2910. 神様談ヨライデ剣事情と魔法侵入疑惑・馬車報告・模型船の示し・紡がれる再会
さて、ルオロフはというと。
イーアンに待っていてもらい、洞窟の祭壇へ戻ってそこら辺を切りつけてみたところ、神様の世界へ通じたので中へ入った。
神様は普段、黒い水場の姿。ルオロフとイーアンが送り戻した動物たちが丘の上に屯す群れを見てから、水場へ行って挨拶する。
「ヂクチホス。まだ集めきれていませんが」
動物収集は困難でイーアンの協力を以てしても、簡単ではありません・・・と最初に報告。水はちょろちょろ流れながら、『分かっている』と責めはしない。
頼んだ側・ヂクチホスから見た状況は、悪鬼が増えたことは決してルオロフの落ち度ではなく、自身が生き物を戻した誤差が問題で、ルオロフの胸中は察するも責めるなど違うこと。
赤毛の貴族は理解への礼のつもりでちょっと頭を垂れて、次の話に変える。
「それと。思いついたことを先に伝えます。この方法、もう少し使えるように期間を延ばして頂けますか?」
『この方法。何が』
「剣で地面を切って、こちらへ来る方法です。一々、入れる場所を探り当てる手間が省けますので」
『・・・教えてやったらすぐに楽をしようとするのは良くないが、今は動物集めもある。問題ない』
不本意そうでも許可を得たので、ルオロフは安心し、そうして本題に入る。
「今ここへ来たのは、一次報告ではなく、別の問題について伺いたかったからです。神様、ヨライデにも、古代剣を作る職人はいますか?」
『いる』
「ということはですよ、他国にも」
『いるが、活用されていない』
どういう意味です、とここで話を止めた赤毛の貴族に、お水はちゃんと教えてあげた。
テイワグナやアイエラダハッドでは、『剣を活用するために作るのではなく、歴史を知るために模倣される』こと。ああ~・・・と納得した貴族が、ポンと手を打つ。
「そちらの意味でしたか。そうか、サンキーさんもあの剣を活用する自体、知らなかったから、彼も小さな島でコツコツと遺物再現を趣味で行っていたんだっけ。それと同じことですね?」
テイワグナもアイエラダハッドも、考古学者は再現している様子。でも素材は違うし、模造品でしかなく、想像域も出ていないと聞いて、それなら他は安全かとルオロフも思う。
でも、ティヤーの宗教と、これに繋がるヨライデの宗教では、事情がガラリと変わる。
一部の人間―― 欲のある権力者 ――しか用いる許可が下りないとはいえ、剣は何をするものか把握しており、ヂクチホスもそれに応えながら、『望みを叶える年月』は流れていた。
「伺いますが、今、現時点で、ですよ。ヨライデに職人はいます?」
『いない』
「いない?では、剣の予備などもない」
『それは分からない。お前は剣の長さの意味を知っているか?ルオロフ』
「はい?長さですか?」
盲点・・・ 剣が短い理由に、『戦うための剣ではないから』以外があったなんて。聞いてみれば、当たり前というか。そりゃ、使う側はそこに目を付けるか、と意外な盲点に呻く。
「短い剣だとは思っていました。でも、そんな理由で」
『人間はケチだ。ティヤーの剣の長さに比べ、ヨライデはさらに短いはずだ。なぜなら、一度壊すにつき、一本分が間に合う材料を持ち帰ったところで全部使いきらず、少量ずつ残すからだ』
ケチ・・・ ケチですね、と見落としていた理由の虚しさに頷く。
剣で切りつけるのが慣例ではあれ、長さまで問われない。最初に受け取ったのが剣だったから、その形は維持しているものの、材料をケチって短い剣を作ってしまえば用途には足りる。
そして余らせた材料を合わせて、もう一本作っておく、すなわち予備完成とは―――
「うーん。なんて言って良いか分からない理由で、こんなことになったとは」
『だが、数は多くないだろう』
予備があっても、短剣ほどの長さでもなし、まだ残っているとしても一本くらいではないかとヂクチホスは教える。
「もう一本使ってしまった後だとしたら、あと一本あるかも、というところですか」
そう捉えて宜しい、との返事に、ルオロフも頷く。神様のところにヨライデ人は来たのか、『イソロピアモ』の特徴を伝えて尋ねると、ヨライデ人自体がしばらく来ていないそうで・・・イソロピアモは入っていないと分かった。が、ふと思い出す。
まてよ。あの時、イソロピアモが神様と交渉するわけじゃない話だったから・・・ということは、姉の方か。姉がこの世界に。
神様に急いで確認し、これが正解。
以前だが、デオプソロはこの世界に何度も来ており、神様に直に会っていないが、剣の材料となる球形の黒い物質は持ち帰っていた。
仮に。仮に、だが。
もしもデオプソロも残っているとしたら、剣の材料を取りに来るかもしれない。あの姉弟は、弟の圧力が強かった。デオプソロが言いなりなら、『予備剣を使った、姉よ、材料を持って来てくれ』と頼まれてすぐ従うだろう・・・ その可能性はある。
なんでこの重要な部分をさっさと確かめなかったんだと、自分の鈍さに舌打ちするルオロフ。
「ふー・・・私は、他の女などどうでもいいからな。母のことなら、気になってしまうのに」
『イーアンは龍だ。母だと話していたが(※2699話参照)、本来お前が気にする存在ではない』
なぜか横槍を入れられて、ルオロフは気分を壊す水場をちらっと見ると『私は忠誠を誓ったのです』と釘刺して立ち上がる。
情報提供と相談解決にお礼を述べ、引き続き動物たちを集めると伝え、神様から『もう魔物は始まっている、急がなくてもよい』とやや諦めが入った返事をもらった。
でも、動物たちのことはルオロフ自身が失態を自覚しているので、理解に感謝して『続けます』とだけ答え、それではと立ち去りかけたすぐ、呼び止められて振り返る。
『お前の剣は、あれ以降、何者にも求められてはいないか』
「あれ以降。はい、話題に出もしません」
精霊から総長に剣譲渡の相談(※2875話参照)――― 総長も素振りがないため、この確認に思うところはなし。
『分かった。それとお前にもう一つ伝えておく。少し前、剣を使わずしてここの(※神様の世界)利用を行った者がいる』
「なんですって?少し前っていつですか。利用された?剣がないのにどうやって」
『魔法を使う。しかし魔法が直接作用したのではなく、過ぎし時間の切り取りによって行われた(※2908話参照)』
は、と止まったルオロフに、水はちょろちょろ・・・貴族の反応からして知っていそうなので、『心当たりか』と神様は振る。ルオロフは少し戸惑いつつも、神様に『もしや』と入手したての話をした。
『その者か』
「多分、彼ではないでしょうか」
『お前の知り合いなら、注意しておきなさい。勝手なことをしてはいけない。一度は見逃すと』
「はい」
あの人に注意するのかと、少し気後れもするが、神様の世界のご法度に触れてはいけない。早いうちに伝えますと答え、ルオロフは帰った。
そして神様は、ルオロフに言わなかったけれど―― サンキーが、度々狙われていそうな様子あり。
あの鍛冶屋を助ける必要はなさそうで放っているが、状況は把握している。鍛冶屋は龍の護りを受け取り、『害』は彼に及ばない。言うことでもない、と判断した神様だった。
*****
地上へ出た貴族は、切りつけた地面に剣をなぞらせ口を閉じ、洞窟の外で待っていた女龍に、ヨライデ剣事情をまずは報告。イーアンは少し考えてから、『そう』と頷く。
「剣はあるのね。そして、まだ使えるやつが・・・弟と接触しているかどうか。デオプソロなら、神様の世界で新たな材料を補填する、と。彼女もいれば、の話だけど」
「イソロピアモが、姉と接触できる位置にいるか、調べておきたいですね」
ルオロフもイーアンも、神様が誰にでも材料を与えると知っている。ただ、ヨライデに職人はいないとも聞いたから、制作できない前提で剣材料を入手しても、どうにもならないだろうけれど。
「サンキーさんが」 「あの日、サンキーさんの家に来た悪鬼は、もしや」
同時に喋って、二人は気づく。あれはサンキーを求めてきた輩の、最初の手出しだったのでは、と。
ややこしいが、デオプソロ加担も外せないので、次に魔導士に会ったら相談してみるかとイーアンは呟いた。ここで、ルオロフはもう一つの話へ移る。
「魔導士なんですが」
「はい。彼にもデオプソロの可能性を探ってもらえたら」
「あの。神様に魔導士への注意を承りまして」
キョトンとしたイーアンが、すぐに察して吹き出す。ぶーっと吹いて腹を抱えて笑った女龍は『バレたんだ!』とゲラゲラ笑い、引く貴族に『私から言ってあげましょう』と可笑しそうに頷いた。
「ハハハ!人を勝手に犬にしたりするから、バチ当たってやんの(素)。魔法で手を出して怒られるって、バニザットったら!いい気味~!」
「次は許されない印象でした」
「カーッハッハッハ!そりゃそうでしょ。はー、可笑しい。大丈夫です、心配しないで。バニザットには分かるように言いますので」
愉快そうな女龍は、あの年で叱られてやがる(※ウン百歳)とまだ笑っていたが、一緒に笑う気になれないルオロフは、女龍が笑い終るのを待った。そして、魔導士相手に『あいつ』とか『バチ』とか放ち、大笑いする彼女は一層強く見えた。
*****
この後、動物の保護をもう少し続けてから、昼を意識した女龍は、一回馬車へ戻ることにする。馬車で昼食を用意する感じも、食糧事情からなさそうではあれ、『室』とあの姉弟の話が上がったから、共有もある。
キリの良いところで、南端の馬車へ向かい、飛びながら見下ろす風景に動く魔物や生き物を気にし、まとまっている場合はイーアンが龍の首で消し、これを繰り返して馬車に到着。
「ただいま戻りました」
「おかえり。今日からお昼は抜きだけど、ちょっとだけでも何か口に入れる?」
本日の目的地である、岩の神殿はまだで、馬を休ませるために馬車は停まっており、皆も休憩中だった。ミレイオは戻った二人に水を勧めながら、荷台に入って乾物の木の実を出す。
ドルドレンたちにイーアンが報告している間、ルオロフもミレイオたちのここまでを聞かせてもらい、木の実をポリポリ・・・ 死霊や幽鬼がこぞって出た話に眉を顰める。
「そんなにすぐですか」
「私たちは恐れる対象ではないみたいな感じよ。頭来るわねえ」
死霊と言えば、自分たちも死霊使いに出くわした話をルオロフは伝え、『やっぱり、そういうのが残るんだな』とタンクラッドは厄介そうに息を吐いた。
「ま、悪人と念だろ?企むやつがいるとは分かっているが」
「・・・今、総長とシャンガマックにイーアンが話している内容。聞こえていると思うんですが、そうした敵がサンキーさんを狙ってる可能性も浮上しまして」
ルオロフが気がかりな名前を出し、タンクラッドも後ろで話すイーアンの報告に不穏を感じていたので、『サンキーは俺も様子を見に行こうと思っていた』と答える。本当なら、ヨライデに入ってトゥと行くつもりだったものが。
トゥのいない現在、機会を見てバーハラーで向かうかと思っていた矢先。サンキーに忍び寄る魔の手について話が出るとは。
「あっちこっち、終わったと手を離した側から、また気にするような流れが来るな」
「本当ね。忘れそうだから一本に絞ってもらいたいわ」
タンクラッドとミレイオに挟まれて、ルオロフも頷く。『ちょっと、模型船を見てきます』と断って、何か示唆でもあるだろうかと寝台馬車へ行った。動かない時もあるようだが、模型船は未来の重要を察知して知らせるとやら・・・ 意外な展開ばかりなので、模型船もどうかと思えば。
馬車の荷台の扉を軋ませ、自分の寝台にあてられた二階部分を見上げる。
四つある小さな寝室に扉などなく、扉代わりに布を垂らして個室とされているのだが。その布が少し持ち上がり、模型船の舳先が覗いていた。寝台の上に置いたのに、とルオロフが梯子を二段上がると、布から出ていた舳先は動き出し、まるで主人が戻った犬のようにルオロフの上に来る。
「本当に意思でもあるような動きだな。生きていないのに不思議なものだ。お前は出たいのか?」
ふわふわ浮かぶ模型船の腹をちょっと掴み、ルオロフは外へ持ち出す。手を離すと、模型船はくるーっとその場で舳先を回し、一ヶ所にピタリと定めて止まった。お告げだ・・・ 私を待っていたんだな、と頷き、ルオロフが皆に知らせ、皆もぷかぷかしている船を見る。
「方角は?」 「北じゃないの」 「北ですね。でも真北でもないような」 「地図ありますよ」 「今はここですね」 「真っ直ぐだと・・・北西か」
やいのやいの、集まって荷台の端に地図を広げ、シャンガマックが向きを整え、舳先は北西を示していると一致。
『そっちに何があるか、それは喋れないのよねぇ』と残念そうにミレイオが北の空を見て、イーアンは『自分が見に行く』と引き受ける。
「馬車が岩の神殿に到着する前に戻ります。この方向へ飛ぶだけ飛んで、海岸まで着いたら引き返す・・・今すぐ、って話でもないかもですけれど、教えてもらったからには即行動で」
すぐ動くイーアンらしい意見に、ドルドレンは了解する。この方向へ直進、とシャンガマックが太陽の位置と合わせて教え、何を思いついたか『俺もちょっと占ってみますよ』と、予言の模型船に協力を申し出る。
ということで―― イーアンは軽い休憩後の体慣らしさながら、『行ってきます』と同時に空へ飛び、シャンガマックは仔牛に戻り、馬車も午後の出発。ルオロフはイーアンが戻るまで、馬車待機で模型船を寝台に戻した。
何があるんだろう・・・ 思いがけないことばかりが連続した午前続きで、模型船まで示している予言の内容に、ルオロフの期待は決して過剰ではなかったけれど。
彼にとって、少々厳しい未来がすぐそこに来ているとは思わず。
*****
シャンガマックは仔牛の中で、ささやかな占術を試し、寝そべるヨーマイテスに寄り掛かって唸った。
「なんだ」
「同行者が出そうな気がする」
「お前の様子からだと、面白くないやつだな」
「・・・『人殺し』だ」
どう解釈してもそうなるとぼやく褐色の騎士に、獅子は『俺たち全員そうだってことは、お前も忘れていないな』と気にさせないつもりで間違え、却って息子を不意打ちで傷つけて慌てた。
*****
その人殺しに、イーアンも面食らう―――
誰かいる、と海の近くまで来て、大型廃墟から伝わった気配で止まった女龍は、じっと空中から気配を辿る。悪人・・・じゃない。『念』憑きかと思ったが、善人の方?
「そういえば、ヨライデは善い人たちにまだ会っていません。もしかして、こんな誰もいないところで一人戻されてしまったのか」
そう考えて心配になり、イーアンは午後の日差しを遮る北西の曇り空を降下する。ぎゅーんと降りて、ずさっと乾いた地面に立てた足音。その音で、誰かが廃墟から動いた。
あ、と先に声にしたのはどちらだったか。
「え、あんた」
「イーアン・・・ 」
廃墟壁に手を添え、ぽかんとしたレムネアクが、信じられなさそうに首を横に振った。
お読み頂きありがとうございます。