2914. レムネアクの一件 ~③ミレイオの寄り先・友曰く
タンクラッドは、ミレイオの行きそうな先に見当を付けており・・・
獅子は、皆に言うこともなかったが、ミレイオが旅から外れるわけがないと―― 彼自身の大きな運命により ――分かっているから、怒って飛び出してもまた戻ると考えていた。
イーアンも『ミレイオは旅と別の宿命を背負い、この旅に付き添う』の認識があるし、そんなに心配しなくても良いのは頭でわかっている。
ミレイオはカッとなっても、冷静になるまで少し時間を置くと、ふらっと帰ってくるイメージ。
そして『ごめん。ただいま』と軽く過去を流す挨拶で、するっと滑り込む・・・それが、怒った後のミレイオと思う。後から、『実はさ』と心境を話すのだ。そう、だから。今回も、多分。と思うのだけど。
「連絡してごらん」
心配一色のイーアンに、ドルドレンが促す。イーアンはのろのろとした手つきで連絡珠を取り出し、じっとミレイオの珠を見つめた。出ないかもな、と思いつつ。レムネアクのことどうしよう、と思いつつ。
ずっと姉さんみたいに慕うミレイオを呼び出す―――
*****
時間を少し巻き戻し、勢いで出て行ったミレイオは、最初こそ当てなどなく目一杯かっ飛んだだけだが、イラつくのと出てきちゃった衝動でくさくさし、短い髪を両手でグッと押さえ、来た道の方へ顔を向けた。
ムカついているけれど。誰かに言いたい気持ち。一人で抑え込むようなことでもない。だけどあの場では共感者云々なんて無理な状況だった。
「シュンディーンは、私の子みたいなもんなのよ。子・・・どころじゃないわ。ぶっちゃけ、私が創った子みたいな気持ちしかない。もし彼と会っていなくたって、私がいつかサブパメントゥとして『子供を創る』なら、あの子そっくりになった気がする。
あの子がちょっとでも傷つくのはイヤだって、なんで軽んじられるのか、腹立って仕方ない。世界?そりゃ大事だわよ。でも私はシュンディーンの存在が、丸ごと大事」
あの中で言えねぇってと舌打ちし、憎たらしい父親の毒舌に『死ね』と悪態をついた後、お皿ちゃんを旋回させて―――
「こんにちはー」
「はい・・・は?え!どちらの人!」
「バイラ、居る?私はミレイオ。あの船の一人よ。ちょっと用事でさ」
午後の治安部に派手なオカマが乗り込んできて、団員は目が落ちんばかりに見開く。あの船、と適当な方向を指差すオカマの人をガン見しながら、『バイラは見回りで』としどろもどろに答えた。
「あ、そうよね。えーっと、夕方にならないと帰ってこないのかしら」
わ、わかりません、と噛みながら椅子を立った団員は、白い板を小脇に挟んだオカマに『午後は早く戻るはずですが』と言い、玄関外を見に出る。
で、良いタイミング。彼が出たと同時くらい、ブルルと馬の鼻を鳴らす音が響いたので、ミレイオも表へ行くと、長い斜面の下にバイラ発見。バイラと馬は斜面を上がり始めたところ。
団員はバイラに声をかけ、気づいた馬が速歩になったので、ミレイオに一度会釈し引っ込んだ。バイラの馬は小走りだが、疲れ知らず。長い斜面を急いでくれた。バイラはミレイオの側へ来るなり、すいません、と一声。
「ミレイオ!忘れものでした?鍵ですね?」
お待たせしてしまい、とバイラが腰袋に手を載せたので、ミレイオは止め『違う違う』と苦笑し、馬の背から見下ろした警護団に『えーっとさ。少し、話出来ない?』と時間を頼んだ。
バイラは馬に掛けていた鞄を外し、馬房に馬を入れて馬具を取り、秣と水を与えてから、ミレイオに『ちょっと鞄だけ』と断って屋内へ入った。馬房で待つミレイオは、仕事中の彼にすまなかったなと迷惑を思ったが、バイラはいそいそと戻って来て笑顔で『外で良ければすぐそこに』と日陰を指差す。
優しい警護団に私情で相談時間を頼んだすまなさが強くなるけれど、ミレイオは有難く日陰へ一緒に行き、バイラが中から持ってきた飲み物を一つ受け取った。
「すみません、こんなお茶くらいしかなくて」
「すまないのは私だわよ。ごめんね、仕事時間中に押しかけて」
「いいえ、見回りの後は書類くらいなので。書類も少ないし」
田舎ですからと笑い飛ばしたバイラは、笑顔も遠慮がちなミレイオの横に腰を下ろし、『どうされたんですか』と静かに尋ねた。唐突な話だと前置きしたミレイオは、先ほどのことを掻い摘んで伝え、一分ぐらいの短い打ち明けに、バイラの太い眉が寄った。
「辛いですね。シュンディーンは赤ちゃんなのに」
「若者の姿になると、20前後に見えるの。喋るし。でもやっぱり、感覚は幼い子のままだから・・・経験値も少ないし、真っ直ぐ純粋そのもので、嫌なことや悪いことは全否定なのよ。受け入れるには難しくなっちゃうのよね。心の成長はゆっくりじゃない。大精霊の子供に失礼かもしれないけど、私は」
「ミレイオは親代わりですから。シュンディーンだって、ミレイオにしか言えないことはありますよ。逆に、心配させたくなくて彼が言えないこともあるでしょう」
ティヤーで悪人の処分を言い渡された精霊の子が、どれくらいの人数か分からないが溺死させ続けた話に、バイラも少なからず心を痛める。
大人が対応するならまだしも、とこんなことを精霊の子に言うのは不敬だろうが、バイラも最初からシュンディーンを知る分・・・『可愛い赤ん坊』の印象が先。
「皆さんも、言えば気づくでしょうけれど。ミレイオほどシュンディーンに接していません。その場で誰もシュンディーンの名を出さなかったのは、悪く取らないで下さいね。忘れていただけかもしれませんよ」
「ええ、そう思う。でも。ね。ほら、獅子が」
「うーん。彼は私からすると偉大な存在ですから、どうとも。だけど、お父さんはシュンディーンの底力を叱咤して引っ張り上げるような感じです。慰めたり励ましたりの能力は、シャンガマック限定でしょうし」
バイラの言い方にミレイオは苦笑する。『慰めと励ましが限定能力、よね』とちょっと笑って・・・寄り添って気持ちを汲んでくれる警護団を見た。
話を聞いてもバイラは『僧兵の同行者』に焦点を当てるのではなく、『純粋なシュンディーン』がミレイオの気がかりだと理解して、シュンディーンについて考えてくれる。
そう。『レムネアク』なんてどうでもいいのだ。
ただ、そいつの生業にした内容が、現状シュンディーンに耐えられないと、そっちがミレイオの懸念不安で。仮に、ニダが同行だったら反対など考えもしない。
世界に比べたら小さいこと――― とはいえ。
バイラはミレイオが大切にしている精霊の子に、話の焦点を当ててくれるのが嬉しかった。
空っぽの容器に視線を落としたバイラは、『もう一杯飲みますか』と尋ねる。ミレイオがこのまま戻る気はしなくて。ミレイオも、見透かしているバイラに有難く、軽く頷いて器を渡した。
お茶を淹れ直して、施設横の日陰に戻ったバイラは、傾く日に顔を向け、ミレイオの手に容器を渡す。
「ミレイオ。今日はどうするんですか」
「んー・・・ ね。どうしようかって」
「差し出がましいですが、船にいたらいかがですか」
「え。船」
バイラはお茶を一口飲み、横を向く。ミレイオも彼の視線の先を見た。
ここは高台で、角度的に崖で遮られるが、港が少しだけ見える。港・・・船? 思ってもいなかった提案に暫し考え、ミレイオもお茶を一口。バイラは午後の海を見たまま、『無理はしなくても』と呟いた。
「この際。今日だけではなく、少しの間シュンディーンを船で待つのも、悪くないと思うんです。あなたは特別な立場にあるし、皆さんもあなたに居てほしいだろうけれど、シュンディーンを思うミレイオが『折れる』のは何か、ちょっと。違うような。
もし戻るなら別の理由にした方が、この一件に対して折れたのではない、後腐れを残すことなく済むと思いませんか」
「有難う。でもそれ、通じるかしら。客観的には既に『こんな程度で怒る?抜け出す?』って印象を植え付けたわけよ。オーリンが出ていく時も彼が無責任とか、周囲で声もあったし、きっと今頃私も」
客観的に、冷静に。自分が怒ったのは正直な気持ちでも、オーリンのひと悶着を重ねてしまうと、私もそうじゃない、と思えなくもない。言いかけた言葉が消える。
抜けるほどではない、でも、戻ればヨーマイテスにまた嫌味を言われる。シュンディーンをなおざりにした決定に不承不承付き合うのも抵抗がある・・・・・
溜息数回。迷うミレイオに、バイラは『一時的、を強調して考えてみたらどうですか』と助言した。
「一時の期間ですよ。シュンディーンが帰ってくるまで、と決めて。帰って来たシュンディーンと話すのも、二人きりの方が話しやすいでしょうし、決定も出しやすいし。
オーリンが抜けた後ですから、皆さんが明るい返事をするか分かりません。でも、待ち人を待つために離れるのも変ではありません。皆さん、どうしたってミレイオの力に頼る時は、きっと呼ばれますし」
「うーん、悩むわ」
「ミレイオ。いろんなことが、原動力になるものでしょう?ミレイオは、シュンディーンがいる幸せ、彼が元気で居る、側に居る日々が幸せで、だから頑張れる。彼と出会う前も幸せはあったと思いますが、シュンディーンの存在が大きくなった今、彼を置き去りにする感覚で頑張れないと思うんです」
「バイラの言葉が重い。そう、置き去り表現はぴったりよ。彼を選ばないみたいでイヤなの。あの子、私を信頼してくれてるのに」
いないからって、勝手に決めるのは・・・と頭を掻いたミレイオは溜息を吐き、空を見上げて、曲げていた足を伸ばす。シュンディーンを、船で待つ想像。連絡取れない相手だから、いつになるやら。
「船を出た朝に、戻ってくるってどうなのかしら?」
「いつ戻ったとしても、それとこれは関係ないですよ」
バイラは即答し、たまたま今日だっただけ、と残っているお茶を飲む。ミレイオも器の底に揺れる茶を見つめ『まぁね』と。そこで、左手脇の腰袋に目が留まる。カブセの裏が心なしか明るく、イーアンかもと・・・ぎこちなく、珠を取り出した。バイラと目が合い頷かれ、ミレイオは応答する。
『ミレイオ、ごめんなさい。いきなり私は』
『あー、謝らないでイーアン。あの、私も。あんたに怒ったみたいで誤解させて、ごめん』
『いいえ、私がいけなかったのです。ミレイオは今、どこですか?』
『ちょっと、その。言い難いけど。レムネアクはもういるの?』
『まだです。ミレイオと話してからにしたくて。ミレイオがいないのに、彼を連れて来てしまうと、拗れてしまうと思ったから』
イーアンの思いが素直に入り、ミレイオは小刻みに頷きつつ、彼女の気持ちを自分とシュンディーンに重ねる。
『あのね。シュンディーンが心配だったのよ。私もイーアンと同じで、あの子が不在中にレムネアクを連れて来たら拗れるのが心配で。クフムの時も大変で、ラサンの時も大変だった。今度は留守の時ってなったら、説得もなくてあの子がどう感じるか・・・ 世界を前に選べよって話なんだけど。でも即決したくないの、私。シュンディーンが大事なんだもの』
『ミレイオは。もう決めているのでしょうか・・・ どうされたいのですか』
会話からイーアンは察する。ミレイオが、離れそうな感じを。
『私は彼を、船で待とうかって』
*****
イーアンは、いつでもミレイオに深く聞き出そうとしない。
ミレイオもそれを知っていて、結論だけ伝えた。バイラが側にいることも伝えない。彼はこの決定に無関係であってほしい。変に関わらせて迷惑を及ぼすのは嫌だった。
船でシュンディーンを待つ、と伝えたミレイオに、イーアンは一秒合間を置いて『レムネアクを連れてきますが、彼を見ておきますか』と次の話題に進む。
業務的と皆が認める女龍だが、イーアンの躊躇いを細やかに感じ取るミレイオは、自分が離れるのをイーアンが辛く思うのを理解し、『そうする』と答えた。
『では、これからレムネアクを迎えに出ます。彼も連れて来られる話など寝耳に水ですから、あちらで説明して、承諾したら連れて来るでしょう。長くはかかりません。30分ほどで馬車にレムネアクが来るか、私が手ぶらで戻るか、です』
分かったと応じ、連絡珠を袋に戻したミレイオは、『レムネアクが来るみたいだから、確認だけ行ってくるわ』と、バイラの伸ばした手に茶の器を渡した。バイラは船の鍵を、ミレイオに預ける。
仕事中に話に付き合ってくれたバイラに礼を言い、レムネアクの確認が済んだら船に戻ると決め、『30分、暇潰すか』とミレイオは夕方に変わる空へ上がった。
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