言ったのに』とルオロフは思った。
実際、彼が手伝っていたら、『毒でも入れてないだろうな』と思うルオロフなのだが、やらなきゃやらないで文句は出る。
そんな赤毛の貴族に気付いたイーアンと目が合い、あ、と挨拶しかけて無視された。すごく傷つく・・・
イーアンは背後の神殿も振り向き、レムネアクを見つけるとすたすたとそちらへ行ってしまい、挨拶の声がわずかに響く。
彼女が焚火を指差し、レムネアクと一緒に戻って来るや、彼はロゼールに『おはようございます』の挨拶。背中を屈めて『手伝えることあれば』と続けた。ロゼールも『そうです?じゃあ』と笑顔。
ムカムカする貴族は、気分の悪い光景からさっさと離れ、少し遠ざかったところで仔牛に見つかり、仔牛から出てきたシャンガマックに見透かされて、しょうもなさそうに溜息を吐かれた。
「まだ気になるのか?」
「違いますが」
「ふー。俺と父と一緒に食事を」
「大丈夫です。皆さんの輪に入れますので」
サクッと断った貴族に、シャンガマックが困って首を傾げると同時、仔牛の中で会話を聞いていた獅子が『息子の配慮を拒んだな?(※息子重視)』と脅して、結局ルオロフは彼らと食事することになった。
気まずいし不本意、でもちょっと意外な状況に変わり―――
「見られたら困るなどないのか?」
「俺?別に。獅子が出ろって言ったんだ。獅子がどうにかする」
シャンガマックが三人分の朝食を持って戻ったすぐ、獅子はルオロフに岩影で食べろと命じ、灰色の狼男が岩影で手招きする姿に目を丸くしたルオロフは、思いがけずエサイと一緒に過ごす。
食事ができないこともない狼男だが、特に求めもしない。貴族は彼の横に腰を下ろし、離れた仲間の輪を見ないように食事を口に運んだ。
エサイはしばらく黙っていたが、狼男の目に映るのは新人の存在で、『あれ誰?』と質問。獅子は何も話していないようで、ルオロフは大振りの溜息と共に、そしてぶっきらぼうで適当な説明をした。
「へぇ。この国の人間か。で、僧兵。俺も何人殺したか覚えていないが、あいつ僧兵って感じじゃないな」
「立派な人殺しだ。見た目は童顔だが」
「お前も似たようなもんだぜ」
ギロッと睨んだ薄緑の目に、狼男が失笑し『若いじゃん』と往なす。イーアンと話しているヨライデ人をじっと見ながら、『イーアンは俺がいるの分かってないんだな』と話が逸れた。
「イーアンが彼を連れて来たんだ。お前に気づくどころか、あっちに意識が行ってしまって当然だろう」
「なんだ?やきもちかよ」
「違う」
「・・・何でもいいけど。お前はビーファライの時もそうだったが、貴族なんだよな」
狼男は、赤毛の男の全体を見るように背中を逸らし、頭のてっぺんからつま先まで眺める。ルオロフはちらっと彼を見て、料理に視線を戻した。昨日も貴族だ何だと言われて今日もか、とくさくさする。
「何の話だ。ビーファライは下位貴族の出身だ。私とは違う」
「そういうところが貴族だ。前世も今生も貴族じゃ、殺し稼業ってだけで毛嫌いするのも分からないでもないが」
「普通の人々でも毛嫌いするものだぞ?どこの誰が、殺し稼業の男なんかを信頼するものか」
「イーアンは信頼していそうだ。ドルドレンたちも」
「あの方たちは寛容だと思う。分け隔てなく」
「お前は出来ない?」
エ・サ・イ、と重い声で耳障りを注意したルオロフに狼の顔が向き、『肩を持つわけじゃない』と呟いた。私に説教する気か?と最後の一口を匙に掬ったルオロフの手を、狼の大きな手が掴む。
「説教じゃない。現実だ」
「何を言いたい」
「生まれた時からちやほやされて、家もあって、食べ物も金も困らない生活のやつには分からないことがある」
「私だって、貧富の差や貧困の生活に理解は」
「頭で分かってても、生まれた時から知ってるわけじゃないだろうが。お前が赤ん坊だった時、お前がガキの時、履く靴はあったか?食べ物は?金がないだけで人間扱いされないのも、金がないから犯罪に追い込まれるのも、お前は知らない」
「だから?生まれ育ちは決められない。僻みのように聞こえるが?」
「・・・その『決められなかった現実』ってのが、誰ものバックボーンだ。貴族のルオロフ」
は?と苛ついた赤毛を見下ろし、狼男はそれ以上言わずに仔牛横のシャンガマックに手を振る。こちらを見た騎士は頷いて、仔牛はルオロフたちの側に移動。側に来た仔牛が止まると反対側から大きな獅子が現れ、『戻れ』と短く命じ、エサイを煙に変えた。
この獅子には楯突く気になれず、ルオロフは視線を外す。獅子も別に相手にしない。また仔牛の裏に行き、姿を消す。仔牛は横っ腹が開いたままトコトコ歩き、褐色の騎士の元へ戻った。
最後の一口を荒々しく口に放り込み、ルオロフは空の食器を持って焚火へ行く。気づいたドルドレンが立ち上がり、焚火の手前で皿を引き取った。
一瞬だけ目を合わせるも、『おはようございます』を言いながら顔をそむけた貴族に、総長は『おはよう。イーアンがお前と動物の保護を』と一言。ぴくっと動いた赤毛の頭に、ポンと手を乗せて『もう行けるなら』と続けた。
*****
神殿調べは終わったし、何やらレムネアクが知っていそうな様子を皆も小出しに聞いているので、馬車はここを出発する。目指すのは王城。道のりの用事は魔物退治及び、悪鬼他の退治、そして『念憑き』追跡。
魔物資源活用機構の仕事を一切しない、最後の国。
「目的の軸は、魔物退治だから。別に仕事をしていないわけではないのだ」
御者台のドルドレンがそう言うと、横に馬を並べたロゼールが『まぁ、ですよね』と同意した。
「俺たちはハイザンジェルで、魔物が出たから戦い続けた・・・のが最初で」
「そう。もう限界かと思ったところにイーアンが現れ、彼女が武器防具を作ったから、これが世界各地を回る名目の仕事になったのだ。だがその名目も」
「需要もないし、機構の人間もいませんしね」
「そのとおりである。なーんにもない。純粋に魔物退治して、早く北部に入って魔物の王を倒すのみ」
「総長、頑張って」
「いつでも頑張っているつもりだが、なぜか俺が不在になったりもする。読めない旅だから、対決前も何が起きるやら」
「ハハハ・・・でも、そうか。勇者が不在は信じられなかったけど。いつも決戦前に、みんなが引き離されてる感じもありますしね」
「ん」
「ハイザンジェルは決戦、って感じより、終息した感じでしたが、テイワグナやアイエラダハッド、ティヤー、皆が散り散りの印象で。ヨライデもそうだったら、総長が魔物の王と対戦する前、どれくらいの仲間が一緒なのかなと想像してしまう」
ロゼールは、『自分は後半参加が多くて、後から話を聞く分にそう思う』と言い、ドルドレンも改めて考える。
「ダルナたちもいなくなったでしょう?偶然ですが、オーリンもヨライデ手前で旅を下りました。今、ミレイオも」
「待て、ロゼール。ヨライデは始まったばかりである。どうなるかなど」
ここまで言って黙る総長に、ロゼールはニコッと笑って『そうですね』と暗くなりかけた話をやめた。
「あ、すみません」
「はい」
止めたところで、後ろから呼んだ声がレムネアクと分かったロゼールは馬を下げる。
レムネアクはタンクラッドの横に乗っており、ロゼールに何やら話し中。
ドルドレンは部下の言葉を思いながら、薄ら青い空に走る雲を見つめた。イーアンは今、ルオロフと出かけている・・・ 『イーアン。君も、最後の最後は一緒ではないのだな』ぼそりと呟いた、予想。
仲間が知らない間に減っていく――― 言われてみれば、と意識する。
*****
「何してるんだ」
「んん?食べられるとか・・・ 」
可愛い仔牛が食料馬車の息子に顔を向け『食べ物?』と繰り返す。シャンガマックも止めた馬車の御者台から、原っぱを眺め『らしいよ』と答えるだけ。
何をしているのか分からないが、原っぱの奥にある細い木々の下、レムネアクとロゼール、タンクラッド、ドルドレンの影が動く。
「何が実っているわけでもないのに、どこを食べるんだ」
「え?俺も知らないよ」
ハハッと笑う騎士は仔牛の頭に片手を伸ばしてナデナデ。『ヨライデの植生はそんなに変わらないと思うが』と周囲を見回し、『植物全般に詳しいわけじゃないから』とシャンガマックは呟く。
「レムネアクは毒を使うから・・・考えてみたら、薬だって毒になりうる。彼は口に入れて問題ないものと、そうではないものをある程度学んでいるだろうね」
「そんな使い道がある男だったとはな」
言い方が可笑しくてシャンガマックが笑い、楽し気な笑い声を背中に受けながら、ドルドレンたちも楽しい時間。
「(タ)言われてみれば、だ」
「(ロ)結構、成ってますよね・・・ 全部集めたらダメかな」
「(レム)この木は海に近いところならよく生えているので、ここに在る分は集めても」
ふーん、と小さな粒をつまんで、ドルドレンは実をぷちっと外す。
「最初に木を見たから、何をどう食べるのかと思ったが。蔓とは」
「この木だけではないですけれど、一緒に見つかる率は高いんですよ。単独で生えないんですね」
細い木を辿って伝う、さらに細い蔓性植物。黄緑色の実をつけており、大きさ1~2㎝程度。果実は小さいがポンポン成っており、蔓の高い位置を掴んだタンクラッドの手が上から下に引き下ろされると、一斉に実が落ちた。下に置いた上着に、手の平二杯くらいの実が溜まる。
『このまま食べることも出来るけれど、煮るとコクがあって美味しい』と話すレムネアクは、腰袋から小さなナイフを出して木の上の方を見上げた。
「私が上から蔓を下ろします。上を切るので」
「あ、俺がやります」
何をする気か知ったロゼールが片手を向け、ナイフを求める。『木登りですよ』と笑った僧兵に、ドルドレンもタンクラッドも『ロゼールなら』と勧めたので、木登り代行。
僧兵がナイフの柄を持たせると、ロゼールはトンと幹を蹴って跳び、次の足でまた幹を蹴って上がる。ものの二秒程度で頭上数mの枝に乗った騎士を見上げ、レムネアクは信じられないと呟いた。
「すごく優秀な」
「ロゼールは特殊な騎士である。彼は特定の武器を持たないが、それは動きを妨げるからだ」
「分かる気がします・・・ その、僧兵と比べたら嫌でしょうが、僧兵もこんな動きをするけれど。このように身軽ではないですね」
「ティヤー人は体格があるから。背が低くても分厚い体躯で、細身はまず見なかった。それもあるだろう」
総長にロゼール特殊情報を聞きながら、真上を見たままのレムネアクは『こんな人がいるのか』と心底驚き・・・ ロゼールを上回る人間離れの動きが可能な男の存在(※ルオロフ)までは、親方も総長も黙っておいた。
「何本か落としますよー」
葉の茂みを揺らし、ロゼールが合図する。落としてよろしい、と総長が了解の返事を出すと、瞬く間に蔓は落下。
バサバサと落ちてくる蔓だが、途中で幹に食い込んでいる箇所が止める。親方が垂れた先を引っ張って剥がし、ドルドレンは実を取り始め―― 思わぬ収穫を楽しむ時間。
お読み頂きありがとうございます。




