2915. レムネアクの一件 ~④ヨライデ人元僧兵紹介
ミレイオの居場所は掴めなかったものの、会話は適った。
イーアンはドルドレンたちに伝え、彼らからの反応を聞くより早く翼を出して飛んだ。ミレイオのことで話し合う時間はない。正確に表現するなら、ミレイオの悪口を一つでも聞きたくなかった。
もやもやする胸の内を無視するように、女龍は北西海岸へ急ぎ、数分足らずでレムネアクのいる廃墟に降りる。
「レムネアク」
壊れた壁の側で呼ぶと、地下から出てきた男が『はい』と微笑む。彼にも・・・迷惑かと、思わなくもない。彼はこちらの都合で同行扱いされているだけなのだ。
「あのさ。話がある」
「はい」
「どこから話そうかな・・・一応、あんまり気分が良くない話かも、とは先に言っておく」
「はぁ。何でしょうか」
「お前さんと会ったのは、私の仲間の予知で『北西に示唆』が出たから、北西方面に飛んだ結果なんだけど・・・ 難しいな、どう言おう」
予知で、北西。イーアンは示唆を探して俺と再会したのか、とレムネアクは衝撃を受けた。それは少なからず興奮もするし、期待も膨れる衝撃。
女龍は『長い話だ』と予知やこれまでのことを簡単に聞かせ、とどのつまり、レムネアクがヨライデの旅に同行する一人ではないか、と結ぶ。レムネアクはじっと聞いて全体を把握。
「最初に、俺にとって気分が良くない話と言ったのは、仲間の人が『殺人者の僧兵』を嫌うからですか」
「正しい」
「イーアンは、そこは大丈夫なんですか」
「私は人のこと言えないし。お前さんが悪い奴じゃないって・・・思うし」
ちょっと笑ったレムネアクは、言い難そうに顔を俯かせる女龍に『ありがとうございます』と礼を伝えてから、『俺は問題ないです』と答えた。その返事で顔を上げた、探るような鳶色の目に伝える。
「あなたが求めてくれるなら、他は気にならないですね」
「求めるって語弊だから、よして」
「言い方に気を付けます。お仲間が僧兵に対し、抵抗と嫌悪を抱くのは仕方ないでしょう。同行者になれば、四六時中それに晒されて針の筵かもしれないけれど、龍の手伝いの比較にはなりません」
からっと言い切るレムネアクが、お調子者には思えないイーアン。そこまで言えるもの?と不思議もあれど。こいつは言いそう、と認めもする。
ここにダルナがいたら、『嘘は言っていない』と教えてくれるだろう・・・ レムネアクはポカンとしている女龍に『俺で良ければ』と受け入れた。
「行く当てはありませんでした。生き残る目的があったけれど、それはイーアンやダルナにまた会いたい、これだけで」
「・・・私たちに」
「はい。しつこくて気持ち悪がられそうだけど、事実なんですよ。あなた方が最後の国ヨライデに来る、と歴史の書でも確認したし」
「歴史の書?」
思わぬ発言を聞いて一歩前に出たイーアンを見ず、レムネアクは『目的が適ったのに断る気はない』と、自分に確認するように呟いた。イーアンはちょっと気になり、また尋ねる。
「同行決定じゃないかもしれない。少し話して、お前さんから重要な情報を得たら、そこで終わることもある。それだと、行先がないのに」
「あー・・・ですよね。早合点で期待しました。気を付けます。でもいいですよ。行先はありませんが、死ぬまで生きるだけなのは変わりません。少しでもイーアンに会えたと思えば、誇りです」
ホントに、と笑顔を見せたレムネアクを、女龍は・・・情がまた襲う(※対この人は、よく生じる)。
何この潔さ。あれだったら、バニザットの家に住めば(※勝手に)。魔法で衣食住は完備だもの、なんて切なくなったところで、レムネアクは廃墟を振り返った。
「嫌がられる要素を増やすのもアレですが。分かりやすく言うと、『魔除け材料』持って行っても良いですか?」
「人間の死体はダメ」
「あ、俺はそれ使いませんよ。あれはこっちも責任被るので、もっと軽い方法で・・・って。すみませんでした、うっかりずっと『俺』と。私、で改めます」
変に几帳面な僧兵に調子を狂わされつつ、イーアンは『死体以外なら』と許可。
こうして。イーアンは青い龍ミンティンを呼び、レムネアクはささやかな荷物をまとめ、心の広い青い龍は微妙そうでも乗せてやって、南の馬車へ向かう―――
*****
馬車に帰る空の道で、イーアンは幾つもの『何ですって』を食らった。
本物の青い龍に乗せてもらえたレムネアクは魂消て大喜び。喜ぶのは普通だが、『ヨライデは龍を神格化以上の感覚で見ているから、遺跡にでも行かないと見られない。絵にも描けない』と興奮がちに話した。
「遺跡に、龍の絵があるの?」
「そうです。遺跡以外では、山奥とか昔からあるところに」
「そうなんだ・・・遺跡って、さっきあんたがいたところも」
「あ。すみません、言い過ぎました。あそこにはないです。あれは『声が聞こえる遺跡』で」
何?と反応した女龍に気づかず、『ティヤーにもあったのと同じですね』と軽い。総本山を壊滅させた張本人女龍なら、あの遺跡の質はご存じ・・・そんな感じの流し方で会話は終わる。
話の続きが知りたいイーアンは、あそこも見ておけば良かったと後悔。場所を覚えておこうと思ったら、レムネアクはまたもを気になることを投げる。
「ヨライデは旧教と新教があります。今は国が決めて新教中心と思いますが、さっきの遺跡と廃墟は新教が管理していたんじゃなかったか。
最初、あそこに辿り着いた時は、神殿の地下にある材料目当てでした。身を守る手段を求めて、行ける範囲の神殿へ行って・・・大体は地下室にしまってある、高価な材料を集めていたんです。
あそこは比較的新しい建造物なのに、なんで廃墟になったんだろう?と変に感じました。でも近くに『あの遺跡』があるのを知って、もしかすると、新教反対派が壊したのかもと思いました。
ティヤーのデネアティン・サーラ(※宗教名)も新教の派生と、本当のところは分からないですが。新教はヨライデ第二王城に軍を持っているんですよ。あの『聞こえる遺跡』は利用していたのかもしれないな」
思い出すままに脈絡ないレムネアクの話に、いくつもの『今なんて言った疑問』が入っており、イーアンはもやもやが高まる一方。
新教?旧教?ティヤーも派生?王城の軍隊は遺跡を利用?さっきも、死体を使うのは責任とか軽いとか。ちょっと詳しく説明・・・と思ったところで、馬車が見えてお預けになった。
空に青い龍と女龍が見えたドルドレンたちは見上げる。神殿遺跡で野営する準備をしていて、早く戻って来たイーアンと・・・僧兵を迎えた。
ミンティンが地面に足を付け、レムネアクが背中から降り、龍に『ありがとうございました』と礼をし、イーアンは彼の横に立つ。ミンティンは空へ戻り、向かい合うドルドレンたちに僧兵を紹介――― の前に。
「あ。旧教の神殿ですね。こんなところにあるんだ」
緊張感の薄いレムネアクが、岩壁の神殿に一言放った。
*****
一発目の出だしが狂ったイーアンは、『その話は後で。いや、他の話もあとで』と念を押し、何だか分かっていないレムネアクは頷く。
それから、近づいてきたドルドレンたちに『彼がレムネアクです』と、同行の話も済んだことを伝えた。レムネアクは側に来た女龍の仲間を見渡したが、余計なことは言わず慎重に、次の行動を待つ。
「あなたが僧兵か」
誰より先に口を開いたのは赤毛の貴族で、貴族然とした嫌味が短い質問にこもる。わざわざ『僧兵』と言わなくてもと思うイーアンだが、レムネアクは赤毛の男に顔を向けて頷いた。
「元僧兵の、レムネアクです」
「・・・私は、ルオロフ・ウィンダル。共通語とヨライデ語以外に使える言葉は」
「ティヤーにいたので、ティヤーの言葉も訛りまじりで使います」
ここでルオロフは一旦下がる。嫌悪の眼差しではなく射すくめるような目つき。警戒を崩さない貴族だが、レムネアクはこれに反応しない。若く見えるがレムネアクは、ルオロフより年上なのもあるのか。
「イーアンから聞いたと思うが、同行はまだ決まっていない。どうなるかは話を聞いてからにしたい。初対面で無理を言うが、こちらの一方的な要求でも応じてくれるか」
ドルドレンはいつもの調子できちんと目的と質問をし、『そのつもりです』と了承済みの僧兵に頷いた。レムネアクは、誰もが一歩引くドルドレンにも威圧されない。
鈍いわけでもなさそうだし、抜け目ないのとも違う。こういう態度の男なのかと、余計な動作のない彼の印象を捉え、ドルドレンは名乗った。
「俺は、ドルドレン・ダヴァート。ハイザンジェル騎士修道会総長。イーアンの夫でもある」
「えっ」
なぜここだけリアクション、と振り返ったイーアンに、レムネアクも急いで振り向き『旦那さんですか』と長身の騎士を指差し、そうだよと答えた龍に『わ~、結婚してるんですね』と意外そうに驚いた。
「そうか。人間だったと話していましたものね。人間の旦那さんがいるのも、変じゃないか」
何やら『龍』+『人間の夫』に驚いて急に生き生きした男に、皆は何となく天然を思った(※当)。
イーアンも首を傾げ『その理由ではないけど』と困りながら話を戻そうとして・・・気配で空を仰ぐ。ミレイオ。
タンクラッドも気づき、ちょっと手招き。
お皿ちゃんで滑空した派手な男が地面に足を付け、イーアンの横にいるヨライデ人と目が合う。レムネアクの眼が一瞬、少し大きく開いたが、誰も気に留めはしない微々たる反応。
イーアンは彼を紹介し、ミレイオは頷いて『私はミレイオ』とあっさり名乗ると、女龍に尋ねる。
「同行につくの?」
「たった今、紹介が始まったばかりなのです」
了解して下がったミレイオが、オカマと知ったレムネアクは目で彼を追う。ミレイオはタンクラッドの側へ行き、聞きた気な友達に『ちょっとだけ話とく』と呟いた。それはそれとして、引き続き同行試験(?)。
この場には、ドルドレン、タンクラッド、シャンガマック、ロゼール、ルオロフ。そしてミレイオが戻り、イーアンとレムネアク。獅子は紹介に付き合う気はなくて離れており、獅子がいないだけでもミレイオは少し気が楽。
対等を望むルオロフとドルドレン、ミレイオは名乗ったが、他は名乗らずにいて、同行するかしないかの決定に合わせる。
だが、実のところ『同行の判断と条件』は分からないまま。模型船は、レムネアク発見の報告後、無反応。つまり、レムネアクが必要だった、ここまでは正しいのだ。が、この続きは不明。
ということで、思いつく限りの問答をするよりない。
これだ!と思える決定打を、手探り・・・『暗中模索される同行候補』ってのも気の毒なのかとイーアンは少し思ったが、当のレムネアクは大して気にしなかった。
ヨライデの導き手として欲しい要素は、まず『王城』の知識と、国内の道、その他案内人が務まるか。
こっちの好き放題で、急に引っ張り込まれた男に質問を浴びせるとは、イーアンもドルドレンも若干すまなくなるものの・・・
レムネアクは正直で、はいはい、と答える。
分からないところは『期待しないで下さい。それについてはよく知らないので』と前置きするし、知識にあることは聞かれていない内容も教える。
イーアンとイングに喋った日と同じ、彼は周囲から飛ぶ質問に彼らしく答え続けた。
だからなのか。誰も、レムネアクに意地悪な質問はしないまま、時間が過ぎる。
人殺しに触れる話題はなく、仄めかす流れもない。ルオロフ辺りが言いそうかと気にしていたイーアンだが、ルオロフも普通だった。
でも、最後で―――
道はよく知らないらしいが、王城について知識があり、ヨライデの歴史や魔物退治の伝説など知っており、この国独特の慣習、死霊や悪鬼、幽鬼、魔除けも日常として馴染んでいる男は、『同行してもらった方が良いのでは』の結論に至る。
満場一致で視線を交わし、ドルドレンがレムネアクに言おうとした矢先。
「最後に訊きたいのですが。『念』が憑いた者を殺す際、レムネアクはどうするつもりですか?」
ルオロフが唐突に切り出す。問答中、世界に人間が少ない理由と、『念』を持つ危険な人間・精霊たちの祝福を得た人間だけが残っていることまでは、総長からレムネアクに話した。だが『念退治』については、主題『同行』に関係ないので触れていない。
ルオロフの問いは、僧兵ではなく他の仲間に向けられたが、レムネアクも他の者も『人を殺すための判断を、どう下すか確認を』の含みを感じ取る。
さっと貴族を見たタンクラッドが、その質問は必要か、と無言の問いを視線に込める。咳払いし『レムネアクだけ馬車に残すのですか?』と別の解釈をルオロフは添えたが、真意ではないくらい分かる。
「『念憑き』を追う際は、レムネアクにも説明する。すぐに殺してはならない話だったと思うが」
総長がルオロフの感情的な―― 押さえきれなかった感情の一端とはいえ ――質問に応じ、ヤロペウクは念を追跡するよう助言したのに、なぜ『殺す際』などとルオロフが言うかを、遠回しな返答で指摘する。
赤毛の貴族は冷静な面持ちで『そうですね』と認めたけれど、やはりすぐに僧兵を受け入れるのは、彼のプライドに難しかったのかとイーアンは思った。
「私が殺す判断を、どの状況で選ぶのか。気になる人もいるでしょう」
不意にレムネアクが続け、振り返ったドルドレンに微笑んだ。イーアンは情を寄せる(※また)。ルオロフの冷たい薄緑の目は僧兵を捉え、『ええ、少し気になりますね』と進める。
「そりゃそうです。気に入らなければすぐ殺す、裏切って殺す、殺人をためらわない人格と、疑われて仕方ない。でも私の仕事は」
レムネアクは足元に置いた包みに視線を落とし、『毒ですから地味なもので』と言った。
「話していいなら話します。仕事内容と私の価値観を、ちょっとは伝えられるでしょう」
「毒なら寝首を掻かれる心配はないか」
パッと嫌味が出たルオロフに、え?とイーアンが眉根を寄せる。さっと目を逸らした貴族は『是非』とレムネアクに頼み、ドルドレンも仕方なさそうに貴族を見てから『抵抗がなければ話を』と僧兵に促した。
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