2913. レムネアクの一件 ~②反対派・崖神殿の墓室
『お前の懸念を汲むのではなく、俺は『世界を守る』方を取るだろう』―――
意味は分かるな、と総長が尋ねる。ルオロフは少し眉根を寄せて唾を飲み込む。
「総長は私に、離れろと言っているんですね」
「極端な。ルオロフがどうするかは、俺が問わないと言ったのだ。お前がついてくることを信じ、祈っているが、無理強いは出来ない」
「その、素性も知れない僧兵の方が私より信頼に値したんですね。総長も会ったことがない、人殺し業の人物でも、可能性というだけで」
「そうだ。可能性を探りながら、何度も間違え何度も後悔し、学んでは下がり、進もうにも止められ、意地でもここまで来た俺たちだ。可能性を突きつけられて握るかどうか、尋ねられるまでもない。
イーアンは、まず握る。間違えたらすぐに対処し、別の方法を試し、傷つきながらでも進むことを教えてくれた。俺は彼女が信じた人間なら、大丈夫だと思う。それも可能性だろうが、世界の意向に沿う」
「世界の意向に比べられたら、私など立つ瀬もありません」
「ルオロフ。お前が同行している旅の仲間は、世界に集められた。同行者も然り。誰でも良いわけではない。お前も導かれて、ここに居ることを忘れるな。それを踏まえた上で」
ルオロフは遮らなかった。誰も、総長の言葉を邪魔せず、イーアンはルオロフの苦渋の顔を見つめて、ドルドレンを振り向いたが、肩を引き寄せられて黙ったままでいた。余計なことは言えないし、ドルドレンの言葉は真っ直ぐで正論だったから。
「それ言ったら。総長、俺にも『同行』って言ってます?」
「ロゼールは、『何があっても付き合う』とテイワグナで散々ごねたのだ。俺はやめておけとお前に」
「ここで言わなくて良いですよ。やれやれ」
ぼそっと呟いたロゼールは呆気なく総長に丸め込まれ、片手を嫌そうに挙げて不承不承の『賛成』を示す。ロゼールは簡単だな、と皮肉った獅子の思考が流れ、シャンガマックも苦笑する。
獅子はちらとミレイオを見て、ミレイオが無表情のまま神殿を眺めている様子に『お前はどうなんだ』と頭に話しかけた。ぴくっとしたミレイオだが、姿勢はそのまま、無視を決め込む。
『ミレイオ。同行のくせに意地張る気か』
無視。
『じゃ、お前が案内でも買って出ろ。サブパメントゥからヨライデに出て暮らしたん』
『うるさい。そんな長く暮らしてないわよ』
反応したが、否定するミレイオに、獅子はもう少し追い詰める。バニザットじゃないから辛らつの遠慮なし。
『どこかの人殺しに何を気にする。お前の方が大量殺人しただろ。レムネアクの素性なんざどうでもいいが、同行につく可能性を消せるだけ、お前には大層な切り札でもあるのか?』
『うるさいって言ったでしょ・・・ シュンディーンが戻ってないのよ!彼が戻ったら絶対、嫌が』
『赤ん坊?あいつのために反対ってのか?どこまで見境がないんだ。あいつはファニバスクワンの子供だぞ?世界の話がまともに出ている会話で、精霊をダシにするお前は』
『黙ってろ!』
『とんだ盲目もいいところだ、馬鹿々々しい。あれが理由なら、真実を教えてやろう。シュンディーンはティヤーの精霊の檻で、悪人退治を任されたのを知ってるか?精霊の檻があれだけ出ても終了まで長引いたのは、あいつが手間取ったからだ。溺死させるだけでもな』
『・・・そんなこと、どうでもいいじゃないの!』
『ミレイオは今。自分で答えたな。ドルドレンにもそう言え』
神殿に顔を向けた姿勢のミレイオは気づかれないようにしていたが、息が上がっていた。
シュンディーンから決戦時に何があったか、聞いていない。彼も話さなかった。見当は付けていたが、獅子にそこを衝かれて言い返せなくなる。
精霊の子、親の命じとはいえ・・・殺しを嫌悪したのに、悪人を殺す立場に回ってどれほど傷ついたか。
シュンディーンが戻って来て、レムネアクがいたら。彼の素性を知ったら、純粋なシュンディーンは自分の行いと僧兵の行いの違いが見えずに、辛い心が板挟みになって離れていく気がする。
慰めも諭しも、きっと理解できない。今だって、傷を癒そうとしているのかもしれない。
『じゃ。お前もここで降りろよ、同行。オーリンも消えた後だ。今なら受け入れやすいだろ』
全部筒抜けで聞こえていた葛藤に、獅子は素っ気なく退場を言い渡した。びくっとしたミレイオが、肩越しに後ろを見る。金茶の獅子の碧の目と合い、瞬きしない親父を睨む。
『主役は俺たちだ。聞いてたよな?』
「うるさいんだよっ!」
急に怒鳴ったミレイオの声で、一斉に視線が集まる。獅子は目を逸らし、横のシャンガマックは会話遮断されていたので、一喝にびっくりし『どうした』と獅子とミレイオを見たが、ミレイオは思い切り溜息を吐いて、驚くイーアンたちに向き直る。
「そいつ。すぐに連れてくるなら、どうぞ。私は距離置くわ」
「距離って、ミレイオ」
顔に青白い隈が浮きかけては消えるミレイオの怒り状態、イーアンは慌てて駆け寄ったが、ミレイオは振り払うように反対方向の馬車の荷台に走り、お皿ちゃんをひっ掴んでまた出てくるや、あっという間に上昇してしまった。
強行突破の行為は、瞬く間。焦るイーアンは翼を出しかけたが、獅子がそれを止める。
「追ってどうする」
「話を・・・って、もしかしてホーミットが何か言ったのですか?」
はた、と急変の原因を察したイーアンに、獅子はドルドレンを横目に『あいつの正論を支えただけ』と答える。
ドルドレンとイーアンが、ルオロフの意見を聞いていた僅かな時間。ミレイオとの会話は分からない。何を言ったの?と探る女龍に、獅子は首を振った。
「ドルドレンも言ったことだ。『ブレずに世界を選ぶ』」
「ミレイオがあれほど怒る言い方で?」
「いい加減、龍の足場を保てよ。俺は世界を重視したら、バニザットを生かして俺が犠牲になるのも即決だった。何度もあっちゃ冗談じゃないが。
お前の意識は、追い詰められないとそうなれないのか?追い詰められた時だけ、世界を選ぶのか?」
厳しい――― でも、正しい。
獅子はテイワグナ戦でシャンガマックを守ったが、それは世界の旅を支えるため、自分が犠牲になるのも同時に選んだ話(※1683話参照)。いつでも、それが出来る意識を問う。
お前はどうだ?と聞かれて・・・彼はミレイオに乱さないよう言った、と思うと。
「イーアン。知り合いだったらしいが、お前はレムネアクを忘れていた。模型船に従った先にそいつがいた。無害な過去じゃなさそうだが、有害な奴でもない。模型船がそいつを示し、そいつもイーアンも今は再会した理由が見えないなら、連れてきて話を聞くだけで済む・・・ってこともある。
仮に話を聞いたところで再会の意味が掴めなければ、一緒にいる時間で確認する。それが同行だよな?」
「俺もそう思う。同行決定かどうかは、まず彼に会わないと分からない。一時的な情報源であれば、そこで終わる話だ。しかし、一時的ではない場合も考えて、同行も考慮する必要はある」
獅子の言葉に、ドルドレンが続ける。タンクラッドも異論なし。ロゼールは『微妙だなぁ』と言いながら、受け入れる了解はした。シャンガマックは父の視野に学ぶので、賛同するのみ。
イーアンも・・・『分かりました。そうですね』と短く返す。
ミレイオがどうなってしまうのだろうと心配が募るけれど、自分が選ぶべきは。世界なんだと、こんな小さな場面ですら、世界を優先して物事を考えないといけないのは、当然の立場なんだと。
飛び出してしまったミレイオを追うことも出来ず、苦しく認めた。レムネアクが悪いわけではなく、模型船が悪いなどもなく。そして、私が悪いわけでもない。ミレイオもまた、悪くなんかない。
「イーアン」
両手拳を握り、ミレイオを追えずに溜息を吐く女龍に、ルオロフが声をかける。ルオロフもそうなるかもと、のろのろ振り向いた女龍に、赤毛の貴族は側へ来て微笑んだ。
「私は、少し様子を見ることにします」
「その意味は」
「あなたが認めた人物。彼が一時参加だとしても、最後までついてくるにしても、それは彼だけのことであり、私には関係ないと構えておけばどうでしょう」
分かりにくくて不穏だよと顔に出てしまうイーアンに、ルオロフはちょっと笑った。
「レムネアクという僧兵が来ることに、反対しません。私は、馬車に残らせて頂きます」
さすが大貴族だ、とロゼールが変な褒め方をし、タンクラッドが苦笑して『慣れるだろ』と見越したように呟いた。それから、友達の消えた方角の空へ顔を上げる。
「ミレイオがどこへ行くか。俺の予想が正しければ」
*****
タンクラッドの推量により、ミレイオの行方は後で間に合うということになり―――
一先ず、明るい時間に遺跡を調べた。とはいえ、これもあっさり終わってしまう。神殿遺跡は、奥が質素な部屋だけ。ドルドレンは最初に来た時、奥に進まなかったのだが、その時、『住居があるのでは』と思ったそれが当たった。
パッカルハンと違う点は簡単で、閉ざされていた年月の長いパッカルハンは手付かずに等しく、宝探し以外で物の持ち去りなどはなかったことに対し(※イーアンとタンクラッドが黙る)、こちらは道に沿ってあるものだから部屋も空っぽ。
「誰か盗ったんでしょうねぇ」
手前の広間から奥、部屋が五つほど並ぶのだが、扉すらない。丁番と思しき箇所や欠片があるため『扉も売り払われたのかな』と悪意のない呟きをロゼールは繰り返す(※後ろに女龍と剣職人)。
ドルドレンは、難しい表情のイーアンと親方が『遺跡荒らし』をしていたのを知っている。そして、盗掘の宝を売った金で。この旅は続いている(※事実)。
なので、ロゼールの一般的感想は彼らにも、認めている自分にもイタイから、ささやかに止めた。
「盗ったわけではないかもしれない。お前がコルステインたちと海の水を得たように、何かが必要で」
「そういう解釈もあるか。でも、扉って、普通は持って行かなくないです?」
入口流れで横の壁も指差すロゼールは『あの辺、宝石とかあった枠に見えるんですよね。もしかしたら扉も宝石が嵌っていて、金目のものだったから丸ごとかもですよ』と・・・明け透け。
うーん、と悩むドルドレンが返答に詰まっている間、イーアンはロゼールの側から離れ(※柱の宝石盗った)、タンクラッドも別の部屋へ行った(※袋いっぱいに金目の物集めた)。
ドルドレンはロゼールの『この辺も~』の感想に付き合い、何もないお部屋探索。
イーアンとタンクラッドは、ロゼール感想で口数が減るものの、何か変わったところはないかとセンサーが働いてウロウロ。
シャンガマックは部屋を全て見てから、ヨーマイテスに『奥だ』と端の天井に誘われ、ワクワクしながら秘密へ前進・・・・・
ルオロフは興味深そうに、少し離れたところを見ており、特に変わった模様も彫刻もない質素な理由を考えていた。
一つ疑問があるとしたら、造り―――
崖をくり抜いた神殿は古くに活用されていたと思うが、現在は放置状態。ロゼールが大きな声で話している内容の通り、とっくに盗掘に遭った後、それも数十年と経過していたら、ここは。
表には、馬車の民の車輪。幽鬼が多い森林間際なのに、ここはいない。元の神殿は何を祀ったか見当もつかないが、馬車の民が車輪を置いて行く気になる心理も興味がある。捨てられたにしては、置き方が雑ではなかった。
「変な気配はしない。逆を言えば何の気配もない。この一画自体が、何かの」
「お、ルオロフ」
赤毛の貴族が推察しながら向かって左の端にある部屋脇へ出ると、シャンガマックが通路の行き止まりで話しかけた。はい、と行き止まりの壁を見たルオロフに、何やら楽し気な褐色の騎士は『お前にも』と背中に手を添え、壁の前に立たせる。
「ここを見てくれ」
「隙間ですね。風が吹いてきている」
「そう。この向こうは墓室だ」
『墓室?』驚いた貴族は、隙間風の抜ける壁の脇に指を添える、人差し指一本分の隙間しかなく、中は真っ暗で見えない。はた、とお父さんがいないことに気づくと、シャンガマックが壁に手をついて『彼は中だ』と教えた。
「墓室だが、人間じゃないんだ。動物の死体がからっからに乾いて棺桶に入っている」
「動物の種類は分かったのですか」
「今、父が調べている。しかし、ここは呪いなんかなさそうだし、逆に守られていると言って良さそうだ」
「守るということは、幽鬼や死霊が悪いものと見做されているように聞こえますが」
「そう・・・俺は、ヨライデ視察で人間の死体を材料にする現場を何度も見たんだが、それらは死霊目当てだった」
不意に呟かれた恐ろしい内容にルオロフは少し驚く。忌々し気に『残酷極まりない』と息を吐いたシャンガマックは『だが、ここはあれと異なる』と気持ちを切り替え、壁へ首を傾げた。
「同じ処方だと思う。ただ、目的が死霊ではない印象から、埋葬された動物に意味があるのかもと父は関心を示した・・・そろそろ出てくるかな」
「バニザット」
言った側から、影を伝った獅子がのそっと出て、ルオロフは場所を譲る。金茶の獅子はルオロフと息子を見て『話したのか』と尋ね、シャンガマックは『彼だけに』とたまたまそこにいた・・・と答えた。
「まぁ、隠すようなもんでもない。犬と馬だな」
「棺の中は、犬と馬?ああ~・・・何となく、理解が及ぶな。家畜だから人間を守るような聖域になっているのか?」
「それだけでもなさそうだ。文字がないから何とも言えん。留まる思念もない。一先ずこんなところだ」
ありがとうと、笑顔で鬣を撫でるシャンガマックに、獅子は『戻る』と先に歩き出し、ルオロフは壁裏まで拝見できなかったのを少し残念に思いつつ・・・ 当て推量は半分当たらず、半分は間違えていなかったなと思った。
馬車の民が、ここに馬を埋葬してあると何かで知っていたら。彼らはここを休憩や心の拠り所にしたのかも、と。
シャンガマック親子も、ルオロフも。あともう一歩の推考―― うんと昔、ヨライデにあった旧教の神殿と気づくには、情報が足りなかった。
他に珍しいものがあるわけでもない神殿で、あちこち見た時間はせいぜい30分そこら。イーアンたちも外へ出る。気になっていたミレイオの行方を探そうと、イーアンは親方に頼んだ。
「レムネアクはいつ連れてくるんだ」
「・・・ミレイオの気持ちを聞いてから、にしたいと思います」
ミレイオを無視したくないイーアンは、レムネアクを連れてくるなり何なりでも、まだ少し待ちたい。せめてミレイオの意見を聞けたらと願う。
獅子はどうでもいいことを話し合う彼らの前を素通りし、仔牛の中に入る。不思議そうに見ているルオロフに挨拶したシャンガマックも仔牛の腹に片足をかけて(?)『ここで待っている』と伝え、中へ入った。
「レムネアクには、連れてくるとも何とも言っていないのだ。ミレイオに連絡してごらん」
報告だけで、物事はまだ動いていない。ドルドレンはイーアンに連絡珠を使うよう促し、イーアンもミレイオの連絡珠を腰袋から取り出す。
その頃、ミレイオは―――
「船を出た朝に、戻ってくるってどうなのかしら?」
「いつ戻ったとしても、それとこれは関係ないですよ」
お読みいただき有難うございます。
近い内にお休みを頂きます。どうぞよろしくお願いいたします。
少し冷え始めたので、どうぞ気温差に気を付けてご自愛ください。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝します。ありがとうございます。
Ichen.




