2916. レムネアクの一件 ~⑤殺人業とヨライデの信仰・彼の感覚
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やはり我慢の利かないルオロフから漏れた、嫌味を含む質問。
――『殺す判断』を問われたレムネアクは応じる。前に、スヴァウティヤッシュに話した時よりも詳しく説明した。
剣や武器を使う訓練はしたが、得意ではないこと。神殿内の殺人を受け持っていて、民間人は殺していないこと。
指令が来たら、料理や飲み物や薬に混ぜて殺人を決行するが、現地へ行かずにいたことも多い。派閥争いで消去を定められる相手は、大っぴらに手を出しにくい司祭や立場のある者で、レムネアクは彼らの伝手を通し、殺人の仕事を完了させていた。
「他の誰かも知っていたってこと?」
ロゼールが口を挟み、レムネアクは頷いて『一人二人ですけれど、派閥経由なので協力者がいる』と教える。
「料理に混ぜて食べたら、バレない?」
興味深そうなロゼールの質問に、『それでバレたら協力者がやられますから』とレムネアクがまじめに答えた。協力者は毒を運ぶ役割もあり、事件現場から遠ざかるまでは毒が回らないようにしてある、と教える。
「怖いなぁ、料理に入れられたら大変だ」
「入れません。なんで龍の仲間を毒殺するんですか」
当たり前の返事をしたレムネアクにタンクラッドが笑い、ロゼールも『そうなんだ』で済ませる。じっと睨むような貴族をちらっと見た僧兵は、彼に真っ直ぐ向き直った。ここから、脱線を正す。
「アイエラダハッドの人ですね」
「いかにも」
「その話し方、態度、気品。貴族ですか」
「よくわかるものだ」
「背景の濃い人間の、共通点を知っているので」
「何?」
「私は、生まれ育ちを盾にしませんが、死に抵抗が少ないのも確かです。ヨライデ、この国は死によって力を強くすると、誰もが信じている。私もそう思います」
シャンガマックは傍観を決め込んでいたが、ここで目を眇めてわずかに首を傾げた。ミレイオも嫌そうで、少し目を伏せる。不可解な返答に貴族は不満を隠さず、話が違うのでは?と呟く。
「私が貴族であることに良くない印象がありそうだ。しかしレムネアクの感覚と、何の繋がりがある」
「生きる力は、血にも闇にも光にも宿るものです。何を信じても生き残る道は生まれるでしょう。死という肉体の最後を潜っても、魂は生きている。生きる時間は血を掴む精霊を信じ、死の続きは死霊を信じ、終わりなく始まりを辿るのがヨライデです。
さて。長い時代に渡る、アイエラダハッド貴族の先住民虐殺と制圧は、山脈を越えてヨライデにも聞こえていました」
急な切り替えは、なぜか差別の歴史に当てられ、ルオロフの目に怒りが揺れた。
話が逸れていると焦ったドルドレンが割って入ろうとしたがミレイオは止める。『聞いておきましょ』と早口で囁かれ、側のイーアンも不穏ながら見守る。話・・・レムネアクは逸れないはず。彼は全体を俯瞰して話す印象がある。何を言うつもりなのだろう、と僧兵を見つめた。僧兵は乾いた唇をなめて、態度を変えずに続ける。
「他国の精霊信仰と貴族の溝に、無理やり挿げ替えているみたいでしょうが、そうではなく、前置きです。あなたは尋ねましたよね。私が殺しに入るまでの『匙加減』を」
くるっと回転するように話が戻され、はぁ?と口を歪めた貴族に、レムネアクは一歩前に出た。
「死霊使いの仕事から、私は派遣でティヤーへ行きました。それはいいとして。善悪の意識が浅いために、殺人稼業をしていたと思うなら違います。これと似ていて・・・
ルオロフさん。あなたが先住民を手に掛けたと言いたいわけではないです。まして、責めてもいません。国や立場の背景は、個人に影響するけれど、全てを背負うものではないと思いませんか?
貴族が制圧を行ったのは事実でも、ルオロフさんは関係ない。その事実を言われたら、自分は違うという。でも貴族であるために、事実に若干は結び付けられます。ヨライデの土着信仰が不気味で、僧兵の過去があっても、私は私ですよと伝えることも、似ている気がします」
息つく間もなく一気に喋って、締める。
「私はもう僧兵ではないから、匙加減は『僧兵の基準』ではなく、身の危険を感じた場合です。あなたもそうではないですか?」
聞くだけ聞き、赤毛の貴族は胡散臭そうに首を横に振った。やはり我慢して聞いていただけと、誰もの目に映る露骨な態度の変わり方を、ルオロフ本人は苛立ちで気づいていない様子。
「レムネアクは、現に殺人を平気で行っていたのに、私と並べるのか」
「殺意じゃないです。それが仕事でした。殺害を他国の人より可能にしやすかったのは、私が母国の影響により『死が強いもの』と信じる部分があるからです。でも善悪が薄いわけではないと思うんです」
すれ違う平行線のような掛け合いなのに、イーアンはレムネアクの言いたいことが分かる。ドルドレンも『なるほどな』と聞こえるように呟き、タンクラッドが『世界観も違いそうだが間違っていない』と認めた。
シャンガマックも初めて、こうしてヨライデ人の意識と観念を聞き、そういった感覚でなのかと、少し理解する。ミレイオは複雑な面持ちだが、過ごしたヨライデの思い出と重なる言葉に反対はしなかった。
ロゼールにはちょっと難しい。ただレムネアクは、ロゼールの大きすぎる紺色の瞳を見ても、変に聞いたりしなかったので、彼の視点は精霊寄りなのかも、とは思う。
黙っていたルオロフが、大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。切れ長の目つきは獣のように攻撃的で、怒っているのは誰が見ても分かるのだが、彼が次に発した返答は意外だった。
「これ以上、あなたとやり合うのは私の不利だ。私はティヤーで、嫌でも人を斬った。そうしなければいけない事態に追い込まれたからだが」
「そうなんですか。殺意じゃないですね」
レムネアクはそこですり合わせる。下手をすると触発しそうだが、ルオロフはこれに反論しない。
「自ら志願した殺人業を、殺意ではないと言い切るレムネアクを信用するか、は別だ」
「私も言い訳できませんね。でもイーアンの側に置かれて、あなた方に不幸をもたらす凶行はしませんよ。そんなこと考えもしない」
さらっと答える僧兵に、彼の隣に立つロゼールが『何で志願したんですか?』と横槍を入れる。レムネアクは話の途中でも彼に振り向き『志願というか、派遣先だった』と答えた。ドルドレンが『さっき彼は派遣と言った』とちゃんと聞いていない部下を注意し、ロゼールは頷く。
「派遣先で、『誰それを殺して』って言われて?」
「派遣先に入ったら、僧兵の訓練をしたんですよ。運動能力が主に判定基準ですが、私は死霊使いの派遣だったから、そっち方面に回されました。死霊使いは大体、薬草や小物ばかり相手にするので、僧兵枠で・・・つまり、誰かを殺害する仕事に於いて、私の立ち位置は」
「あ、じゃ。レムネアクが毒殺担当なのは、流れで決まったんですか?」
「そんな感じです。出来るか?と言われて、出来るでしょうね、と答えました。あとは先ほど話した通りで」
へぇ~と納得するロゼール。言い難いことをビシバシ訊くなぁとロゼールに感心した皆だが、すんなり答えるレムネアクに知らない間に理解を深める。彼は殺人者、と意識を戻せば警戒はあれ、自分たちもやむなく人を殺すなど経験しているので、徐々に『殺人業』の溝は埋まり始めた。
「うーん。俺はティヤーで僧兵に攻撃受けたんですよ。共通語で誤解を解こうとしても聞く耳持たない攻撃で。無事でしたが、その印象がヤなんですよね」
「多くの僧兵はそうだと思います。私は屋内勤務で詳しく知らないけど」
「屋内勤務の僧兵に訊こう。同じ僧兵に今後会い、それが敵だった時、殺せるのか」
ロゼールの告白に同意するレムネアクの背中から、また貴族が口を出す。つるみはしないのか?と言いたげなアイエラダハッド人に、ミレイオが『もうやめたら?』としつこさを止めた。でも、レムネアクは。
「ミレイオさん、大丈夫です。同じ僧兵に会って、その時に敵対したら、私が殺せないと思うんですか?」
「殺せると言っているんだな」
殺せるか殺せないか、どっちの返事でも突っ込む気だった口調に、『ルオロフ』とミレイオがもう一回注意する。ミレイオの手がルオロフの腕を掴み、さっと薄緑の目が見上げたが、レムネアクも続けた。
「もちろんですよ。敵ですから」
「はい。終わり!終わりにしましょう。レムネアク、お疲れ様。で、私がティヤーでお前さんに言ったことを優先しなさい。何のことか覚えてる?」
イーアンが強制的に打ち切り、レムネアクとルオロフの間に立って僧兵に質問。この質問は自分への思い遣りだと、勘の良いレムネアクは気づいて頷いた。
「覚えていますよ。簡単に人を殺すな、と言いました。そういう感覚はよせ、と」
「そう、それを優先して。どこぞの僧兵がレムネアクを襲ったら応じるのは仕方ないにしても」
言いながら困った溜息を吐き出し、女龍はルオロフに振り返った。振り向き方が雑で、呆れられたような態度にルオロフは顔を伏せる。ミレイオに腕を掴まれたままの貴族はもう何も言わず、タンクラッドが暗い周囲を見渡した。
「野営の焚火を。レムネアクは、同行だろう?」
*****
ミレイオはこの後でイーアンにだけ心境を吐露し、『船に居るから』と居場所を教えた。
イーアンは止めず、側に来たドルドレンに視線で離れるよう頼み、ミレイオは誰に止められることもなく空へ上がった。
タンクラッドも少し話を聞いたようだが、彼も何も言わない。暗くなった空に溶け込んだミレイオの影を見送って、『俺も炊事をやるか』と調理器具を引っ張り出した。ロゼールが側に来て『俺、居ますので』と笑顔。料理が出来るやつがいて頼もしい、とタンクラッドが笑い、ロゼールが火を熾し・・・
ルオロフはイーアンに話しかける前にシャンガマックに連れて行かれ(※引き離す)、イーアンとドルドレンとレムネアクは―――
「こうなりかねないと思ったが、頼まれているレムネアクからすれば、不愉快だったろう。悪かった」
総長に謝られて、レムネアクは背の高い男の素直さに『いいえ』と短く答えた。イーアンも少し気にして『真面目な応対で助かった。ごめんね』とちょびっと謝る。レムネアクが挑発に乗るかと思ったらしき謝罪を受け、僧兵は胸中を話した方が良さそうに思い、二人に向かい合った。
「私はこれくらい、何ともないです。嫌われるのが平気なんじゃなくて、信じる相手がそこにいるので」
そこ、と女龍を見た僧兵に、イーアンは揺れる(※また)。ドルドレンは俄かに信じがたいが、彼の信仰心はずば抜けているのか、と感じた。この解釈は近く、レムネアクは一呼吸置いて付け足す。
「信じる龍が側にいて、私を連れて行く可能性があるのに、こんな小さいことでふいにしたくない。それだけの話なんですよ」
「・・・人殺しと言われて傷つく一般人ではないだろうが、あれほどルオロフに執拗な(※素)攻撃を食らって、それが全く視野に入っていなかったとは」
「正直言えば、少しは気にします。でも比較にならないことってありませんか?試練ですらないこと。私の見ているものと関係ないので」
へー。彼は言いそうと思うけれど、実際に聴くと、へーと思うイーアン。すげえかもと、素で感心。
ふむふむ頷きながら丁度良い答えが出ないドルドレンに、レムネアクはちょっと笑って『ご心配かけました』と話を終わらせる。
「イーアンなら、殴っていそうである」
「ドルドレン、そういうこと言ってはなりません。怒るかもしれないけど」
「君が暴力に訴えない怒りは、完全無視くらいだな」
「なんです、暴力って。無視のが長引くではありませんか。殴った方が早いですよ」
手っ取り早いから殴るような女龍に、レムネアクが苦笑し、ドルドレンは『ルオロフもあとで少し話をしておく』と奥さんの気持ちを汲んだ。
イーアンはとっくに、彼を信頼しているのが分かる。レムネアクも信頼に応えようとしている。会って間もなくであれ、龍相手で崇拝する人々はたくさん見たし、そういうものかなと彼を見た総長に、レムネアクが別の話を出した。
「同行と決まり、私は有難く思います。しかし、さほど金も持ち合わせていません。人間の姿を見なくなった日から、店で食料を貰う際に払っていたのもあり、その、釣銭など受け取れるものでもなく。それで」
「それで、海岸にいたの?」
要は、金が尽きたから自活(※サバイバル)?と裏事情に女龍が驚くと、僧兵は首を一振り。
「目的は違いますよ。はじめに話した通り、身を守る道具を作るから材料のために行きました。海岸近いのは偶然で、だから魚など捕まえていたってところです。同行するにあたって、持ち金の残りは」
「要らない。私がお前さんに頼んだ。私が出す」
「いや、いいですよ。そんな」
「レムネアク。この現状では、どこかで稼ぐわけにもいかなかろう。お前が釣銭を受け取れないのと同じ、稼ごうと意気込んだところで対価を払う相手もごっそりいない。金は気にしないで良い。イーアンも言ったが、こっちが頼んだことである」
「すみません。いつか返します」
殺人者だけど調子が狂う、とイーアンが参っていたのをドルドレンも理解する。
普通に殺人するだけで(?)それ以外はどちらかというとイイ人間に思える。レムネアクが首の後ろを掻いて、ちらと焚火に目を向け『手伝ったら怪しまれそうですが』と呟いたので、二人は何かと聞いた。
「私は、神殿の料理手伝いで入ったんですよ。見習の立場ですが」
「あ、毒殺だから」 「イーアン」
「いえいえ、それもありましたけれど。当たり前に食事を作るだけの手伝いも」
悪気はなくてもレムネアクに素で応じる奥さんを注意し、ドルドレンは彼に『料理が出来るのか』と確認。料理は好きですねと答えた彼に、フーンと頷く。
「それでは・・・もしかすると無遠慮な言葉も最初は飛んでくるかもしれないが(※ここでイーアンを見る→目を逸らされる)、追々、料理番を手伝ってくれたら良い。ロゼールは騎士修道会の厨房担当で、彼も料理が好きである。きっと興味を持つ。ただ、彼は」
「分かります。屈託なく口にしますね」
ハハハと笑ったレムネアクに、ドルドレンも笑う。イーアンは咳払いし(※注意された)『寝床を』と伴侶に次を促した。ドルドレンが『そうだった』と寝台馬車を見ると同時に、レムネアクは逆の背後を振り返る。
「私は旧教の神殿で休みます。安心して下さい」
笑ったまま、ピタッと止まるドルドレン。キーワードが出たっと神殿を見るイーアン。レムネアクは暗がりの横にある円形に目を細め『馬車の車輪?』と推測。
「ああ、旧教だからか」
総長と女龍が目を見交わしたのは気づかず、『旧教・車輪』を呆気なく繋げた僧兵は、ちょっと見てきていいですかと、岩の神殿へ歩いた。
*****
この夜、レムネアクは皆と一緒に食事を摂り、好奇心の強いロゼールに明け透けな質問を食らいながら、近い内に料理を手伝う話になった。タンクラッドも話題に入って、『魚がそんなに簡単に取れるものか』とか『食用植物を見分ける?』とか、逞しく生きていた僧兵に技を聞いて過ごす。
シャンガマックは獅子を待たせていたので、食事を受け取って仔牛に戻り、それまで一緒にいたルオロフはドルドレンが預かった(※引き離す)。
ルオロフは既に、褐色の騎士から『理解と注意』を受けていたが、ドルドレンも繰り返し、ルオロフが言い返すことはなく終わる。
レムネアクに訊きたいことだらけだったイーアンは、翌朝を待った。
もやもやが高まりっぱなしで落ち着かないので『魔物を倒しに行ってきます』と食後に出かけ、眠くなるまで魔物と悪鬼と死霊退治を続けた。魔物は依然として少なく、却って不穏を思う。
死霊は龍に近寄らないが、こちらが先に見つけたら消してしまうだけ。悪鬼もそうだが、保護できなかった動物たちがこうなるので、保護活動の重要を考える。
「明日はまた、ルオロフと保護に出なければ。しかし、人がいませんね。全然気配もないなんて。『念憑き』は魔導士たちが追ってくれるけれど、善人が全く見かけられないってのも」
レムネアク同行――― イーアンが怪我を治したため残っただけだが、『善人かもね』とその人柄に認める。
それはさておき、旧教の神殿とかあれこれ聞きたいことだらけなので、明日の予定を、保護活動とレムネアク情報収集に決め、女龍は馬車へ戻った。
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