2912. レムネアクの一件 ~①まずは説明
遺跡。宗教。聞きたいし、知りたいが、後でも聞けるとイーアンは腹を決め、レムネアクに鱗を一枚渡し、ここに居るよう頼んだ。
レムネアクに移動先があるとは思えなかったけれど、とりあえずそう伝えると、彼は二つ返事で了解し、『あなたを待つんですか』と確認した。その意味を、言った本人もイーアンも解らないにせよ・・・イーアンは『待つ』部分に対して頷き、レムネアクも鱗を握りしめて頷き返す。
「魔物が出たら、それ使って。投げるだけ」
「ありがとうございます」
余計なことは聞かず、言わず。レムネアクは翼を広げて空へ上がった女龍を見つめ、動き出した運命にまずは感謝を祈り、廃墟の地下へ戻った。
イーアンが北西へ出かけていたのは、一時間ちょっと。
行きは、示唆を見落とさないよう、ゆっくり飛んだけれど帰りは早い。あれ以外に示唆はあるかと、後ろに飛び去る風景を時折振り向いたが、ない気がした。
帰路に思うはレムネアクの出現が占め、イーアンは皆に『模型船の示唆で見たもの』を報告せねばいけないことと、恐らく彼が同行につくのも話すだろうこと、その説明に悩む。
「どう悩んだって、言えることは・・・勘も察しも良い皆だから、同行者と気づくかも。でも、クフムの時も一波乱で、ラサンを船になんて話の時はルオロフも出て行ってしまったのを思うと、どうなるやら。レムネアクは僧兵でラサンばりの殺人をこなしていたはず。本人も否定しないし、隠しもしないし、変に腹括ってるし・・・ ああいうところ、私、分かるのよね。彼のそうなる気持ちが」
レムネアクに情が湧くのは、会った時から疑問だった。
悪さをしている自覚はある。でも悪人になりきらない。他人の視点ではガッツリ悪人だから、言い逃れもしようとしない。そして、何が良いことかも分かっている。良いことを拒みはしないし、出来る時は行う。
スヴァウティヤッシュの感想『悪い人間じゃない』レムネアクの意味を、ぼんやりとそうだなと肯定したのは、私も彼のような一面を持つからだ。私も、悪い奴じゃないと、自分を思いたかったから。
暴力の家庭で育って、だから可哀想と思って~なんて気持ちは、レムネアクに微塵もない。そこで育ち、不憫な目に遭った事実は彼のせいではないが、彼は続く人生で自覚ある殺人行為を選んだ。
過去を話そうとしなかったのも、話したところで『別に』と感傷の誤解を避けたのも、『人のことは言えない』と態度で示していた。
誰かのせいにしない、生き方が。自分で引き受けるよりないから、泥も苦みも間違いも自分のせい、とした生き方が。
「・・・響く。変に潔いんだもの」
彼と重ねた自分に対して潔いとは思わないが、彼と話していると端々にそれを感じた。
ドルドレンなら分かってくれるだろうか。理解ある伴侶にまず話すことにして、見えてきた森の道を進む、三台の馬車へ降りた。
戻ったイーアンが荷馬車の御者台に座る。ドルドレンは微笑み『おかえり』を言い、イーアンの笑顔に違いを発見。笑顔がぎこちない。
「どうだった。何か見つかったか」
「はい」
「先に聞こう。ルオロフがすぐにでも確認したがるだろう。待たせるべきか?」
「有難いです」
深刻そうだと了解し、ドルドレンは後ろへ声をかけてロゼールを呼ぶ。
単独で馬に乗るロゼールはサッと前に来て、イーアンに挨拶しかけたが、他に控えているよう伝えてほしいと総長に遮られ、すぐに後ろへ下がった。
「これで良い。ルオロフは躾が行き届いているから、無理には来ない」
「はい。ルオロフに話す準備も欲しいので助かります」
「準備。ふむ、何となく嫌な予感がするのだ。話してみなさい」
「あのですね。まずは」
模型船の話は一度脇へ置いて。イーアンは、ティヤー後半で知り合った僧兵の話をする。
スヴァウティヤッシュ経由で知ることになり、情報持ち、と思って話をした相手。
どんな話をしたか、彼の性格や反応、イングたちの感想なども混ぜて、『僧兵レムネアク』との別れまで伝える。ドルドレンは静かに耳を傾けていて『それで?』と、彼女が言いたいことに気づき先を促した。
模型船が示した方角、海手前でその男に再会し、彼が同行ではないかと思ったと、イーアンは『次の同行者候補』意見で結ぶ。ドルドレンも『なるほど』の頷きで手綱に目を戻し、要約して聞き返す。
「掻い摘むぞ。レムネアクは僧兵生き残りで、サブパメントゥに目を付けられて道具を作っていたのだな?それをダルナが没収してイーアンに渡し、イーアンはその道具を作る知恵に懸念したから、彼に会った(※2764・2767話参照)」
「そうです」
「同じ僧兵に攻撃を受けていた現場で彼はイーアンに救われる形を取り、君とダルナに心酔状態。イーアンが聞いていないことまで、内部事情を伝える姿勢は、取り入ろうとしていたのだろうが」
「取り入る意味の方向が違う感じでした。本人もそう言ったし」
「うむ。その手の者は(?)意外と多いのだ。『神秘な存在に嘘は言いたくない』その言葉は興味深く(※2768話参照)、本音だろう。そして、それが彼なのだと俺も思う」
「あなたは、見抜く人です」
「イーアンは話しながら、何度も言い難そうに止まる。君が自分の過去を恥じたり、触れたくない時の表情を見せるのは、レムネアクが殺人を認めながらも悪そのものと思えず、君も未だに自身を問うために、彼の境遇や態度に自分を視るからだろう」
分かってくれる伴侶をじっと見つめたイーアンに、ドルドレンはゆっくり頷く。
よしよし、角の間を撫でて『俺もたくさんの人間を斬ったのだ』と続ける。悲しそうな鳶色の瞳に『本意ではないにせよ、自分の剣を誰に振り下ろすかは、俺が決めている』と自覚あっての行為を強調した。それはレムネアクへの理解に繋がる。
「レムネアクは、僧兵だった。ルオロフが聞いたら、確かに彼は嫌悪すると思う。他の者もどう思うか、想像がつくが・・・スヴァウティヤッシュの話した『レムネアクが老人に道具を戻した(※2759話参照)』なども考慮すると、イーアンも思ったように、狂信的母国の影響で死霊も死も恐れない男は、他の感覚が俺たちとさほど違うとは思えない」
そしてだ、と付け足す。『彼は、あの煙のサブパメントゥを知っているのも』ドルドレンは気になった点も付けたし、それから結論を話す。
「彼は、他の民同様に世界を去ったとイーアンは思い込んでいた(※2784話参照)。他の者たちもレムネアクの協力について、知ることなく終わったかのように見えていたが、ここへ来てまた繋がったのは、彼と関わるためではないか」
「私も、そう思って」
「恐らくイーアンの勘が正しいのだ。俺も話を聞いて同意する。彼は、ヨライデの道案内だろう・・・こんな初っ端で、あれよあれよという間に再会まで漕ぎ着けるなど、無視も出来ない。彼も、君を慕う。
僧兵を連れるとなれば、今はいないが、シュンディーンが戻ったら説明もまた大変だろうし、その前にルオロフを抑え込まねばならない(※激しい嫌悪あり)。それも含んで、レムネアク参加により、ヨライデの旅路が始まる気もする」
前向きな解釈の伴侶に、イーアンは深々と頭を下げてお礼を言い、『彼はミレイオに近い気がした』と打ち明ける。うまく言語化出来なくても、その印象も話したかった。ドルドレンは不思議そうだが『覚えておく』と言った。
「ふーむ。何はともあれ。皆は、模型船の結果を心待ちにしているだろうから、俺から説明しよう」
「すみません、ドルドレン」
「こういうのは俺の役目である。クフムとまた事情が異なる。クフムは無自覚大量殺人兵器の加担者で、引きこもりだったが、レムネアクは自覚ありの殺人者。しかし殺人鬼でもない。
クフムについては責任へ罰を課す理由と、当初、神殿への利用が目的で君は連れてきたが。
今回のレムネアクは、関わった君すら彼を忘れていたし、彼を知ったダルナたちもいない。示したのは、魔法でも何でもない、未来を予知する模型船である。模型船のお導きは、何度も俺たちに重要な接合点を与えている以上、レムネアクもお導きと思うよりない」
「つまり」
「皆も同意するよりないのだ」
そういうもの、とドルドレンが女龍を安心させたところで、前方が開けてきた。急に明るさが広がり、明度の高い岩が森終わりに見える。
「神殿だ」
馬車は、岩崖をくり抜いた神殿に到着し、タンクラッドたちが御者台を下りる。神殿横に立てかけられた、馬車の民の持ち物と思しき車輪も見て、中に入りかけたミレイオたちを止めたドルドレンは、まず全員を集めた。
「模型船のことか。どうだった」
一発目、タンクラッドがイーアンに尋ね、ドルドレンは『俺が話す』とすかさず引き取る。ドルドレンが話すということは―― さっと交わされる視線。イーアンはルオロフに手招きし、赤毛の貴族が横に並んだので準備良し、ドルドレンはパンと手を軽く打ち合わせる。
「ヨライデの同行者、イーアンの知り合いの僧兵を見つけた」
がーん。イーアンは歯に布着せない伴侶を見上げ、『結果からである』の声が振って来た。
シャンガマックは獅子の側で『やっぱり』と呟き、獅子は『そんなもんだ』と余計なことを言わずに流す。ルオロフの白い肌からやや血の気が引き、イーアンを見る。結果発表から始まった報告にしおれるイーアンは、貴族に『ちょっと聞いていて』と小声で頼んだ。
*****
午後の日差しがはっきりと、岩の影、光の当たる明るさを分かつ、神殿の前で。
イーアンの報告を総長から聞かされた皆の心も、賛否両論に分かれた。受け入れないのは予想通り、赤毛の貴族。それとミレイオ、ロゼールも反対派。
タンクラッド、ドルドレン、シャンガマックと獅子は賛成と言って良い。シャンガマックは実のところ微妙でも、否定も非難もしないのは、父ホーミットに先に諭されているから。
タンクラッドも悪人に対しては容赦がない印象であれ、罪人には理解を持つ。イーアンやダルナやドルドレンが受け入れている相手なら、さほど問題は感じない。
ミレイオが嫌がった理由は曖昧。ただ、『え?そいつも馬車に?ちょっと無理ない?』と拒み、ドルドレンに『どう思うか』を尋ねられても、『考える時間が欲しい』とだけ。遠回しに嫌がっているのは伝わる。
クフムには寛容だったロゼールは、レムネアクに対し、僧兵の第一印象で判断する。彼はティヤーの最初・アンディン島で僧兵に有無を言わさない攻撃を食らったのもあり(※2482話参照)、『ああやって訓練された人間は、どこでどうなるか』と警戒と不信一色。
そして、ルオロフはイーアンと総長に態度で示した。開いた口が塞がらない(※マジで)。
その瞳は『本気で言っていますか』を訴え、見つめ返す二人にゆっくりと首を横に振って、受け入れ拒否を前に出す。私が出て行った時のことを忘れた?とでも言いたそうな顔に、イーアンが何か言おうとして、ドルドレンは彼女の肩に手を置き下がらせる。
「ルオロフが非常に嫌がっているのを、知らないわけがない」
「それでも・・・ ですか」
「ルオロフ。お前と俺の二人で話をしたい。話を聞くだけの余裕はあるか」
「ありませんと返事したいです。二人でもここでも変わりません」
「では、最初に言う。俺はお前を大変素晴らしい人材と認めているし、非の打ち所がない男で、稀有な能力のみならず、人格も存在もひっくるめて『ルオロフ』という者を大切に思う」
急に褒められたルオロフは怪訝ながらも『恐縮です』と間髪入れずに返し、それを促しとしたドルドレンは頷いて前置きの次を話した。
「どれほどお前を尊重し、どれほどお前を大切に思うか。全く嘘偽りはない。しかしルオロフがヨライデの道案内を否定する場合、お前の懸念を汲むのではなく、俺は『世界を守る』方を取るだろう」
「あ・・・ 」
え、と騒めく周囲を見ず、ドルドレンは静かにもう一度頷く。心配そうなイーアンの視線にも合わせないまま、ルオロフだけを見つめて『意味は分かるな』と言った。
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